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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.08.10]

パリ・オペラ座バレエ学校の教師陣

目からウロコのワークショップ


パリ・オペラ座バレエ学校の6学年(最低学年)の男子生徒を受け持つベルトラン・バレーナ先生と、パリ・オペラ座バレエ学校専属ピアニストのトリスタ ン・ロフィシアルが7月に来日。東京・田町のオープンチケット制のバレエスタジオ「アーキタンツ」で講習会を開いた。彼らは日ごろ、子供たちと接する中で どんなクラスを目指しているのか---。伴奏者のため、指導者のため、ジュニアのため、と3種類開かれたワークショップの中には、驚かされたることが多々 あった。間接的に接した中で、”目からウロコ”のメッセージをいくつか紹介したい。

クラスの伴奏とは
たまたま一時帰国していた私は今回、ダンスクラス伴奏者のための3日間のワークショップを開催したピアニストのトリスタン・ロフィシエルの通訳を務め た。両親はフランス人だがアフリカのセネガルに生まれ、子供のころにアフリカの子守唄を聞いて育った。父親はジャズのピアニストで、ダンス伴奏の仕事も やっていた。トリスタンはコンセールバトワールで正統派クラシック音楽の勉強を積んだが、ある日、父親の代理でダンスの伴奏をしたのがきっかけで、この世 界に魅せられたのだという。ピアニスト歴は20年にも及ぶが、パリ・オペラ座バレエ学校に採用されたのは5年前のことだった。
 



ベルトラン・バレーナ

 トリスタンとバレエ学校で一緒に仕事をするベルトラン・バレーナ先生も「オペラ座学校に入学するのも大変だが、ピアニストとして採用されるのも同じぐら いの競争を勝ち抜かなければならない」と話す。伴奏者には、第3次試験まである。楽譜の初見(はじめて見る楽譜を弾きこなす能力)、バレエの有名レパート リーの演奏などに加えて、もっとも大事な採点の要素。それは、即興演奏できる能力だという。

 

 ダンスクラスは日々、同じエクササイズで構成されている。準備運動、グランプリエ、タンデュ、デガジェ、ロンデジャンブ、フラッペ、グランバットマン、 ストレッチ・・・。特に子供の場合は、大人ほど集中力がない。しかし、身体をつくる時期は毎日レッスンする必要性もある。だから、単調になりがちなレッス ンに変化をもたせ、毎回、新しいクラスの雰囲気を醸し出すことが伴奏者にも教師にも求められている。それを可能にするのが、臨機応変に空気を感じ取る能 力、それを即興で音に反映できる能力なのだ。

 

トリスタン・ロフィシアル

 トリスタンは、ダンスクラスの伴奏、ひいては即興演奏にも欠かせない心構えについて、こういう。

 

「ダンスクラスでは、教師がいわば指揮者。ピアニストは、演奏者。そしてダンサーである子供たちが音符なのです」

 

 演奏者は、スタジオに入ったら、指揮者の合図を待つ。そして、音符に命を吹き込む。この作業に欠かせないのは、何といっても目。絶えず教師やダンサーに目線をやり、指示を感じ取るのと同時に、ダンサーの動きに瞬時に反応しなければならないからだ。

 

 今まで弾いていた曲、有名なクラシック音楽の曲をベースにしてもいい。講習会では、ヨハン・セバスチャン・バッハの平均律第1巻の最初のプレリュードを 用いて、音色や調整、リズム、アクセントを変えるところから、様々なバリエーションを考える発想をピアニストたちに促していた。それもタンデュ用なのか、 フラッペ用なのかで変わってくる。

 

 時には演奏の途中で、空白時間をつくる試みも必要だという。その音のない間(ま)も、ひとつの音空間として身体で感じ、動きのなかで消化する能力がダンサーには求められるからだ。こうした日常的な訓練の中で、リズム感、音感も養われてゆく・・・。

 

 トリスタンの演奏にあわせてバーでのエクササイズを見せてくれたベルトラン先生は、「教師にも音楽を理解する能力が求められている。3拍子も4拍子も混同しているケースが多い」と嘆く。彼自身、ピアノのレッスンを最近始めたのだという。

 

 ベルトラン先生が動きをつくってからトリスタンが演奏するのでも、トリスタンが音楽を決めてからベルトラン先生が動くのでもない。両者が、阿吽の呼吸で、互いの動きや感性を読み取り、すばやく自らの仕事に反映してゆく---見事なコンビだった。

 

 最後にトリスタンが言っていた言葉が忘れられない。 「僕はレッスンの伴奏をするとき、自分が練習台だと思ったことは一度もない。毎回、コンサートで演奏するのと全く変わらない精神状態で、レッスンの演奏には真剣勝負で臨むんです」



子供に手抜きは禁物

 バレエ経験がある程度ある8歳から12歳を対象に開かれた4日間のワークショップで25人ほどの生徒を受け持ったのは、ベルトラン先生だった。このクラ スの通訳や関係者たちから聞いた内容、言葉を少し紹介したい。まずは身なり。女の子は必ず髪をシニヨン(後ろにお団子をつくること)にまとめること、男子 は身体にぴったりフィットしたシャツを着るよう指摘された。シャツがタイツからはみ出たりしていると、先生自身がいちいち直すほど徹底している。 それから目線。いつも先生の顔を真剣に見て注意を聞き、すぐに動きに反映させること。ぼーっとしていることは許されない。ベルトラン先生はオペラ座バレエ 学校で、「自分で1回間違えたと思ったら腕立て伏せ10回」を男子生徒たちに課す。だから、バーレッスンの一つのエクササイズが終わるたびに、数人の生徒 たちがせっせと腕立て伏せを始めるのだ。先生いわく「生徒たちに適度な刺激を与えることも、教育者に求められている資質」。

 

子供たちに教えるべき基本は、バーレッスンに集約される。だから半分以上の時間をバーで費やす。それもむずかしい動きはさせない。まっすぐ立つこと、膝を まっすぐ、足先を美しく伸ばし、お腹とお尻を引っ込める。すべてが、このポイントに集中している。だから、「日本はすぐに『躍らせること』『発表会』に重 きを置いてしまって、基本エクササイズを徹底的に繰り返さないのか」と厳しい言葉も飛び出した。

 

また、参加者の子供たちの多くが5番の足のポジションで、つま先とかかとをぴったり交差させていたが、「これは大人になってからやること。子供のころにさ せると、お尻を突き出す原因になってしまう」とベルトラン先生。だから子供のうちの5番は、足の半分ぐらいを重ねるようにすればよいのだという。

 

見せた事がちゃんと出来ない子がいると、その場で音楽を止める。子供の講習会に先立って、指導者たちのためのワークショップも開かれたが、そこで話していた「子供だからって甘やかす必要はない」を実践する。最後まで全力で授業する教育者の鏡だった。

 

ジュニアクラス