ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2016.01.12]
シルヴィ・ギエムのファイナル公演「Life in Progress」が終わった‥‥。
ギエムは日本の観客に別れを告げるにあたって、彼女がパリ・オペラ座のコール・ド・バレエだった時に、「ルドルフ・ヌレエフが芸術監督でなかったら、違う人生になっていたであろう」と言う。また、同様に「16歳の頃、日本と出会っていなかったとしたら、違う人生になっていた」とも記している。
同じことが私たち日本の観客にも言える。もし、私たちがシルヴィ・ギエムのバレエ観の核心を変えるような舞台と出会っていなかったら、今日のバレエとバレリーナに対するイメージは、異なったものになっていたのではないか。
とりわけ、私は、彼女がパリ・オペラ座に入団した1984年に「ダンスマガジン」を編集長として創刊し、まず、バレエダンサーとして初めて来日したシルヴィ・ギエムの天賦の才に遭遇した。そして1988年、パリ・オペラ座でオリジナル・キャストとしてギエムが踊ったフォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド』。この舞台の劇的な印象が、私の20世紀のバレリーナのイメージを根底から変えた。プロセニアムの中でギエムが繰り返す断絶のリアリティによって、舞台と現実が一体化し21世紀に相応しいバレリーナを顕現した。まさにバレリーナの新時代を告げる鮮烈な舞台だったのである。
以来、私は、常にギエムの舞台活動と平行しつつ雑誌を刊行していたし、いつも「バレエダンサー、シルヴィ・ギエム」を心の中の座標に据え、バレエと関わり続けてきたのだと思う。
シルヴィ・ギエムのファイナル公演「Life in Progress」は、そうしたことを改めて私に再認識させてくれた舞台であった。

マリインスキー・バレエ団のダンサーによる豪華絢爛の『ジュエルズ』全幕を堪能した

マリインスキー・バレエ団
『ジュエルズ』ジョージ・バランシン:振付

バランシンが振付けた『ジュエルズ』は、1967年にニューヨーク・ステート・シアターで初演された。
第1部「エメラルド」はフランス人作曲家ガブリエル・フォーレの『ペアリスとメリザンド』『シャーロック』など、第2部「ルビー」は、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーの『ピアノとオーケストラのためのカプリッチョ』、第3部「ダイヤモンド」は、やはりロシア人の作曲家ピョートル・チャイコフスキーの『交響曲第3番』(第1楽章を除く)が使われている。バランシンが3人の作曲家の音楽を使って、フランスのエレガンス、アメリカの機智のある活気、ロシアの華麗な美といったそれぞれの美しさを見事に構成したバレエである。
もう10年以上も以前になるが、2003年のマリインスキー・インターナショナル・バレエフェスティバルでは、『ジュエルズ----インターナショナル』として、「エメラルド」をパリ・オペラ座バレエ団、「ルビー」をニューヨーク・シティ・バレエ団、「ダイヤモンド」をマリインスキー・バレエ団がひとつの作品として上演した。フェスティバルが招聘したオペラ座とNYCBが踊ったのは主要キャストだけで、コール・ドはマリインスキー・バレエ団だったが、これはなかなか興味深い試みだった。それぞれのカンパニーは特色を良く表現しており、これもまた一種のガラ公演というべきだろう。しかし、3部構成として全体の舞台を観てどうか、と言うと、やはり全体の一貫性に欠けた。そこには3人のバランシンが居た、と言う感想を抱いたのだった。

tokyo1601a1_0004.jpg [エメラルド]
マクラスノクーツカヤ、セルゲイーエフ
撮影/瀬戸秀美(すべて)

今回の『ジュエルズ』は、マリインスキー・バレエ団の来日公演である。
まずは「エメラルド」。フォーレの曲を踊る。プリンシパル、ソリスト、コール・ド・バレエによるアンサンブルに始まり、二つのソロ・ヴァリエーションに続いてパ・ド・トロワ、パ・ド・ドゥ、そして最後は全員でコーダを踊る、という構成。フォーレの曲想を余すところ無く捉えた鮮やかな緑色の衣裳を纏ったダンサーたちによるフォーメーションが、滑らかなエメラルドの典雅な美しさを動きの中に映し出した。ヴィクトリア・マクラスノクーツカヤとアレクサンドル・セルゲーエフが中心を踊った。
ストラヴィンスキーの曲で踊る「ルビー」は一転して、動きのおもしろさを表しながら展開していく。インドや東南アジアの舞踊で使われる「ムードラ」(ヨガの用語)のように、手首を90度に曲げる形を多用したり、舞台上を駆け回ったり、ショー・ダンスの動きとバレエのパを巧みに組み合わせたりして、瀟洒なムーヴメントをつぎつぎと作り出す。そしてエキゾティツクなルビーの赤い光りを、舞台から見事に放射した。ナデージダ・パトーエワとキミン・キム、エカテリーナ・コンダウーロワがプリンシパルを踊った。

tokyo1601a1_0213.jpg [ルビー] tokyo1601a1_0292.jpg [ルビー]
バトーエワ、キム

最後はチャイコフスキーの音楽の精髄を究めた動きが展開する。『白鳥の湖』の第2幕のアダージオへのオマージュを感じさせながら、物語的な具体性ではなく、メタフィジカルな天空に現れた美しさを捉えた踊りを出現させた、といっても過言ではない。雪の結晶をイメージさせる『くるみ割り人形』の雪の精の踊りを彷彿させるシーンからは、アップテンポして、バランシンのダンス特有のスピード感溢れる踊りとなった。豪華な宝石の王者とも言えるダイヤモンドの格調の高い輝きが舞台を彩った。
プリンシパル・ダンサーは、クリスティーナ・シャプランとティムール・アスケロフという清新なペア。シャプランはミハイロフスキー・バレエから新たに加入した美貌のダンサーで、一際白い肌と女性的な柔らかさを備え、たいへんチャーミングだった。アスケロフの若々しい動きとシャプランの魅力が融和して、素晴らしい舞台を作った。シャプランは控え目な表現だったが、さらに大きくチャレンジングな舞台姿も見せて欲しい。
(2015年11月26日 文京シビックホール)

tokyo1601a1_0453.jpg [ダイヤモンド]
シャプラン、アスケロフ
tokyo1601a1_0487.jpg [ダイヤモンド]
シャプラン、アスケロフ
tokyo1601a1_0558.jpg [ダイヤモンド]
シャプラン、アスケロフ
tokyo1601a1_0601.jpg [ダイヤモンド]
tokyo1601a1_0603.jpg [ダイヤモンド] tokyo1601a1_0160.jpg [エメラルド]