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パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:マチュー・ガニオ

ワールドレポート/パリ

大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA

Mathieu Ganio チュー・ガニオ(エトワール)

マチュー・ガニオが3月1日にジョー・クランコ『オネーギン』でアデュー公演を行ったことは、パリ・オペラ座のバレエの観衆には周知の事実である。最後のオネーギン役では芸術面も技術面もエトワールの肩書きにふさわしい見事さで観客を圧倒。通常のカーテンコールの後、目をかすかに潤わせた彼は観客に何度も感謝の眼差しを向けてお辞儀を繰り返した。指で作ったハートマークを観客だけでなく、ステージ上に集まった過去のパートナーたちや縁の深いダンサーたちにも向けて。30分近く続いた別れの儀式は、彼の全身から放たれる幸福感が印象深いものだった。
さて、その直後の彼を囲んでのグランフォワイエでのパーティでは、意外なことが芸術監督ジョゼ・マルティネーズによって明かされた。マチューは2004年5月20日に『ドン・キホーテ』のバジリオ役をスジェで踊ってエトワールに任命されたのだが、スジェの彼が主役を踊ることになったのは配役されていた先輩ダンサーたちが怪我や何やらでバジリオ役を踊るダンサーが足りなくなったからである。それで彼は公演前の2週間で猛稽古を重ねて舞台へと。マチューのパートナーはアニエス・ルテステュ。彼女はジョゼと踊ることになっていたのだが、ジョゼが『ドン・キホーテ』ではなく同時に公演のあったコンテンポラリー作品を踊ることを選んだことにより、彼女のバジリオ役が必要となったのだ。ということで「彼の任命に僕は一役買っているのです」とジョゼは冗談で会場を笑わせた。また彼によると、マチューは今後もいくつかパリ・オペラ座との仕事があるらしいとのこと。具体的内容は明かされなかったが、その1つ目は4月5日にオペラ・ガルニエでのオペラ座会員向けの2025~26年度プログラムの発表においてだった。2026年2月に公演のある『ル・パルク』からパ・ド・ドゥをレオノール・ボラックと彼は踊り、早々にゲストダンサーとしてパリ・オペラ座に戻ってくるのだ。
感動的なアデュー公演以降の日々を彼は今どのように過ごしているのだろうか。3月1日当夜も振り返ってもらいつつ、今の暮らしを語ってもらおう。なお、現在POP(Paris Opéra Play)では、『ジゼル』『ル・パルク』『Who Cares ?』など彼が踊った作品を視聴できる。

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マチュー・ガニオ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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マチュー・ガニオ
© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:アデュー公演後、自分はパリ・オペラ座を去ったのだと最初に感じたのはどんなときですか。

A:まだ、特にないのです。というのも、今もオペラ座との契約は続いていて今後の予定もあるし、また外部でのガラ公演もあるので朝のクラスレッスンは続けています。だから、日々の暮らしのリズムに大きな変化というのがないのです。ただ1つ言えるのは、大きな安堵があるということですね。それはオペラ座から課せられた仕事を途中で投げ出すことなく、最後まで務めあげることができたというモラル面での安堵です。

Q:例えば毎週金曜に受け取る翌週のプランニングといった、パリ・オペラ座時代のちょっとした習慣がなくなって寂しいとかはないのでしょうか。

A:今でも毎週金曜に受け取ってるんですよ。今は4月5日のシーズン発表の時に踊る『ル・パルク』を稽古してるので・・・。楽屋の鍵を返し、入館バッジが通用しなくなり、オペラ座のメールアドレスが使えなくなって、となると、そういうことはショックだろうと思います。でも、今のところ、まだそこまで行ってないのです。オペラ座での公演がないということだけが大きな違いです。新しい人生? それが始まったという感じは全くありません。

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『ル・パルク』 photo Yonathan Kellerman/ OnP

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『天井桟敷の人びと』 photo Charles Duprat/ OnP

Q:しばらくは外部のガラに積極的に参加してゆくつもりですか。

A:一般的な形式のガラへの参加はするにしても、こうしたガラはテクニックを見せる作品が望まれますから、そう多くはないでしょう。今後も進歩を続けるには、どちらかというと自分がしたいと思うプロジェクトや、ちょっと特別なプロジェクトが望ましいです。特に具体的なアイディアはないけれど、新しい挑戦にはオープンな姿勢でいますよ。もちろんダンスに根ざしたプロジェクトに限るけれど、新しいことに自分を開いてゆきたい。何がうまくゆくのか、やってみないことには・・・。

Q:そうしたことが続く限りは毎日のクラスレッスンを続ける必要があるのですね。

A:そうです。だから、子育てと仕事とにかける時間の良い分担を見出さねばならず、これが今の新しいチャレンジと言えますね。プロジェクトに参加し、子供との時間を持ち、身体を良い状態に保って、という。クラスレッスンの後稽古があって、そうすると夕方子供と過ごすまでのわずかな時間だけしか自分のために使えないんです。アデュー公演を終えたらもう少時間的余裕ができるのだろうと想像してたのですが・・・。もっとも今はまだ1か月ちょっとしか経っていず、その間に香港でのガラがあったり、オペラ座の新シーズン発表の場で踊り、またもうじきアブ・ダビでのガラがあるのでその準備もあって。このあとは少し静かになるでしょう。

Q:8月3日に京都、8月6日に福岡で京都バレエ団公演『アーティスト・スペシャル ガラ』があります。でアデュー公演後初めて日本の舞台に立つのですね。これもまた今年1月に公演のあった『マチュー・ガニオ スペシャル・ガラ ニューイヤーコンサート』で元宝塚歌劇団のスーパースターの柚香光と踊ったような、何か新しい試みが見られますか。

A:1月のガラでも僕は新しいテクニックで踊ったわけでもなく、歌ったわけでもなく。彼女に適応はしましたけど新しいことに挑戦したのは光の方です。自分を危険にさらすということはしていません。8月のパートナーはエロイーズ・ブルドン。ファブリス・ブルジョアが振付けた『ロメオとジュリエット』のパ・ド・ドゥ、そして彼による新たなクリエーションを踊る予定です。

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『オネーギン』© Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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『ラ・シルフィード』photo Ann Ray/ OnP

Q:いまガラなどステージで踊るとき、以前より自由を感じますか。

A:はい。自分はパリ・オペラ座を代表してるのだとか、そういったプレッシャーが今は特にないので。こうして今もステージで踊れるのは、僕にはボーナスという感じなので、これは大きな違いですね。他者の喜びというより、ステージ上の時間を存分に満喫したいという僕自身の喜び。これはアデュー前よりずっと多く得られています。もちろん性格ゆえにストレスはありますけどね。

Q:エトワールになると周囲の視線が変わると聞きますが、アデューの後も周囲があなたに向ける視線の違いを感じますか。

A:感じることなので説明が難しいのだけど、はい、そうですね。大勢から言われるのは、あなたのキャリアを祝福しますとか、あなたにはインスパイアーされました、というようなことで、今僕がしてることではなく、過去にしたことで人々は僕を見ているんです。ガラに参加した際に若いダンサーたちから「母のためにサインしてください」「あなたのビデオを見て学びました」と言われて・・・。自分たちとは同じ段階にいるダンサーというようには見ていないんですね。彼等は発展途上にあるのに対し、僕はもう彼等の競合者ではないというように。

Q:ではオペラ座の朝のクラスレッスンでもそのように感じるのですか。

A:そう。まだプランニングを受け取って、オペラ座のオフィシャルなリハーサルがあるので幸いですけど。引退したダンサーたちがクラスレッスンに行きにくいというのを何度か耳にしたことがあって、それって大げさだな、と思ってたけれど、確かにそうですね。現役ダンサーたちの場所を取りたくないし、前にも出たくない。もし大勢がバーにいて一杯だったら、クラスをでてゆくのは当然僕で・・・と。

Q:引退したダンサーの中には、オペラ座での公演のリハーサル・コーチに招かれている人がいます。その仕事を興味がありますか。

A:僕は何に対してもオープンです。時間が許す限り、全てを試してみたい。自分の次の適正能力を見出すためにあらゆることを試したいのだけれど、それは順序立ててやってゆかないことには。ダンスをやめたら、その次に研修を受け、そのあとに指導やコーチングをするかもしれません。声がかかったらノーというつもりはありません。でもこれまでしたこともなく、その仕事に特に向いてるという感じもしないので、これについては自分なりに熟考し、自分なりの準備をしてみないことには。実は先日ナンテールのバレエ学校で教えている教師から、手術で学校を休むのでその間彼に代わって教えに来てくれないかと言われたのだけれど、これまでしたこともないことなので、時期的にとても早すぎるので断りました。でも1年後にはもしかすると''喜んで''となってるかもしれません。色々試し、その中で興味を引くことがあればそれを深めてみたいです。自分がうまくでき、人々が僕のその仕事に満足してくれることを見つけたいんです。

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『ジゼル』 photo Svetlana Loboff/ OnP

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『マノン』 photo Ann Ray/ Onp

Q:アデュー前のいくつかのインタビューで、引退後は美術関係の講師のような仕事に興味があると語っているのを読みました。

A:これはもっと後のことです。これを放棄したわけでなく、頭の片隅に置いてあるアイディアです。

Q:では3月1日に戻りましょう。この日は想像や予想していた通りに進みましたか。

A:僕が想像していたより、全てにおいてずっとよかった。僕は長いことこの日が来るのを待っていました。するべき義務の儀式として待ってました。当然多くのことを投影しますね。でもそういう時って後で失望することがよくあるものです。とりわけ僕は完璧主義で要求が高いので。好きだったいくつかのバレエ作品を踊って別れを告げ、これが最後の公演なのでとにかく存分に満喫したい、これがベストであるように、と・・。でも、そう思うと後でがっかりして自分に怒りや不満を覚えるのでは、という恐れがありました。満足のできない公演になったり、怪我をすることも怖かった。でも実際にステージに上がってからは、そんな思いも消えました。というのも思ってもいなかったことに、直前にたくさんのメッセージをもらって・・・日常ではあまり言葉にはしないようなメッセージ。こうした愛情の証のメッセージを受け取り、ああ、僕は幸せだなという喉がつまるような思いがありました。こうした人々に自分は何か良いものをもたらすことができたのだ、と心動かされました。それで当日ステージに出る時、こうしたことに運ばれるような感じがあったのです。アデュー公演は人生に一度のこと。このソワレはとても重要なものだとわかってました。誕生日と違って毎年や10年ごとにできることじゃない。20年近く会っていなかった友達が遠くから集まってくれ、海外からもきてくれった人々がいて・・・。愛という言葉以外、これをどう言ったらいいのだろう。僕が愛する人々が会場に大勢いて・・・。泡の中に僕は入っていて、ほかのことから僕を守ってくれたように感じました。愛が漂っていました。この時間を味わい尽くそうとしていました。悲しさは微塵も感じず、ついに終わったという安堵がありました。オペラ座が僕に与えてくれた幸運の大きさを測り・・・。友達、家族、そして応援してくれていた人々がみんなみに来てくれて、こうして去ることができることから、力と勇気が僕にもたらされました。心に刻まれた瞬間です。滅多にないことなのだけれど、僕はとても穏やかでした。いったい何が起きたのかと自分でも信じられないくらい、穏やかでした。本当に素晴らしすぎるアデューでした。

Q:この晩、涙を堪えるのに苦労したりしましたか。

A:感動に埋もれてしまって、子供のように泣いてしまい、泣き止むことができなくなったら、ってとても恐ろしかったんです。ところが、それが全然! とても強い時間を過ごすことも、人々との一緒に何かをすることもこれで終わるのだと悟るとというのはとてもハードなことで、涙を堪えたことはそこに至る何ヶ月かの間に何度かありましたけど。この日は、''OK これで最後だ'' と。公演後のパーティのための演説を用意した時、それを読み返すと自分の人生が目の前を通過してゆくような感じがあり、だからこの晩、読みながら泣いてしまうのではと心配だったけれど、これも全然。感動はあったけれど、自分をコントロールできなくなることもなく、この時間をエンジョイしました。

Q:アデュー公演では、どんな自分のイメージを観客に残したいと思いましたか。

A:それは何も思わなかった。ただただエトワールというタイトルに相応しく堂々と去りたかっただけ。''ああ、彼もやっと引退したね'' とか、'' 彼も難しくなってきてたね'' といわれるようなイメージは残したくなかった。'' 他のダンサーにやっとエトワールの空きができたね'' とか言われるより、'' 彼はもう去ってしまうのだね、残念だ!'' と言われたいですよね。

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『火の鳥』photo Julien Benhamou/ OnP

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『ル・ランデヴー』photo Ann Ray / OnP

Q:アデュー作品としてあなたが選んだ『オネーギン』は2009年にマニュエル・ルグリがアデュー公演の際にオペラ座のレパートリー入りした作品です。その時に、自分の中でアデュー作品の候補にと思いましたか。

A:いいえ。彼のアデューは、僕が今後ダンスが続けられるかどうかという背中の問題を抱えている時のことで、もがいている時でした。マニュエル・ルグリのようなエトワールのアデュー公演という素晴らしい瞬間を、僕はそんなわけでとても美しいソワレだったにも関わらず、このように自分の問題に囚われすぎ、閉じこもっていて・・・そうあるべく体験をすることができなかったのです。この点では僕は自分を恨んでいます。

Q:オペラ座のダンサーはエトワールになることを夢見ます。実際に任命され、エトワールというタイトルのイメージは変わりましたか。予想以上に責任は重かったでしょうか。

A:エトワールというのは多くのことへのアクセスが得られるものです。エトワール・ダンサーであることには、各人各様のやり方があります。この肩書きで自分の名声を広めることに活用できるし、振付家と仕事ができたり大役を得ることができます。有名人になることもできれば、世間から認められつつ外へは向かずダンスの道を追求することもできます。性格によること多いでしょう。エトワール個人個人がエトワールであることの方法を選ぶのです。僕はあまりそうしたことについて考える時間もなく、20歳の若い時に任命されました。責任の大きさというのも、エトワールというタイトルの受け止め方次第ですね。
各人がそれは決めることです。僕の場合はエトワールという肩書きを得て、自分が代表するメゾンに責任を持ちたいと思いました。重くはないけれど、そこには期待されるものががありますね。オペラ座のダンサーというだけでそうだし、ましてエトワールということに対して。この期待はポジティブなものです。それが続くにはタイトルに相応しくなければならない。エトワールのオーラという恩恵に浴したとしたら、それは我々以前のエトワールたちがもたらしたものなのです。だから、それが続いて行かねばならない。タイトルが持つ魔法の力を失墜させてしまうわけにはいきません。僕が感じた責任というのは、次の世代へとこの魔法の力を続けることでした。

Q:コンクールが任命式に変わったり、メイク時間の支払いをめぐってダンサーのストがあったり。今のオペラ座に起きている変化について、どのように見ていますか。

A:僕はミーティングにも出ないし、こうしたことには距離を置いています。どうでもいいというのではなく、こうしたことに意見を言う立場にはもうないのです。とりわけコンクールは僕が何かを言うのではなく、若い世代が決めること。僕個人がオペラ座に対して願うのは、これからも以前と変わらずに世界的に知られるメゾンであり続け、大切な存在であり続けて欲しいということです。

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『マイヤリング』photo Maria Helena Buckley/ OnP

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『さすらう若者の歌』 photo Yonathan Kellerman/ OnP

マチュー・ガニオ日本公演の詳細
https://ballet-constellation.com/2025/04/13/kyotoballet-aug-2025/

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