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パリ・オペラ座が総力を結集して再演したヌレエフ版『眠れる森の美女』、ブルーエン・バティストーニ、クララ・ムーセーニュ他が踊った

ワールドレポート/パリ

三光 洋 Text by Hiroshi Sanko

Ballet de l'Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団

La Belle au bois dormant Rudolf Noureef
『眠れる森の美女』ルドルフ・ヌレエフ:振付

パリ・オペラ座バレエ団は3月8日から4月23日にかけてオペラ・バスティーユで『眠れる森の美女』を上演した。シーズン最後の6月27日から7月14日までにも別配役で組まれ、全部で29公演となる。
マリウス・プティパとチャイコフスキーが手を取り合って作り上げ、1890年1月15日にサンクトペテルブルクのマリインスキー歌劇場で初演された作品は当時、上演に4時間を要する大スペクタクルだった。シャルル・ペローの童話を素材にしているだけでなく、太陽王ルイ14世時代の宮廷バレエを念頭に置いて構想されており、リラの精や悪の精カラボスといった超自然界の人物たち、眠りについた森と城という夢幻的な舞台、豪華な群舞も相まって破格の総合舞台芸術となっている。
この作品をロシア(最初はキーロフ歌劇場1961年セルゲイエフ振付。同年のパリ・ツアーでデジレ王子を踊った。これがヌレエフの西側諸国へのデビューとなった)で踊っていたルドルフ・ヌレエフはプティパの原振付の精神を尊重しながらも、歴史的な考証による再現ではなく、男性ダンサー(群舞も含め)により大きな比重を与えるとともに、人物の心理をより顕在化させた振付を構想した。原振付では一つしかなかったデジレ王子のヴァリエーション(第3幕)に対して、ヌレエフ振付では四つのヴァリエーションがある(第2幕と第3幕)のはその証左だろう。
このヌエレフ振付の『眠れる森の美女』は1989年3月18日にプルミエが行われてから、何度も再演されてきた作品だが、ここ13年間は上演がなかった。この振付による公演の上演時間は休憩二回を含めて3時間15分となっている。ジョゼ・マルティネス監督は「(この作品はオペラ座バレエ団にとって)本当の挑戦です」と語っているが、バレエ団が総力を挙げて再演への道を開いた。リハーサル指導の連携役(スーパーヴァイザー)はヌレエフ版の初演にコール・ド・バレエの一員として参加したローラン・ノヴィスの手に委ねられた。その指揮下に、サブリナ・マレム、リオネル・ドラノエ、イレク・ムハムドフのメートル・ド・バレエの指導責任者三人に、フロランス・クレール、アニエス・ルテステュ、エリザベット・モーラン、クロード・ド・ヴルピアンという現役時代にこの作品を踊った元エトワールの女性四人の招聘コーチが加わった。ヌレエフ作品のリハーサルは通常3週間から4週間だが、今回は特別に8週間とたっぷり時間をかけて行われた。

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ブルーエン・バティストーニ、ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バティストーニ、ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

3月から4月にかけての前半には、ブルーエン・バティストーニ(5回、デジレ王子はギヨーム・ジョップ)、セウン・パク(5回、ポール・マルクとロレンゾ・レッリ)、ドロテ・ジルベール(3回、ギヨーム・ジョップ)、エロイーズ・ブルドン(2回、トマ・ドッキール)、イネス・マッキントッシュ(1回、トマ・ドッキール)、ホアン・カン(1回、ロレンゾ・レッリ)、クララ・ムーセーニュ(1回、ロレンゾ・レッリ)という七人のオーロラ姫が登場した。そのうち、ブルーエン・バティストーニとクララ・ムーセーニュの二人を見ることができた。
初日を委ねられたブルーエン・バティストーニとギヨーム・ジョップは初顔合わせのカップルだった。(取材は同配役2回目の3月13日)ブルーエン・バティストーニはエトワール任命後、『ジゼル』に次ぐ2度目のヌレエフ作品のヒロインを踊ったことになる。
プロローグでは無邪気な微笑を絶やさず、乙女らしいあどけなさを感じさせたが、第2幕第2場で王子のくちづけを受けて目覚めた後は、より成熟した優しさの中にも決然とした若い姫となっていた。立ち姿は優雅で、繊細な仕草には天性の気品があり、音楽にもよく乗った動きを見せ、ペロー童話から誰もが想像する姫にピッタリと重なった。
デジレ王子役のギヨーム・ジョップは第2幕の狩りの場面から登場した。4つのヴァリエーションにおいて、のびやかな肢体を活かし、疲れを見せることなく高い跳躍となめらかな動きを見せ、若さあふれる王子だった。ブルーエン・バティストーニと並んだ姿は似合いのカップルとなって、映画館で上演された映像もこの二人の舞台を撮影している。なお、ギヨーム・ジョップは7月まで続くシリーズで四人の女性(ブルーエンに加えドロテ・ジルベール、ヴァランティーヌ・コラサンテ、アマンディーヌ・アルビッソン)をパートナーに合計15回出演予定で、舞台を重ねることで、より役に深みが出てくることが期待されている。

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ファニー・ゴルス、ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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キャトリーヌ・ヒギンズ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

プロローグではオーロラ姫の将来をめぐって善と悪が対決する。カトリーヌ・ヒギンズがおどろおどろしい演技でカラボスの性根の悪さを前面に出し、対するファニー・ゴルスはリラの精の優しさをていねいに演じていた。
『眠れる森の美女』ではソリストだけでなく、コール・ド・バレエも宮廷の華やぎを象徴するという大きな役割を果たしている。立ち並んだ列がそろうだけでなく、全体がなめらかに律動することで、貴族たちの集う優美な雰囲気が周囲に広がった。
この作品の大きな魅力の一つはやはりチャイコフスキーの音楽だろう。1989年のプルミエ公演も指揮したベテランのヴェロ・ペーンは、好調のパリ・オペラ管弦楽団から甘美な音色を引き出して、カーテンコールでは団員たちと共に客席から大きな歓呼の声で迎えられていた。

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クララ・ムーセーニュ、ロレンゾ・レッリ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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クララ・ムーセーニュ、ロレンゾ・レッリ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

3月23日のマチネは「マ・プルミエール・フォワ・ア・ロペラ」(Ma première fois à l'Opéra)と銘打たれ、初めてバレエを見る子供たちと家族もたくさん来ていた。この特別な日にオーロラ姫に起用されたのが、スジェのクララ・ムーセーニュだった。すでに第1配役で、プロローグの揺り籠の周囲で踊られる6つのヴァリエーションのうち、第5のヴァリエーション「激しさの精」を奔放自在に踊って群を抜き、衆目を集めていた。
クララ・ムーセーニュはかつてオーロラ姫を踊った元エトワールのエリザベット・モーランが付きっきりで指導し、最後にはミリアム・ウルド=ブラームのレッスンを受けて舞台に臨んだ。
この日は公演が始まって間もなく、二階席で観客が病気で倒れて運び出されるハプニングがあり、いったん幕が降りて十数分間の中断があった。しかし、ムーセーニュはアクシデントに動じることは一切なく、練習の成果をたった一度の舞台に結実させた。
その中でも圧巻だったのは「バラのアダージョ」だった。四人の王子を前にしてポワントで立った軸は最後まで全くぶれず、その圧倒的な安定感には誰もが瞠目させられた。相手から離れる時に微笑を王子に送るという余裕も見せ、客席からは大きな拍手が湧いた。シリーズ前半に登場した7人のヒロインでは最年少だったが、新鮮な若々しい雰囲気と卓越した技術によって初めてのヌレエフ振付の主役を踊って光彩を放った。パートナーのロレンゾ・レッリも複雑なヌレエフの振付をものともせず、安定した技法ときれいな身体のラインによって魅力的な王子を演じ、クララ・ムーセーニュとの息もよく合っていた。
マチュー・ガニオ、リュドミラ・パリエロという前世代のエトワールが続けて舞台を去っただけに、実力派の若手ダンサーたちのいっそうの活躍にパリのバレエファンたちの期待が寄せられている。
(2025年3月13日、23日 ガルニエ宮)

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クララ・ムーセーニュ、ロレンゾ・レッリ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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クララ・ムーセーニュ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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クララ・ムーセーニュ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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クララ・ムーセーニュ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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クララ・ムーセーニュ
© Maria-Helena Buckley/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バティストーニ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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セリア・ドゥルーイ、アンドレア・サーリ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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マリーヌ・ガニオ、アントワーヌ・キルシャー
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ブルーエン・バティストーニ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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アンドレア・サーリ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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ギヨーム・ジョップ
© Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

「眠れる森の美女」プロローグ付き3幕バレエ
(1989年3月18日 パリ・オペラ座バレエ団により初演 新プロダクションは1997年初演)
原作 シャルル・ペロー
振付と演出 ルドルフ・ヌレエフ(マリウス・プティパ原振付)
音楽 チャイコフスキー
装置 エジオ・フリジェリオ
衣装 フランカ・スカルチアピーノ
照明 ヴィニチオ・ケリ
リハーサル指導 ローラン・ノヴィス
演奏 ヴェロ・ペーン指揮 パリ国立オペラ座管弦楽団

配役(3月13日/23日)
オーロラ姫 ブルーエン・バティストーニ/クララ・ムーセーニュ
デジレ王子 ギヨーム・ジョップ/ロレンゾ・レッリ
フロレスタン王 シリル・シュークルーン/レオ・ドゥ・ブスロール
王妃 サラ・コラ・ダヤノヴァ/エミリー・アズブーン
リラの精 ファニー・ゴルス/カミーユ・ドゥ・ベルフォン
カラボス カトリーヌ・ヒギンズ/ソフィア・ロゾリーニ
プロローグ 揺り籠の周りで
第1ヴァリエーション アリス・カトネ/レテツィア・ガローニ
第2ヴァリエーション エリザベット・パルタンゴン オルタンス・ミエ=モーラン/ディアーヌ・アデラック アンブル・キアラッソ
第3ヴァリエーション カミーユ・ボン/ファニー・ゴルス
第4ヴァリエーション エレオノール・ゲリノー/山本小春
第5ヴァリエーション クララ・ムーセーニュ/セリア・ドゥルーイ
第6ヴァリエーション エロイーズ・ブルドン/カミーユ・ボン
第1幕 魔法
四人の王子 アルチュス・ラヴォー フロリモン・ロリユー ケイタ・ベラリ レオ・ドゥ・ブスロール/マチュー・ボットー ミカ・ルヴィーヌ シリル・シュークルーン イェーメ・アマラズ=ベザン
第2幕 百年後 
第1場 狩り 
第2場 眠れる森の美女の城
第3幕 オーロラ姫の結婚式
「宝石」のパ・ドゥ・サンク セリア・ドゥルーイ アンドレア・サーリ カミーユ・ボン クララ・ムーセーニュ セフー・ユン/カミーユ・ボン ニコラ・ディ・ヴィーコ アリス・カトネ セリア・ドゥルーイ セフー・ユン
「青い鳥」 エリザベット・バルタンゴン チュン=ウィン・ラム/エリザベット・バルタンゴン レミ・サンジェ=ガスナー
「長靴を履いた猫」 エレオノール・ゲリノー イサック・ロペス・ゴメス/ジュリア・コーガン サミュエル・ブレ

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