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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2011.06.10]

ダンスを創作する大きな力を感じた「江口・宮アーカイヴ」名作復元公演

江口隆哉、宮操子『日本の踊り』『春を踏む』『スカラ座のまり使い』『タンゴ』『プロメテの火』他
江口・宮アーカイヴ

「江口・宮アーカイヴ」による名作復元公演が宮操子三回忌メモリアルとして開催された。日本のダンスの先駆者である江口隆哉と宮操子夫妻は、高田雅夫と高田せい子の舞踊団に学んで、昭和6年12月に門司港からともにドイツに渡った。ノイエタンツの中心的舞踊家として知られるマギー・ウイグマンの学校で素養を積んでいたが、世界大戦に向う動きに追われて帰国。ドイツ滞在中にベルリンで公演を行い、『手術室』『タンゴ』などを発表して評価された。帰国後は江口・宮舞踊研究所を開設して創作舞踊を発表する。太平洋戦争中は活発に慰問活動に励んだ。
宮操子の一周忌に集ったゆかりの人たちの話し合いの中から生まれた。日本の舞踊に取って意義のある企画である。

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プログラムは、第1部「日本の太鼓」、第2部は個性派ダンサーによる江口・宮の代表的ソロ作品の復元、第3部は献舞という三部に分けられていた。
まず『日本の太鼓』。これは岩手の民俗舞踊「鹿踊り」に啓発されて1951年に日比谷公会堂で初演された。江口と宮、作曲の伊福部昭が何度か現地を訪れて取材を重ね、音楽と作舞を同時進行で創っている。
獅子舞ふうの角のある鹿の立体的な面をかぶり、背中には2メートルくらい長いH型の竿を背負い、腰に太鼓を着けて叩きながら八人で踊る豪快なダンスだ。「八ッ鹿踊り」「女鹿かくし」「二ッ鹿踊り」「八ッ鹿踊り」の四章で構成され、勇壮な群舞とユーモアも感じさせる親鹿と女鹿の踊りがおもしろかった。鹿の群舞の動きをみていると、人間の生へのアイロニーが垣間見えてきた。人間が見落としている命の側面を指摘しているのだろうか……。1978年上演の記録映像から復元した舞台だった。
第2部は3つのソロの復元だが、振りの再現ではなくそれぞれのダンサーが作品のイメージに基づいて踊る江口・宮に捧げるオマージュ。江口が宮操子に振付けた『春を踏む』(1943年初演)は荒木まなみ、地主律子、後藤智江がそれぞれの春を贈った。
『スカラ座のまり使い』(1935年初演)は原振付に忠実に木原浩太が、デュエットにアレンジして花輪洋治と藤田茂時が、独自の翻案で佐藤一哉が踊った。音楽はシューベルトの「スケルツォ」。
宮操子がベルリンのバッハザールで踊って好評だった『タンゴ』(1933年初演)は吉垣恵美、内田香、倉知外子が踊った。タンゴのリズムと情感のエッセンスを踊るダンスだ。そしてブレイクでは、戦時中の慰安公演に関する思い出が関係者の語りと写真によってレポートされた。

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第3部はヨネヤマママコのマイム『恋の曲芸師』と伏屋順仁の『牧神---恩師への即興詩』が献舞され、大作『プロメテの火』の全7景の中から第3景「---火の歓喜---」(1950年初演)が踊られた。人類に火を与えたといわれるギリシャ神話のプロメテウスを題材としたダンス。音楽は伊福部昭で門下生の記憶によって復元された舞台である。
「江口の群舞創作の粋が集結しているシーン」といわれるそうだが、まさに圧巻だった。神話的な堂々たる格調高い群舞構成で、全体に脈打つ動きのリズムとヴィジュアルの変化と伊福部作曲の音楽がが一体となって、見応え充分の迫力のあるシーンを創っていた。
宮操子の抜群のプロポーションによるダンスと江口の創作する大きな力を感じとることができた公演だった。
(2011年5月14日 日暮里サニーホール)

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撮影:谷岡秀昌/根本浩太郎
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