ミカエル・ラフォンとシャルロット・ランソン、タケル・コストとレオノール・ボーラックが踊った『青髭 ベラ・バルトークのオペラ「青髭公の城」の録音を磁気テープで聴きながら』

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

"Barbe-Bleue En écoutant un enreigistrement sur bande magnétique de l'opéra de Béla Bartok, Le Château de Barbe-Bleue " Pina Bausch
『青髭 ベラ・バルトークのオペラ「青髭公の城」の録音を磁気テープで聴きながら』ピナ・バウシュ:振付

昨シーズンの最後にピナ・バウシュ振付の『青髭 ベラ・バルトークのオペラ「青髭公の城」の録音を磁気テープで聴きながら』がパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入った。この長い題名の作品はベラ・バラージュの台本にベラ・バルトークが音楽を付けた一幕のオペラ「青髭公の城」(1918年ブダペスト歌劇場初演)を素材にして、1977年1月8日にヴッパタールで初演された。

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シャルロット・ランソン(ユーディット)、ミカエル・ラフォン(青髭)
©Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

舞台は古ぼけた館の家具一つない広間だ。白い床には茶色い枯葉が敷き詰められ、男女のダンサーたちは壁面と鎧戸のある大きな窓で閉ざされた空間に閉じ込められている。奥に廊下があり、19世紀末の雰囲気が漂う。それ以外に目に付くのは台車付きの台に乗せられたテープレコーダーで、天井から電線が下がっている。
台の前にある粗末な椅子に座っていた青髭公役のダンサーが立ち上がり、左手の床に横たわっていたユーディット役の方に足を運ぶ。女性の上にのしかかり、女性が上向きに横たわったまま右袖に向かって後退する。少し経つと、男性は立ち上がりテープレコーダーを操作し、オペラのプロローグが終わったところの導入部の音楽が流れ出す。男性は再び、女性にのしかかり、二人は身体を重ね合わせて右側へと進む。数秒後、男性は立ち上がり、テープを巻き戻し、再び導入部の音楽をかけ、女性のもとへと戻る。男性が踏みしだく枯葉の音と匂いがバルトークの切り刻まれた音楽と共に観客の感覚に入り込んでくる。
プロローグとエピローグがカットされている以外、ピナ・バウシュはバルトークのオペラに沿って舞台を進めている。青髭は金持ちの青年で、四人目の妻であるユーディットを自分の館に迎え入れたところだ。原作となったシャルル・ペローの御伽話では前妻たちは殺されているが、バルトークでは館に幽閉されているだけだ。広間は最初は闇に包まれているが、次第に明るくなっていくものの、最後には元の闇へと戻ってしまう。人物たちが出ていくことのできない広間は、現実の場所というよりも、青髭の閉ざされた心を表しているようだ。

この空間の中でお互いに相手を求め合う男女が克明に描かれていく。録音テープから流れるハンガリー語の歌詞は聞こえてくるが(字幕はない)、ダンサーたちは言葉は発しない。ダンサーの口から漏れてくるのはうめき声、うなり声、不明瞭な音だけだ。
ユーディットは館の七つの扉の鍵を青髭に求め、青髭はためらいながらも、鍵を渡していく。最後には七枚の衣装をいったん身につけ、七個の枕を女性たちに配ってからヒロインは姿を消して幕となる。男と女の闘争ととらえられかねない激烈な身体のぶつかり合いから生まれるエネルギーに見ていて圧倒されたが、振付家の意図はより内面的なものだったようだ。
1977年初演のプログラムに掲載された演出助手のエドモンド・グリードが寄せたプログラム原稿によると、自分の本性を隠しながら相手の本性を暴くという両性間の永遠の争いだけではなく、社会の中にあって『一人でいることはできない』『相手がいなければ自分の殻から出ていけない』という人間に与えられた条件と『一人でいたいという欲望』『一人である必要』という正反対の条件とのせめぎ合いが描かれている。その必然的な結果として、「相手に捨てられること、孤独、絶望」も表現されている。男であれ、女であれ、「異性にひかれながら、同時に相手から切り離される」という人間が内側に抱えている矛盾がこの作品の核にある。

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シャルロット・ランソン(ユーディット)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アリス・カトネ、ミカエル・ラフォン(青髭)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

ヴッパタール舞踏団のダンサーから指導を受けたオペラ座のダンサーたちは、可能な限りのエネルギーを注ぎ込んで舞台に臨んだ。壁面に猛スピードで衝突することもあるだけに、リハーサルでの怪我もあったようだ。
青髭役のミカエル・ラフォンは、この作品は「テープレコーダーが要で、全てはテープレコーダーによって規定されています。レコーダーに支えられて、この消耗する冒険の最後まで辿り着くことができました」と「ル・モンド紙」(6月25日)のロジータ・ボワスー記者に語っているように、入念な準備を重ねて舞台に立った。ユーディット役のシャルロット・ランソンは産休からの復帰舞台だったが、「若かった時、多くのダンサーたちに囲まれて自分を見失いかけていた。その頃にピナが『オルフェとユーリディス』に選んでくれ、コンテンポラリーのレパートリーへの扉を開いてくれました。ユーディットは私のダンサーとしての生涯で最も大事な役です。踊ると信じられないような浄化(カタルシス)を感じます。」と述べている。

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レオノール・ボーラック(ユーディット)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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タケル・コスト(青髭)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

この美男美女の第一キャストに対して、第二キャストのタケル・コストとレオノール・ボーラックは人間存在の悲劇的な側面を両者のぶつかり合いを通じて感じさせてくれた。コストは男性の激しい欲望と自己をさらけ出すことへの不安から生まれる葛藤を苛烈な動きと視線に結晶させた。対するボーラックはヒロインの身を挺して青髭の情念(パトス)を受け入れようとする姿を全身によって表現していた。

残念ながら日程の都合で見ることはできなかったが、第三キャストにはカドリーユの山本小春が抜擢された。ベテランのフィリップ・ノワゼット記者から「密度のある演技を見せたスジェのアレクサンドル・ボカラをパートナーとして踊り、従属から反抗に至るまで稀に見る幅のある表現を発揮した。将来の名ダンサーが現れた。」(6月26日付けの日刊紙「レぜコー」)と絶賛された。

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アレクサンドル・ボカラ(青髭)*他日公演
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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山本小春(ユーディット、アレクサンドル・ボカラ(青髭)*他日公演
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

わずか二時間弱でありながら、人間存在を問い返した破格の密度を持ったこの作品は観客にも集中力が求められる。「青髭公」が欧州ではグリムやシャルル・ペローの童話によって幼年時代から親しみのある物語であるにもかかわらず、何名かの観客が途中で退席したことは事実だ。筆者もバルトークのオペラ「青髭公の城」は1998年エクサンプロヴァンス音楽祭のピナ・バウシュ演出(ピエール・ブーレーズ指揮)、日本公演もあったパリ・オペラ座の2007年9月のヴィブロック演出(シルヴァン・カンブルラン指揮)などを観ているが、バレエとしての「青髭公」は初めて観て、「わからない」部分が多々あった。しかし、最初から舞台に引き込まれ、最後まで目を離すことはできず、公演から二ヶ月近くが経過した今も、あの二晩に受けた鮮烈な衝撃は身体に残っている。
(2024年6月28日、7月11日 ガルニエ宮)

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レオノール・ボーラック(ユーディット)、タケル・コスト(青髭)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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レオノール・ボーラック(ユーディット)
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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タケル・コスト(青髭)、ミロ・アヴェック
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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タケル・コスト(青髭)、アメリー・ジョワニデス
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ディ・ピアッツァ、キルシャー、レヴィヨン、べレム、ブーコー、ストークス、ヒディンガ、イボ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アレクサンドル・ボカラ(青髭)*他日公演
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アレクサンドル・ボカラ(青髭)*他日公演
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アデル・べレム アメリー・ジョアニデス
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

ピナ・バウシュ財団とヴッパタール舞踏団との共同作業による公演
(パリ・オペラ座バレエ団 レパートリー入り)1977年1月8日 ヴッパタール歌劇場初演

振付・演出 ピナ・バウシュ
装置・衣装 ロルフ・ボルジック
コラボレーション ロルフ・ボルジック マリオン・シト ハンス・ポップ
音楽 ベラ・バルトークのオペラ「青髭の城」の磁気テープ録音
芸術監督 ベアトリス・リボナーティ
リハーサル指導 ミカエル・カーター シルヴィア・ファリアス・ヘレディア ルカス・ロペス・ペレイラ
装置アダプテーション ゲルブルク・ストッフェル
衣装アダプテーション ペトラ・ライトナー
音響アドヴァイザー アンドレアス・アイゼンシュナイダー カールステン・フィッシャー
照明アダプテーション フェルナンド・ジャコン

配役(6月28日/7月11日 主役二人以外は同配役)
青髭公:ミカエル・ラフォン/タケル・コスト
ユーディット:シャルロット・ランソン/レオノール・ボーラック

イダ・ヴィイキンコスキ、ロール=アデライド・ブーコー、カミーユ・ドゥ・ベラフォン、ローレーヌ・レヴィ、アデル・べレム、リリアン・ディ・ピアッツァ、ウージェニー・ドリヨン、マリオン・ゴーチエ・ドゥ・シャルナセ、アリシア・ヒディンガ、アメリー・ジョアニデス
アントワーヌ・キルシャー、セバスチャン・ベルトー、ヤン・シャイユー、アレクサンドル・ガス、チュン=ウィン・ラム、ファビアン・レヴィヨン、ダニエル・ストークス、マクシム・トマ、ミロ・アヴェック、ジュリアン・ギーユマール

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