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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.08.11]

ドルグーシン版『ジゼル』、『騎兵隊の休止』『春の水』『海と真珠』ほか

『スパルタクス』でデビューを飾り、数々の話題を提供したミハイロフスキー・バレエのロンドン公演は、その後プログラムを変えるごとに、英バレエ批評家たちに高く評価されるようになる。

 というのも7月25,26日に3キャストで公演されたドルグーシン版『ジゼル』は、衣装や舞台装置も上品で、かつ演劇的に納得のいく改定が加えられており、品位と演劇性を重視する英国人の嗜好に非常にマッチした作品だったのである。

撮影/アンジェラ・加瀬

 また千秋楽の7月26日に披露された「バレエ小品集」のうち『騎兵隊の休止』もまた、演劇性高く、かつ上品な笑いを誘うエピソードに満ちた優れた小品であったからだ。

 7月25日『ジゼル』の初日を踊ったのは2004年のモスクワ国際バレエ・コンクールで金賞受賞のアナスタシアとデニスのマトヴィエンコ夫妻。
森番のハンスはアレクサンダー・オマール、ペザント・パ・ドドゥをサビーナ・ヤパーロワとアンドレイ・ヤフーニュク、精霊の女王ミルタをオクサナ・シェ スタコワ、ミルタのお付きをアナスタシア・ロマンチェンコワとイリーナ・コレゴワがつとめたほか、クーランド公には、かつてソビエト時代にナタリア・マカ ロワの相手役をつとめていた往年の男性舞踊手で、現在同バレエ団で指導をするほか、振付家としてこのバレエを改定したニキータ・ドルグーシン自身が扮し た。

  モスクワ、ヴァルナ、セルジュ・リファール・バレエ・コンクールで受賞後、昨年夫のデニスと共にミハイロフスキー・バレエに移籍し、世界的に注目を浴びる アナスタシア・マトヴィエンコ。7月25日の『ジゼル』は、新人に対して世界で最も辛いといわれるロンドンの批評家多数を前にしての彼女の古典全幕作品デ ビューであった。

 若かりし日のシルヴィ・ギエムのような身体能力と技を奮ったジゼルを見せるのだろうか? という一部の批評家たちの期待は大きく裏切られ、彼女が踊ったのはバレエのお手本から抜け出したかのような、技をひけらかすことのないタイトル・ロール。
ア・ラ・セゴンドであげる足の角度も、柔軟性に優れる最近の欧米のバレリーナと比べると控え目すぎるのでは? と思われるほど。

撮影/アンジェラ・加瀬

 彼女が唯一並外れた身体能力を奮って見せたのは2幕のソロの跳躍であった。精霊となったジゼルが、風にそよぐ柳の枝のように、背中をしなやかに弓なりにそらせて見せる跳躍は幽玄でたとえようもなく美しいものであった。

 ミルタ役のシェスタコワ、ミルタのおつきを踊ったロマンチェンコワとコレゴワ、コール・ド・バレエのアンサンブルも見事で、観客から大きな拍手を送られた。

  ドルグーシン版には1幕でクーランド公が、娘の婚約者であるアルベルトが村人に身をやつして美しい村娘と恋仲になっていたことに激怒する場面や、2幕の冒 頭でアルベルトが夜闇にまぎれてジゼルの墓に花を捧げに行く場面で、精霊伝説を知るアルベルトのお付きの男性が、何とかそれを阻止しようとする場面が組み 込まれており、演劇的に非常に納得のいく舞台作りが施されている他、2幕では通常の版にはない音楽も挿入されている。

撮影/アンジェラ・加瀬

 衣装と舞台装置は『スパルタクス』と同じヴァチェスラヴ・オークネフが担当。英批評家に「品がない」と評された『スパルタクス』の装置や衣装とは雰囲気を大いに異にした、落ち着いた色調と品格高いデザインの衣装と収穫の秋の風景を描いて見事であった。

 翌26日夜の公演を鑑賞・撮影した。女性主役はイリーナ・ペレン、アルベルトは23日以外連日主演のデニス・マトヴィエンコ、ミルタはイリーナ・コシェレワであった。
98年の入団以来数々の主役を踊り、バレエ団の看板スターであるペレンは、1幕では可憐で初々しいジゼルを、精霊になった後の2幕のソロでは、トウ・シューズの中の足を存分に使って足音をたてずにかつ浮遊感あふれる跳躍の数々を披露し、白眉であった。

『スパルタクス』を2度全幕主演し、『ジゼル』も連日主演したマトヴィエンコは、25・26日共かなり疲れていたと思われるが、そのような様子は全く見せずに、両日とも好演。1幕のジゼルの死を驚き嘆く演技や、2幕ジゼルに命を救われた後の悔恨の様も程よかった。

撮影/アンジェラ・加瀬

 両日ペザント・パ・ド・ドゥを踊ったヤパーロワ、ヤフーニュクは、共に優れた音楽性と高い芸術性の持ち主で印象に残った。

『ジゼル』を指揮したのはスタニスラフ・コチャノフスキー。『スパルタクス』を大音声で演奏し、観客の度肝を抜いたオーケストラと同じとは思えぬ程の、繊細で詩情溢れる演奏を引き出し、見事であった。

『ジゼル』初日に招待された英国の批評家たちは、実はこのバレエ団が自分たちの好みに合った「品位と節度ある舞踊スタイルを身上とし、演劇的な作品を有する」団体であることを遅ればせながら悟ったのである。
(2008年7月25日鑑賞、26日撮影)

 最終日の27日昼に上演されたのは「バレエ小品集」で、『騎兵隊の休止』を第1部、『パキータ』を第3部に、第2部でロシア・バレエの小品(ディベルティスメント)各種を披露するという構成であった。

 話題は1896年にプティパ振付で初演されながら、イギリスで披露される事のなかった『騎兵隊の休止』と、ミハイル・メッセレルが復刻した『春の水』と『海と真珠』の小品2作が含まれていることである。

 私が12時直前にゲネプロ撮影のために劇場の正面玄関前を通ると、3時からの公演の当日券を求めるお年寄りが多数列をなしていて驚かされた。

『騎 兵隊の休止』は、日本でも人気のロマンチェンコワとアントン・プルームが主演。プルームの明るい個性と若々しさ、跳躍技に目を奪われたほか、オリガ・セ ミョーノワ扮する村一番の美女テレーズを争う騎兵隊の連隊長(アンドレイ・ブレイクバーゼ)や大尉(ウラジミール・ツァル)ら高級将校の奮戦する様が微笑 ましく、作品中からカーテン・コールを通じて上品な笑いを誘い、英国の関係者や観客に大いに愛され好まれた。

 第2部のディベルティスメントでは、最近殆ど踊られることのなかった小品の復刻上演が珍しかった。
アンナ・パヴロワが世界中で踊ったという『とんぼ』は、最近では写真で伺い見ることができるのみであったが、復元され美しい衣装ともに踊られるのを見た観客は感慨ひとしおであった。主演はアンナ・ジュラヴリョーワ。

『エスメラルダ』 撮影/アンジェラ・加瀬

 群舞付きの『エスメラルダ』を踊ったのはエカテリーナ・ボルチェンコとニコライ・コリパエフ。思い悩み憔悴した風情の女性主役を踊るボルチェンコと、彼女をいたわるコリパエフの2人は、若手アーティストのみが醸し出すことのできる甘やかな雰囲気に満ちており印象的。

  ボリショイ・バレエ団在団中に日本で亡命し、その後ロンドンを拠点にボリショイ、マリィインスキー、パリ・オペラ座バレエ、デンマーク王立バレエ、 ABT、英国ロイヤル・バレエ団など著名バレエ団の指導をしているミハイル・メッセレルは、昨年、叔父アサフ・メッセレルが1962年にボリショイ・バレ エに振付けた『クラス・コンサート』を復刻上演するなど、近年古いバレエ作品の復元と指導に着手している。

『海と真珠』 撮影/アンジェラ・加瀬

 今年は1914年にアレクサンダー・ゴルスキーが振付けた『海と真珠』と、叔父のアサフ・メッセレルが振付けた1953年に振付けた『春の水』の復元と指導にあたった。

『海 と真珠』を踊ったのはアンドレイ・ヤフーニュクとサビーナ・ヤパーロワ、アンナ・ジュラヴリョーワ。高い美意識に貫かれた舞踊スタイルを音楽性豊かに チャーミングに踊ったヤパーロワとジュラヴリョーワの女性2名、大きな波と戯れるかのような跳躍の大技を何度も優雅に披露してみせたヤフーニュクは、復刻 版を習い披露するという大役を見事に果たしルジマートフとメッセレルの抜擢に答えた。

『春の水』を踊ったのはイリーナ・ペレンとマラト・シュミウノフの2人。片腕リフトやダイブといった超絶技巧が織り込まれている振付も、夫婦ペアならではの信頼と阿吽の呼吸で悠々クリアし、観客から盛んな拍手喝采を浴びた。

『春の水』 撮影/アンジェラ・加瀬

 第2部のトリはマトヴィエンコ夫妻による『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ。前日まで『ジゼル』で貴公子アルベルトを演じていたデニスだが、『スパルタクス』や『海賊』を観ると、貴公子よりも男らしく精悍な役柄に最もその個性と技量を発揮できる踊り手であることが分かる。
アナスタシアも容姿の良さと身体能力の高さを思う存分アピールして、ディベルティスメントの最後を印象的に締めくくってみせた。

 第3部で群舞を従え『パキータ』を踊ったのはエカテリーナ・ボルチェンコとマラト・シュミウノフ。舞台映えのする長身で容姿に優れる2人によって、ミハイロフスキー・バレエの初のロンドン公演は、その幕を下ろした。

  昨年ルジマートフが芸術監督に就任し、優れた指導者や振付家、ダンサーを招聘するなどしてバレエ団に新風を吹き込んだ。年に新作1つと、古典バレエのリバ イバル作品を1つ、そして子供向けバレエを1つを新たに演目に加えていく方針のもと、団員たちに新作や様々な役に挑戦するチャンスを与えたことから、バレ エ団は大いに充実。175周年記念を祝う秋からの新シーズンも、世界から熱い注目を浴びることは間違いない。

 日本でレニングラード国立バレエとしてとして、毎年数多くの公演を行い親しまれている同バレエ団とスター・ダンサーらの魅力は、今やロンドンのバレエ・ファンの間にもしっかりと浸透し、今から次の来英公演が待たれている。
(「バレエ小品集」は2008年7月27日15時よりの公演、11時よりの最終ドレス・リハーサルを撮影)