ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2005.01.10]
未だ20世紀の夢から抜けきれないのに、もう2005年です。そのうちに、生っ粋の21世紀生れのダンサーたちが活躍する時代になるわけですね、あったりまえですが。(毎日、もう21世紀なんだよ、と自分に言いきかせておりますのです) 明けましておめでとうございます。本年も「DANCE CUBE」をどうぞどうぞよろしくお願いいたします。スタッフ一同、21世紀の素晴らしいダンスを育む、という心がけで一所懸命がんばります!

●『くるみ割り人形』8本を観ました

今年は12月に『くるみ割り人形』を8本観た。佐々木三重子さんも紹介してくださっているが、そのほかにも見逃した舞台はある。昨年が3本、一昨年が5 本、東京のアプローズでは書いた。今年は多い年なのだろうか、12月に入ると公演は連日『くるみ割り人形』となった。劇場には思ったよりずっとよく観客が 入っていたし、それぞれがクリスマスに『くるみ割り人形』を観る、というイベントを楽しんでいた。バレエが描く少女のクリスマス・ファンタジーが、宗教的 な深いものとしてではないにせよ、私たちの生活の感覚と自然に調和するようになってきたのだろう。
もともと、クリスマスに『くるみ割り人形』を観る、という習慣が一般的になったのはアメリカである。アメリカは大きな地方都市には必ずといっていいほど バレエ団があり、クリスマス・シーズンにはほとんどがバレエ団がそれぞれのヴァージョンの『くるみ割り人形』を上演する。日本ではクラシック・バレエの代 表的作品といえば『白鳥の湖』だが、アメリカでは断然『くるみ割り人形』なのである。

  今年の暮れは、昨年まで『シンデレラ』を上演していた新国立劇場も、1997年に初演した『くるみ割り人形』を再演した。ワイノーネン版に基づくガブリエ ラ・コームレワの演出だが、3幕構成となっている。『くるみ割り人形』は、2幕構成の「夢幻バレエ」として初演された作品なので、幕間が2回入るといささ か冗長の感が無きにしもあらずである。演出は細部にわたって神経が行き届いているが、思い切った飛躍があるわけではない。マーシャはマリインスキー劇場の アリーナ・ソーモア、王子はデニス・マトヴィエンコだった。ソーモアは美しいプロポーションが際立っていたが、コール・ド・バレエとの調和、という点では もうひとつという印象であった。
(12月17日)

  牧阿佐美バレエ団は三谷恭三の演出・改訂振付版。プティパ、イワノフの初演に準じてクララと子供たちをその年齢に応じたダンサーが踊り、第2幕で金平糖の 精が王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊った。昨年は、雪の女王を踊った笠井裕子が金平糖の精を初めて踊った。どこかにフォンテーンを想わせる雰囲気を持つ笠 井は、大きなくっきりとした踊りのラインを描くことができる。いささかの生硬さは残るが、スタッカートな明解な印象を与えるダンサーである。国際舞台で 踊った経験を生かして落ち着いて踊った菊地研とともに期待したい。雪の女王の青山季可もしっかりした踊りだったが、もう少し大きく表現しようとしてもいい のではないか。カーテンコールでは恒例のキャンディ投げが観客を沸かせた。
(12月12日、ゆうぽうと簡易保険ホール)

  松山バレエ団の『くるみ割り人形』は、プティパ、イワノフ版とワイノーネン版の両方に基づき、清水哲太郎が台本・構成・演出・振付を手掛けている。クララ は森下洋子で、第1幕のシュタールバウム家から、雪の国、水の国、お菓子の妖精の国、ラストのシュタールバウム家の玄関前までほとんど出ずっぱりである。 第2幕のグラン・パ・ド・ドゥの後には、王子との長い別れのパ・ド・ドゥも踊る。このクララの充実した踊りがあるがために、夢から目覚めた彼女が、雪の国 の王と王妃から贈られたケープをドロッセルマイヤーからそっとかけられるという、夢と現実を繋ぐ感動的なラストシーンが生まれるのである。カーテンコール では楽しいクリスマス・メドレーが演奏された。
(12月20日、ゆうぽうと簡易保険ホール)

  井上バレエ団は関直人振付の『くるみ割り人形』。クララは少女が踊り、くるみ割り人形の王子がハンサムな王子に変身(呪いを融かれる)するヴァージョンで ある。幕開きにドロッセルマイヤーがくるみ割り人形を観客に見せながら登場するシーンから、劇中の人形劇へと、物語の背景を巧みに見せる。ピーター・ ファーマーの美術が美しく、クララのおとうさんおかあさんの動きなど演出に無駄がなくスムーズである。王子は、チェコ出身でヒューストン・バレエのプリン シパル、ズデニェック・コンバリーナ。大柄なダンサーではないが、ロマンティックな雰囲気を醸しだせるダンサーだった。カーテンコールの華やかなキャンド ル・サービスがクリスマス・ムードをいっそう盛り上げた。
(12月19日、文京シビックホール)

  バレエ シャンブルウエストは、今村博明・川口ゆり子振付の『くるみ割り人形』である。金平糖の精を吉本真由美、王子を佐藤崇有貴、ドロッセルマイヤーは今村博明 が踊った。雪の国のシーンでは、雪の結晶を想わせるフォルムよりも雪の煌めきを光のリズムで表す振付であった。第2幕のデヴェルテスマンには、いくつかの 新たなキャラクターを登場せていた。美術は新国立劇場などにも提供しているヴァチェスラフ・オークネス。カーテンコールや抽選でキャンディーなどのプレゼ ントもあった。
(12月15日、いちょうホール)

  スタジオ・ベラームは多胡寿伯子演出・振付による、日本オリジナルを目指す『くるみ割り人形』。オープニングは、ドロッセルマイヤーのシルエットからイブ にひとりで猫の「シロ」と遊ぶクララ。サンタクロースも登場したり、ツリーだけでなくねずみの王様やくるみ割り人形の兵隊も大きくなったり、クララとド ロッセルマイヤーがアクアラングを着けて人魚の国を訪れたり、のら猫シロはしつこいねずみの兵隊を簡単に追い払う、そしてデヴェルテスマンはもう、それそ れにいろいろな仕掛けが組まれていてそれは楽しい。多胡版の『くるみ割り人形』は、たくさんのおもしろさを上手く物語にまとめている。
(12月4日、ゆうぽうと簡易保険ホール)

  キエフ・バレエは『くるみ割り人形』の訪日公演をクリスマスとイブに行った。ワレリー・コフトゥンの振付は、クララやフリッツなどの子供たちをそれに扮し た大人のダンサーが踊る。ボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版に近いヴァージョンである。第2幕は人形の国に設定されている。デヴェルティスマンは、 スペイン、ロシア、東洋、中国とすべてパ・ド・ドゥで、パストラールも二組のペアが踊る構成になっている。これはなかなかスマートな印象を抱かせるが、グ ラン・パ・ド・ドゥにまでいたるとやはり変化が欲しかったとも思う。ウラジーミル・コジュハーリ指揮、演奏はキエフ・シェフチェンコ劇場管弦楽団。幕間で は、出演者が抽選する観客へのプレゼントもあった。
(12月24日、オーチャ-ドホール)

小林紀子バレエ・シアターは、ワイノーネン版に基づき小林紀子が演出・再振付し、ジュリー・リンコンが監修した『くるみ割り人形』である。金平糖の精は 島添亮子、王子はイングリッシュ・ナショナル・バレエのプリンシパル、トーマス・エデュール、ドロッセルマイヤーは塩月照美が踊った。第1幕のクリスマ ス・イブのパーティで起る出来事は、クララの心のレンズを屈折して通って彼女の夢に映しだされる、そういう演出であった。第2幕では楽しいディヴェルテス マンが繰り広げられ、いよいよ島添亮子とエデュアールのグラン・パ・ド・ドゥが始まった。ところがエデュアールのヴァリエーションが始まってすぐにアクシ デント。足を怪我して転倒してしまったのである。島添のヴァリエーション、コーダでは中尾充宏が急遽代役を務め見事に舞台を締めた。バレエ団として常に備 えはあるだろうが、それまでの舞台が順調に過ぎるくらいに進んでいたので、もちろん観客も予想だにせず、一瞬、会場中に緊迫感が漲った。オーケストラの音 にもいささかの動揺が感じられなくもない。しかし、島添が落ち着いてヴァリエーションをややゆっくりしたテンポで踊り、舞台は息を吹き返した。中尾もス ムーズにコーダに準備万端整えていたかのように踊ったのである。カーテンコールでは小林、リンコンがともに中尾の健闘を讃え観客も大きな喝采を贈った。 「チーム小林紀子バレエ・シアター」が光ったのだった。こうして、おそらく2004年最後の『くるみ割り人形』は、幕を閉じた。
(12月27日、メルパルクホール)