ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.04.10]

早稲田大学演劇研究センター主催「映像のダンス、現前するダンス」


『マイ・ウェイ』
花柳基
 早稲田大学の演劇研究センターが主催する「映像のダンス、現前するダンス」が行われた。
第1部は、モダンおよびコンテンポラリー・ダンス、舞踏、日本舞踊、バレエの各分野からダンスの映像に関するお話。第2部は、コンテンポラリー、バレエ、日本舞踊の振付家たちが、同じ課題曲を振付けて上演し、そのダンスについて語り合う、という企画であった。
まどろっこしいが順を追って説明すると、第1部は、「ダンスと映像」尼崎彬。「映像と舞踏」国吉和子(結局、新たに見つかった笠井叡と大野一雄が踊った映像についての解説になった)。「DVDと歌舞伎舞踊」古井戸秀夫。「銀幕のバレエ」鈴木晶。という構成だった。

 私 は「銀幕のバレエ」に興味を惹かれた。特に、アンナ・パヴロワが出演した無声映画『ポルティチのおし娘』の映像が見られたので大いに喜んだ。マリインス キー劇場で育ったパヴロワは、本格的なオペラ・バレエ団を所有し采配をふるうことを夢見ていた。そしてこのハリウッド映画への出演料で、経営が行き詰まっ ていたボストン歌劇団を買い取ったのである。その他にも<ベイビー・バレリーナ>として人気を集めた、タマラ・トマノワの貴重な映像もみることができた。
笠井と大野の映像も新たに見付けられたもので、1971年に撮られたものだという。パリで亡くなった先駆者、矢野英正のダンスも私には初見だった。ダンスと映像、というと、どうしてもレアなものを探し求めて関心が動いてしまうのである。  



『マイ・ウェイ』
北村明子

『マイ・ウェイ』
篠原聖一
 

 第2部の課題曲は「マイ・ウエイ」だった。
まずコンテンポラリー・ダンスの北村明子は、この課題曲をダンスにするために、フランス人歌手クロード・フランソワの「マイ・ウエイ」に出会う。フラン ソワについて調べその魅力を知ったプロセスをダンスにした。バレエの篠原聖一は、純白のウエディングドレスの花嫁のソロ。踊ったバレリーナは今年20歳の 成人となるそうだが、花嫁になって新たな旅立ちをする、というダンスだった。そして日本舞踊は花柳基が自作自演した。

ひとつの課題曲を異なったジャンルの振付家が、同じ条件で創作する、という日本のダンスを横断する企画は、やはり大学など公共の機関が主催しないと、現 実にはなかなか成立しないだろう。たしか目白三人会が豊島区の主催で、バレエ、モダンダンス、日本舞踊の会を行っていると記憶しているが、他には見られな い楽しくかつ有益な催しであった。
(3月11日、早稲田大学小野記念講堂)