ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2006.07.10]
 夏がもうすぐそこまで来ているのを感じるのですが、なかなか梅雨が開けないもどかしい想いの日々が続いています。パリ、ロンドン、ニューヨークのオペラ ハウスもシーズンが終了、ダンサーたちは、次のシーズンに向けて心身のリフレッシュと充電に努めるでしょう。秋の舞台、楽しみですね。

ルジマトフがラスプーチンを踊った!

ファルフ・ルジマトフが、ノーヴィ・インペルスキー・ルースキー・バレエとともに、新作『ラスプーチン』を踊った。振付はゲオルギー・コフトゥンである。

 ラスプーチンは周知のように、ロマノフ王朝の末期に宮廷内部の政治的決定にまで関与したとされる、怪人物の修道僧である。
ラスプーチンが跳梁した時代は、大国ロシアに長期に渡って君臨したロマノフ王家も、日露戦争の敗戦などにより政治的な栄光が失われつつあり、夕陽が沈む 直前の光の氾濫のような爛熟した文化と頽廃的な気風が横溢していた。一方、ドイツなどの労働運動の影響もありロシアの民衆の巨大なエネルギーは、出口を求 めて渦巻いていた。
次第に皇帝の強権が衰弱していく実感に苛まれつつ王位を継承したニコライ2世は、ドイツ系の美貌の皇女アレクサンドラとの結婚を切望した。しかし、ニコ ライ2世とアレクサンドラから生れた唯一人の男子、アレクセイは血友病だった。しかもこれは、皇后アレクサンドラの家系からもたらされた病だった。300 年におよぶロマノフの栄光に運命の一撃がくだされたのである。
このようないわば<ロシア的な混沌>の最中に、一人の霊感を身につけた異能の修道僧がロマノフ家に現れた。彼、ラスプーチンが皇帝の一粒種のアレクセイに治療を施すと、一時的だがその霊験が現れたのである・・・。
辺境ではあるが、当時の(今もだが)ヨーロッパに甚大な影響力を持つロシア。その国のまさに燃え尽きなんとする蝋燭のような命運が、快僧ラスプーチンの手に握られたのである。

これ以上おもしろそうな設定があるだろうか、と固唾をのむ。
コフトゥン振付の『ラスプーチン』は、ルジマトフが演じる主人公ラスプーチン、皇后アレクサンドラ(エレーナ・エフセーエワ)、皇帝ニコライ2世(ユー リー・ヴィスクベンコ)、皇太子アレクセイ(エレーナ・ニキフォロワ)、守護天使(アナスタシア・トレチャコワ)の5人を主要登場人物とする2幕構成であ る。

第1幕は、主としてロマノフ家の霊を守る守護天使とラスプーチンの葛藤を軸に展開する。第2幕では、彼とアレクサンドラの仲を疑う皇帝ニコライの苦悩と ラスプーチンの乱痴気騒ぎ、そして終幕の殺害シーンへと進む。ちなみに、憂国のロシア貴族たちによる現実のラスプーチン殺害では、銃に撃たれさらに大量の 毒を盛られ、ネヴァ川に投げ落とされてもまだ息があった、という逸話が残されている。
バレエ『ラスプーチン』のラストは、長い白い布によってラスプーチンの殺害が予告される。そして、白、青、赤の三つの大きな布に、ラスプーチン、ニコラ イ、アレクセイ、アレクサンドラが捉えられてもみ合い、髑髏の面を付けたラスプーチンにスポットがあたって幕が下りる。白、青、赤は、1993年に復活し たロシアの国旗の配色である。

演出・振付としては、なかなか迫力のあるダンスシーンでスケールの大きな素材を手際よくまとめていた。ただやはり民族舞踊風の場面構成で展開され、ソロやパ・ド・ドゥによる心理的に突っ込んだダンスが少なかったのは残念である。
ルジマトフは一頭抜きん出た存在感で、このロシア的なるものを象徴する歴史上の人物を、ひとつの典型のごとく鮮やかに浮かび上がらせていたのは、さすがというほかない。
(6月21日、新宿文化センター)


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