パリ・オペラ座の華やかな舞台を彩った美しい「宝石」たちの展覧会がガルニエ宮で開催されている
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ワールドレポート/パリ
三光 洋 Text by Hiroshi Sanko
Exposition : Bijouex de scène de l'Opéra de Paris
展覧会「パリ・オペラ座の舞台を飾った宝石たち」
11月28日から2025年3月28日までガルニエ宮で「パリ・オペラ座の舞台を飾った宝石たち」展が開かれている。今回の展示された約70点の「宝石」は、19世紀後半の第2帝政時代からオペラ座の舞台で使われ、オペラ座図書館(Bibliothèqe-Musée de l'Opéra)に保管されている4000点の中から選ばれた。
「宝石」を作る作業はかつてオペラ座外部で行われていたが、1972年からはオペラ座内部のアトリエで制作されている。オペラ座衣裳部門に所属する職人たちの共同作業で作られているが、振付家や演出家の意向により、クリスチャン・ラクロワといった有名なデザイナーがデザインを担当することもある。なお「宝石」に加えて、舞台装置の模型や舞台写真が「宝石」の使われた周りの環境を示すために展示されている。
「舞台の宝石」は金の代わりに真鍮、宝石の代わりに色付きガラスや人造宝石を素材としながらも、オペラ座アトリエの職人たちが宝飾職人と同じ高度な技術を駆使して仕上げている。幕が上がると、多様に変化する照明の下で本物のように輝き、ダンサーや歌手に彩りを添える。
「舞台の宝石」は見た目に美術品として美しいだけではなく、オペラやバレエの公演において、登場人物の身分を示したり、物語の鍵となったりと、きわめて重要な役割を果たしている。
「ああ。この鏡の中で自分がこんなに美しいのを見ると微笑みが浮かぶわ。これがあなたなの、マルグリット? 答えて、早く答えてよ!」(台本はジュール・バルビエとミッシェル・カレによる)
シャルル・グノー作曲の『ファウスト』第3幕第6場の「宝石のアリア」はヒロインのマルグリットがファウストから送られた宝石箱を開け、それを身につけた姿を鏡に映したところで歌われる。最新のオペラ座のプロダクション(トビアス・クラッツアー演出)は設定を現代に変えているが、宝石箱は1859年の初演と同じように精密に作られている。美貌だが貧しく慎ましい乙女が、それまで自分の手に届かなかったプレゼントによって誘惑される場面において、宝石の輝きはなくてはならないものとなっているからだろう。
1)ミオラン・カルヴァロが1859年3月19日に初演されたグノー作曲「ファウスト(仏語ではフォースト)」の宝石の場面で使った手鏡 金属、ガラス、織物を使用 表面
© BNF C Charles Duprat/ Opéra national de Paris
2)裏面
© BNF C Charles Duprat/ Opéra national de Paris
写真3の帽子はフォーキン振付のバレエ『シェヘラザード』で使われ、華やかな飾りによってイダ・ルービンシュタインが扮したゾベイダが寵姫の身分であり、エグゾチックな東方世界の後宮に君臨していることを観客に明瞭に印象付けた。
写真4はワグナーの4部作『ニーベルングの指輪』に登場するヴォータンの兜だ。北欧神話の主神であるヴォータンの権威を、装飾を施された兜の豪奢が雄弁に物語っている。
3)「シェヘラザード」(1910年オペラ座公演、音楽はリムスキー・コルサコフ)のスルタンの寵姫ゾベイダーを演じたベル・エポック時代のダンサー、イダ・ルビンシュタインが被った帽子。レオン・バクストのデザインによる。金箔付き真鍮、織物、真珠、ガラス、羽を使用。
© DR
4)フランスのバリトン・バス歌手、フランシスク・デルマス(1861・1933)が所有していたヴォータンの兜(1893年)。「ニーベルングの指輪」の中の「ワルキューレ」において使われた。鉄、銅、真鍮、木綿のフランネルが使用されている。
© BNF C Charles Duprat/ Opéra national de Paris
5)左上がオニール 八菜、中央右がブルーエン・バッティストーニ、手前がプルミエール・ダンスーズ用。ダンサーそれぞれの個性をアトリエの職人たちがデザインで表現しているが、オニール 八菜は尊敬しているアリス・ルナヴァンのティアラをそのまま使っている。
© DR
写真5のルドルフ・ヌレエフ振付『眠れる森の美女』(1989年)でオーロラ姫が被ったティアラ(フランス語はディアデームdiadème)も展示されている。ヌレエフはダンサーに負担がかからないようにするために、アクセサリーが軽くなることを望み、素材にギターやピアノの弦が使用された。
デフィレで使用されるティアラも三つ展示されている。
アンリ・リュシアン・ドゥセ「カルメンの衣装を着たセレスティーヌ・ガリ=マリエ」 油絵
© BNF C Charles Duprat/ Opéra national de Paris
宝石は女性のエロティシズムを象徴としても舞台で使われていた。男性の運命を狂わせる「宿命の女」(フランス語femme fatale(ファム・ファタル)はオペラやバレエにしばしば現れるが、もっとも有名なのはカルメンだろう。写真6は画家アンリ・リュシアン・ドゥセが描いた、カルメンに扮した歌手セレスティーヌ・ガリ=マリエである。髪飾りや腕輪だけでなく、スカートにも「宝石」が縫い込まれた華やかな姿は自由を謳歌するカルメンの抗しがたい魅惑に似合っている。カルメン以外の典型的な「宿命の女」としてはアベ・プレヴォーの小説のヒロイン、マノン・レスコーがあげられるだろう。
19世紀後半からはオペラ座がダンサーや歌手に役に必要な「宝石」を提供するようになったが、それ以前はダンサーや歌手本人が自分で用意していた。ガルニエ宮に鏡像が今も飾られているマリー・タリオーニは舞台で使っていたティアラを日常にも付けてパリの街に出て行ったという。
この展覧会は商品価値は決して高くはないが、オペラ座という幻想の空間において観客に夢を与えてきた、工芸品として優れた「宝石たち」を間近で見ることのできる稀有な機会となっている。
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