パリ・オペラ座ダンサー・インタビュー:レミ・サンジェール= ガスネール
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ワールドレポート/パリ
大村 真理子(在パリ・フリーエディター) Text by Mariko OMURA
Rémi Singer-Gassner レミ・サンジェール= ガスネール(コリフェ)
2024年11月に開催された昇級コンクールでカドリーユからコリフェに男性ダンサー4名が上がった中で、一位だったのがレミ・サンジェール=ガスネールである。課題曲の『グラン・パ・クラシック』と自由曲の『ラ・スルス(泉)』のジェミルのヴァリアションを踊り、大勢のカドリーユの中でも強靭なバネ力、バランスのとれたマネージュ、繊細なひざ下の仕事などで群を抜くパフォーマンスを披露し見ている者に印象付けた。コリフェとなった今年は、『眠れる森の美女』のブルーバード、『シルヴィア』のパ・ドゥ・トロワの牧童役で舞台狭しと飛翔し、回転し、さほど大柄ではないけれど、ステージ上での存在感は大きく光り輝くものがある。仕事熱心で、自分を進歩させることに努力を惜しまない20歳の彼。男性エトワールが不足している今のパリ・オペラ座において、何年後かが気になるコール・ド・バレエのダンサーの一人だ。
Q:シーズン2023~24年の開幕公演だった「ジェローム・ロビンズ」のトリプルビルの中で、『ザ・コンサート』でシャイボーイに配役されてましたが、その年入団のダンサーだということにとても驚かされました。
© Julien Benhamou / OnP
A:僕はこのときコール・ド・バレエで『アン・ソル』『ザ・コンサート』の代役でした。で、僕はあまり大きくないんですが、この『ザ・コンサート』のシャイボーイ役には小柄なダンサーがいいとなったことから・・・。オーディションではなく、この時、バレエ・マスターのジャン=ピエール・フロリがオペラ座でのロビンズ作品の再演のために招待されていて、僕の写真を見た彼から提案があったんです。ある日リハーサルスタジオに来るようにと連絡があって、それで稽古をしてみた結果シャイ・ボーイに配役が決まりました。これはかなり驚きでした。この役の第一配役はアントワーヌ・キルシェール。通常はプルミエ・ダンスールが踊る役なのに、それを入ったばかりの僕が踊ることになったのですからね。
Q:どのような体験でしたか。
A:すごく満足しました。演劇的で身体表現など作り上げる役柄だったので、面白い体験でした。公演で踊ったのはブルーエン(・バティストーニ)だったけれど、最初の稽古はレオノール・ボラックと。入団したての僕が、いきなりエトワールを空間に持ち上げるなんて、と・・・少しは怖気付いたけれどテクニック的に難しいものでもなく、この仕事はとても上手く行きました。
Q:シャイボーイの役はダンスだけでなく、コミカルの度合いなどが難しく表現の仕事も必要とされたのではないですか。
A:そう、それについても仕事をしたんです。配役を知った時に過去のビデオを見て、すぐ準備を始め、フロリさんからも人物が何かおかしな事をするからコミカルというのではなく、その状況が笑えるという事であると説明があって。稽古ではアントワーヌがする事を観察しました。
『ザ・コンサート』© Julien Benhamou / OnP
『ザ・コンサート』© Julien Benhamou / On
Q:入団した最初のシーズンはこの他には何を踊っていますか。
A:確かにちょっとしたラッキーなデビューでしたけど、これは例外。そのあとは本来のコール・ド・バレエの仕事をしました。
Q:このシーズン2023~24の最後は確か『アパッチ』に参加しています。これはインプロヴィゼーションの仕事が求められる作品でした。
A:そう、過去にしたことがなかったので僕には新しい体験となりました。リラックスしてできるように務め、提案もしてみたりして。振付に沿って踊るという日頃していることと違って、白紙依頼という即興はすごく楽しめました。ヒップホップやブレークダンスなどを踊っているコンテンポラリーのダンサーたちも一緒に踊る作品だったので、彼らがどう踊るのかなどを見ることができたのも面白かった。最後は少しは解放された感じが得られたけれど、やはり特殊な仕事だったと言えますね。
Q:コリフェに上がることになった、2024年11月のコンクールについて話してください。インスタグラム(@remi_sgr)でもその一部を見ることができますね。
A:これは僕が参加した2回目のコンクールでした。僕は入団前の2022~23年に契約団員として踊っているので、入団年でもコンクールに参加できる資格があったんです。
コンクール © Maria-Helena Buckley / OnP
Q:初回では上がれなかったということで、2回目は戦略的な自由曲の選択をしましたか。この時の課題曲はオベールの『グラン・パ・クラシック』でした。
A:実は僕はこれをコンクールの自由曲に選んでいて、少し稽古を始めていたんです。で、それが課題曲となってしまい・・・その前に自由曲についてコーチと『ラ・スルス(泉)』のジェミルのヴァリアッションについて話していたこともあり、結局これを踊ることにしたんです。
Q:誰があなたのコーチですか。
A:学校時代から僕はクリストフ・デュケンヌに見てもらってるんです。彼は3エム・ディヴィジョンの時の僕の先生でした。プルミエール・ディヴィジョンまで僕をフォローしてくれて、そして入団後の今もそれが続いています。
Q:課題曲も自由曲もジャンプ、回転といったテクニックが要されるものですね。自分の得意とするところですか。
A:トゥール・アン・レールや高く跳ぶ事などは好きですね。ジェミルのヴァリエーションはそういう点でもいいし、音楽が素晴らしい。舞台映えするものだと思って選びました。
Q:2つを踊り終えて、自分の出来に手応えが感じられましたか。
A:自分のパフォーマンスには満足しましたよ。それ以上には踊れないというほど、それまでの準備の成果を見せることができたので、結果はどうあれ自分自身に満足でした。前回に比べ、自信もついていたし。最初のコンクールでは自分の最大を出したのは確かだけど、入団したてなのだから、上がらなくても問題なし、とある意味 ''発見" 的な感じで臨みました。自由曲には『シンデレラ』のヴァリエーションを選びました。悪くなかったと思う。ただ最後に手をついてしまったんです、舞台に。今こうして時間が経って思うと、それは ''この世の終わりじゃない、大したことではない'' と思えるけれど、その時はかなりフラストレーションを感じてしまいました。
Q:今シーズンのコンクールはカドリーユからコリフェだけで、コリフェからスジェとスジェからプルミエへは任命制でした。次のシーズンについてどういう方式か、もうじき決まるのですね。
A:僕はコンクールが好き。コンクールの方がいいです。確かにこの時期は公演もあって仕事も増えるのだけど、結果云々はさておいてコンクールに参加するのはヴァリエーションの準備をするので進歩できることなんです。僕はこうして仕事をするのが好きです。コンクールは必要だと言えると思います。
Q:ストレスの管理を学んだり、ダンサーとして成長できるのですね。
A:そうなんです。もちろん昇級できるに越したことはないけれど、そうしたことに関係なしに、少なくとも僕にはコンクールは前進できるし成長できるので大切なんです。
Q:コンクールが開催された場合のために次のヴァリエーションについて何か考えていますか。
A:まだ決めてないけど、例えばネオコンテンポラリーとか頭の中になんとなく。
Q:複数のダンサーが、ロビンスの『Dances at the gathering』のブラウン・ボーイのヴァリエーションを選んだ年がありました。
A:あ、スローのヴァリエーションですね。僕が好きなブラウン・ボーイのヴァリエーションは最初の速い方のです。
Q:今シーズン2024~25年の『シルヴィア』ではパ・ド・トロワに配役されていました。
A:農民カップルと一緒に踊る牧童です。パントマイムも結構あって、ダンスも陽気で・・・これは毎回踊るのが楽しみでした。こうした役は好きですね。牧童役のダンサーは女性農民役より数が少なかったのでオルタンス(・モーラン)、オーバン(・フィルベール)、ルナ(・ペニェ)と複数のパートナーでした。でも牧童役はパ・ド・ドゥはそれほどなかったので、パートナーが変わってもさほど苦労はありませんでした。
「眠れる森の美女」© Maria-Helena Buckley / OnP
「眠れる森の美女」© Maria-Helena Buckley / OnP
学校公演「La Somnambule(夢遊病の女)」© Svetlana Loboff / OnP
Q:その前には『眠れる森の美女』のブルーバードを踊りました。コリフェとして、なかなかの大役ですね。
A:これはパートナーがルナそしてエリザベット(・パーティン)でした。エリザベットとは学校公演のバランシンの『夢遊病の女』で一緒に主役を踊ってるんですよ。この『眠れる森の美女』のブルーバードというのは物語の進行の真っ最中に、観客全員を前にステージ上でたった一人で、というものなので最初は結構威圧されました。これはヴァリエーションがあってコーダがあって、と僕にとって初めての本格的パ・ド・ドゥ。初のドゥミ・ソリスト役なので、自分の可能性を示さなけばなりません。初回はかなりストレスがあったので慎重に踊った、と言えますね。でも、2回目からは解放されて踊れたのでステージを満喫できました。これから再び『眠りの森の美女』の公演がありますが、今度のシリーズでは僕はブルーバードは踊りません。コリフェに上がった年に、しかもまだ入団2年目なの一度でも踊れただけですごく満足してます。
Q:ドゥミ・ソリストで踊るというような時、コール・ド・バレエの大勢一緒の楽屋では気持ちの準備がしにくいのではないでしょうか。
A:僕、みんなと一緒じゃないんです。契約団員で始めた時に大部屋に空きがなく、スジェの6名用の楽屋に空きがあったんですね。それからずっとそこにいるんです。そう、これはラッキーですよね。
Q:2023年の同期入団はロレンツォ・レッリ、マイカ・レヴィンたちですね。入団早々にそれぞれ活躍が見られ、ワインで言うところの ''あたり年'' と言えませんか。
A:彼らと一緒に僕は外部入団試験で入団しました。マイカは僕と同時にコリフェに上がって、スジェのロレンツォは『眠れる森の美女』で主役のプリンスを踊って・・・。
Q:今シーズン、『シルヴィア』の公演期間中に、オペラ・バスティーユのアンフィテアートルで3回公演のあった「ダンサー・コレオグラファー」では、マニュエル・ガリド(カドリーユ)の創作『ジュピター』に参加していましたね。
A:はい、彼が僕に声をかけてくれたんです。『シルヴィア』のリハーサルなどと時間が被らないかをオペラ座に確認して・・・。こうして作品のクリエーションの工程に参加できたのは良い経験でした。僕自身はクリエートすることは今のところは考えてないけれど、こうして振付ける彼と話し合ったり、時に提案もしたりと楽しめました。
「ジュピター」 © Julien Benhamou / OnP
Q:入団してからこれまでの間、最もステージ上で楽しく弾けられたのはどの作品でしょうか。
A:前シーズンの『リーズの結婚』かな。コラスの友だち役で楽しかったですね。もちろん『ザ・コンサート』のシャイボーイ、『シルヴィア』の牧童役も。
Q:ダンスを始めたきっかけを話してください。
A:僕がダンスを知ったのは9歳半か10歳の頃でした。クラシック・ダンスを自分の楽しみとしてやっていた母が、2013年の12月に学校のデモンストレーションに僕と弟を連れて行ってくれたんです。これが僕の初めてのオペラ座でした。当時僕はまだダンスを始めてなくて・・・走るのが好きでスプリンターを目指してたんです。アスリート・クラブにも入ってました。でも、このデモンストレーションを見て、'' すごく良さそう。僕も試してみたい ! '' と両親に言ったんです。住んでいたパリ近郊の町ガルシュで習い始めました。次いで市のコンセルヴァトワール、それから隣町のサン・クルーのコンセルヴァトワールへ。パリでマダム・アラビアンのレッスンも受けていました。11歳の頃、パリのコンセルヴァトワールのオーディションに受かって、そこで一年。それからオペラ座のバレエ学校で1年間研修生をして、5エム・ディヴィジョンに入ったんです。
Q:どのような学校時代でしたか。
A:ナンテールの寄宿舎に入りました。でも第一ディヴィジョンの時は同級生の数も減っていたし、それに自宅からそう遠くなかったので自宅から通ってました。プルミエ・ディヴィジョンを終えた2021年の内部入団試験には受からず。それで第一ディヴィジョンをもう1年。2022年は内部入団試験がダメで、外部入団試験を受けてその結果、『白鳥の湖』の契約を得たんです。その後、公演「バランシン」、マクレガーの『ダンテ・プロジェエクト』にも出て・・・このシーズンの終わりに入団したのです。
Q:クラシック・ダンスの何に惹かれたのですか。
A:なんだろう。学校生徒のデモンストレーションを見た時に、気に入ったんですが・・・音楽、それに規律正しさとかかな。実際に学校に入ってからは、飛翔や回転といった男性のテクニック、パ・ド・ドゥも気に入りました。習い始める前は母の踊ってるのをビデオでも見たことがなかったし、特にダンスについて特別なイメージはなかったので発見の連続だった。
Q:在籍中、いつか踊れたらと夢見るのはどういった作品でしょうか。
A:僕が最初に見た古典大作は『ラ・バヤデール』。そういうこともあり、これが僕のお気に入りの作品なんです。その後、たくさん発見をしていて・・・バジリオやロメオなど全ての古典大作を踊りたいですね。それに『ジゼル』も。これをある日踊れたら、素晴らしいことです。『白鳥の湖』は主人公も好きだけど、ロットバルトのような役にも興味があります。『ロメオとジュリエット』だったらロメオはもちろん夢だけど、マーキュシオ役だって。『ライモンダ』のアブデラクマン役は衣装も好きだし、この役も踊ってみたい。
コンテンポラリー作品では『ボレロ』ですね。
学校公演「Symphonie en trois mouvements 」© Svetlana Loboff / OnP
Q:来シーズンのプログラムの中で踊りたい作品はどれでしょうか。
A:来シーズンはどれもこれも全て踊りたい! これが問題なんです(笑)。『ジゼル』もあれば『ロメオとジュリエット』もあって・・・。そして、クリスタル・パイトの『seasons' canon』も。これは是非とも配役されたい。でもほぼ同時に『ラ・バヤデール』があります。おそらく団員が2つのグループに分けられるのだろうけど、どっちのグループにも入りたい(笑)。
Q:クリスタル・パイトの作品はグループで踊ると言う面に惹かれますか。
A:グループが一体となっての動きには感動させられます。それに彼女のスタイル。原始的で力強くて・・・。
Q:『椿姫」のような演劇バレエも興味がありますか。
A:もちろんですよ。本当に全部踊りたいです。何れにしても、どれも僕には初めてのものばかりなので、どうなっても満足です。
Q:来シーズンの開幕作品は『ジゼル』。この収穫のパ・ド・ドゥは踊ってみたいですか。
A:代役でもいいので、すごくこの仕事をしてみたいですね。ハードだけど・・・それで進歩できることになるので、より刺激的なんです。僕はチャレンジするのが好きです。
Q:模範とするダンサーはいますか。
A:バレエを習い始めてから、ヌレエフを知りました。そしてバリシニコフを発見して・・・これって90パーセントのダンサーと同じ答えだと思います。もちろん、パリ・オペラ座のエトワールたちは日々のインスピレーション源ですよ。
Q:ダンス以外に興味を持ってることはありますか。
A:僕、水泳とかいろいろなスポーツを実践していて、とりわけ自転車競技が大好きなんです。これは身体にそれほど負担や衝撃を与えるものではないし、有酸素運動としてとてもいい。時間があるときはロッククライミングも。スポーツ以外では、エレクトリック・ギターを習ってます。ローリングストーンズやレッド・ツェッペリンといったタイプの音楽が好き。まだ作曲するところまでは・・・でもいつかやってみたいですね。
Q:禁煙など健全な私生活を保つ努力をしていますか。
A:仲間の誕生日とかあればという程度で、ほとんどアルコールは飲まないし、タバコも吸いません。気をつけていますよ。食事は良い量を食べるようにしています。毎日すごくエネルギー消費をするので、質にも気をつけてるけど僕はとにかく量が必要なんです。料理ですか? 自分で作ってます。一人暮らしなのでこれはノーチョイス。
Q:ストレスのコントロールはどのような方法で行ってますか。
A:これは頭の中のことなので、特別な方法はありません。今年、自己啓発の本を読んで、自信を持つことや自分のしていることに確信を持つなどとても助けになりました。ステージでは自信を持ち、楽しんで・・・良い精神状態の時は上手くゆくものです。するべきことに集中し、ストレスを排除。舞台に出たら '' 行くぞ'!'' という感じにアドレナリンを放出して・・・。こうして経験を積んで、ソリストを目指しています。
Q:来日ツアーの経験はありますか。
A:2024年2月の『白鳥の湖』と『マノン』の来日公演に参加しています。これが初めての日本で、3日間オフがあったの友達と京都に行きました。和食も好きなので、日本に行けたのは嬉しかったですね。東京の訪問もし、京都のお寺も綺麗だし、とても気に入りました。
Q:この夏、8月1日から8日にかけてバルト海クルージングツアーの旅で踊るのですね。
A:はい。この間に船上で1公演、そして寄港地の劇場で公演があって・・・。参加するオペラ座のダンサーはドロテ・ジルベール、それから僕を含め3カップルだから7名かな・・・。ソロありパ・ド・ドゥありでプログラムも複数。ガラのようなものですね。僕はこれまで外部の公演には参加していないので、これが初となります。このクルージングはコペンハーゲンが最終地。だから仕事半分、休暇半分という感じでしょうか。
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