ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.02.10]
Dance Cubeもお蔭さまで50号に到達することができました。ダンスのプロパーのweb magazineとして、東京とパリ、ロンドン、ニューヨークなどの都市の最前線のダンスの舞台を、最速でお伝えしようと努めてきました。これからも Dance Cubeを通して、21世紀のダンスの脈動をいち早く感じていただくことができれば、と願って編集してまいります。どうぞ、よろしくお願いいたします。

東京で上演された『くるみ割り人形』

  昨年のクリスマスからお正月にかけて、多くの『くるみ割り人形』が上演された。最近は各カンパニーが競って『くるみ割り人形』を上演し、クリスマス・メドレーを流したり、プレゼントを客席に投げ入れたりすることが恒例になっている。
バレエ団はそれぞれの特徴を表した『くるみ割り人形』を上演する。毎年、クリスマス・シーズンになると、カンパニーの数だけの演出・振付が施された『くるみ割り人形』が舞台に登場するわけである。

まず、熊川哲也と吉田都という日本が生んだふたりの世界的スターダンサーを擁するK バレエカンパニーの『くるみ割り人形』。周知のように、この作品は2005年に熊川哲也の演出・振付により初演されたものである。
『くるみ割り人形』は、1892年にチャイコフスキーの音楽、プティパの台本、イワノフの振付によってサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演さ れて以来、ワイノーネンなどの重要な改訂を含め、無数のヴァージョンが創られている。大きな流れとしては、ワイノーネン版に基づいたものとイワノフの振付 に基づいたもの、新たに現代的に読み直したものがあると言えるだろう。その中でも、チャイコフスキーの音楽を重視したものや原作のホフマンの小説の世界を 重視したものなど、振付家の重点の置き方は様々に分かれている。

K バレエカンパニーの熊川哲也版は、そうした『くるみ割り人形』が創られたヴァージョンの歴史的流れを受けて、最新の演出・振付を試みたものである。
簡略に言うと、一旦、ホフマンの原作に立ち戻り、新たに演出を行って「なぜクララはくるみ割り人形に愛着をもつのか」を、明解にしている。また、王子と マリー姫はたまたま出会って結ばれるのではなく、たいへんなドラマを乗り越えて結婚に至る、ということの道筋もきちんと整理されて創られている。その点で 私は、この『くるみ割り人形』は、日本で創られた世界標準に成り得る古典バレエの演出だと思っている。

今回の再演では、松岡梨絵のマリー姫、輪島拓也のくるみ割り人形/王子、副智美のクララ、スチュワート・キャシディのドロッセルマイヤーというキャスト であった。松岡は彼女の特徴である豪華さがでたし、輪島もシャープで安定した踊りだった。ふたりのパートナーシップも若干のぎこちなさを感じたが、踊りに は若々しさが溢れており、魅力的で今後を期待させる。やはりキャシディの踊りは素晴らしい。彼のドロッセルマイヤーがある面で、舞台を支えている、といっ ても過言ではない。(12月21日、東京文化会館)

東京シティ・バレエ団の『くるみ割り人形』は、21回目の上演である。構成・演出・振付は石井清子で、イワノフの原型による、という注意書きが付されている。
第1幕のクララの家のクリスマス・パーティのシーンでは、クララが夢の中で見ることを暗示するような出来事が次々に起る。第2幕ではディヴァルティスマ ンとクララとくるみ割り人形、金平糖の精とコクリュウシュ王子の踊りがあり、踊りの充実した舞台である。志賀育恵の金平糖の精が端正で美しい踊りをみせ た。(12月22日、ティアラこうとう大ホール)


 

東京シティ・バレエ団

 

松山バレエ団の『くるみ割り人形』では、森下洋子のクララは最初のプレゼントにポワントシューズを貰う。これが夢の中で最後に清水哲太郎の王子と、グラン・パ・ド・ドゥを踊る契機となっている。
全体にクララとくるみ割り人形の関係を中心とした演出である。紗幕の背後のテ-ブルで楽しいディナーを進行させながら、クララとくるみ割り人形のかかわ りを描く。クリスマスツリーは大きくはならないが、雪の国のシーンに代わると自然木に飾られたツリーとなる、という素敵なアイディア。古典作品では登場す るが最近は略されてしまうことの多い、七つの頭を持つネズミの大王は迫力満点。雪の女王の小菅紀子、花のワルツのプリンシパル鎌田真理子と石井瑠威のカッ プルもしっかりと踊っていて感心した。

森下洋子のグラン・パ・ド・ドゥは見事。多言を要せず、ピルエットだけで充分に見せてしまう素晴らしさである。
夢の終りの王子とのパ・ド・ドゥがいいし、夢の中で着たショールが現実に現れるエンディングも洒落ている。(12月23日、ゆぽうと簡易保険ホール)


松山バレエ団
 

松山バレエ団
 


  小林紀子バレエ・シアターの『くるみ割り人形』は、ジュリー・リンコンが監修し小林自身が演出・再振付している。「ワイノーネン版を基に、物語の進行役で あるドロッセルマイヤーを、不気味な人物としてではなく、クララの家族からも愛されている優しい人物として登場させ、全体のストーリーを少女クララの見た 一夜の夢の話として描いています」と解説されている。
金平糖の精の島添亮子はきれいになった。この役だとスタミナを気づかわなくていいためでもあるのだろうか、落ち着いた踊り。細くしなやかなアームスがた ゆたうように美しい。ゲストの黒髪のサンカルロ・バレエ・シアターのプリンシパル、アレッサンドロ・マカーリオも整った身体性を披露して、美男美女のカッ プルを出現させた。(12月27日、メルパルクホール)

小林紀子バレエ・シアター

NBAバレエ団はかつてイワノフ版の『くるみ割り人形』を復活上演したが、そうしたカンパニーとしての伝統に基づき、安達哲治演出・振付を上演した。特に雪のシーンには、初演のイワノフ版を偲ばせる香りが感じられる舞台である。
私はゲストのウクライナ出身のヤロスラフ・サレンコが王子、原嶋里会が金平糖の精を踊った日を観た。クララは谷田奈々、ドロッセルマイヤーはクリスチャン・ラテボシアンである。

やはり、特筆すべきはサレンコの舞台姿の美しさであろうか。彼はピサレフに師事し、フランス・ユ-ス・バレエ、マイアミシティ・バレエなどで踊った後、 ウクライナ・ナショナル・オペラハウスのプリンシパルとして踊っている。パリ国際、プラハ国際、キエフ国際(リファール・グランプリ)、モスクワ国際など のコンクールで、金賞、銀賞など上位入賞を果たしているのも頷ける踊りだった。他に、花のワルツの猪俣陽子、秋元康臣のカップルが若々しさを発散する踊り で印象に残った。今後もどんどん舞台経験を積んで大きく成長してほしい。(12月27日、なかのZEROホール)

西島千博の演出・振付による『くるみ割り人形』は、今までの古典バレエの伝統にはとらわれず、全く新たに創作したものである。
第1幕はクララの家のホームパーティで幕が開く。ドロッセルマイヤーは未来にいる夢創人で、その他に女優、ミュージッシャン、シンガーなどの夢を創る黒 の一族が、ホームパーティを仕掛けている。現在のクララはまだ少女で、未来のクララの夢の世界が描かれていくが、その夢の中で過去を垣間見る夢も見る。

クララとフリッツは、未来からくるみ割り人形ロボットとネズミロボットをプレゼントされるが、仕掛人たちは予定通り、その二つのロボを外の暗闇に放り投 げてしまう。フリッツは闇の中をロボを探しに出かけるが、クララはいつしか眠ってしまう……。くるみ割り人形ロボットとネズミロボットの激しい闘いが始ま り、くるみロボは危ういところをクララに助けられる。

第2幕では、少女クララはタイムマシーンのような黒の宮殿で、過去、現在、未来を見る。夢創人たちの群舞があり、チョコやカフェオレ、アイスティの踊 り、パパとママの出会い、黒の女王のワルツなどが踊られる。そして未来のパートナーと未来のクララが出会い、華麗な踊りが繰り広げられ、西島の力のこもっ た踊りを観ることができた。

西島は、この舞台を創る際に、ポップアートのキャラクターが登場する楽しいエンターティンメントにしたい、と語っていた。そうした視点から、くるみ割り 人形のロボットとネズミのロボットの闘いを演出したのは、優れたアイディアだった。これで作品全体が、じつに現代的な印象になった。

出演者は全員ソリストで、キャストも三つのパターンで変わったが、私は西島の未来のパートナー、西田佑子の未来にクララ、三木雄馬のドロッセルマイヤー、桑野東萌がママの時と、西田が黒の女王、桑野が未来のクララを踊った日を観た。
全体に処理しきれないくらいのたくさんの要素を盛り込んで、スタッフ・キャストの若さと情熱でまとめあげてしまった、といった印象の舞台だったが、出演 者もじつに楽しそうに踊っていたし、恐らく活発にアイディアを発したのではないか、と思われた。博品館という会場を意識して、ロボットなどを登場させる斬 新なファミリー向けの舞台で、最後まで観客を惹き付け、楽しい雰囲気にさせた公演だった。(1月6日、昼・夜、博品館劇場)


西島千博、桑野東萌

西島千博

西田佑子

 谷桃子バレエ団の『くるみ割り人形』は、明るく楽しい踊りと夢のある美術、可愛らしい衣裳でまとめられていて、素敵な舞台だった。これはやはり、芸術監督の谷桃子の優れた美的感覚と豊かな経験が作り上げたものであろう。
確かに目を見張るような外国人ダンサーのプロポーションや鮮烈なテクニックは観られなかったが、ダンサーたちは素直で明るい気持をせいっぱい表していた し、懸命にアピールしようと一丸になっていた。ダンサーの個人の力量で舞台を盛り上げるのもバレエだが、全員が力を合わせて舞台のテンションを高めていく のもバレエである。
特に雪の国の幻想シーンのコール・ドがきれいで心に響くものを感じた。もちろん、クララはがんばっていたし、第2幕のディヴェルティスマンも可愛らし く、特にお茶の踊りが喝采を浴びていた。また、お腹の出たネズミの王様が上手い演技で、じつにいい雰囲気を出していたのが印象に残った。(1月17日、東 京文化会館)


谷桃子バレエ団

谷桃子バレエ団


谷桃子バレエ団

谷桃子バレエ団