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パリ・オペラ座バレエ団のクラシック・バレエをより活性化させたマニュエル・ルグリ振付『シルヴィア』、ストヤノフ、ルーヴェ、モロー、ワグマン、ムーセーニュなどが際立った

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

Sylvia Manuel Legris 『シルヴィア』マニュエル・ルグリ:振付

パリ・オペラ座バレエ団は5月8日から6月4日まで(19公演)ガルニエ宮でマニュエル・ルグリ振付の『シルヴィア』を上演した。
今回、ルグリ振付の作品のレパートリー入りは、2022年10月にジョゼ・マルティネズがパリ・オペラ座バレエ団の舞踊監督に就任した直後に、マニュエル・ルグリと会うことを申し込んだことから始まった。150名近い団員を擁するパリ・オペラ座バレエ団をクラシック・バレエを上演するカンパニーとして卓越した状態にもっていくために、7名の主要人物がいて、6グループに配役されるコール・ド・バレエにも高い技術を求める『シルヴィア』は、格好の作品だとマルティネズが判断したからだ。ちなみにマルティネズは、2026年4・5月に上演されるヌレエフ振付『ロメオとジュリエット』のリハーサル指導もルグリに依頼している。ヌレエフ時代を支えたエトワールでミラノ・スカラ座バレエ監督を退任したルグリに、オペラ座バレエ団への助力を仰いだことになる。

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アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

ヒロインのシルヴィアは、ローマ神話に登場する狩の女神ディアーヌ(古代ギリシャ神話のアルテミス。英語名はダイアナ)に仕える巫女(女狩人)だ。ディアーヌは巫女たちが純潔を守り、人間の男性に誘惑されないように目を光らせている。しかし、若い羊飼いアマンタに求愛されたシルヴィアは心を奪われてしまう。ディアーヌは二人が結ばれるのを妨げようとするが、愛の神エロスが恋を実らせる。
このバレエの台本はジュール・バルビエとジャック・ドゥ・レナック男爵が共作した。バルビエはグノーの『ファウスト』やオッフェンバックの『ホフマン物語』のオペラ台本も書いた、19世紀フランスの優れた劇作家である。バルビエとドゥ・レナック男爵は古代ギリシャ・ローマ神話の人物たちを素材にしたイタリアの詩人トルカート・タッソーの詩劇『アミンタ』(フランス語ではアマンタ)を土台にして、牧歌的な雰囲気の中で繰り広げられる神々と巫女、人間が交錯する男と女の心情を主筋とする物語にまとめている。

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アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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ロクサーヌ・ストヤノフ(ディアーヌ)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

マニュエル・ルグリの振付の土台となったバレエ『シルヴィア』は、1875年1月5日に開場したばかりのガルニエ宮における初めての新作バレエとして翌年の6月14日にルイ・メラントの振付で初演されている。メラントの作品には「ディアーヌの巫女」という副題が添えられている。メラントの原振付からレオ・シュターツ、アルベール・アヴリーヌ、セルジュ・リファール、リセット・ダルソンヴァルといった振付家による版が発表されている。最近のオペラ座では1997年にジョン・ノイマイヤーがドラマを前面に出した現代的な振付を発表し(題名役はモニク・ルディエール)、高く評価された。(ちなみにルグリはノイマイヤー版を踊っている)
ルグリはオペラ座バレエ学校生徒だった時に、バレエ学校の初代校長(在任1957年から1960年)だったダルソンヴァル版を踊ったノエラ・ポントワ(シルヴィア)とジャン=イヴ・ロルモー(アマンタ)の演技と豪華な衣装・装置に心を奪われた。この思い出のある作品をルグリは、フランスのクラシック・バレエの伝統の軸ととらえている。ピエール・ラコットとクロード・ベッシーの助言を受け、新しくプロローグを付けて再構成した。この版はルグリが当時舞踊監督を勤めていたウィーン国立歌劇場で2018年に初演され、今回のシリーズでパリ・オペラ座のレパートリーに入った。
題名役はアマンディーヌ・アルビッソン(3回、相手のアマンタはジェルマン・ルーヴェ)、ブルーエン・バティストーニ(5回、ポール・マルク)、ヴァランティーヌ・コラサンテ(3回、ギヨーム・ディオップ)、セウン・パク(3回、パブロ・ルガサ)、ロクサーヌ・ストヤノフ(3回、トマ・ドッキール)、イネス・マッキントッシュ(1回、フランチェスコ・ムーラ)の6人が踊った。このうち、プルミエを踊ったアマンディーヌ・アルビッソン(5月18日)とロクサーヌ・ストヤノフ(5月30日)の二人を見ることができた。

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ロクサーヌ・ストヤノフ
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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ロクサーヌ・ストヤノフ
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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ギヨーム・ジョップ(エロス)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

まず魅力を感じたのはケヴィン・ローデス指揮のパリ・オペラ座管弦楽団が演奏したレオ・ドリーブの音楽だ。フランス音楽らしく色彩感豊かであるとともに、第1幕の女狩人であるディアーヌの巫女たちが登場する場面にはワグナーの「ワルキューレの騎行」にインスピレーションを得た曲想も見られる。
プロローグには女神ディアーヌと美青年アンディミオンとのパ・ド・ドゥが踊られた。女神の青年への思いが伝わってくるシーンで、わずか4分間ながら結末で女神が自分と同じように人間の男性を愛したシルヴィアを認める重要な伏線になっている。ロクサーヌ・ストヤノフはこぼれるような官能性によってディアーヌの想いの深さを明快に表現した。そのために、純潔を守るために愛を諦めたディアーヌがその掟をシルヴィアにも課そうとしながら、最後には禁じられた愛を認めるという心情の流れにも説得力を与えていた。
アマンタ役ではジェルマン・ルーヴェがスラリとした優雅な長身は羊飼いの青年によく合っていた。第1幕、満月の夜に人間が立ち入ることを禁じられている神聖な森に密やかに忍びこみ、愛の神エロスの彫像の下でヴァリエーションを踊った。その軽やかな跳躍となめらかな身ごなしからはシルヴィアへの真率な恋情が自然と伝わってきた。トマ・ドッキールも立ち姿自体は良かったが、演技の繊細さと円滑さにおいてはやはりジェルマン・ルーヴェが数段優っていた。

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アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア) ギヨーム・ジョップ(エロス)
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マルク・モロー(オリオン) アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア)
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マルク・モロー(オリオン) アマンディーヌ・アルビッソン(シルヴィア)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

初日の題名役を踊ったアマンディーヌ・アルビッソンは、2022年7月に長男を出産した産休からの復帰だった。長い間舞台を離れていたため、シルエットはほぼ元に戻っていたものの、女狩人というヒロインに特性に欠かせない軽妙さや高度の技術を要求されるヴァリエーションの最後に停止するところで問題を残した。次の舞台では体調を整えて、本来の踊りを見せてもらいたいものだ。
一方、5月30日にシルヴィアを演じたロクサーヌ・ストヤノフははつらつとした演技により存在感を見せた。中でも第2場の横恋慕した腹黒い猟師オリオンに誘拐された洞窟の場面で、あたかもオリオンに惹かれているかのように見せながら、相手を酔わせて逃げ出すシーンの機知に富んだ演技は観客を楽しませた。
マルク・モローはシルヴィアを手下とともに誘拐し、自分の巣窟で言い寄りながら、酒を飲まされてシルヴィアに逃げられるオリオンの悪党ぶりと間抜けさを的確に演じてドラマを盛り上げた。
踊る場面は限られているが、ドラマの展開に大きな役割を果たすのが愛の神エロスだ。
アマンタを蘇生させたり、第3幕でディアーヌにアンディミオンの姿を見させることでシルヴィアとアマンタの愛を認めさせる。3月の『眠れる森の美女』ではデジレ王子を好演したギヨーム・ディオップだったが、今回は出演が重なったために疲れが溜まったためだろうか、もう一つ本調子でない感じが惜しまれた。それでも圧倒的な人気にかげりはなく、ファンの喝采を受けていた。残念ながら実際には見られなかったが、5月29日に一度だけエロスを踊ったシェール・ワグマンは破格のテクニックで喝采されたという。

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© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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©Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

5月30日の公演が充実していたのはヒロイン役のロクサーヌ・ストヤノフの活躍はもちろんだが、牧神役を野生味たっぷりに演じ切ったシェール・ワグマンと水の精ナイアス役のクララ・ムーセーニュという期待の若手二人によるパ・ド・ドゥも圧巻で、大いに客席を沸かせていた。ワグマンの群を抜いて高い跳躍、破格のスピード、ぴたりとした停止には誰もが瞠目した。のびやかなムーセーニュと息もよくあっており、これからもこの二人の共演には目が離せない。
本公演が大きな意義を持ったのは、何と言ってもマニュエル・ルグリがアデュー公演から15年ぶりに振付家としてガルニエ宮に戻り、オペラ座バレエ団に大きな刺激を与えたことだった。ルグリによって『シルヴィア』で大きな役割を与えられたコール・ド・バレエは、彼の懇切丁寧な指導により生き生きとした演技を見せていた。
(2025年5月18日、30日 ガルニエ宮)

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ブルーエン・バティストーニ(他日公演)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ(ナイヤード) フランチェスコ・ムーラ(フォーヌ)他日公演
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バティストーニ(シルヴィア)、ポール・マルク(アマンダ)他日公演
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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アンドレア・サーリ(オリオン)他日公演
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バティストーニ(他日公演)
© Jonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

『シルヴィア』(3幕バレエ レパートリー入り)2018年ウイーン国立歌劇場バレエ団により初演 

*振付 マニュエル・ルグリ
原振付 ルイ・メラント
リブレット(台本) マニュエル・ルグリ&ジャン=フランソワ・バゼル
音楽 レオ・ドリーブ
装置と衣装 ルイザ・スピナテッリ
照明 ジャック・ジョヴァナンジェリ
ドラマトゥルギー ジャン=フランソワ・ヴァゼル
振付アシスタント アリス・ネクセア アントニーノ・マリアノフスキー

配役(5月18日、30日)
シルヴィア アマンディーヌ・アルビッソン/ロクサーヌ・ストヤノフ
ディアーヌ ロクサーヌ・ストヤノフ/ビアンカ・スキュダモア
アマンタ ジェルマン・ルーヴェ/トマ・ドッキール
オリオン マルク・モロー/フロラン・メラック
エロス ギヨーム・ディオップ/アントニオ・コンフォルティ
アンディミオン フロラン・メラック/アレクサンダー・マリアノースキー

プロローグ 夢と現実のはざまで
ディアーヌ シルヴィア アンディミヨン
第1幕 よる 聖なる森の中、愛の神エロスの彫像
シルヴィア ディアーヌ アマンタ オリオン エロス
第1場
牧神 フランチェスコ・ムーラ/シャール・ワグマン
ナイアス(水の精) イネス・マッキントッシュ/クララ・ムーセーニュ
サチュロス(山野の精) チュン=ウィン・ラム テオ・ギベール マニュエル・ガリド エリック・ピント=カタ/オーレリアン・ゲ テオ・ギベール ナタン・ビッソン フランソワ・ルブラン
シーレーノス(半山羊の水の精)たち アントニオ・コンフォルティ ダニエル・ストークス シリル・ミティラン ファヴィアン・レヴィヨン/マチュー・コンタ ミロ・アヴェック ミカ・ルヴェーヌ バティスト・ベニエール
木の精 アリス・カトネ ディアーヌ・アデラック アンブル・キアラッソ ナタリー・アンリ/アリス・カトネ ディアーヌ・アデラック アンブル・キアラッソ ナタリー・アンリ
ナイアスたち エリザベット・パルタングトン オルタンス・ミエ=モーラン ルチアナ・サジオロ アリシア・ヒディンガ/オルタンス・ミエ=モーラン エリザベット・パルタングトン リュナ・ペネ 山本小春
第2場
二人の女の狩人 ホアン・カン ビアンカ・スキュダモア/ホアン・カン ニーヌ・セロピアン
女の狩人たち カミーユ・ボン セリア・ドゥルーイ 他/カミーユ・ボン セリア・ドゥルーイ 他
農夫 レミ・サンジェ=ガスナー/レミ・サンジェ=ガスナー
農婦 オルタンス・ミエ=モーラン/オルタンス・ミエ=モーラン
羊飼い ポール・メラス/ポール・メラス
農婦たち トスカ・オーバ ジャスミーヌ・アトゥルス 他/トスカ・オーバ ジャスミーヌ・アトゥルス 他
農夫たち ナタン・ビッソン サミュエル・ブレ 他/レオ・ブスロール サミュエル・ブレ 他
ウェスタ(かまどの女神)に仕える巫女 カミーユ・カラザンス リラ・パラ マルゴー=ゴーディ=タラザック ディアーヌ・サラー/エミール・ハズブーン カミーユ・カラザンス リラ・パラ ディアーヌ・サレー
第2幕 洞窟 オリオンの隠れ場 
シルヴィア オリオン 牧神 サチュロスたち シーレーノスたち 
二人のヌビア人奴隷 エレオノール・ゲリノー リュナ・ペニェ/オルタンス・ミエ=モーラン エリザベット・パルタンゴン
女奴隷たち ディアーヌ・アデラック 山本小春 他/ディアーヌ・アデラック アンブル・キアラッソ 他
第3幕 ディアーヌの神殿の近く
シルヴィア ディアーヌ オリオン アンディミヨン 二人の女狩人 牧神 サチュロスたち 農夫 農婦 羊飼い ウェスタに仕える巫女たち 女狩人たち

コーチ サブリナ・マレム シャルロット・シャプリエ リオネル・ドラノエ イレク・マクムドフ
招聘コーチ エリザベット・モーラン クロード・ド・ヴィルピアン

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