ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Tokyo <東京>: 最新の記事

From Tokyo <東京>: 月別アーカイブ

関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.05.12]
 桜が散ったと思っていたら、いきなり真夏日がやってきました。 ついこの間、土の中から虫が這い出す「啓蟄」とか言っていたのに。春をゆっくり楽しむ暇もない、というくらい展開が早いですね。恐るべしは地球温暖化。日 本から季節感が消滅したら、いったい私たちは何を感じて生きればいいのでしょうか。

ピナ・バウシュの『パレルモ、パレルモ』『フルムーン』

『パレルモ、パレルモ』
  ピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団が来日し、『パレルモ、パレルモ』と『フルムーン』を上演した。
『パレルモ、パレルモ』は、ピナ・バウシュの近年の創作活動の中心となっている国際共同制作の2回目として、シチリアのパレルモ市の委嘱で製作され、1989年、ベルリンの壁が崩壊した直後の12月に初演された。

冒頭、舞台前面に設えてあった巨大なコンクリートブロックの壁が轟音とともに崩壊する。舞台一面に破片が飛散し、もうもうとした埃と濁った煙が舞い上がる。それがおさまると、さらに、背景に聳え立っている頑丈で冷たい鋼鉄の壁がおぼろに見えてくる。
ブロックの瓦礫が散乱し、煙が漂う爆撃跡のような舞台に、ダンサーたちがバラバラと登場して、『パレルモ、パレルモ』が始まった。
このオープニングは19年前に創られたわけだから、当然、当時のピナ・バウシュが意識していた現実に違いない。そしてそれは今も変っていないし、観客もまた、彼女が創った舞台をリアルな現実として感じている。
しかし、その国際紛争の現場のような舞台でピナのダンサーたちが繰り広げるパフォーマンスは、例によってたわいない珍妙なゲームのようなもので、それ自体に直接の意味はない。

ダンサーが横一列に並んで瓦礫の間をゴミを巻きながら歩いたり、背後の立つ鋼鉄の壁に向かっていっせいに、小石を延々と投げ続けたり、食べ物や水を小道 具に使ったシーンも多かった。上手コーナーにクローゼットがあり、主役や群舞とは無関係に、マッチョなダンサーがピストルを手にしたり、過激に変態の化粧 をしたり衣裳を着けたりしている。
こうした様々のパフォーマンスやダンスがパズルの断片のようにコラージュされて、次第にひとつのヒューマンな感情の深奥に訴える表現を創り上げていくところが、ピナの手腕ともいえるだろう。
驚くべきことは、ピナのダンサーたちの日本語の上達ぶりである。当初は聞き取りにくかった彼らのイントネーションが、来日の度に急速に進歩し、今では聞 き漏らすことはない。ダンサーが丸暗記ではなく、文章の意味を理解して喋っていると思われる。ピナの舞台では、言葉が言葉として意味を伝えるというより も、パフォーマンスの一部であり、ダンサーが振りを覚えるように言葉を習得しているからなのだろうか。

休憩を挟んで後半は、背後の鋼鉄の壁は取り除かれ、雲がたなびく青空となった。裏方さんたちがブロックの残骸を片付け整理している中で、パフォーマンス が始まりそのまま進行していった。そしてラストは、桜の花が咲いた大きな枝が何本も天から吊るし降ろされる美しいシーンとなり、やがて裏方さんたちが作業 を行っている最中に終演となった
人々が争い、泣き、笑い、喜び、どのように生きようとも、パレルモの街には青空のもと地中海の太陽が輝き、花々が咲き乱れる時が訪れるのである。
(2008年3月22日、テアトロ ジーリオ ショウワ)

『フルムーン』
 『フルムーン』は、舞台上手奥に巨大な隕石が置かれ、その下を舞台を横切って川が流れている。空にぽっかり月が浮かんでいるわけではないが、岩や水に月光のような光が映って、満月を感じる舞台。
この満月の光が溢れる空間で、愛に関する様々なスケッチが次々と描かれる。

「待っていた! ずーっと待っていた! 待っていた!」と何度も絶叫し、「そして泣いた! 泣いた! 泣いた!」と際限なく繰り返す女。様々なシチュ エーションの組み合わせで、折々に現れるあらゆる表情のキス。川を泳いだり、滑ったり。水と無邪気に戯れる男と女。舞台の半分は水浸し、ダンサーは月明か りの中に水滴を花火のようにあるいは波しぶきのように飛散させて、美のミストを漂わせ、じつに素敵な抽象画を描き出す。
いろんな民族のいろんな人たちのいろんな愛の形が、ごく自然に現れていは消えて行く。うつせみの・・・、とでも詠いたくなるパフォーマンスが繰り広げられた。

一瞬、すべての音が消えて、チョロチョロと水音だけが聴こえる中、一人の女性ダンサーが救命ボートに寝そべって、舞台をゆっくりゆっくりと流れていく シーンは、なんとも曰く言い難く美しかった。ヴィジュアルの造型が美しいのはもちろんだが、そこにはピナならではの、ジョン・レノンの歌にも通底するよう な優しい情感が、自然に沸き上がっていた。
今年観ることができたピナ・バウシュの二つの表情は、じつに忘れ難いものがある。
(2008年3月29日、新宿文化センター)