ローラ・エケのアデュー、そしてフォーサイス、インガーのトリプルビルでパリ・オペラ座の新シーズンが始まった

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"Défilé du Ballet" Adieux de Laura Hequet / "Word for Word" My'Kal Stromile / "Rearray" William Forsythe / "Blake Works I" William Forsythe / "Impasse" Johan Inger
「デフィレ」ローラ・エケのアデュー /『ワード・フォー・ワード』 マイカル・ストロマイル振付 /『リアレー』ウィリアム・フォーサイス振付 /『ブレイク・ワークスI』 ウィリアム・フォーサイス振付 /『行き止まり』ヨハン・インガー振付

パリ・オペラ座バレエ団の2024・2025年シーズンがウィリアム・フォーサイスとヨハン・インガーのトリプルビルで始まった。これに最初の3日間(10月4日プルミエ、9日、10日)のみオペラ座バレエ団とバレエ学校による「デフィレ」とマイカル・ストロマイル振付の新作「ワード・フォー・ワード」が加わった。

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© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou

取材した10月10日はエトワールのローラ・エケのアデュー公演だった。2000年にパリ・オペラ座バレエ学校に入学し、2002年にパリ・オペラ座に入団。プルミエール・ダンスーズに昇級した2015年に初めて踊ったヌエレフ振付『白鳥の湖』(オデット/オディール)でバンジャマン・ミルピエ舞踊監督(当時)の推薦でステファン・リスナー総監督(当時)によりエトワールに任命された。クラシック、ネオクラシック、コンテンポラリーのいずれの分野も踊ったが、エトワールになった後は怪我のために出演は限られていた。今回のアデューも本人の希望により「デフィレ」に参加しただけだった。パリ・オペラ座バレエ学校生徒とバレエ団員たちから拍手を受け、マルティネス舞踊監督から花束が贈られ、観客に繰り返し挨拶していた。
「デフィレ」で目についたのは産休中のアマンディーヌ・アルビッソン、怪我で本シリーズと10月から11月に行われるケネス・マクミラン振付の『マイヤリング』も降板したリュドミラ・パリエロの姿がなかったことだった。男性エトワールではマチアス・エイマンの不在が目に付いた。

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『ワード・フォー・ワード』
ヴァランティーヌ・コラサンテ、ギヨーム・ジョップ
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

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『ワード・フォー・ワード』
ギヨーム・ジョップ
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

続いて、マイカル・ストロマイルがパリ・オペラ座バレエ団のために今回振付けた『ワード・フォー・ワード』となった。シーズン開幕に先立って10月1日に行われたガラ公演で世界初演があった12分の作品である。ストロマイルはジュリアード・スクールで学び、2019年からボストン・バレエ団で踊っている。
フォーサイスに影響を受けたというストロマイルは、シャネルが制作したピンクのチュチュ(女性)と袖なしの上着(男性)という衣装を使い、ジェローム・ベギンの電子音楽(後半はピアノが入る)を使って、ネオクラシックの作品を創り上げた。後半には舞台後方にあるフォワイエ・ドゥ・ダンスの扉が開かれた。ダンサーにはギヨーム・ジョップとヴァランティーヌ・コラサンテというエトワール・カップルに、エトワールのオニール 八菜、プルミエール・ダンスールのジャック・ガストット、コリフェのリュバンス・シモンの三人が加わった。ギヨーム・ジョップがゆったりとした自然な動きを見せ、オニール 八菜が華やぎを添え、ガストットとシモンも熱の入った踊りだった。なお、コール・ド・バレエからただ一人選ばれたリュバンス・シモンは2021年に入団しているが、その前に2015年にベルリンのダンスオリンピック(タンツ・オランプ)で銀賞、2017年ウィーンのヴィーべ国際コンクールで金賞、同年ユース・アメリカ・グランプリで銅賞、グラース国際コンクールで金賞を受賞している期待の新人だ。

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『ワード・フォー・ワード』ルバンス・シモン
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

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『ワード・フォー・ワード』
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

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『ワード・フォー・ワード』
ヴァランティーヌ・コラサンテ ギヨーム・ジョップ
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

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『ワード・フォー・ワード』
オニール 八菜
© Opéra national de Paris/Agathe Poupeney

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『リアレー』
左 ルー・マルコー=ドゥルーアール 中央 ロクサーヌ・ストヤノフ 右 タケル・コスト
© Opéra national de Paris/Ann Ray

休憩後、いよいよフォーサイスの作品が二つ並んだ。まず、『リアレー』は2011年にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場でシルヴィ・ギエムとニコラ・ル・リッシュが初演した作品を今回、フォーサイスがトリオに手直しした作品だ。
ダンサーにはロクサーヌ・ストヤノフ、タケル・コスト、ルー・マルコー=ドゥルーアールの三人が選ばれた。黒の衣装に身を包み、密度のある動きを見せたロクサーヌ・ストヤノフ、まげを付けやわらかな上半身の動きのタケル・コスト、しなやかなルー・マルコー=ドゥルーアールがいずれも持ち味を出した。ゆったりとした動きがあるかと思うと一転して緊迫感のある動きとなる。緩急自在でメリハリに富んでいて、時間の経過を感じさせない。何度か照明が急に暗くなることで、パッセージが突然終わり、次に移っていく呼吸も見事だった。

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『リアレー』ロクサーヌ・ストヤノフ
© Opéra national de Paris/Ann Ray

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『リアレー』ロクサーヌ・ストヤノフ
© Opéra national de Paris/Ann Ray

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『ブレイク・ワークスI』
フロラン・メラック、イネス・マッキントッシュ
© Opéra national de Paris/ Ann Ray

2016年7月4日にパリ・オペラ座バレエ団が初演した『ブレイク・ワークスI』はジェームス・ブレイクの7曲の歌にフォーサイスが振付けている。出演する予定だった表情豊かなリュドミラ・パリエロが怪我で降板してしまったのは残念な限りだった。
多くのダンサーが次々に登場した中で、女性ではプルミエール・ダンスーズのイネス・マッキントッシュが圧倒的な存在感で周囲を圧していた。男性では初演にも参加したジェルマン・ルーヴェがフォーサイスのスタイルに慣れた演技を見せていた。それ以外では昨年7月の入団試験で合格したシャール・バグマンが優雅な踊りで観客の目を惹きつけた。バグマンは入団以前にはミュンヘン・バレエ団のプルミエ・ダンスールで、これからパリでの活躍が大いに期待されている逸材だ。

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『ブレイク・ワークスI』
ジェルマン・ルーヴェ、ホヤン・カン
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Ann Ray

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『ブレイク・ワークスI』
レオノール・ボーラック、ジェルマン・ルーヴェ
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Ann Ray

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『ブレイク・ワークスI』
ジェルマン・ルーヴェ、レオノール・ボーラック
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Ann Ray

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『ブレイク・ワークスI』
ホヤン・カン、ジェルマン・ルーヴェ
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Ann Ray

二度目の休憩の後は、一転してスウェーデンの振付家ヨハン・インガー(1967年ストックホルム生まれ)の『行き止まり』というコメディータッチの軽い作品となった。インガーは1990年から2002年までネーデルランド・ダンス・シアター2(NDT2)のダンサーだった人で、2000年頃から振付を始め、すぐに注目を集めた。『行き止まり』は2020年にNDT2によりネーデルランズ・ダンス・テアターで初演されている。

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『行き止まり』
左からイダ・ヴィイキンコスキー クレマンス・グロス ヴィクトワール・アンクティル ローレーヌ・レヴィ
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

幕が上がると、舞台奥のスウェーデン風の家から扉を開けて、マリオン・ゴーチエ・ドゥ・シャルナセ、イヴォン・デュモル、ジュリアン・ギユマールの三人(トリオ)が現れた。三人は周囲の環境と調和して、お互いに平穏で幸せな暮らしを送っている。しかし、間も無くするとお祭り騒ぎが始まり、他の人々もその輪に入っていく。三人は新しいものに惹かれていくが、新しい人々を交わることによって、慣れないやり方や考え方に取り込まれていくうちに、かつての調和は崩れていってしまう。
やがてショーガール、妊婦、王、道化といったどぎつい化粧の仮装した異様な人物たちが姿を見せ、混乱と退廃に支配された三人はすっかり自分たちを見失ってしまう。この間に三人の家は次第に小さくなっていくが、それは現代人の生きている空間が時間の経過とともに狭くなってきていることへの寓意だろう。コンテンポラリー作品で活躍しているカロリーヌ・オズモンを筆頭に、オペラ座のダンサーたちが芸達者なところを見せてくれた。フランスのバレエ評論家の間では賛否が分かれたが、肩の凝らない作品を楽しんだ観客からは大きな拍手が送られていた。
(2024年10月10日 ガルニエ宮)

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『行き止まり』
イダ・ヴィイキンコスキー アンドレア・サーリ
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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『行き止まり』
ヴィクトワール・アンクティル
© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

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『行き止まり』
リュシー・ドゥヴィーニュ(上)
(この写真は取材日のものではありません)
© Opéra national de Paris/ Agathe Poupeney

「デフィレ」ローラ・エケのアデュー
構成 セルジュ・リファール&アルベール・アヴリーヌ
音楽 ベルリオーズ「トロイアの人々」から行進曲
モイカ・ラヴレンチッチ指揮 パリ国立オペラ管弦楽団

『ワード・フォー・ワード』(パリ国立オペラ座のためのクリエーション)
振付 マイカル・ストロマイル
音楽 ジェローム・ベギン
衣装 シャネル
照明 ブランドン・スティーリング・ベーカー
振付助手 ノア・ゲルバー
ダンサー ヴァランティーヌ・コラサンテ オニール八菜 ギヨーム・ジョップ ジャック・ガストット リュバンス・シモン

『リアレー』
振付 ウィリアム・フォーサイス
音楽 デイヴィッド・モロー
衣装 ドロテ・マーグ
照明 タニア・ルール
音響アドヴァイザー ニールス・ランツ
振付助手 ステファニー・アーント&アイマン・ハーパー
ダンサー ロクサーヌ・ストヤノフ タケル・コスト ルー・マルコー=ドゥルーアール

『ブレイク・ワークスI』 2016年7月4日 パリ国立オペラ座バレエ団により初演
振付 ウィリアム・フォーサイス
音楽 ジェームス・ブレイク
衣装 ドロテ・マーグ&ウィリアム・フォーサイス
照明 タニア・ルール&ウィリアム・フォーサイス
音響アドヴァイザー ニールス・ランツ
リハーサル指導 ステファニー・アーント&アイマン・ハーパー
ダンサー
「ファースト・ファイヤー」 ブルーエン・バッティストーニ イネス・マッキントッシュ シルヴィア・サン=マルタン
アリス・カトネ ナイス・デュボスク ジェニファー・ヴィゾッキ ジェルマン・ルーヴェ ポール・マルク ジェレミー=ルー・ケール シャーレ・ヴァグマン 他
「プット・ザット・アウェイ」 ナイス・デュボスク カロリーヌ・オズモン エンゾー・ソーガール
「カラー・イン・エニースィング」イネス・マッキントッシュ フロラン・メラック
「アイ・ホープ・マイ・ライフ」 ブルーエン・バッティストーニ イネス・マッキントッシュ
&アリス・カトネ ナイス・デュボスク ジェルマン・ルーヴェ ポール・マルク ジェレミー=ルー・ケール シャーレ・ヴァグマン 他
「ウエーブズ・ノー・ショアーズ」 アリス・カトネ ナイス・デュボスク シャーレ・ヴァグマン 他
「トゥー・メン・ダウン」 ジェルマン・ルーヴェ  ポール・マルク ジェレミー=ルー・ケール シャーレ・ヴァグマン 他
「フォーエヴァー」 ブルーエン・バッティストーニ ジェルマン・ルーヴェ

『行き止まり』 2020年2月28日 NDT2によりネーデルランズ・ダンス・テアターで初演
振付&装置 ヨハン・インガー
音楽 イブライム・マルーフ&アモス・ベン=タル
衣装 ブレギー・ファン・バレン
照明 トム・ヴィッサー
ビデオ アニー・タドネ
リハーサル フェルナンド・マガダン
ダンサー
「トリオ」 マリオン・ゴーチエ・ドゥ・シャルナセ イヴォン・デュモル ジュリアン・ギユマール
「シティ・ピープル」 カロリーヌ・オズモン アレクサンドル・ボカラ 他
「キャラクターズ」ショーガール ソフィア・ロソリニ
M.C. テオ・ギルベール
妊婦 アポリーヌ・アンクティル
王 マニュエル・ガリド
王妃 シャルロット・ランソン
道化 マクシム・トマ

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