「古典をモダンに」パリ・オペラ座ダンサー、アンドレア・サーリが踊るアルブレヒト。Interview with Andrea Sarri
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ワールドレポート/パリ
矢沢ケイト Text by Kate Yazawa
アンドレア・サーリ Andrea Sarri(プルミエ・ダンスール)
6月14日・15日に上演される牧阿佐美バレヱ団『ジゼル』に主演するアンドレア・サーリ。パリ・オペラ座バレエ団で古典作品からコンテンポラリー作品まで数多くに出演し、今年1月にはプルミエ・ダンスールに昇格したサーリに、昨年パリで主演した『ジゼル』や昨今の出演作品についてお話を伺った。
――昨年パリ・オペラ座で『ジゼル』に主演されていますね。
サーリ ちょうど昨年の誕生日、5月22日にアルブレヒトを踊りました。その前に韓国での公演で代役として急遽3日間で覚えてアルブレヒトを踊ったことがありましたが、きちんと予定して務めるのは昨年5月が初めてでした。初の大役とあって家族もみんな観に来てくれたこともあり、忘れられない日になりました。『ジゼル』の主役はストーリー。テクニックだけをこなせば良い作品ではなく、芸術性を追求できる点がたくさん散りばめられていて、表現が重視される作品だと痛感しました。
――アルブレヒトを踊るのは、どのような感覚でしたか。
サーリ この役を踊り切るには、クライマックスに向けてどんどん自分をプッシュしていく必要があります。感情を自分の中の深いところから探し出して表に出していきたいので、ストーリーを伝えるためのお芝居も、パートナリングも、自分のステップもと、考えることばかり。だからこそ興味深いし、自分に置き換えて作品に入り込むことができました。アルブレヒトを皆が踊ってみたいと願う理由がわかったような気がします。振付自体だけを考えれば、序盤はそこまで難しくありませんが、ストーリーが展開していくにつれてテクニックも難易度が上がるのです。2幕のクライマックスでは、テクニックにおいてにも感情表現においても最高地点に辿り着くような構成になっていると思います。
『ジゼル』より © Julien Benhamou
――誰からコーチングを受けていますか。
サーリ 昨年はエリザベット・モーランに見てもらいました。皆さんもご存知の元エトワールですよね。彼女は今回の来日に向けた『ジゼル』のリハーサルも見てくれています。その他ではステファン・ビュリオンにも見てもらっています。彼のコーチングを受けるのはとても好きなのです。コンクールとなると、よく彼にソロを見てもらっています。
――今回の来日でジゼルを踊るブルーエン・パティストーニとはよく組まれますか。
サーリ 普段はあまり組まないのですが、今はマニュエル・ルグリ振付の『シルヴィア』で組んでいます。彼女と踊ることは楽しいですし、尊敬できる人と踊ることは良い機会だと思っています。彼女は私より少し年下なのですが、学校から一緒で学生時代から知っているのでお互いのこともよく理解していますし、インスピレーションをくれる存在でもあります。
――パリでアルブレヒトを踊られたときは、イネス・マッキントッシュと踊られていますね。パートナーが変わることで、どのような違いを感じていますか。
サーリ 二人は全く違う人となりを持っています。全く違う経験ですね。決して優劣ではありません。個々の中から何を持ち寄ってくるかが面白いところです。スタジオでリハーサルをしているのと舞台に立つのも全く違うことですし。そしてさらに、同じパートナーであっても『シルヴィア』から『ジゼル』という大きく性質が異なる作品を踊ることで、日本でのブルーエンとの共演も新しいものになると思います。エネルギーとテクニックに溢れる『シルヴィア』から考えると『ジゼル』は全く違う世界ですよね。
『ジゼル』より © Julien Benhamou
――コンテンポラリーのレパートリーも増えていますが、古典作品を踊ることで、パリ・オペラ座ならではの伝統や文化を伝承していると感じる時はありますか。
サーリ そうですね。エリザベットによる『ジゼル』のリハーサルでは、彼女自身が他の先生から受け継いだ教えを私たちに伝えてくれます。一方ステファンは、新しい発想を与えてくれるようなコーチング。両方を同時に受けられることで、伝統を受け継ぎながらも今の時代に生きる私達らしい世界を創り出すことができると思います。振付けられた当初の様子を目指して踊ることも大切ですが、作品がこれからも育っていくには、100年以上前に創られた作品をそのままリピートするだけではなく、今の時代にも適応するような、今この時を生きるお客様からも共感を得られるようなストーリーとして表現することを大切にしながら公演に臨んでいます。伝統に忠実でありながらも、古典作品をモダンに届けるという挑戦です。
――東京では今年は『ジゼル』が次々と上演されています。ブルーエンさんとアンドレアさんならではの魅力を教えてください。
サーリ やはりフランスらしさを届けたいですね。他の誰にも表現できないフレンチ・スタイルをお見せしたいです。日本のバレエ団ともアメリカのバレエ団とも違ったフランスならではの香りをお楽しみいただけると思います。バレエ学校時代から続けている足さばきの訓練や、細部にわたって神経を使いながら踊っていく過程、その全てがパリ・オペラ座ならではの美を創り上げています。(2幕の)アルブレヒトに見られるようなスモール・アレグロにも、その成果や伝統が表れると思います。その一方で『ジゼル』をテクニックを見せつける場として利用するのではなく、芸術性やロマンスを味わっていただく時間をお贈りしたいです。
『ジゼル』より © Julien Benhamou
『ジゼル』より © Julien Benhamou
――最近パリ・オペラ座で上演されていたルグリ版『シルヴィア』では、マニュエル・ルグリ自身がコーチングに来ていたそうですね。
サーリ 歴史的なスターのマニュエルと一緒に時間を過ごすことは、本当に大きなことでした。私たちの世代にとって彼はスターですから! 彼自身もとても素敵な人柄を持っていますし、それでいてリハーサルになればもっと上を目指して妥協せずに私たちをプッシュしてくれます。何より彼自身がいつも忙しく動き回っているし、全てを見渡しています。ちょっとしたポジションの角度のことも、照明も衣裳も微妙な色合いまで、全部チェックして回ります。みんなを引っ張ってくれるリーダーのようなイメージです。『シルヴィア』は体力的にも大変な作品ですから、彼のような存在が必要です。彼はミラノ・スカラ座の芸術監督の任期を終えて、私たちをリハーサルするためだけにパリにやってきました。だからこそ時間やパワーを全て私たちのために注いでくれたのです。それも贅沢な時間でした。
――クラスも教えていたのでしょうか。
サーリ 彼はクラスまで受けていたんです。教えるのではなくて! 私たちと一緒にクラスを受ける振付家やコーチなんてなかなかいませんし、クラスの後に5~6時間のリハーサルをするのですから。エネルギーに溢れていますよね。できる限りダンサーと一緒に時間を過ごして、彼が伝えられることは全て伝えたいのだと思います。『眠れる森の美女』を6月7月にもう一度上演するのですが、そのリハーサルも見てくれているようです。今後どのようにパリ・オペラ座に関わるのかはわかりませんが、このように指導してくれるのは嬉しいことです。
――『シルヴィア』ではオリオン役を踊られましたが、いかがでしたか。
サーリ テクニックのことだけを取り出せば大変でしたが、その傍らでストーリー性がとても豊かな作品でもあるので、気がつくとキャラクターになり切ることがテクニックの心配を通り越しています。私の場合は、ちょっとした悪役を演じたので、それも楽しかったです。ブルーエンと一緒に踊りましたが、お互いが次にどう出てくるかがよく分かっているので、踊りも演技もやりやすかったです。(主演した)ポール・マルクとも15年以上もの付き合いなので、大変な作品を一緒に成し遂げたのも楽しかったですね。終わった時の達成感は大きなものでした。
『シルヴィア』より © Yonathan Kellerman
――そのほかに、最近特に印象に残っている作品や振付家について、教えてください。
サーリ ヨハン・インガーの『IMPASSE』をとても楽しみました。私はソリストパートを踊りましたが、グループとして出演した各々が自分自身をそのまま自由に表現することができました。マッツ・エックにリハーサルで直接お会いしたことも感動的でした。キリアン本人の指導のもとでキリアン作品に触れられたことも忘れられない思い出です。
『眠れる森の美女』より© Agathe Poupeney
――パリでは、ガルニエとバスティーユの二つの劇場で古典とコンテンポラリー作品が同時上演されるようなスケジュールが続いていますね。パリの観客は古典とコンテンポラリーのどちらに心惹かれているように感じますか。
サーリ 両方が必要だと思います。ダンサー自身が古典とコンテンポラリーの両方を必要としているのと同じでしょう。バレエ団として、新しい作品や新たな振付家に関わる機会を大切にしていますが、芸術監督のジョゼ(・マルティネス)は、古典作品に立ち返る機会が定期的に訪れることを大切にしていると思います。マニュエル・ルグリによる『シルヴィア』は良い例で、歴史ある作品を古典的な性質を保ちながら彼のテイストで創り直していますよね。こうした試みも、これから大切にされていく一例だと思います。身体的には古典とコンテンポラリーを行き来することで負担もありますが、キャリアとしては挑戦しがいのある毎日です。私は最近『眠れる森の美女』の3幕の宝石に出演しながら、マッツ・エックの『アパートメント』はカバーキャストとしてスタンバイしていました。大変でしたね(笑)。プルミエ・ダンスールまで昇格すると、古典作品とコンテンポラリー作品の両方にキャスティングされることもあり、二つの劇場を行き来しながら、お客さまを楽しませるために奔走します。もちろん疲れますが、これが私達の仕事ですし、そこに喜びを感じます。
――最近のパリ・オペラ座はアデューも続き、ダンサーがすごく入れ替わっているように感じられます。
サーリ カンパニー自体がとても若くなっています。カンパニーとしても、新しい才能には必要な時が来たら待たせずに機会を与えているように思います。私自身が若い頃に一つずつ役をつけてもらっていた頃を思い出しますし、最近に至っては、私たちのように若いと言われていた世代が次はカンパニーをリードしていかなければいけない時に差し掛かったと感じることまであります。
――ジョゼ・マルティネス芸術監督の時代をどのように捉えていますか。
サーリ 彼と僕は、バレエにおいて目指しているものが近いと思います。だからこそ昇格もあったのだと思います。
――最後に、最近バレエ以外に楽しんでいることがあればお聞かせください。
サーリ 写真を撮っているんです。袖から撮るのが楽しくて。以前は忙しかったけれど、最近は少し余裕が生まれたので撮影しています。ダンサーだからこそ捉えられる瞬間があるので、いつか皆さんにもお見せしていきたいです。
牧阿佐美バレヱ団『ジゼル』(全2幕)
日時:
6月14日(土)13:30開演(ブルーエン・バティストーニ/アンドレア・サーリ)/18:00開演(青山季可/清瀧千晴)
6月15日(日)13:30開演(ブルーエン・バティストーニ/アンドレア・サーリ)
会場:東京文化会館 大ホール
詳細:
https://www.chacott-jp.com/news/stage/information/detail038957.html
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