ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2006.02.10]
 寒くて雪がふりしきったこともあった今年の冬。しかし土の中かどこかで、春が「萌え」始めているのを感じませんか。今年の春はドドッと来日公演が続きま すね。ピナ、フォーサイス、トリシャ・・・そのほかもいろいろなカンパニーが来るし、日本の舞踊家の意欲的な公演企画もさまざま。また、春が巡りダンスの 舞台が盛り上がります。

ルジマートフ、ファジェーエフが出演したレニングラード国立バレエ団

  レニングラード国立バレエ団は、もう10年以上も定期的に冬の日本公演を行っている。その間に、古典からモダンまでレパートリーを増やし、美術・衣装など も一新し、多くの若いプリンシパル・ダンサーが育ってきた。目をみはるような発展である。それはこのカンパニーが、一回限りのツアー公演ではなく、東京を 本拠地と思って一心に舞台を行っているためである。むろんプロフェッショナルのバレエ団であれば、ツアー公演だからと言って気が緩むというわけでは決して ない。しかし定期公演となればダンサーの力の入れ方もおのずと違ってくる。そして大ホールの公演回数も多く観客もよく入るために、若いダンサーたちがしば しば登用されて育っていく環境が備わっているのである。

しかし若いダンサーが主体であるだけに、ゲストのダンサーが重要であることはいうまでもないだろう。その点ルジマトフは、あれこれ言う前に舞台で踊って その範を示す、というタイプ。レニングラード国立バレエ団の若いプリンシパル・ダンサーたちは、ルジマトフの舞台から学び自身で努力する目標を作ることが できたはずである。

今回の公演では、ルジマトフが出演した『ラ・シルフィード』『バヤデルカ』と、キーロフ・バレエのプリンシパル、アンドリアン・ファジェーエフがバジルを踊った『ドン・キホーテ』を観た。

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  レニングラード国立バレエ団がブルノンヴィル版の『ラ・シルフィード』を、日本で上演するのは今回が初めて。よく知られているように『ラ・シルフィード』 は、フィリッポ・タリオーニが娘のマリーに振付けたものを、現在残されている資料を元に復元したピエール・ラコット版。それからタリオーニ版のパリ初演 (1832年)後に、コペンハーゲンで再演したブルノンヴィル版が忠実に継承されたものが、現在踊られている『ラ・シルフィード』の主なヴァージョンであ る。物語の展開は、どちらのヴァージョンも似たようなもの。ただブルノンヴィル版のほうが、細かいマイムを使って物語をわかりやすく丁寧に説明しようと気 を配っている。例えば、魔女のマッジが大きな鍋を煮立ててスカーフに魔法をかけるシーンなどは、念入りにおどろおどろしく、バレエに深い関心をもっていな い人々にも興味を起させるように描いている。

タータン・チェックのスカートを翻してブルノンヴィルの細かいステップを踏むルジマトフ。これがまたじつに似合っている。誘うシルフィード(オクサー ナ・シェスタコワ)と婚約者エフィ(ヴィクトリア・シンシコワ)の狭間でこころが揺れるジェームズもまた、たいへんに魅力的である。

同時に、プティパの一幕物バレエをグーセフが復元した『騎兵隊の休息』が上演された。同じ作品でボスクレシェンスカヤが復元した版は『騎兵隊の休止』と いうタイトルで日本でも上演されている。騎兵隊が休憩した農村の一齣を、若い恋人たちと隊長や兵士たちのキャラクターをダンスでスケッチした舞台。ちょっ と皮肉を利かせたユーモアが、ほのぼのとしたヒューマンなタッチで描かれたなかなか楽しい作品である。
(1月5日、オーチャ-ドホール)

同じくプティパの大作『バヤデルカ』では、ルジマトフがソロルを踊り、ニキヤをシェスタコワ、ガムザッティをエレーナ・エフセーエワが踊った。ルジマト フはしなやかさのみならず、典雅さを感じさせるまことに美しい舞台姿だった。シェスタコワも見事なプロポーションを生かして、悲劇的感情をうまく吐露して いたし、エフセーエワもしっかりとした踊りであった。コール・ド・バレエもきれいに調えられていてフォーメーションの眺めも心地良かった。全体的にはやや 名場面集的な展開ながら、物語はヴァラエティの富んだシーンをテンポよく繰り広げていた。しかしまた、少々テンポが速すぎたのか、音楽が行進曲のように聴 こえたのは些か残念だった。また、ラストの寺院崩壊の後、大僧上が登場する。これは神の裁きが下ったことを告げる場面なのだろうか。しかし大僧上はそれま で、ニキヤに横恋慕して謀を巡らしていたのだから、神の意志を告げるのはどうか、と感じてしまった。
(1月29日、オーチャ-ドホール)

『ドン・キホーテ』はキーロフ・バレエのプリンシパル、アンドリアン・ファジェーエフがバジルを踊った。
ニコライ・ボヤルチコフの『ドン・キホーテ』は、彼の解説によると、ドン・キホーテ自身の騎士道精神を物語展開の軸としている。まずプロローグでは、 「騎士ドン・キホーテ」は騎士道精神にのっとりドルネシア姫に忠誠を誓う。第2幕では風車と闘って敗れた後に、ドン・キホーテの純粋な美しい心が白いバレ エによって表される。そして彼は、キトリとバジルの愛の成就のために力を貸す。しかしガマーシュとの決闘には敗れ、潔く、サンチョ・パンサを伴って再び旅 立っていくのである。
ここでは、クチュルクの奔放なキトリの魅力とファジェーエフの非常に優雅で濃やかな動きが、いい具合のコントラストを描いて大いに楽しめた。ファジェー エフはキーロフ・バレエのプリンシパルらしく、一分の動きもあだやおろそかには決してしない。よくコントロールの利いたしかし優しい踊りであった。
(2月1日、オーチャ-ドホール)

今までのレニングラード国立バレエ団は、主役級とコール・ド・バレエは整えられてきたが、ソリストクラスが今一歩という印象だった。しかし今回の公演では、若いソリストクラスにいいダンサーが散見されたように感じる。ぜひさらに発展してもらいたいと思っている。