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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2007.01.10]

マリインスキー・バレエ団来日公演 その2『白鳥の湖』の4キャスト

 マリンスキー・バレエ団の『白鳥の湖』は、プティパ、イワノフ版をコンスタンチン・セルゲーエフが改訂振付したものであり、装置はシモン・ヴィルスラーゼである。

第1幕は、背景に断崖の上に城が見え、木々が間近まで生い茂る広場で、王子の成人の祝宴が開かれている。若者たちの明るく楽し気な踊りと、王として政治 の世界に進まねばならない王子の少々憂鬱な気持ちのコントラストが見える。道化は若さと喜びの象徴であり、2幕以降に登場する悪の象徴ロットバルトと拮抗 する存在である。祝宴の最中にうたた寝をしてしまう家庭教師は、老いを表し、王子の青春に影を落し、憂鬱を目覚めさせる。
王子は、2幕で深い愛を知り、3幕で愛のための闘いを決意。4幕ではロットバルトに果敢に闘いを挑む、という良く知られた物語である。
今回の公演では4組のキャストで観ることができた。



 

『白鳥の湖』
ロパートキナ、イワンチェンコ

 

  まずは、ダリア・パヴレンコのオデット、オディールとアンドリアン・ファジェーエフのジークフリード。パヴレンコはそつなく、なかなかくっきりとしたライ ンを描いてまろやかな舞台だった。欲をいえば、哀しみの表出がシンプルで自身を嘆き悲しんでいるのはよく判るのであるが、他の白鳥に変えられた娘たちの運 命を思い、悪に対して強く抗議する、という気持ちがあまり感じられなかった。オディールに扮すると妖艶な眼差しで迫力があり、どちらかというとこちらが 勝って見えた。
ファジェーエフのジークフリードは、細やかな動きでパートナーにも配慮があり、ケレンのかかった芝居はないが丁寧な舞台で好印象を残した。(12月9日昼)

ディアナ・ヴィシニョーワとイーゴリ・コールプのペアでは、やはり、ヴィシニョーワの美しさが際立った。オデットは、身体が動き過ぎてややラインに安定 感を欠いたような気もしたが、オディールは素晴らしかった。こちらはラインの美しさよりも感情を剥き出しにして刺激的に踊っていっそうの効果をあげた。

『白鳥の湖』
ロパートキナ、イワンチェンコ

 コールプは、ファジェーエフほどの細やかさはないが野性的な魅力を発散する。4幕のロットバルトに打ち勝つと いう、社会主義リアリズムの残滓を感じさせるエンディングは、コールプには似合っていた。パ・ド・トロワを踊ったシャクリャローフが若々しい踊りで爽やか だった。(12月9日夜)


『白鳥の湖』
ロパートキナ、イワンチェンコ
  ヴィクトリア・テリョーシキナは、レオニード・サラファーノフとパートナーを組んでオデット、オディールを踊った。テリョーシキナのオデットは型がしっか りとして安定した踊りだった。身体のバランスも良く、テクニックも決まり、白鳥に変えられた哀しみはきちんと表すのだが、反って弱さが見えなくなってシン パシーが沸きにくいのである。定型を型通りに踊っている、というふうに見えてしまうところが残念だった。
サラファーノフのジークフリードは、王として国を治めるために気ままな青春に別れを告げて大人にならなければならない憂愁が、今一歩明解でなかったかもしれない。サラファーノフは下半身が細く、一見、安定感を欠くが踊り自体は非常に若々しい。(12月10日昼)

 そして、「ロパートキナの『白鳥の湖』を世界遺産に!」と思わず叫びたくなるようなウリヤーナ・ロパートキナのオデット、オディール。ジークフリードを踊ったのは、ロンドンのロイヤル・バレエの舞台を終えたばかりのイーゴリ・ゼレンスキーである。
まずいうべきは、ロパートキナのオデットはラインがゆるぎなく美しいということ。特に2幕のオデットとジークフリードの愛のアダージョは、ヴァイオリン の弦の鳴き声に白鳥の姿がくっきりと描かれ、哀しい感情が湧き出るように流露する。まるでオデットが音楽をリードしているかのような美しい舞台だった。ゼ レンスキーもさすがに余裕のある演技で、若手のダンサーとの違い見せた。
今、世界で最も美しい『白鳥』と言えるのではないだろうか。
バレエダンサーがクラシック・バレエばかりでなく、コンテンポラリー・ダンスを踊ることが当たり前となった今日では、クラシック・バレエの美が世界の舞台から消えていくのではないか、と心配になってしまうのである。(12月10日夜)



『白鳥の湖』
ロパートキナ

『白鳥の湖』
ロパートキナ