IMAXによる『白鳥の湖』でロットバルトを踊ったパブロ・レガサへのインタビュー
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ワールドレポート/パリ
インタビュー=三光 洋
――IMAXの映像ではダンサーをクローズアップで見られます。表情、視線、指、足の甲、といったディテールのすべてが映像では緻密で、今までにない迫真的な体験でした。
パブロ・レガサ:ニキビも見えちゃってました。(笑)
――試写室に一緒にいたフランス人バレエ評論家も「劇場の一列目より良い」といっていました。パブロさんのIMAX『白鳥の湖』をご覧になった印象を教えてください。
パブロ:映像を見てグッと引き込まれました。こういうふうにバレエを見ると言うのは文字通り初めての経験でした。私は今までビデオでも客席からも『白鳥の湖』はたくさん見てきましたが、今回はそれとは全く違う新しい経験で、新しい『白鳥の湖』でした。
観る前にはHDのカメラで撮影されたバレエ作品のことが頭にあって、ちょっと懸念していました。HD撮影だと、舞台の魅力が失われている場合がよくあったからです。衣装やメーク、装置がHD映像だと客席から見た実際の舞台とは全く違ってしまっているのです。しかし、今回のIMAXによる撮影では全くそういう印象はありませんでした。映像がきれいで、すべてのダンサーの良さがよく出ていました。自分が着ている衣裳のことはよく知っているつもりでしたが、こんなに美しかったのか、と改めて感じました。クレーンが撮影した上方からのカットは見事としか形容できません。
カメラマンがダンサーたちと同じ舞台に立って撮影した結果として、私たち観客は物語の中にひたり切ることができるようになりました。素晴らしいことだと思います。
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
――パブロさんはジークフリート王子の家庭教師ヴォルフガングと悪魔ロットバルトを演じたわけですが、ヌレエフの振付ではこの二人が同一人物となっています。そしてヌレエフは物語を「王子が見た夢」だととらえました。パブロさんはこの二元的な役をどのように取り組んでいったのですか。
パブロ:彼は周囲の人間たちを自在に操る腹黒い人物です。この役を演じるにあたって、二つの解釈が可能だと思っています。
一つはヴォルフガングとロットバルトは二つの顔を持った同じ人物で、教師の顔の下に悪魔という本性を隠しています。彼は術策を弄して、王子を騙そうとします。他の人間を騙すことに喜びを感じる人間なのです。王子が会えば恋をするとわかっていてオデットと出会うように仕向けます。この悪意に満ちた企みによって最終的には王子とオデットの恋を破壊します。恋を破壊することが彼の喜びなのです。この中で白鳥は王子をたぶらかすための悪魔の道具に過ぎません。
もう一つの解釈は王子は家庭教師におびえていて、彼の言うがままになっているというものです。白鳥も黒鳥もすべて王子の頭の中での出来事で、彼の想像と恐怖が生み出した幻想に過ぎません。そして悪魔が家庭教師となって姿を現しているのです。そのために、一人のダンサーが同じ顔で家庭教師と悪魔を演じます。
――しかし、第一幕の初めにはヴォルフガングはずっと教育してきた生徒の王子に対して、父親のような情愛を持って接しているようにも思われましたが、しばらくして退屈している王子に狩に出かけることを勧めて弓を手渡すところではパブロさんの視線にははっきりと悪意が込められていました。
パブロ:私の解釈では、弓を手渡す場面で、ロットバルトに何年も待ち続けた絶好のチャンスがやってきたのです。長年王子の教育を手がけてきて、王子が結婚し王位に就く年齢になったわけです。そこで、王子をオデットに会わせることで、王子を破壊するという以前からの彼の計画がとうとう実現するわけです。
―― 隠されたロットバルトの底意が視線にはっきり出ていましたね。
パブロ:そうです。家庭教師の持つ謎めいた側面をどう演じるかをずっと考えてきました。第一幕を通じて、観客はヴォルフガングが何を企んでいるのかを知ることはできません。彼が善意の持ち主なのか、悪意を持っているのかは分かりません。何か威嚇するような仕草は見せません。しかし、この教師にはゾッとさせられるような冷たさがあります。そこで、前回この役を準備した際、王子に弓を渡す時に両手でつかんで弓を振り絞る所作をすることで、ひょっとすると王子を射殺そうという気持ちが教師の頭をよぎったのではないか、ということを示そうとしました。悪魔はずる賢いので、「いや、ここですぐ殺してしまっては面白くない」と思ったのではないでしょうか。
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
――「白鳥の湖」という物語では、語られていない部分がありますね。王子の父親は舞台に現れませんし・・・。
パブロ:いったい誰が王子の父親なのでしょうか。それは分かりません。フィナーレで王子は打ちのめされて舞台に崩れ落ちますが、死んでしまったのでしょうか。気絶しただけなのでしょうか。それもはっきり示されていません。私の想像ではヴォルフガングはこうして幕が閉じたあと、また別の若い王子を探して家庭教師となろうとする気がします。というのは、中世のヨーロッパでは小さな国が群立していました。ある王が戦場で倒れて、後継が若すぎる場合には王位に就くまで、別の男性が実権を握りました。父親がいない、王がいない、という状況にあって王子に強い影響力を持つ家庭教師は事実上の王として振る舞えたのではないでしょうか。
――パブロさんはジークフリートもこれまでに踊っていますね。
パブロ:ジークフリート王子をパリでミリアム・ウルド=ブラームとエロイーズ・ブルドンを相手に、上海ではセウン・パクと踊っています。ヴォルフガング=ロットバルトとジークフリートの二役を経験して、 二つの違う視点から作品に取り組んだのが役作りにプラスになりました。
――二人の共演者、セウン・パク、ポール・マルクについてどう思われますか。
パブロ:二人とは本当に仲良しで、一緒に踊って深い感銘を受けました。二人ともオペラ座バレエ団のエトワールにふさわしい素晴らしいダンサーですから、映画用の録画をするのに、二人の前にいて存在感を出すのは大きな挑戦でした。
――ポール・マルクのジークフリートとしての良さは何でしょうか。
パブロ:彼は驚嘆に値するダンサーです。今、ポールより優れたジークフリート役のダンサーを見つけるのは無理でしょう。身体的に優れ、多くの役で活躍していますが、特に彼のジークフリートを見て私たちオペラ座のダンサーは皆びっくりしたのです。ヴァリエーションで見せる素晴らしいライン、力強い跳躍、安定し速度のあるトゥールやピルエット、どの点でも目を疑うようなテクニックを身につけています。ポールのパーフォーマンスをIMAXで観客として堪能しました。
――セウン・パクについてはどう思われますか。
パブロ:アームスを始め身体の動きがピュアかつ堅固で、見ていて素晴らしいとしか言いようがありません。
三人の呼吸がよくあって、みんなでストーリーを紡ぎ出していきました。うまくいったと思います。セウン・パクの顔つきがちょっと寂しげでロマンチックなオデットにぴったりなのは言うまでもありません。
――パブロさんは2000年1月にプルミエール・ダンスールになってもう四年目ですね。
パブロ:その通りです。時間が経つのは早く、年が明ければ5年目になります。
――音楽一家に育ったそうですね。
パブロ:ええ、両親はオペラの合唱団で歌っていました。小さい時には両親の出演している劇場に行って、よく客席や舞台裏にいました。二、三日自由な時間ができると、ピレネー・アトランティック県バスク地方(フランス南西部、スペイン国境に近い地域)の両親宅に戻ります。ピレネー山脈の前山にあるサンジャン・ピエ・ドゥ・ポールというところです。緑の多い、自然の豊かな地方で、体も心も休まります。
――将来踊りたい役はありますか。
パブロ:かつてはジークフリートを踊るのが夢でしたが、それは叶いました。踊りたい役はたくさんありますが、一つ挙げるならやはりロメオです。ドラマチックな役柄で役者としての演技力が重要な本当に素晴らしい役です。
――マキューシオを踊っているビデオを見ました。
パブロ:あの役をやると、どうしてもロメオが踊りたくなります。
――そろそろパブロさんの世代がトップに立つ時期を迎えようとしています。
パブロ:はい。プルミエール・ダンスーズのロクサーヌ・ストヤノフとは同じ年(2013年)に入団しました。
――日本のバレエファンへのメッセージをお願いします。
パブロ:日本のバレエファンの皆さんはオペラ座バレエ団の舞台をいつも大いに歓迎してくださいますが、IMAXの『白鳥の湖』はそれとはまた一味違う、特別の体験ができると思います。ダンサーを間近から撮影した映像は気に入っていただけると確信しています。この映画をきっと好きになっていただけるでしょう。
来年1月にオペラ座から許可が下りれば、東京と大阪のガラ公演で踊ります。シルヴィア・サン=マルタンと二人でクラシックのレパートリーのパ・ド・ドゥを踊ります。
――今日は貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。
『パリ・オペラ座「白鳥の湖」IMAX』
2024年11月8日(金)より7日間限定公開!
© Natalia Voronova 配給:東宝東和
https://tohotowa.co.jp/parisopera/movie/swanlake/
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