IMAXによる『白鳥の湖』でシークフリートを踊ったポール・マルクへのインタビュー
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ワールドレポート/パリ
インタビュー=三光 洋
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
――ポールさんは IMAXの『白鳥の湖』はまだご覧になっていないのですね。
ポール・マルク:明日の朝、見ます。
――この映像作品を見たジャーナリストたちはみんな大変強い印象を受けました。表情、視線、細かな指先の動き、足先の動きも手に取るように見えたのです。
ポール:なるほど。
――ポールさんが出演されたバスチーユ・オペラでの6月30日の『白鳥の湖』公演は平土間の1列目で観ましたが、それでも今回の映像のように細部を目にすることは不可能でした。その点で例外的な経験だと思います。ポールさんはすでに何度もこの役を踊っておられますね。
ポール:ミリアム・ウルド=ブラーム、ヴァランティーヌ・コラサンテ、セウン・パクをパートナーに何回も踊っています。
――ヌレエフは「王子の夢」として『白鳥の湖』を作りました。今回のIMAXはヌレエフの意図を尊重し、最初あなたが肘掛け椅子に座って目を閉じている映像を見せ、その後も何度か眠れる王子の姿を映しています。ジークフリートをどのような人物として役作りをされましたか。
ポール:ストーリーそのものに前に踊った時と変わりはなく、人物をどう描くかが毎回少しずつ違ってきます。『白鳥の湖』が素晴らしい作品なのは、多様な演技の可能性が与えられている点です。例えば、王子は最初は眠っていますが、踊るダンサーはそれぞれ自分の解釈で理解することができます。まず、ジークフリートがこの場面では本当に眠っている、と考えることができます。別の可能性としては、それからフィナーレまでのすべてのストーリーを実はジークフリートの頭の中で起きたこととしてとらえられます。このように解釈の可能性がたくさんあって、観客も自分が見たいと思っていることを見ることが許されているのです。
たくさんのオプションがあることを知った上で、私は特定の一つのオプションを選ぶのではなく、自分がイメージした人物に最大限、忠実に演技することにしました。さまざまなオプションを同時に私の念頭に留めておいて、観客それぞれが望んでいる話を選んでもらえるようにしたのです。
――王子は青年となり、将来、王妃となる女性を選ぶように母の王妃から強く促され、間もなく王位に就こうとしています。王子の父は登場せず、観客は最後までその存在については知らされません。家庭教師ヴォルフガングが常に王子のそばにいますが、その意図は不明瞭です。
ポール:その通りです。
――ヴォルフガングとオデット=オディールとの関係をどのようにして構築して行ったのでしょうか。
ポール:リハーサルの期間に人物関係を少しずつ作り上げていくのですが、誰がパートナーとなるかで変わってきます。ダンサーのそれぞれが独自の感性を持っていて、どういうふうにやりたいかも人によって違います。ストーリーそのものは同じでも、人物関係は誰と踊るかによって毎回多少とも違ってくるのです。オデットの優しさを表現しようとするダンサーもいれば、悪魔におびえている側面を前に出すダンサーもいます。セウン・パクは恐れの気持ちを持ちながらも、王子に対して強い愛情を抱いているロマンチックなヒロインを前面に出しています。それに対してヴァランティーヌ・コラサンテは悪魔に対する恐怖を軸に表現しています。こうしたことはリハーサルが進んでいくうちに、周囲のダンサーたちにも伝わっていきます。リハーサルが進んで振付に沿って身体が動くようになると、芸術的な表現面を探究していく段階になります。意図の曖昧な家庭教師のヴォルフガングと悪魔、白鳥と黒鳥、という対比も順次決まっていきます。ヴォルフガング=ロットバルト役のパブロ・レガサとの共演は大変うまくいきましたが、別のダンサーとならば同じアプローチでは機能しなくなります。コーチがリハーサルの時に私たちの周囲にいて、「そのやり方はいい」「いや、それではうまくいかない」といった指示を出してくれます。リハーサルで回を重ねる中で次第にドラマが仕上がっていきます。
© Opéra national de Paris/ Ann Ray
――パブロ・レガサによるロットバルトはどのような人物だと思われましたか。
ポール:以前、ジェレミー=ルー・ケールがロットバルトを演じた時には、私(=王子)は最初から彼に対して不信の念を抱いていて、家庭教師の顔の背後に別の何かが潜んでいるという感じになりました。パブロ・レガサの場合は私と背がほぼ同じだったこともあって、最初はよりイノセントな王子として家庭教師を信頼し、協調している関係になりました。それだけに、その背後に別の人物がいる、とわかった時のショックはより強烈です。教師と生徒の関係を軸にして最初は表現し、教師ではない顔が裏にある、ということはかなり後になってから演技で示すことにしたのです。
――パブロ・レガサは先ほどのインタヴューで、王子に弓を渡すところで、王子を殺そうという思いが脳裏を掠めたことを表現した、と語っていました。隠されていた意図を目に見える形で表したというのです。
ポール:この場面でパブロの演技は私の背後で行われているために、私自身は見ていないわけです。自分の目にするまでは、彼に底意があるとは全く予想だにしていません。そちらを向いていない私にはわからないけれども、彼の方は観客の目に映る演技をしているために興味深い場面になっていると思います。
――第三幕の花嫁候補者たちがいるところにロットバルトが娘のオディールを連れて入ってきます。そこで気づくのでしょうか。
ポール:いいえ、他の宮廷の人々には悪魔だとわかったのですが、ジークフリートはまだ気づかないでいます。ヴォルフガング=ロットバルトは王子が愛している白鳥を連れてきたと思わせ、王子も同じ白鳥だと思い込んでしまいます。パ・ド・トロワの途中でオデットの姿が舞台後方に現れた時になって初めて、ジークフリートは自分の間違いに気づき、ヴォルフガング=ロットバルトの正体を知るのです。パ・ド・トロワの途中でも多少疑いの気持ちは少しあるかもしれませんが、王子が周囲にいる人物の真実を知るのはパ・ド・トロワも最後の部分なのです。
――サスペンスが最後まで引き伸ばされていますね。
6月30日にバスチーユ・オペラで観た時、ポールさんの純粋でイノセントな王子でした。ポールさんの演技には王子の真率さが感じられました。
ポール:ジークフリートというのはそういう人物なのです。とても若く、不在の父の後をまもなく継ぐ、17・18歳の青年です。若く、それまで城の中にいて、実際の生活を見たことがなかったのです。城という黄金の牢獄にいて、周囲からチヤホヤされて育ったものの、ナイーブでのんきなままで、現実を知ることはなかったのです。お金に不自由なく、何かあれば従者がやってくれていたからです。母の王妃からも溺愛され、結局、大きな赤ん坊のような若者になっていました。環境によって守られていて、第一幕の最後になって生まれて初めて城を出て、外の世界をありのままに見ることができたのです。つまり現実の世界を王子が発見するのが物語の核にあるのです。
――王子が成長していくイニシエーションの物語ということですね。
ポール:そうです。
© Opéra national de Paris/ Ann Ray
――日本のバレエファンはもちろんポールさんの見事な跳躍や回転技術を楽しむでしょうが、舞台とIMAX映像を見て、テクニックを超えた解釈、バレエの芸術としての表現を目指されていることがよくわかりました。
ポール:『白鳥の湖』は世界で最もよく知られた物語です。ただテクニックを見せるためだけなら、物語はいりません。ダンサーにとって最も大事なのは物語を語っていくことです。ピルエットやジャンプ、トゥール・アン・レールはもちろん必要ですが、ダンサーの主目標は物語を表現することです。テクニックだけに集中して物語が生まれなかったら、最も大切な何かが欠けてしまうでしょう。私がバレエで最も好きなのは話を語るという側面です。ピルエットをやるにしても、どの場面で、どういう形で、ゆっくりなのか、速くなのか、といったことがどんな物語にしたいのかで変わってきます。
――「ダンス・アヴェック・ラ・プリュム」誌のアメリー・ベルトラン記者による2016年9月16日のインタヴューの中でポールさんは
「どのバレエ作品があなたに夢見せさせますか」という質問に対して
「『白鳥の湖』です。なぜだかはわかりませんが、ジークフリートという人物が私に夢を見せさせてくれるのです。」と答えています。8年前の夢はすでに実現し、今回は映像にもなったのですが、夢が実現した今、どのように感じておられますか。
ポール:『白鳥の湖』のようなグランド・バレエが素晴らしいのは、何度でも踊ることができ、その都度、新しい発見がたくさんあるからです。極めて複雑なバレエで、技術、芸術の両面でとてもむずかしいのです。ヌレエフの作品は一度踊っただけでは全貌を掴むことはできません。20回、25回、と舞台を重ねていくことが大切です。
――ポールさんにはまだまだ時間が残されていますから、機会はたくさんあるでしょう。
ポール:どうなるでしょうかね(笑)。新しいシリーズで踊る時には、その前に身につけたことの上にリハーサルを通じて新しい発見を積み重ねることになります。それが毎回続くわけです。ゼロからの再スタートではなく、少しずつ違う要素、知識を積み上げていきます。パートナーも変わりますし、毎回人物像も変わってきます。何度踊っても同じであることはなく、年齢とともに役を異なったやり方でとらえることにもなります。毎回が違うのです。ジークフリートが夢の役なのはそのためです。
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
――4歳の時にダックス(南西フランスの都市)で踊り初めて、いつ『白鳥の湖』のことを知りましたか。ポールさんはオペラ座での最初の昇級試験ですでにジークフリートのヴァリエーションを踊っていますね。
ポール:ええ。『白鳥の湖』は最初から踊りたいと思った作品でした。踊りたい作品はたくさんありましたが、「白鳥」はそのトップでした。ストーリー、芸術面、技術面のすべてにおいてこの作品が大好きなのです。このバレエはダンサーなら男性でも女性でも、生涯に一度は踊りたい神話的な作品と言っていいと思います。
――ポールさんは早くからフレンチ・スタイルに惹かれていて、ヴァルナ国際バレエコンクールに出場した時も、この様式を審査員たちに見てもらいたいと切望していたそうですが、『白鳥の湖』もその系譜の作品ですね。ジョゼ・マルティネスはロシアで別のヴァージョンの『白鳥の湖』を踊ったあと、「こんなに王子の役がやさしいとは思わなかった。」と述懐していますが、ヌレエフの振付のむずかしさは破格なのでしょうか。
ポール:ヌレエフの振付は『白鳥の湖』に限らず、『ロメオとジュリエット』でも『ラ・バヤデール』でも、テクニック面でとてもむずかしいだけでなく、テクニックを超えた芸術面での要求が高度なのです。どのヴァージョンでも女性ダンサーにとってはむずかしいのですが、男性ダンサーにとっては多くの場合、それほどむずかしくありません。『ドン・キホーテ』を例にとると、多くの振付がありますが、主役のバジルには第一幕でヴァリエーション一つがあるのが普通なのに、ヌレエフ版では三つあります。これは一例に過ぎません。いったんヌレエフ版を踊った男性ダンサーにとっては、他のヴァージョンでは踊りそのものが少ないので楽です。反面、オペラ座に客演した男性ダンサーはヌレエフの振付を踊ると、とてもしんどいのでもう二度と戻ってきません。客演ダンサーから「ヌレエフ振付のグランド・バレエはとてもむずかしかった」と打ち明けられたことが何度もありました。
――ヌレエフ振付の作品を踊るのが夢の一つだったそうですが、それ以外の夢は。
ポール:ロビンズ、ローラン・プティ、バランシン、マクミランと踊りたい振付家のリストはとても長いです。クラシックの枠に閉じこもるのではなく、ネオ・クラシックやコンテンポラリーの作品も踊りたいと思っています。一つでも多くの作品を踊りたいという気持ちです。
――間もなく日本でもポールさんのジークフリートのIMAXが上映されますが、日本のバレエファンへのメッセージをお聞かせください。
ポール:2024年2月から3月に日本でセウン・パク、ジャック・ガストフといっしょに『白鳥の湖』を踊ったばかりです。まだ自分ではIMAXは見ていないので、大写しになった自分の姿を見たら奇妙な気分になるかもしれませんが、撮影しているときは素敵な時間で、多くを学び、楽しく過ごせました。日本のバレエファンの方々にこの映画を楽しんでいただけたら幸いです。
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
――バスチーユ・オペラでの『白鳥の湖』には五人のジークフリートが登場しましたが、その中からポールさんが選ばれたわけです。パブロ・レガサは先ほどのインタヴューで「今望みうる最高のジークフリート」だと言っていました。
ポール:パブロはやさしすぎます。彼とセウン・パクとはリハーサルも実に滞りなく進み、問題がある時も、お互いに腹を割って話し合い、すぐに解決策が見つかったので本当に楽でした。パートナーシップが良かったことは、映像にも出ているだろうと思います。フローランス・クレールさんが指導をしてくださったのですが、本当にみんなで楽しみながらリハーサルができました。三人はとても仲が良いので、すべてがうまくいきました。フローランスさんは一つのアラベスクだけでも、15の違うやり方で試してみて、どれが一番良いかを選んでくれました。私が練習で好きなのは、ありとあらゆる可能性を試して、最良のものを選んでいくプロセスです。それからピルエットでも同じ作業をして、そのあとで二つを繋げます。後にくるピルエット次第で、前にあるアラベスクでどれが良いかが変わってきます。スタジオでフローランスさんとは長い時間を過ごしました。一つの形から次へのつながりで一番適切で、自分が一番やりたいものを選んでいきます。この作品を多くのパートナーと踊ったフローランスさんの目は研ぎ澄まされていて、他のコーチにはない独自の視点を持っています。それで彼女とリハーサルする時間が最高の時となっています。バレエのすべてはディテールにあります。
――IMAXでは衣裳をアップした映像があり、刺繍の細部や生地の光沢が明瞭に見えます。この精緻な手仕事にも比較できるような作業を重ねて王子の像が作られていったわけですね。
ポール:その通りです。
――本日は貴重な時間を割いていただきまして、ありがとうございました。
© Opéra national de Paris/ Julien Benhamou
『パリ・オペラ座「白鳥の湖」IMAX』
2024年11月8日(金)より7日間限定公開!
© Natalia Voronova 配給:東宝東和
https://tohotowa.co.jp/parisopera/movie/swanlake/
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