ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

大村真理子(在パリ・フリーエディター)Text by Mariko OMURA 
[2017.11.10]

オペラ座ダンサー・インタビュー:ユーゴ・マルシャン

Hugo Marchand ユーゴ・マルシャン(エトワール)
彼が前回このインタビューに登場したのは、今から2年半前のこと。スジェの時代だった。その後、順調にオペラ座のピラミッドを登ってゆき、今年3月、『ラ・シルフィード』の来日公演の際に彼はエトワールに任命された。日本生まれの初のエトワールだ。23歳の若く頼もしいダンサーは、今、フランスのメディアからも多いに注目を浴びている。

新シーズン2017〜18は開幕ガラで『3つのグノシエンヌ』を踊り、開幕公演の『ジュエルズ』では「エメラルド」と「ダイヤモンド」に配役された彼。オーレリー・デュポン芸術監督が彼に寄せる期待と信頼が伺える。「バランシン、テシガワラ、パウシュ」のトリプルビルでは、『アゴン』のパ・ド・ドゥをミリアム・ウルド=ブラムと組み、ベテラン並みの余裕と存在感を見せた(注:10月31日以降の公演は怪我のため降板)。来年1月11日〜13日に東京の東急シアターオーブで開催される「ル・グラン・ガラ 2018」のため来日が予定されている彼。インタビューの受け答えにも、2年半の間の成長が読み取れる。

Q:エトワールに任命された後、何が大きく変わりましたか。

pari1711c_07.jpg photo James Bort/ Opéra national de Paris

A:まずは、最高に素晴らしい配役を確実に得られるようになったことですね。プルミエ・ダンスール時代にも良い役をもらっていたけど、配役されても公演の保証がなかったから。でも何よりも大きな違いは、ダンスを知らない外部の人が僕に向ける視線です。エトワールだと知ると、僕を見る視線、リアクションが変わるんです。また、大きく変わったこととして新しい権利、新しい義務ということが言えます。エトワールというのはカンパニーの模範的存在でなければならず、公演をパーフェクトに全うしなければなりません。でも、それと同時に表現の大きな自由が与えられてもいます。フランスに対し、フランス文化に対する一種の責任のようなものも背負っていて、フランス文化のアンバサダーとして、オペラ座を輝かせなければなりません。バレエを見てみたいという気を世間におこさせて、オペラ座に大勢に来てもらうようにして・・・僕たちは商品のようなもの。ダンスを売るということは大切なことだと思います。たくさんのことが変わりました。でも、今僕はとても幸せで満足しています。 新しい役、美しい役が踊れて、本当に幸せなんです。以前よりプレッシャーが小さくなりました。観客に対して、自分の見せられる最高の舞台を常にみせるように努めています。

Q:小さいときから、エトワールになる瞬間を心に思い描いてたのではないかと思いますが、夢の中でそのシーンはガルニエ宮ででしたか。

A:はい、ガルニエ宮で、そして両親、親戚、僕の愛する人々がみな観客席に揃っていて・・・・このように想像の中で描いていたので、現実はまったく違いました。でも任命されたという事実に、とっても満足しています。ずっとプルミエ・ダンスールのままで終わる、ということもありえるのですからね。とても満足しています。確かに子供のころの夢ではガルニエの舞台でしたけれど、日本で任命されたということにも僕はとても満足しているんですよ。というのも、日本というのはダンスについて特別な場所です。いつも温かく迎えてくれて、会場でダンスを楽しむ観客もたくさんいて・・・。日本で任命されたというのは、他の人が得られない特権だと感じています。そしてガルニエでのエトワール任命と違って海外での任命というのは、国際的。現地の新聞も語りますからね。ちょっと特殊です。両親がいない場所での任命ということは少々フラストレーションなので、感情面ではポジティブとネガティブの両方があるけれど、エトワールという階級に至れたのは、とても幸せなことです。

Q:現場に居合わせず、ご両親からどのような反応がありましたか。

pari1711c_01.jpg 「アゴン」
photo Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

A:がっかりということはありません。確かにフラストレーションは少々あったようですが、そんなことより何より、あまりにも嬉しくって、と。彼ら、ナント(ユーゴの実家がある)でお祝いをしたそうです。 僕はツアーで一緒だったレオノール・ボーラックとジェルマン・ルーヴェと一緒に祝いました。家族で一緒にお祝いをしたかったですね。

Q:どういった作品で任命されると、夢の中では思い描いていましたか。

A:『ラ・シルフィード』で任命されるとは思ってもいませんでした。『マノン』のような役を踊って・・・かな、と。でも、『ラ・シルフィード』のジェームスの役を踊れたことは、とっても満足していますよ。これはとても難しい役なんです。特殊な世界の物語で・・・。

Q:来日ツアーの参加が突然に決まったことで、任命されるかもしれないという考えは頭に浮かびましたか。

A:いえ、全然 !  バスチーユで『真夏の夜の夢』の稽古をしていたら、マチュー(・ガニオ)が怪我をしたので、彼の代わりに !って連絡があったんです。『ラ・シルフィード』は初役で、稽古期間は2週間。これはいくらなんでも、少ないですよね。難しかった。だから、良い公演にしよう、と思うだけで、任命なんてことはまるで思いもしませんでした。

Q:ジェームス役を踊るダンサーとしては、あなたは大柄ですね。

A:僕は確かに背が高いダンサーですが、速さがあります。漲る活力があります。普通背が高いと敏捷性にかけたり、下肢の動きがスピーディではないものです。だから、僕は意識してそうした点について、猛烈に稽古をしたんです。できるようになるものなんですよ。

pari1711c_02.jpg 「アゴン」
photo Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

Q:エトワールになって最初のデフィレは、どのようでしたか。

A:4月のイヴェット・ショーヴィレのガラのときで、とても感動的でした。デフィレというのは、自分が至った階級について意識させられる機会なんですね、いつも。並ぶラインが変わり、二人横並びになって、そして一人で・・と。このガラは任命からすぐのことだったので、僕はとっても感動しました。観客も盛大な拍手で迎えてくれて・・。僕が任命されたときに居合わせていなかった、ということもあったのでしょう。その分余計に拍手をしてくれたようです。その後の『ラ・シルフィード』の初日もそうでしたね、とにかく、拍手、拍手でした。

Q:今シーズンは『ジュエルズ』で開幕しました。特にストーリーのあるバレエではないはずが、「ダイヤモンド」であなたが舞台に出た瞬間に何かストーリーが始まる、と思わせるものがありました。

A:「ダイヤモンド」のリハーサルでは、まずテクニックと音楽性についてしっかりと仕事をします。このパ・ド・ドゥはとても複雑で難しいものです。テクニック面を完全にするには、たくさんの稽古が必要とされました。そして、その次の段階で、パートナーのアマンディーヌ(・アルビッソン)と、ストーリーを語るように努めたのです。シナリオのようなものをつくって・・・。

pari1711c_03.jpg 「ダイヤモンド」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:それはどのような内容ですか。

A:僕は森の中の狩人。彼女は野生の動物で、人間に慣れてない雌鹿のような・・・。あるところで両者は接近し、彼女は隠れ場所に逃げ込んで、といったストーリーで、これはコーチのアニエス・ルテステュが話してくれたことなんです。それから、一種の誘惑ということもあります。特に物語はないのですが、長年一緒にいて落ち着いたカップルが、 まるで観客が自宅にいるかのように、さあ、自分たちがこれから踊るので、みてくださいと招くような感じに・・・。「ダイヤモンド」はチャイコフスキーの音楽もとても美しいので、乗せられますね。これが初めての「ダイヤモンド」でしたけど、踊るのはとても楽しめました。

Q:最初に舞台に姿を現すときは、観客に背を向けての登場ですね。

A:はい。でも、僕はまったく観客に背を向けて登場したくなかったので、観客にすこし視線を走らせて、それからアマンディーヌの声がきこえたような気がして、何がおきたの・・・というように彼女の方へと走って行く、というようにしました。

Q:今年の年末は『ドン・キホーテ』に配役されています。

A:この役が踊れることになって、すごく満足しています。心を引き立てる音楽で、メチャクチャ楽しい雰囲気。ヴァリアションはとてもハードですけど、とても美しい。早く稽古に入りたいです。バジリオ役は、とても大きなチャレンジになると思います。

Q:年末には、これと同時にエクマンの『play』があります。彼の創作への興味はなかったのですか。

A:オーディションは受けました。彼がぼくの仕事をどう思ったかはわからないけれど、良いフィーリングが感じられました。でも、彼のリストから早々に僕の名前は外れました。『ドン・キホーテ』のほうに配役されることになって・・・。オーレリーがエトワールをこの作品に必要としているからでしょうね。

Q:今期の後半は、何に配役されるのかわかってるのですか。例えば『ボレロ』とか。

A:もちろん踊りたいです。夢見ます。でも、今のところ僕が踊るという予定はありません。いつか踊れる日がくるのを期待しています。これは美しい夢ですね。

Q:サシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』はいかがですか。

A:この作品でエルヴェ(・モロー)がアデューをすることになっています。これはキャスト数がそれほどないし、それに何よりも僕が踊ることをサシャ・ヴァルツが許諾しなければ始まらないことです。イヴァン・ペレーズの創作に参加すること以外、シーズンの後半のことはまだよくわかっていないのです。 2月の『オネーギン』。ぜひとも踊りたいですが、これもクランコ・トラストの許可次第で・・・。今怪我をしているダンサーがとても多いので、いろいろなことが直前変更の繰り返しという状況なんです。先のことは、だからよくわかりません。

Q:今期のプログラムにはない作品で、踊ってみたいのは何ですか。

A:『マノン』『ロメオとジュリエット』を再び踊れる機会が欲しいですね。それから『椿姫』。とても美しい物語なので、踊りたいという気を掻き立てられます。『白鳥の湖』もまだなので、ぜひ。フォーサイス、マクレガー、キリアン・・踊りたい作品はたくさんあります。いつもと同じ答えになりますが、これまで仕事をしたことのない振付家との仕事や新しい創作を夢見ています。同時にクラシック作品も踊りたい。テクニックをより上達させたいし、舞台上での表現も豊かにしてゆきたいし・・。仕事の継続ということですね。エトワールになったからといっても、そこで終わるのではありません。42歳までアーチストとして成長を続けてゆくことが僕の目標です。

Q:国際的キャリアを築くことも夢に見ているのでしたね。

A:はい。海外のガラなどに参加することで、オペラ座外で可能な限りのキャリアを築きたいと思っています。でも実現するのが、けっこう難しいことなのです。オペラ座の許可は簡単にでるものではないし、それに何よりもここでの仕事がたくさんあるので僕に余力がありません。でも、今23歳なのだから、まだまだ時間がありますね。ニューヨークで、例えばABTで踊れる機会があれば嬉しいだろうし、それにロンドン、イタリア、もちろん日本でもまた・・。

pari1711c_04.jpg 「ダイアモンド」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:1月には東京で「ル・グラン・ガラ 2018」があります。『ヴェーゼンドンク歌曲集』は、このガラのためにあなたとジェルマン・ルーヴェ、オニール八菜の3人にジョルジオ・マンチーニが創作する作品なのですね。

A:はい。これはワグナー自身の物語なんですよ。ジョルジオが話してくれたのですが、八菜(・オニール)が踊る女性を巡る、ジェルマン(・ルーヴェ)と僕の二人の男性のストーリー。あいにくと創作が始まったばかりの段階なので、役について何かを語れるというところまでは至っていません。

Q:ジョルジオ・マンチーニとは過去に仕事をしたことがありますか。

A:いえ、今回が初めてです。彼はとても優しい人なので、何もかも上手くゆくと思います。このガラのメンバーは素晴らしいダンサーばかりなので、舞台の上でも外でも素晴らしい時間が過ごせそう。来日が楽しみです。日本のバレエファンにとっても、とても喜ばしいプログラムだと思います。ワグナーの音楽は僕の好みとは違うけれど、この機会に彼の作品について知ることができたので、とても満足しています。

Q:共に来日するジェルマンとは学校時代からの友だちですね。仲良くなるきっかけが何かあったのでしょうか。

A:彼とは第三ディヴィジョンで一緒になりました。特にきっかけがあってというより、とても気があって、一緒に笑って、というように・・。僕たちはパーソナリティがまったく違う。それゆえにお互い相手を面白く思えるのだと思います。今、まだプルミエ・ダンスール時代と同じ楽屋にいて、ジェルマンと一緒なんですよ。しょっちゅう二人でふざけています。年齢もほぼ同じ、受けた教育も同じ、生活も似ている・・・お互いそれぞれの生活があるけれど、オペラ座外でも一緒に映画や展覧会に行ったり、ブランチをしたり、バカンスを過ごしたり。同じ役に配されることが多いので、どのようにその役について考えているかというような意見の交換もし、助け合うこともあります。でも頭の切り替えをしたいので、オペラ座外では仕事の話はなるべくしないようにしています。

Q:あなたより先にジェルマンがエトワールに任命されました。

A:はい。そのとき、彼のために僕はものすごく感動し、幸せな気持ちになれました。でも同時に心配にもなったんです。果たしてこうした日が僕にもいつか来るのだろうか・・って。で、実際にその時が来て、とても満足でした。

Q:エトワールであるという実感はありますか。

A:本当には実感してないんじゃないかと思いますけど、それってより健全だと言えると思うのです。前と変わらず毎日稽古に励みますし、他の人との関係もまったく以前と変わらない。普通のまま。夜になって、エトワールとして舞台で踊るというだけ。ぼくの願いは踊り続けて行きたいということだけ。エトワールになったというのは、子供の時の夢が叶った、というだけなんです。でも、それは誰もが実現できることではないですね。とても幸運なことです。たくさんの稽古を積んで、舞台で踊って喜びを得て行きたいのです。自分の体を気遣って、怪我をしないように・・・とにかく、オペラ座ではするべきことがたくさんあるので。重みを肩にずっしりと感じています。

Q:パリ暮らしを楽しむ時間はありますか。

A:パリ暮らしを始めて、6年になりました。住んでいるのは11区で、アリーグル市場などがある素晴らしい地区なんですよ。マレ地区も好きですね。オペラ座周辺や9区というのは、あまり好きになれません。この間の日曜はサンジェルマン界隈を散策しました。

Q:最近はどのような展覧会を見ましたか。

A:グラン・パレで開催されているアーヴィング・ペン写真展に行きました。次はピカソ美術館で新しく始まった展覧会にゆく予定です。可能な限り、こうして芸術的な世界を発見してゆきたいと努めています。また、週末にパリを離れることも大切にしているんです。海や山のある場所で、風に吹かれて・・・そして、チーズを食べて !  (笑)。入団した最初の年に運転免許を取得しました。免許を持ってるというのは、たいそうな自由を意味していますね。出かけたい時に出かけ、行きたいところに行かれるのですから。ほんのわずかな時間でもみつけてパリを離れるようにしています。そうすることによって僕は幸せで、舞台上で気持ちよく踊れているのです。そうしないとフラストレーションゆえに、観客に対して与えられるものが少なくなってしまうと思うのです。メンタルな良い効果が得られるとわかってるので、ノルマンディー地方や実家のナントへと車を走らせます。

pari1711c_05.jpg 「ダイアモンド」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:参加している What Can Dance Doプロジェクト。これは何でしょうか。

A:素晴らしいプロジェクトなんですよ。これについて話せる機会があるのは、うれしいですね。What Can Dance Doというのは、まだ結成されて1年もしない新しいアソシエーションです。ダンスを使って、団体で人道的な活動をするのが目的です。ダンスを介して貧しい人々を助けたり、新しいことにエスプリを効かせるという・・。さまざまなプロジェクトが具体化に向けて、整えられようというところにあります。 デンマーク・バレエ団のダンサー、パルミラ遺跡で踊ったシリアのダンサー、そして僕の3人がアソシエーションの大使です。おそらくレオノール(・ボーラック)もこれに参加するのではないかと思います。南アフリカのケープタウン郊外の貧困地区に、アソシエーションはダンスの学校を始めようとしてるんです。ダンスとは無縁の場所だけど、 ダンスを教え、身体について学ばせ、規律も、そして踊る喜びも教え・・という。いずれは有名なダンサーたちが無料で参加するガラを組織して、資金を調達したりということもするでしょう。ダンスはただ美しく踊るものというのではなく、人と人との間に絆を生むものなのです。貧困と戦う、地球の不公平と戦う、といった道具になり得るのです。まだ生まれたてだけど、僕はこのアソシエーションに大きな期待を抱いています。

Q:自身の知名度をどのように今後活用してゆきたいですか。

A:僕の名前が今どれほど知られているかはわからないけれど、可能な限り良い評判を得られるように努めてゆくつもりです。ダンスは絵画などと同様に大勢の人々の救いとなるもの。ダンスのおかげで僕に知名度があるのなら、まずは、そのことに活用したいですね。そして知名度はいずれ引退の時が来た時、あるいはその準備に役立つと思っています。引退後、リハーサルコーチやバレエ・マスターになろうという気持ちは僕にはありません。ダンス以外のこと、あるいはダンスに関係のある職業。例えば、アートディレクションや、カンパニーの管理や経営・・・。引退までに人のネットワークを広げて、さまざまな分野の人々と交換をしてゆき、オペラ座以降の人生を準備できたらと思っています。

Q:地ならしをすでに始めている、ということでしょうか。

A:はい。大切なことだと思います。引退後も今生きているエトワールの人生と同じくらいエキサイティングな人生を送りたいですから。引退後、胸をときめかせるようなことがない人生にはしたくない。第二のキャリアを築きたいです。引退後も海外のガラに参加したり、あるいは別の分野とアーティスティックなコラボレーションのプロジェクトに参加したり、と。この間フィルハーモニー・ド・パリのコンサートで、勅使川原三郎と佐東利穂子がバッハの『ブランデンブルグ協奏曲』に合わせて踊ったのを見ました。このようにコンサートで踊る、というアイディアもとても気に入りました。バレエの振付には 今のところは興味がわきません。興味を引かれるのは、公演を企画したり、オーガナイズしたりといった・・・バンジャマン・ペッシュの「エトワール・ガラ」のような ? そうですね。あるいは小さなチームを率いて、その管理や広報活動をするとか。クリエーションというより、ビジネス面ということですね。

pari1711c_06.jpg 「エメラルド」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:では、キャリアの途中で、セバスチャン・ベルトー(スジェ)のように、シアンス・ポ(注:パリ政治学院/社会科学系の特別高等教育機関)に通うことも考えていますか。

A:それができたら素晴らしいですよね。でも、僕はエトワールなので無理です。セバスチャンはコリフェの時代に通学を始めました。当時の彼が背負っていたコール・ド・バレエの責任と比べ、今の僕が背負っている責任はとても大きいのです。プレッシャーの大きさも違うし・・。エトワールのキャリアの最後、41歳のときにオペラ座による引退後のための職業養成の一環として、もし通えるようなことがあるのなら、喜んで行きます。これはやってみたいです 。

Q:今何かに特別にはまってるようなことはありますか。例えば、TVの連続ドラマとか。

A:あ、それはないです。日々、快適に暮らしているので・・これといって特にはありません。でも、チョコレートには相変わらず、です。ジャン・ポール・エヴァンのようなメゾンのも美味しいと思うし、スーパーマーケットで売ってるMilkaのようなのも好きだし・・ただ、食いしん坊なだけですね!