オニール 八菜 インタビュー「パリ・オペラ座バレエ団のエトワールとして踊って」

ワールドレポート/パリ

インタビュー=三光 洋

ガルニエ宮での『マイヤリング』出演が終わった11月16日にオニール 八菜さんにお話を伺った。インタビューは、父親のクリス・オニールさんがメンバーだったニュージーランドのナショナルチーム、オール・ブラックス(八菜さんはこのチームの熱狂的なファン)とフランス代表とのラグビーの試合が始まる前の時間帯に、パリ市内のカフェで行った。

――前回エトワールに昇進された時にお会いしてから、すでに1年8ヶ月も時間が過ぎて、その間いろいろなことがありました。ケネス・マクミラン振付の『マイヤリング』がちょうど終わったところですが(10月29日から11月16日まで)、今回八菜さんはヒロインのマリー・ヴェッツェラを2回踊られました。そのうちの一回はメセナ企業による貸切公演で、これは担当責任者が配役の中から八菜さんの舞台を指名したそうです。

八菜 そうなんですか。へえ、知らなかったです。

――ですから、15回公演があっても、一般のバレエファンが八菜さんのマリーを見る機会は一度しかなかったわけです。前回のパートナー(ロドルフ皇太子)はステファン・ブリヨンでしたが、今回はフロラン・メラックになりました。

八菜 そうですね。相手が変わって全然違うバレエになった感じです。でも、ステファンと踊った時は「この役は彼以外ではできない」と思ったんですけれど、二度目で経験が積み重なったこともあってか、今回はマリーの人物を踏み込んで作れた気がします。ステファンとの時は彼に導かれてできた、という感じだったのが、今回は反対で私がフロランをリードしました。マリーがどんな女性だったのかが少しよくわかった気がします。今回は自分がやりたいように、自信を持ったマリーのイメージで踊れました。

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ケネス・マクミラン振付「マイヤリング」 ユゴー・マルシャン(ロドルフ皇太子)八菜(マリー・ラリッシュ伯爵夫人)
© Opéra national de Paris/ Maria-Helena Buckley

――マリー・ヴェッツェラという、まだ10代で貴族としても下位の少女が、ハプスブルク帝国の世継ぎ、フランツ=ヨーゼフの後に皇帝となるはずの人と交際するには、よほど強い個性がなければできなかったでしょうね。

八菜 そう、普通の女性ではそこまでいけなかったでしょうね。初めての時に比べるとお話もよく理解できているし、余裕があって、堂々とできました。パのことはもう考えないでヒロインがどういう女性で、どんな場面にいるか、ということに集中できました。
来週の金曜日にオーストラリアに向けて出発します。(踊るのは)『くるみ割り人形』ですけれど、初めてなんです。楽しみです。ピーター・ライト版でヌレエフ版とは全然違います。最後のパ・ド・ドゥとヴァリエーション、それにコーダだけなので、ヌレエフ版と比べれば全然簡単なんです。でも、音楽も本当に素敵だし、(かつてバレエ・スクールで学んだ)オーストラリアに帰るのも楽しみです。

――みんな待っているでしょうね。

八菜 どうなんでしょうか。多分、そうですね。『くるみ割り人形』はいつかはヌレエフ版を踊りたいと思っています。

――八菜さんが子供のころ、どうしても踊りたいと思っていた『ジゼル』と『白鳥の湖』はもう踊られたわけですね。

八菜 ええ、これから、まだ踊ってない作品をやりたいです。パリだけでなく、他のところでも踊れるのはいいことですね。

――ウクライナ侵攻が終わったら、またロシアに行かれるかもしれませんね。

八菜 戦争が終わったら、ぜひ行きたいです。

――フランスでは普通、有名な指揮者はバレエ公演を振らないのですけれど、ロシアでは違いますね。前にシャトレ歌劇場にマリンスキー歌劇場が引越し公演で来て、ゲルギエフが指揮して『くるみ割り人形』をやりましたが、忘れられない舞台です。

八菜 でも、ロシア人の指揮者ってむずかしいです。バレエのバージョンが違うんです。音の取り方、踊り方も違うので。

――八菜さんはオーストラリアン・バレエ・スクールではワガノワ・メソッドを習ったのでは。

八菜 そうですね。

――最初にワガノワメソッドを習って、パリに来てフレンチ・スタイルを身に付けたので、どちらもわかっているのではありませんか。八菜さんからみて、フレンチ・スタイルの特徴は。

八菜 ダンスのスタイルは細かいことでは(メソッドによって)みんな違いはありますけれど、やはり(フレンチ・スタイルは)形がエレガントです。言葉ではあらわしにくいですけど、品があります。

――身体の動かし方そのものに違いがあるんですね。

八菜 そうですね。技術的なむずかしさを見せないようにする。ダンサーがきれいに見えることをとても大切にしているのがフランスらしいところでしょう。子供のときからオペラ座のダンサーのビデオを見てフレンチ・スタイルに惹かれました。

――オペラ座のダンスは元々がルイ王朝の宮廷舞踊ですね。創設者のルイ14世自身も優れたダンサーでした。

八菜(オペラ座のダンサーには)王様や貴族のセンスが身ごなしに感じられます。

――アクロバットに踊って、「どうだ、すごいだろう」というのではなくて、あくまでもきれいに見せていく、という感じでしょうか。

八菜 そうですね。

――昨年3月2日にエトワールになって、大きく変わった点はなんでしょうか。

八菜 ランプラサント(アンダー・スタディ)をもうやらなくていい、決まったパートナーときちんと練習して舞台に立てる、ということですね。あと、舞台に立ったときの気持ちですね。プルミエール・ダンスーズで踊っていた時、自分のためだけに踊るといっても、バレエマスターや監督が見ていると、なんとなくプレッシャーを感じてしまうじゃないですか。「エトワールになりたい」という夢を持っていると、どうしてもそうなります。(エトワールになって)そういうことが全然なくなって、自由に踊れて、自分のやりたいことだけに集中できるようになりました。

――任命されるのを8年間待ちましたけれど、エトワールという最高の条件で舞台に立てるようになったということでしょうか。オーレリー・デュポン前バレエ監督時代に八菜さんにお会いした時に、「私は踊れれば(階級はどうでも)いいから」と言って、淡々としておられたのが強い印象に残っています。一番苦しい時期だったのに・・・

八菜 ははは(笑)

――八菜さんは踊るために生まれてきたのだな、とその時に感じました。バレエに対するひたむきさ、と言ったら良いのでしょうか。フランス語のsincéritéという言葉がぴったりくるとフランス人のバレエ評論家も指摘しています。

八菜 そうですかね(笑)。

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マイカル・ストロマイル振付「ワード・フォー・ワード」
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

――八菜さんはバンジャマン・ミルピエ前々バレエ監督時代に何回かエトワールの役を踊っていますね。9年前の2015年に『白鳥の湖』をヤニック・ビッテンクールと踊っていますが、ヤニックはオペラ座からいなくなってしまいましたね。

八菜 はい。この前のシーズンに退団しました。次に踊ったファヴィアン・レヴィアン(現在スジェ)はまだいます。

――八菜さんは2019年のニュージーランドのメディアへのインタヴューで日常生活について答えておられ、きちんとした生活を送っておられるようですね。毎朝8時には起きているとか・・・

八菜 今は練習時間に間に合うギリギリに起きています(笑)。でも、前から結構そうですよ。リハーサルによります。10時45分のクラス、11時半のクラスもあります。

――その三時間前に起きて、という感じですか。

八菜 いいえ、全然違います(笑)。一時間前くらいです。

――サッと起きて、シャワーを浴びてコーヒー一杯という感じですか。

八菜 はい。起きてシャワー浴びて、朝ご飯を食べたら出かけます。一時間半前には起きるようにしていますけど、遅れてしまって30分前ということもあります。コーヒーは毎朝飲み、それにトーストというのがほとんどです。ジャムかマヌカ・ハニーをつけます。舞台がある日だったら、練習が4時まであって、5時半からメーク、髪の毛、そして大体6時半くらいからウオーミングアップを始めて、7時半の幕開けに備えることになります。

――そういう日々を重ねて、いい状態に身体を保っているわけですね。

八菜 無理に時間をきちんとしようとしたり、夜の公演が「とても大事なこと」というふうになるのは好きではなく、普通にやっています。逆にリハーサルがなくて、何をしていいのかわからなくなるのが好きでないので・・・『ドン・キホーテ』を10回踊った時、公演前に長いリハーサルをやるのは好きではありませんでした。でも、ちょっと疲れている方が上手くいくことが多いです。

――今までに大きな怪我は京都での1回だけですか。

八菜 そうですね。足を挫いたりしたことはありますけれど。それ以外はありません。

――それは最初から身体のガッチリとしたお父さんからいい骨組みをもらったことからきているのでしょうか。

八菜 ははは(笑)そうですかね。

――身体のモルフォロジー(形態)が見た目に整っているだけではなく、丈夫だということですね。メートル・ド・バレエの一人であるグレゴリー・ガイヤールさんが「エルヴェ・モローはダンサーとして見た時に素晴らしい身体を持っていたけれど、華奢だった。それに対して、カール・パケットは見た目だけでなく、頑丈でこわれない身体だった」と語っていたのを思い出します。ポール・マルクがヴァルナで優勝して戻ってきた時にAROPが催した長いインタビューでバレエ評論家ローラ・カペルさんに質問された時のことです。

八菜 カールはガッチリして、毎晩でも大丈夫ですね。

――その点で八菜さんは身体条件に恵まれていますね。

八菜 ええ、今のところは(笑)。

――まだ11年残っていますね。

八菜 はい、頑張ります。

――今シーズンはあと、12月にオーストラリアから戻ってきてからすぐピエール・ラコットが復刻した『パキータ』がありますね。八菜さんにとっては思い出深い作品でしょう。

八菜 はい。今、リハーサルが始まったばかりです。前回は10年前だったんですけど、一回もう踊っているので(感覚が)戻ってくるのが早いですね。一回やってみて、「あ、大丈夫」という感じで、ゆとりを持ってのぞめそうです。
その次はジョン・クランコの『オネーギン』で、相手はフロラン(・メラック)です。

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ピエール・ラコット復刻 マジリエ原振付「パキータ」
© Opéra national de Paris/ Laurent Philippe

――フロランはパートナーとしてどうですか。

八菜 とっても上手なダンサーなので、パートナーとして私は何もしなくてもいいのです。私が自由にできる、というのはすごくプラスです。

――彼は演技の点ではどうでしょうか。

八菜 まだ場数を踏んでいないので、「これから・・」という感じなのかな。私もだんだん経験が積み重なってきたので、自分の意思で演技できるようになってきました。

――プーシキン原作の物語には誰もが胸を突かれてしまいます。同名のオペラのものではありませんが、チャイコフスキーの音楽もきれいですね。

八菜 ええ。タチアナを踊れるのがとても楽しみです。ドラマチックなバレエの中で、私は一番よく作られている作品だと思います。オネーギンの自分勝手なところがよくわかるので、タチアナが「私はもう結婚したから、さようなら」という気持ちがよくわかります。「ちゃんとした女性だな」って思います。

――フランス人の女性たちに言わせると、「現代だったら、まだ好きならば夫のことはすぐ放り出して彼の元に戻るのに」ということになりますが・・・ロシアでは今でも女性の鏡だと考えられているようです。

八菜 私はそういう意味でいいと思うのではなくて、「一回チャンスをあげたじゃない」というところですね。

――モスクワという都会からやってきて、田舎娘だったタチアナの良さがわからなかった、ということですね。衣装も洗練されていなくて、都会風でないので本質を見抜けなかったのでしょう。八菜さんはモードにも関心を持っておられますが、人間は衣裳で変わるという側面もありますね。

八菜 はは(笑)。

――首都のモードには通じておらず、着飾ることも、お化粧も垢抜けしていない少女。それが結婚して都会で暮らすようになって、上流社交界の花形になっていたので、あっと驚くという展開ですね。飾る前の素顔を見ていた時には本当の魅力を見抜けなかった。

八菜 それではだめですね(笑)。

――オネーギンという男性は「影のある美男」というロシアの典型人物ですが、この役を踊って来年3月1日にマチュー・ガニオが引退します。

八菜 そう、さびしいです。マチューと踊ることはもうオペラ座ではないですね。オペラ座以外のガラ公演でのパ・ド・ドゥをちょこちょこ踊るする機会はあります。
『オネーギン』でタチアナを踊ったあとは、マッツ・エック振付の『アパルトマン』(Pink役)に出るのを楽しみにしています。それから多分、まだちょっとわからないですけれど、マニュエル・ルグリ振付の『シルヴィア』があります。そして最後に『眠れる森の美女』です。1回目(のシリーズ、3月8日から4月23日)はやりません。2回目(のシリーズ、6月27日から7月14日 出演日未発表)です。初めて踊るので、すごく楽しみにしています。コール・ドを踊ったことはありますけど。これも(上演は)10年ぶりくらいです。準備は5月後半くらいからです。

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© 三光洋

――今、昇級試験についていろいろな動きがある、ということを日刊紙の「フィガロ」が大きな記事(アリアーヌ・バブリエ記者 11月11日付)を出していましたけれど、さまざまな試行錯誤が行われているようですね。八菜さんは実際に受けてみて、昇級試験をどのように受け止めておられますか。

八菜 もちろんコンクール(昇級試験)は普通の舞台とは違ってプレッシャーはすごく感じるし、いつも通りに踊れる人は少ないと思います。でも、試験ってそういうものじゃないですか。

――八菜さんは3回とも昇級してプルミエール・ダンスーズになりましたね。

八菜 ラッキーでした。三年で終わりましたけれど、1回目よりも2回目、3回目とむずかしくなっていきました。緊張が大きくなっていったんです。一番最初は初めてだったし、舞台で一人でヴァリエーションができるというだけで、楽しみだったんですけれど。でも、そこからあとはだんだん緊張するようになっていきました。「上に上がりたい」という気持ち以外に、うーん、なんなんだろう・・・。準備がきちんとできていて、「いくぞ」という気持ちはありましたけど、楽しみという感じでは全然なくなりました。自分と自分以外との勝負なので。昇級試験以外のオペラ座の外のコンクールは賞をとっても取らなくても何も失うものはないじゃないですか。だけど昇級試験の場合は上がらなかったら、「負けた」という気持ちになります。だから、普通のコンクールとは全然違います。

――八菜さんは今、オペラ座の一部のダンサーたちが、「何度受けても上がれない。昇級試験はやめろ」と主張していることに対してはどう思われますか。

八菜 そういう気持ちもよくわかりますけど、彼らがそう言ったから昇級試験が完全になくなるとは思いません。

――昇級試験は他のバレエ団にはないパリ・オペラ座だけのものですね。バレエ団の水準を保つために意味があると思うのですが。

八菜 大きな意味があると思います。昇級試験をやめたら、他のバレエカンパニーと同じになってしまいます。世界を見ても、コール・ド・バレエのメンバーの一人一人がヴァリエーションを踊れるというカンパニーはないじゃないですか。レベルの問題だけでなく、昇級試験はオペラ座のアイデンティティーだと思っています。コンクールのやり方を変える、というのは方向がよければいいことだと思います。でも、完全になくすのはどうなのかな、と思います。

――審査の時に、バレエ監督が1票しかなくて、総監督が2票という点は変更の余地がありませんか。バレエ監督により重みがある方が良いのではありませんか。

八菜 そういう細かいことは変えてもいいでしょうね。でも制度として大事だと思います。

――話は変わりますが、八菜さんがワインが大好きとは知りませんでした。(この日はフランス対オール・ブラックス戦の前だったので、八菜さんはミントティー。純栄さんはホット・ワイン)

八菜 好きですよ(笑)。やっぱり赤ワインを飲むことが多いです。ピック・サンルーが好きです。ワインのことなんて、どこで聞いたんですか。

――インタヴューに出ていました。「1日で一番の楽しみはなんですか」という質問に、「舞台が22時頃に終わって家に帰って、一人で落ち着いて飲む、一杯のワインです」と答えておられました。

八菜 (笑)

――「時間がある時には本を読みます」とありましたが、どんな種類の本を読まれますか。

八菜 いろいろ読みますよ。でも何が好きなんだろう? いや、なんでも好きです。

――自分が踊る役の原作、たとえばプーシキンの『オネーギン』は読まれましたか。

八菜 もちろん読みましたよ。文章の書き方、語り方にリズムがあるのも面白いし、(振付家が)これをどういうふうにしてバレエにしたんだろう、とか考えます。

――プーシキンは小説の最後のところで、オネーギンがヒロインの足元に身を投げ出したところで、「読者よ、私はここでわが主人公を彼にとって意地の悪い瞬間のまま、当分の間・・いや永遠に、見捨てることにしよう。」と突き放しています。

八菜 そうですね。

――話は飛びますが、マリンスキー劇場バレエの監督パタイエフとはもうコンタクトはないのですか。

八菜 なくなってしまいました。一度招聘してもらって、ジゼルとガムザッティの二役を踊ったのは本当にいい思い出です。

――マリンスキー劇場バレエ団の魅力はどんなところにありますか。

八菜 パリとは違う魅力がありますね。劇場に独特の雰囲気があって、歴史も感じられてすてきでした。ダンサーたちは「バレエのために生きている」という感じで、見ていて「すごいな」と思いました。と言って、私はそういうふうに生きていきたいとは思っていないんですけれど。みんなすごく熱心でした。

――オペラ座に話を戻すと、「ヌレエフの振付をこれからどうするか」という議論がありますけれど、どう思われますか。

八菜 私はヌレエフ、一番好きです。

――今レパートリーに入っているものは、そのまま上演し続けるべきだ、ということでしょうか。

八菜 はい。それは一回ヌレエフのヴァージョンを踊って、他のヴァージョンをやると、「えっ、何これ?」という感じです。つまらなくて、(ヌレエフ版の)半分しか踊っていない感じです。もちろんヌレエフ版はステップがたくさんあって批判もあるんですけど、でも(他の版は)なぜかつまらないんですよね。

――それはポール・マルクさんも言っていました。

八菜 だからよそのヴァージョンをやると、「えっ、これでいいのかな?」って思ってしまいます。ヴァリエーションの数が多いだけでなくて、振りそのものが違います。そういう意味で「ヌレエフ版はモダンだな」と思うんです。

――ロシア人のヌレエフがパリに来て、オペラ座のバレエ監督になっています。今のフレンチ・スタイルにはロシアの影響はどうなっているのでしょうか。

八菜 ヌレエフものはフレンチ・スタイルとは言わないです。私としてはね。

――『白鳥の湖」はヌレエフ版でずっときていますが、パリのバレエファンには「フレンチ・スタイルの羽の動かし方とワガノワ流とは違う」という人たちがいますが。

八菜 それはわかっていない人の言うことですね(笑)。もちろん、ロシアのヴァージョンとオペラ座のヌレエフ版とは違いますけれど、それはヌレエフが自分で白鳥をイメージして作ったものですから。フレンチ・スタイルということではなく、ヌレエフのヴィジョンです。ヌレエフのヴァージョンは(パリ・オペラ座バレエ団にとって)貴重なかけがえのない遺産だと思います。

――『シンデレラ』(フランスでは「サンドリヨン」)でもそう思われますか。

八菜 (ヌレエフが)作った中では一番うまくいっていないと思いますけれど。

――ヌレエフがプロデューサー(=王子)を踊っているのなら違っていたのでしょうね。

八菜 それならわかりますけれど。

――最近は誰が踊ってもうまくいかないですね。それで上演されることも少なくなってきています。アリアーヌ・バブリエさん(「フィガロ紙」のバレエ評論家)には「あなたがガルニエ宮で見なかったからいけない。金箔の内装のガルニエという小さな空間で照明もきちんとしていれば、今のバスチーユ・オペラでの公演とは全く違う」と言われてしまいました。

八菜 ヌレエフ以外で踊りたかったのは『オネーギン』(のタチアナ)でした。

――マッツ・エック以外のコンテンポラリーの振付家では。

八菜 誰だろう? 私はまだピナ・バウシュを踊ったことがないんです。ピナ・バウシュはやってみたいですね。

――作品は素晴らしいですが、ダンサーにとっては大変なのではありませんか。夏前にあった『青ひげ』を二度、見ました。1回目(6月28日)はシャルロット・ランソンとミカエル・ラフォン、2回目(7月11日)はレオノール・ボーラックとタケル・コストで、二組ともよかったと思いました。ところで、最初の時はコール・ド・バレエのダンサーたちがすごい速度で壁にぶつかって、その激しさに圧倒されました。しかし、2回目に見た時はコール・ド・バレエのダンサーたちが疲れ切っていて、二週間前の公演の時のインパクトはもうありませんでした。
本当に身体を消耗する作品なのだなとこれで気づきました。

八菜 コンテンポラリーには興味はあるんですけど、クラシックを踊ることが多いので時間を見つけられるかが問題です。

――ジェルマン・ルーヴェが『白鳥の湖』を断って、ピナ・バウシュの『コンタクトホーフ』を踊ったこともありましたね。「思い切りの良い判断だな」とその時思いました。

八菜 彼は『白鳥の湖』は何度も踊っていたので、今回は別に自分はやらなくてもいい、ピナ・バウシュの方をやりたい、という判断を自分のために下したのです。ジェルマンは自分のやりたいことがはっきりわかっている人です。
でも私、今回のジェルマンのルドルフ皇太子は見ていません。『マイヤリング』は話がとっても暗いですね。私は二度踊ったので話はよくわかりますけど、観客が話をよく知らなかったら、見ていてわからないこともあるかもしれません。

――人物の数が多くて筋がかなり込み入っていますね。しかし、マクミランの振付は人物の名前がわからなくても、人物同士の人間関係は見ていてよくわかるように描き込まれていると思います。もちろん、ハプスブルク帝国の末期についてあらかじめ知識があった方が、より楽しめるとは思いますが。
今シーズンもエトワールのアデューがいくつかありますが、八菜さんから見て、誰かエトワールに任命されそうな人はいますか。

八菜 うーん。今はまだいませんね。

――今日は寒い中、長い時間を割いていただき本当にありがとうございました。
(2024年11月16日)

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