ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.03.10]

ナチョ・ドゥアトとヤンファーブル

2月には、ナチョ・ドゥアトとヤン・ファーブルという世界の注目を集める舞踊家の公演を観ることができた。

ドゥアトは、1999年にドイツのワイマール市と共同制作した『バッハへのオマージュ』を上演した。
この作品は2部構成となっており、第1部は「マルティプリシティ」である。ここでは、オペラ以外のあらゆる音楽の領域に手を染め、多様な様式を作り、 「バロック音楽の統合者」ともいわれたバッハ。彼の人生というか背負った現実を、彼の音楽とダンスによって、舞台にバッハとおぼしき人物も登場させて描い ている。チェロを演奏するバッハが、チェロの弓で女性の身体を奏でる、といったおもしろいアイディアのダンスシーンなどもあった。

  第2部は「静けさと虚ろさのかたち」。ここでは具体的な衣裳はなく、黒いセパレートとロングスカートのワンピースを男性も女性も同じ衣裳を着けて踊る。こ ちらは死の世界というか、死に至る意識の中を廻る映像を描いている。やがてバッハが死ぬと、背景の綴れ折りに天に向かって上がっていく小道を、すべてのダ ンサーたちがゆっくりと登っていく。そして最後はドゥアトのソロ(プロローグもそうだった)。
アリアで踊られる美しいシーンもあったが、全体には、スピーディでじつによく整えられた動きである。ドゥアトらしくダンサーの出入りの多い作品だが、特にダンサーの舞台からの消し方が上手い。なんとも言えないドゥアト独特の余情が舞台上に残って漂うのである。
(2月3日、神奈川県民ホール)

「バッハへのオマージュ」


「バッハへのオマージュ」
 

「わたしは血」
 

ヤン・ファーブルの『わたしは血』は、1995年にファーブルが「血」を主題として書いたテキストをもとに、2001年のアヴィニヨン・フェスティバルで初演された作品。ダンサー、俳優、ミュージシャン20名が登場する、非常に過激な表現による鮮烈な舞台である。
客席に着くと既に舞台上では、Tバックの赤いパンツだけの太った中年の男が、葉巻きをくゆらせたり、身をくねらせて挑発している。黒い聖女の衣裳を着け た女性が頭上に一冊の分厚い本をのせて、舞台をゆっくりと無感覚に歩き回っている。左右には長いテーブルが並べられ、必死に何かを拭きとろうとしている男 や女。突然、中世の騎士の金属性の鎧を纏った一団が登場、隊長とおぼしき男が、長剣を力いっぱいムチャクチャに振り回して倒れる。
左右のテーブルの上に立って、頭にアルミの如雨露(ジョウロ)を被った中世の聖職者のようなグリーンの衣裳の男女が、奇妙な儀式を行っている。剣を闇雲 に振り回していた隊長が意識を失うと、グリーンの僧侶のような二人が、隊長の身体を解体するかのような作業をし、「血」に関するテキストを朗々と読みあげ る。
解説の宇野邦一の文章によると、キリスト教が支配したフランドル地方では、キリストの処刑とバッカスの祭りを混在させたような神秘劇が上演されていた、という。
ファーブルは「血」側から、つまり身体でも意識でもなく、血こそが存在であるという観点から、フランドルの伝統的な神秘劇を蘇生させたのであろうか。異様な美しさが際だった残酷の交響詩であった。
(2月16日、さいの国さいたま芸術劇場)