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関 口 紘一 text by Mieko Sasaki 
[2007.06.10]

熊川哲也の『海賊』、K バレエ カンパニー

『海賊』は、バイロンの詩劇に想を得て、マジリエの振付、アダンの音楽で1856年にパリ・オペラ座で全3幕のバレエとして初演された。その後、ジュー ル・ペローやマリウス・プティパなどが新たに制作している。今日では、プティパ版に基づいて演出・振付けられたヴァージョンが、マリインスキー劇場、レニ ングラード国立バレエ団、アメリカン・バレエ・シアターなどで上演されている。
しかし、このバレエはガラ・コンサートやコンクールで人気のあるパ・ド・ドゥ以外は、あまりポピュラーな演目とは言えない。つまり、名前は有名だ が、<全幕バレエ『海賊』の世界>というとバレエファンであっても、なにやら壮大な冒険劇らしい、といった程度しか知られていないことが多いのである。
この『海賊』全幕を熊川哲也が、新たに演出・振付けた。もちろん、21世紀のバレエ・エンターテインメントの大作としての期待を大いに集めた。しかし、 残念ながら初演3公演目の札幌で、アクシデントに見舞われ、アリを踊る熊川哲也の勇姿はしばらくお預けとなった。(詳細はトピックス参照)
吉田都(メドーラ)、橋本直樹(アリ)
 そういった事情もあり、私は熊川版の『海賊』は、まずは新星、橋本直樹のアリと吉田都のメドーラで観ることができた。
熊川版の『海賊』は、原作のバイロンのスピリットを生かし、愛と冒険の物語を背景にロマンティックに生きた男性の崇高な悲劇を描いている。
ストーリーとしては、女性の奴隷として数奇な運命をたどるメドーラとグルナーラを姉妹に設定したことは、じつに卓越した解釈である。女性の主役を姉妹関 係にしたことにより、今までは一般的な悲劇だった女性の世界が、きちんとドラマと関わり観客の視線に方向性を与えた。
また、ラストシーンでは、アリが首領のコンラッドの身を守るために、自らピストルの標的となって息絶える。これは、アリのロイヤリティの証であり、同時 に人間の崇高な精神をドラマティックに浮き彫りにしたものと言えるだろう。
この作品に関わった作曲家の曲を集成したという音楽は、シンフォニックに美しく起伏に富んでおり、バレエ音楽として印象深かった。
アリを踊った橋本直樹はモスクワ舞踊アカデミーに学び、モスクワで活躍した後、昨年K バレエに入団した。じつに活気にあふれた踊りで、スピードにのって見事に全幕を踊りきった。もはや「別格!」ともいうべきメドーラを踊った吉田都、落ち着 いて安定した存在感をみせたコンラッドのスチュアート・キャシディたちにも支えられ、素晴らしい舞台だった。
そして何回目かのカーテンコールで熊川が登場し、満場の喝采を浴びた。熊川としては、ダンスを踊っての喝采を望んだだろうが、長い舞台人生にはこうした こともあり得る。かえって観客がいかに彼に期待しているか、身に沁みて感じられたのではないだろうか。

アレキサンドル・ブーベール橋本直樹
 また、康村和恵のメドーラ、長田佳世のグルナーラ、アレクサンドル・ブベールのアリ、輪島拓也のコンラッド、宮尾俊太郎のランケデムというキャストでも 観ることができた。ブべールは初見だったが、独特の雰囲気を持ったダンサーである。K バレエには優れたソリストが多いのに改めて驚いた。短時日のうちによくこれだけのダンサーたちを揃えたものである。しっかりと公演を観ていないと、新しい ダンサーの踊りを感得できない、という不安を感じる。
熊川をアクシデントで欠いても、直ちにこれだけの舞台ができることに大いに感心させられた。しかしこれもまた熊川の功績である。
(5月23日、26日昼、オーチャードホール)