ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2008.02.11]

『くるみ割り人形』は花ざかり

昨年のクリスマス・シーズンも『くるみ割り人形』の上演が盛んだった。その中から8種類のヴァージョンを観た。

新国立劇場バレエ団
 新国立劇場の『くるみ割り人形』は、オーソドックスなワイノーネン版で、キーロフ・バレエのプリマだったコムレワが演出している。
『くるみ割り人形』の舞台で、クリスマスツリーが大きくなることは、たしかに夢の世界の幻想だが、このヴァージョンではロシアの自然観に基づいた、子供のこころの純粋さを表すものとして巨大化していた。
雪の森のシーンでは、マーシャは夢の中で女性として成長して、王子と踊って愛を感じる。するとそれを自然が祝福するかのように、静かに細かい雪がふたりの頭上に舞い降りてくる。
この第2幕の雪の森のシーンの演出は、新国立劇場のコール・ド・バレエの優れたアンサンブルとともに、美しくロマンティックな雰囲気を醸して見事だった。
マーシャを踊ったヴィシニョーワはいうまでもなく素晴らしかったし、さいとう美帆も堀口純も素敵だった。
ただ『くるみ割り人形』は、どうしても子供が踊るバレエ、という感が拭えない。確かにストーリーの展開からいえば、マーシャが夢の中で成長して王子と恋 をして結ばれるが、やがて夢は醒める、というワイノーネン版がスムーズなのかもしれない。しかし第1幕から、あらゆる世代の人たちが集まって祝うクリスマ スの主役は子供たちだし、チャイコフスキーの音楽の曲調、おもちゃの兵隊の戦争、3幕のデヴェルティスマンの振付などどれをとっても、このバレエは子供た ちのために創られている。
やはり私は、王子は金平糖の精と踊り、子供たちのための振付は子供たち自身が踊ったほうが自然に感じられるのだが・・・。
(12月19日、22日、25日、新国立劇場 オペラ劇場)

K-BALLET COMPANYの『くるみ割り人形』は、長田佳世のマリー姫、輪島拓也の王子、副智美のクララ、スチュワート・キャシディのドロッセルマイヤーで観た。
全体に仕掛けが大きく、子供たちも活き活きとエネルギーにあふれて舞台を跳び回っていた。規則正しく進む時と次元を越えてゆがんだ時、人形の兵隊とねず みの戦争、現実と人形の王国などが対立する世界で、魔法の封印を解除しようというドラマが波瀾をみせながら展開していく。
狂言回しとしてリードしていくのは、キャシディのドロッセルマイヤー。導かれて未知の世界に足を踏み入れて行くのは、副智美のクララ。ともにこのドラマを充分に踊り込んで、じつに良い流れで物語を進めて行く。
長田の踊りは、その繊細さがしっかりと観客の胸にまで届くようになった。輪島もすっきりとした踊りで、素早い動きが魅力的だった。
クリスマス・シーズンごとに、こうしたスケールの大きいドラマティックな『くるみ割り人形』をみることができるのは、たいへんうれしい。
(12月21日、東京文化会館)

牧阿佐美バレヱ団
  牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』は、総監督を務める三谷恭三版。ポール・ピヤントの照明が白い雪が舞う世界の中 に、金色に輝くクリスマスを浮かび上がらせる。クララとフリッツの世代、金平糖の精と王子の世代、お父さんお母さんの世代、おじいさんおばあさんの世代と 家族のバランスがいい。思わず参加したくなる素敵なシュタールバウム家のクリスマスである。
第1幕の巨大化したクリスマスツリーを背景に、雪の女王、雪の精たちが踊り、美しい雪が舞い降りる。そのシーンを受けて雪が降り注ぐ紗幕が開くと、お菓 子の国。華やかにデヴェルティスマンが始まって、見事な回転をみせたチィナは阿部里奈と篠宮佑一。トレパックは元気あふれるジャンプの連続で喝采が起っ た。ダンサーは、徳永太一、細野生、清瀧千晴という期待のトリオ。
金平糖の精の伊藤友季子は、王子の京當侑一籠とゆうゆうと踊って、舞台をしっかりと盛り上げた。
(12月16日、ゆうぽうとホール)

 

松山バレエ団の『くるみ割り人形』は清水哲太郎の演出・振付。クララは森下洋子、王子は清水哲太郎である。
クララは、ほかの子供たちが敬遠するあまり可愛くないくるみ割り人形に惹かれる。そしてねずみの軍隊とおもちゃの兵隊の戦闘に巻き込まれる。この闘いの シーンには、七つの頭を持つねずみの王様も登場してなかなか迫力がある。運良くクララがねずみの王様を倒すと、くるみ割り人形に掛けられていた魔法が解 け、立派な王子が姿を現す。
七つの頭を持つねずみの王様が登場するのは、私の知るかぎりでは、松山バレエとニューヨーク・シティ・バレエくらいだと思う。
クララは王子に導かれて、雪の国や水の国を旅して、お菓子の妖精の国に到着。ここでクララは夢の中で素晴らしいバレリーナとなって、王子とグラン・パ・ ド・ドゥを踊る。しかし、王子は神の国に戻らねばならず、悲しい別れの時がやってくる。この別れのパ・ド・ドゥが清水哲太郎版『くるみ割り人形』のひとつ の見所になっている。
(12月23日、ゆうぽうとホール)

松山バレエ団

東京シティ・バレエ団の『くるみ割り人形』は、石井清子の演出・振付。この作品では、ねずみとの闘いでくるみ割り人形は王子に姿を変え、夢の中で成長し たクララとともに雪の国を旅し、お菓子の国に到着する。途中、クリスマス・パーティでドロッセルマイヤーが見せた、人形劇に登場した3人のキャラクターと 一緒に旅をする。これは、夢の中で成長しても子供の純粋なこころを忘れないように、という配慮かもしれない。
金平糖の精の女王とコクリューシュの王子がクララとくるみ割り人形の王子を迎えて、ティアラを授け、二人の愛と勇気を祝って歓待の宴を催す。
スペイン、アラビア、中国、トレパック、あし笛、キャンドルケーキ、花のワルツなどが踊られるが、江東区のバレエを育てる会なども参加し、子供たちが大活躍する『くるみ割り人形』だった。
(12月24日、テアラこうとう大ホール)

NBAバレエ団の『くるみ割り人形』はイワノフ版に基づいて安達哲治が演出・振付けている。
年に一度の楽しいクリスマスパーティがにぎやかに開かれ、プレゼントをもらったフリッツやクララも大はしゃぎ。特に女性ダンサーが踊ることの多いフリッ ツは鈴木貴久が踊って、男の子らしい活力が出ていてよかった。やがて、クリスマスパーティで出会ったピエロ、コロンビーヌ、ハレーキンがクララを夢に誘 う。
くるみ割り人形はねずみとの戦いで魔法が解けて王子の姿に戻り、クララとともに雪の国を訪れ、雪の精たちに迎えられ、さらにお菓子の国を目指す。
お菓子の国の女王、金平糖の精が王子とクララを迎えて歓迎する。王子は金平糖の精の女王とグラン・パ・ド・ドゥを踊る。
王子はウクライナ出身で、ピサレフに師事したヤロスラフ・サレンコ。美しい身体で正確に豪華な踊りを披露した。次の『ドン・キホーテ』でバジルを踊る秋元康臣が雪の王を踊り、身体性の良さを見せた。原嶋里会の金平糖の精も落ち着いた舞台だった。
ドミニク・カルフーニに師事したという谷田奈々がクララを踊って、素晴らしい踊り、表現力を見せた。これからが楽しみなダンサーである。
(12月22日、なかのZEROホール)

井上バレエ団の『くるみ割り人形』は芸術監督の関直人の振付。プロローグ付きの2幕構成となっている。プロローグでは、クララがくるみ割り人形をプレゼントされてパーティがお開きになるまで。
クララが広間のくるみ割り人形が気になって、ベッドを抜け出してきて人形を抱いたまま眠りに落ちる。大きなねずみの王様が登場し、クリスマスツリーが巨大化して、クララの夢の世界が始まる。
くるみ割り人形は王子に姿を変え、クララをお菓子の国に誘う。クララは歓待を受けながら、金平糖の精と王子がグラン・パ・ド・ドゥを踊るのを眺める。
ピーター・ファーマーのパステル調のセットと衣裳がじつに美しい。
王子はオーストラリア・バレエのプリンシパル、藤野暢央。逞しい力強さを秘めた素晴らしい踊りだった。カナダのロイヤル・ウィニペグ・バレエ・スクール に学んだ、宮嵜万央里がしっかりと踊り金平糖の精デビューを飾った。あし笛の踊りの3人、嶋田涼子、田川裕梨、益田仲子もフレッシュな踊りだったし、全体 に若さが感じられる舞台だった。
(12月15日、文京シビックホール)

小林紀子バレエ・シアターの『くるみ割り人形』は、小林紀子が演出・再振付し、ジュリー・リンコンが監修している。原振付をワイノーネンとしているが、グラン・パ・ド・ドゥは金平糖の精とくるみ割り人形の王子が踊る、という展開になっている。
金平糖の精はプリマの島添亮子が踊った。相変わらず繊細な表現をみせたが、やはり、2幕で踊るだけでは少々物足りなさが残る。プリンシパルは、ドラマ全 体にかかわった上でクライマックスを踊ってもらいたい、とも思った。くるみ割り人形の王子はロバート・テューズリーが丁寧に踊っていた。
雪の女王とマラトンズを踊った高橋怜子が素敵だった。8月公演の『エリート・シンコペーション』で鮮烈なダンスをみせてくれたので、期待していたが前回 公演ではあまり踊りをみるチャンスがなく残念に思っていた。特別優れた身体ではないが、たいへん魅力的なダンサーなので今後が楽しみ。
(12月28日、メルパルクホール)