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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2015.12.10]

異様な雰囲気の中のパリ・オペラ座『ラ・バヤデール』でオニール八菜はガムザッティを踊った

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
"La Bayadère" Rudolf Noureev
『ラ・バヤデール』ルドルフ・ヌレエフ:振付

パリでは11月13日の夜に市内と郊外で同時多発テロが起こり、約130名が亡くなった。それを受けて、14日からは三日間にわたりフランス共和国全体が喪に服し、あらゆる劇場公演が中止された。パリ・オペラ座バレエ団の今年のクリスマス公演、ヌレエフ振付『ラ・バヤデール』のプルミエは通常とは全く異なる雰囲気の中で行われた。当日地下鉄の駅を出ると、バスチーユ広場に面したオペラの前には空港にあるような金属探査機が設置されているのが目に入った。観客は警備員の厳重な身体検査を受けてから、ようやく建物の中に入ることができた。
公演開始前にステファン・リスナー総監督とバンジャマン・ミルピエ バレエ監督の二人だけが舞台に登場し、リスナー総監督がマイクを手にし犠牲者に哀悼の意を表するとともに、テロに屈せずに公演を続ける、という劇場人としての決意を表明した。それから一分間の黙祷、続いてオーケストラの伴奏で国歌「ラ・マルセイエーズ」を観客全員が歌った。
この緊張は観客だけではなく、舞台上のダンサーたちもとらえた結果、いつもとは全く違う雰囲気の中で幕が上がった。その結果として複数のダンサーが転倒する例外的な公演となり、できそのものも普段のようにはいかなかった。しかし、カーテンコールではきわめて困難な条件にあっても、最後まで全力を尽くしたダンサーたちに観客からあたたかい拍手が送られていた。

OPB bayadere 2015 1 c Little Shao.jpg (C) Little Shao/Opéra national de Paris

当夜は昇級試験で来年1月1日からプルミエール・ダンスーズへの昇格を決めたオニール 八菜が初めてガムザッティを踊った。インタヴューで話しているように、ソロル役のマチアス・エイマンとのコミュニケーションに問題があったため、思うような演技ができなかったのは残念だが、高貴な姫にふさわしいエレガンスと優れた技術によって舞台に華やぎを与えていたことは間違いない。今後、回を重ねて経験を積むことによって、人物の性格表現を深めることで、一層の輝きを身に付けていってほしいものだ。
ヒロインのニキアは、前回までは敵役のガムザッティで演技を評価されてきたドロテ・ジルベールだった。テクニックの切れの良さが身上だが、今回は巫女から勇者ソロルの花嫁になりたい、という上昇志向を前面に押し出した人物像を鋭い視線と工夫を凝らした演技で描き出していた。ただし、パ・ド・ドゥではソロルのサポートに問題があったために、慎重にならざるを得なかった感は拭えなかった。
ソロル役は期待されたマチアス・エイマンだったが、他のダンサーと比べても強張っていて、ソロでは彼ならではの卓越した演技が見られたものの、パ・ド・ドゥになると、パートナーが目に入っていないかのような空虚な視線に驚かされた。このために、ソロルを巡る二人の女性の葛藤、というドラマが最後まで空回りしてしまった。

OPB bayadere 2015 8 c Little Shao  gilbert.jpg ジルベール (C) Little Shao/Opéra national de Paris OPB bayadere 2015 9  c Little Shao  heymann.jpg エイマン (C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 10 c Little Shao  gilbert heymann.jpg ジルベール、エイマン
(C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 11 c Little Shao  gilbert.jpg ジルベール
(C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 14 c Little Shao  heymann gilbert.jpg ジルベール、エイマン
(C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 12 c Little Shao.jpg (C) Little Shao/Opéra national de Paris
_OPB-la-bayadere-11-2015-1-heymann-oneill-c-little-shao.jpg (C) Opéra national de' ¨Paris/ Little Shao

主役三人以外では、何と言ってもエネルギッシュなピルエットと高い跳躍で金の偶像を演じた、フランソワ・アリュが独自の存在感を見せ、それまで反応の鈍かった客席からもようやく喝采が起こった。そのアリュでさえ、動きのつながりに自然さが今ひとつ欠け、最後の着地では身体がぐらついていたのは、この夜はダンサーの誰もが普通でなかったことの証拠だろう。(一週間後に観たときには、硬さが取れて全体の動きが滑らかにつながり、着地もぴたりと決まっていた。)ユゴー・ヴィオレッティがファキール役で芸達者ぶりを発揮していたほか、第3幕での第1ヴァリエーションに登場したマリオン・バルボーも若さにあふれる演技で拍手を集めていた。コロンヌ管弦楽団を率いたファイサル・カルイが熱の入った指揮で懸命にダンサーたちを盛り立てようとしていたのが目に付いたが、最後まで重苦しい空気に包まれた夕べだった。

OPB bayadere 2015 13 c Little Shao.jpg (C) Little Shao/Opéra national de Paris

それから一週間後に第二キャストを見に行った時には、パリも次第に日常の感覚が戻って来ていて、ほぼ通常の公演となった。
金の偶像役のフランソワ・アリュとファキールのユゴー・ヴィオレッティ、第3幕の第1ヴァリエーションのマリオン・バルボーを除く役がほぼ入れ替わった。
ジョシュア・オファルトは2012年3月7日のプルミエで同じソロル役で、エトワールに昇格している。筆者は当時「ニコラ・ル・リッシュのような存在感のあるダンサーに成長してほしい」と書いたが、凛々しい勇者としてはやはり線の細い印象は拭えない。それでも、初日に比べて舞台が盛り上がったのは、アマンディーヌ・アルビッソン(ジルベールとは一味違う、より優しさがソロルを包み込むようなニキア像を描いた)とヴァランティーヌ・コラサント(ガムザッティ)という二人の女性パートナーとオファルトの息がよく合い、またポルテが安定していることによって、人物同士の感情がぶつかり合い、ドラマを盛り上げるのに貢献したからだろう。

この日はオニール八菜がコール・ド・バレエの一員として舞台に上がり、第3幕の「影の王国」(霊界)ではバヤデールの三番目として踊っていた。大晦日まで続く『ラ・バヤデール』のロングランは、オニール八菜にとってコール・ド・バレエとしての最後の演目となる。
(2015年11月17日、24日、バスチーユ・オペラ)

OPB bayadere 2015 2 c Little Shao amandine albisson.jpg アマンデーヌ・アルビソン
(C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 3 c Little Shao  colassante  hoffalt.jpg コラサント、オファルト
(C) Little Shao/Opéra national de Paris
OPB bayadere 2015 4 c Little Shao hoffalt.jpg オファルト(C) Little Shao/Opéra national de Paris OPB bayadere 2015 5 c Little Shao.jpg (C) Little Shao/Opéra national de Paris

『ラ・バヤデール』
音 楽 ルドヴィッヒ・ミンスク(ジョン・ランチベリー編曲)
台 本 マリウス・プティパ、セルゲイ・クデコフ
振付・演出 ルドルフ・ヌレエフ
装 置 エジオ・フリジェリオ
衣 装 フランカ・スカルチピアーノ
照 明 ヴィニチオ・ケリ
ファイサル・カルイ指揮 コロンヌ管弦楽団

配 役(11月17日/24日)
ニキア ドロテ・ジルベール/アマンディーヌ・アルビッソン
ソロール マチアス・エイマン/ジョシュア・オファルト
ガムザッティ オニール 八菜/ヴァランティーヌ・コラサント
ファキール ユゴー・ヴィオレッティ/ユゴー・ヴィオレッティ
大僧正 ギヨーム・シャルロ/ヤン・シャイユー
ラジャー(王) ヤン・サイーズ/ブリュノー・ブーシェ
金の偶像 フランソワ・アリュ/フランソワ・アリュ
ダンス・マヌー エレオノール・ゲリノー/シャルリーヌ・ギーゼンダンナー
ダンス・アンディエンヌ サブレイナ・マレム、ファビアン・レヴィヨン、ユゴー・ヴィオレッティ/ファニー・ゴルス、ジェレミー=ルー・ケール、ユゴー・ヴィオレッティ
第3幕 第1ヴァリエーション マリオン・バルボー/マリオン・バルボー
第2ヴァリエーション メラニー・ユレル/エレオノール・ゲリノー
第3ヴァリエーション ヴァランティーヌ・コラサント/エロイーズ・ブルドン