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大村真理子(在パリ・フリーエディター)Text by Mariko OMURA 
[2017.12.15]

オペラ座ダンサー・インタビュー:マチュー・ガニオ

Mathieu Ganio  マチュー・ガニオ(エトワール)
12月25日と28日にオペラ・バスチーユで『ドン・キホーテ』をゲストのイザベラ・ボイルストン(ABT)と踊るマチュー・ガニオ。来年1月の上旬には、東京の東急シアターオーブにて開催される「ル・グラン・ガラ 2018」で『トリスタンとイゾルデ』を日本で初めて踊るため、久々に来日する。

オペラ座で勅使川原三郎の創作『Grand  Miroir』に参加し、ダンスにおける新しい境地を見せた彼。来年年明けの公演は2016年夏の「エトワール・ガラ」以来の来日である。その間ダンサーとしての厚みを増している彼の舞台は、多いに見応えのあるものに違いない。また映像作家マルレーヌ・イヨネスコが彼の1年間を追いかけて撮影、編集した映画『Mathieu Ganio, une Etoile romantique(マチュー・ガニオ、ロマンティックな星)』も、完成寸前。バレエ、ダンサーについてのドキュメタリー・フィルムを精力的に世に送り出しているマルレーヌは、常にAからZまで一人で、しかも自分の予算で作り上げている。『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』の次の作品となるこのフィルムも、マチューのファンだけでなく、バレエ・ファン必見となることだろう。

pari1712b_01.jpg 「Grand Miroir 」
photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris
pari1712b_02.jpg 「Grand Miroir 」
photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

Q:勅使川原三郎の作品にあなたが配役されたのを見たとき、意外な気がしました。彼の作品を踊るということについて、ミス・キャストではないか ? と思いましたか。

A:いえ。これは良いチャレンジになるだろうと思いました。いつだって振付家との出会いがあるというのは、とても嬉しいことなんです。それに新しいヴィジョン、オペラ座でぼくがいつも踊っているダンスとは異なるアプローチに接することができる機会になるだろうとも思ったので。オーディション前にオーレリー(・デュポン芸術監督)から言われたんです。彼のオーディションに僕が参加するのはいいことだと。そして、僕に彼の創作を踊って欲しい、というように・・。彼との仕事は彼女のダンサーのキャリアに大いに役立ったそうで、だから僕がこの振付家に会うというのはよいに違いない、とも言われました。

Q:創作期間はどのくらいありましたか。

A:9月の頭に始まって・・・初日が10月25日でしたから。1か月半以上かけたということですね。けっこう長かったですね。

Q:創作はどのように進行しましたか。

A:最初、ぼくはあまりインプロヴィゼーションに対して寛げなかったんです。それまでに経験がなかったことなので。ストレスを感じるというのではないにしても、他のダンサーたちの前でステップを即興でするとういうことに構えてしまって・・・。慣れの問題ですね。でも、彼は僕たちの見せる即興に対して、いいとも悪いともまったくジャッジをせず、僕たちの自由に任せてくれていました。参加するダンサーの一人一人が順番で、即興をしてみせる・・それによって、多くのことが学べ、そして、おかげで他者からの視線や、自分の創造性といったことから気持ちが解放されました。インプロヴィゼーションに対するコンプレックスが消えたんです。

pari1712b_03.jpg 「Grand Miroir 」photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

Q:この作品は12〜13回くらい公演数がありましたが、ダンサーの配役は1つだけでした。つまり、病気や怪我で休めないということになりますね。

A:1つしか配役がないというのは、確かにストレスになります。もしぼくに何かあって踊れないということになったら、全員がその晩に踊る役を変更しなければいけなくなって、みんなを厄介な状況に陥らせることになってしまうので。代役はいないし、しかも新作なので過去に踊ったダンサーもいないし。そういう点で責任は大きかったですね。こうして毎晩踊ることで、久々にコール・ド・バレエ時代を思い出させられました。毎晩、毎晩、オペラ座の舞台にいるということは、もう長いことしてなかったことですから。

Q:その間の日常生活にも変化が生じたわけですね。

A:もちろんです。生活のリズムがまったく異なります。何よりもまず、1日がとても長い。そしてこの公演(注:トリプルビル)では、『アゴン』も僕は踊ったので、そのリハーサルもあって・・・なかなかハードな期間でした。

pari1712b_10.jpg 「アゴン」
photo Sébastien Mathé/ Opéra national de Paris
pari1712b_11.jpg 「アゴン」
photo Sébastien Mathé/ Opéra national de Paris

Q:日本人振付家との初めての仕事で、他のコレオグラファーとは異なる、日本的な何かを感じましたか。

A:動きとかではなく、彼のフィロゾフィーに感じるものがありました。ダンサーの自由にさせる、といったようなアプローチとか・・・結果を早々に得ようというのではなく、何かを追求する行程を僕たちに与えてくれる、といった。これって東洋的ではないでしょうか。大丈夫、時間はある。興味深いのは探すことだ、というような。また仕事における厳格さというのも、日本的だと感じました。

Q:この作品は毎回即興で踊った、ということでしょうか。

A:はい。でも、振付のベースはもちろんありましたよ。全員が揃って踊るところでは、即興は不可能なことだけど、かなりな自由が僕たちにはありました。面白かったですね。毎晩、自分の状態に応じて何か異なることをする、ということは。それに自動的に何かを行うのではなく、絶え間なく探し続けるということも。身体がクリエーティヴィティをどう感じるか・・。

Q:動きをクリエートするのは、音楽に導かれる部分も大きかったですか。

A:音楽は支えではあったけれど、メジャーな要素ではなかった。というのも、リハーサルでの即興には、この作品の音楽ではなかったことも多かったことも関係してるでしょうか。音楽はエネルギー、雰囲気、ムードをくれました。でも、音楽に合わせてとか、音楽にぴたっと乗せて踊る、といったことではありません。そもそもこの作品の音楽は抽象的な音楽だったし。音楽からあえて離れてみる、ということを学びました。それに時にはリズムを乱してみる、ということも面白いことでした。一拍づつ音楽を追うのでななく、音楽に耳を傾けるのではなく・・・。例えば音楽がダイナミックなパートで、あえて冗漫な動きをしてみるとか、あるいはその逆に音楽の2倍ダイミックに動いてみたりとか。

Q:この公演の直後に、ロンドンのイングリッシュ・ナショナル・バレエで2晩に渡って開催されたガラ『Men in motion』に参加していますね。これはどのような経緯で参加したのですか。

A:このガラをオーガナイズしているイヴァン・プトロフから、ずいぶん前に参加してほしいというようにコンタクトがあったのです。でも、タイミングがあわなかったり、怪我をしたり・・で。今回、やっとチャンスが訪れたというわけです。このガラに参加するのは、長らく待ち望んでいたことなんです。

pari1712b_07.jpg 「ドン・キホーテ」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:シーズンの真っ最中にガラに参加するというのは、あなたには珍しいことではないでしょうか。

A:はい。参加を決めたときは、僕が12月に『ドン・キホーテ』を踊る予定ではなかったので、この期間を利用してオペラ座以外のことをするのにロンドンに行くのは悪くない、と思ったのです。もし『ドン・キホーテ』に最初から配役されていたら、このガラに参加していたかどうか・・・偶然のたまものですね。

Q:『Claire de Lune』を踊るというのは、イヴァンからの提案でしたか。

A:何か新しいソロを、というのがイヴァンのアイディアでした。最初はリアム・スカーレットを考えたのですけど、彼は忙しすぎて・・それで、アラスター・マリオットがロイヤル・バレエのエドワード・ワトソンのために創作した『Claire de Lune』をイヴァンから提案されたのです。ドビュッシーのこの音楽は大好きだし、バレエの映像を見てみたら僕の琴線に触れるものがあって・・・。このソロを知りたい ! という気にさせられました。これは素晴らしい出会いを僕にもたらしてくれたんですよ。振付けたアラスター、そしてコーチをしてくれたジョナサン・ジョージ・ハウエルとの出会いです。

Q:動きに合わせて羽が舞うコスチュームが印象的ですね。

A:衣装に羽を使うというのは、腕や身体の動きの軽やかさを倍増する効果がありますね。羽によってアンドロジーナスな印象を与えるのでは、と不安でしたが、そんなことはなく、振付けにぴったりと添う素晴らしいコスチュームでした。

Q:衣装をデザインしたロンドンのデザイナー、フィリップ・トレーシーのことは知っていましたか。

A:言うのがちょっと恥ずかしいのですけど、彼の名前すら僕は知らなかったんです。それでガラの前に彼の仕事などを調べて、いかにファッション界で重要な人物なのかを理解しました。彼のほうでも僕について調べたみたいですけど(笑)・・・。そんな予備知識をもって彼にロンドンで初めて会い、とても感動しました。とても優しい人で、初対面の僕をリラックスさせてくれました。この衣装は着るのが難しいこともあって、リハーサル、舞台で2回踊る間、ずっと彼は僕の側についていてくれたんですよ。飾り気がなくって、親切で、それにすごくポジティブな波長を彼は発していて、それが僕に伝わってくるんです。どういったらいいのか・・・すごくスピリチュアルなものです。ぼくの役に立つために彼はこのプロジェクトにしっかり入り込んでいてくれて、そうしたことは僕の心にすごく響きました。僕だけのためにこれほど ! と思って、申し訳なくなってしまうほどでした。とにかく寛大で親切な人で、素晴らしい出会いでした。このガラに参加した喜びの1つに数えられます。

Q:今後こうしたガラにもっと参加したいという気持ちになりましたか。

A:こうしたガラに参加することは出会いがあるので、常に興味深いものです。でも、行って、踊って、帰って来るといったガラとは違って、時間が要されます。だから、しょっちゅう参加するというのは難しいけれど、僕を豊かにしてくれるので興味があります。

Q:この「Men in motion」という公演は、毎年開催されるものですか。

A:いえ、定期的なものではありません。スポンサー次第なので、開催地もロンドンばかりではありません。イヴァンから最初に声がかかったときの公演地は、確かウクライナかどこかだったように記憶しています。今回はロンドンとパリから近いことも幸いしました。この『Claire de Lune』のソロが得られたことが、とにかくうれしいです。

Q:これは男性ダンサーたちによる公演ですね。

A:「Men in motion」とタイトルにもあるように、男性のダンスのヴァラエティをみせるものなんです。ユニークで、きちんとしたコンセプト、方向性のアイディアがあります。このアイディアを介して、種々のダンスが踊られ、創作もあって・・。さまざまなスタイルのダンスを見せる、とても多彩なプログラムなんです。着替えがあったりしたので公演を通してみることはできなかったけれど、舞台裏ではダンサーだけでなく振付家たちとの出会いもありました。彼らの仕事ぶりを生でみることができました。これも面白かったので、ぜひまた次の機会があるのを願っています。

Q:『白鳥の湖』の第一幕のヴァリアシオンを踊ることにしたのは、なぜですか。

A:実はイヴァンからは『眠れる森の美女』のヴァリアシオンを、という希望があったのです。だけど僕は全幕の中で踊るのはいいけれど、これだけを取り出して前後関係のないころでは踊りたくなくて。それで妥協案として『白鳥の湖』となったのです。イヴァンは男性が踊るクラシック作品をプログラムに入れたかったのだと思います。ヌレエフは20世紀に男性のダンスの価値を高めたのですからね。

Q:今は『ドン・キホーテ』の稽古中ですね。

A:はい。パートナーがいない状況なので、ヴァリアシオンの稽古をリハーサル・スタジオで一人で続けている状態です。パートナーとの関係をすぐに築けないというのは、仕事の順序としてはあまり効率的じゃないですよね。毎日一人で稽古をしていて・・・ちょっと繰り返し的だし、なんだかコンクールの準備をしてるような感じです。二人で演技を組み立てるとか、そういったことは彼女がパリに来てから。だから仕事が2パートにわかれている、という感じがします。

Q:『ドン・キホーテ』で2004年にエトワールに任命されました。

A:はい。最初にこれを踊ったとき、僕はまだスジェでしたけど、パートナーはすでにエトワールとして確固たる存在であったアニエス・ルテステュでした。初役とはいえ稽古期間はたった15日しかなくって・・・。その次にオペラ座で踊ったときのパートナーはリュドミラ(・パリエロ)。パートナーが変わることによって、僕の役の解釈も毎回変化があります。また同じ役を踊るといっても僕の年齢が変わってるので、肉体面でも異なりますよね。過去に踊った作品を踊るといっても、すべてのデータが異なるのです。これは『ドン・キホーテ』に限ったことではありません。

pari1712b_08.jpg 「ドン・キホーテ」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris
pari1712b_09.jpg 「ドン・キホーテ」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:マルレーヌ・イヨネスコの『Mathieu Ganio, une Etoile romantique』はご覧になりましたか。

A:最終版はまだなんです。でも、訂正箇所を指摘したり、確認をマルレーヌと一緒にしたり、といった作業のために、編集段階で見ています。とりわけ、ダンサーとしての僕のイメージがどのように扱われているか、という点に気をつけて見ました。

Q:ご覧になり、どのような感想を抱きましたか。

A:自分が踊ったバレエの抜粋がたくさん入っていて、そして人々が僕について美しく語ってくれる・・・自分本位になってしまいますけど、これは気持ちの良いことです。僕にとって大切なドキュメンタリー作品で、このフィルムが作られたことをとてもうれしく思っています。マルレーヌが僕を選んでくれたことには、気持ちがくすぐられます。僕を1年間追いかけたドキュメンタリーなので、この中で自分自身の進化を見ることができました。

Q:マルレーヌ・イヨネスコが製作したDVD『マチュー・ガニオ&カルフーニ〜二人のエトワール』では、母子が対象でした。今回はあなた一人です。ダンサーのキャリアにおいて、良いタイミングで撮影されたと思いますか。

A:今年は、ちょっとばかり複雑な年でした。彼女から1年間僕を撮影する、という提案があったときはうれしかったけれど、1月末に怪我をしてしまったし、撮影期間中に大作は踊っていないし・・。こうした1年になってしまったので、ダンサーとしての僕の代表的な年ではありませんでした。

Q:怪我の瞬間に、彼女とカメラマンとリハーサルスタジオに居合わせたのでしたね。

A:そうです。そうしたことも含まれていて、まさしくドキュメンタリーなんです。
僕のキャリアのレジュメとか、プレスティージュといったことではありません。それがこの作品の興味深い点なんですね。「今年我々はマチュー・ガニオを追いかけました。こうしたことがありました。彼の頭の中ではこんなことが・・・」といった 内容で、<この年のマチューは・・・>といったドキュメンタリーとなっています。ちょっとしたことですけど時期によって髪の長さが違っていたり、疲れた顔をしていたり、元気だったり、幸せなときもあれば不幸なときもあって・・・・。もちろん、これを見る誰もが僕を知ってるわけではないので、ダンサーとしての僕も紹介されていますけれど・・。最低の年でもなければ、最高の年でもなく、キャリアのさなかにおけるマチュー・ガニオの1年、というものです。

Q:人間的な記録ですね。

A:はい。そういっていいかもしれません。

pari1712b_04.jpg 「ジュエルズ」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris
pari1712b_05.jpg 「ジュエルズ」
photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:2014年にジョルジオ・マンチーニによって創作された『トリスタンとイゾルデ』が、やっと来年1月に日本で初演されます。

A:このバレエの創作については、「ドロテとマチューをずっと前からバレエ・ファンがフォローしている国なのだから、いつか日本で上演する」、ということは最初からみんなの頭にありました。これはオペラ座で僕たちが見せているのとは異なる面を日本で紹介するものです。オペラ座の公演などとのタイミングの問題があり、来年一月にやっと踊れることになりました。

Q:フィレンツェで初演され、その後何度か踊られていますが、『トリスタンとイゾルデ』の前に『ヴェーゼンドンク歌曲集』が踊られるのは初めてですね。

A:はい。これはジョルジオの身体言語を観客に紹介する機会となる作品ですね。そして2つの作品がお互い鏡のように照らし合うようになるでしょう。まったく異なる作品ではなく、続きというか、いわば姉妹のような2作品なので。といっても、まだ『ヴェーゼンドンク歌曲集』を見ていないので、これは想像に過ぎませんけど・・・。でも2つの作品を同時に上演することで、1つがもう片方の作品に役立つ、といったことがジョルジオの頭の中にあるのだと思います。

Q:イタリアのラヴェロでは、夜、しかも屋外で『トリスタンとイゾルデ』が踊られました。作品にはぴったりの環境でしたが、踊る身としてはいかがでしたか。

A:確かにこの場所は、あらゆる意味で『トリスタンとイゾルデ』に合っていました。大自然の中で踊ることができたけど、でも、屋外というのは、したいことのすべてができるわけではなく条件は異なります。この晩は公演時間の直前に大雨にたたられてしまい、僕たちは長いこと雨が上がるのを待っていて・・・体を温めておくのが大変でした。テクニックという点でいえば、屋内の劇場に比べてより複雑で、安全なものとはいえないけれど、その反面他の要素があります。例えば、踊るときに身体に風が感じられ、真下の海から波音が聞こえてきて・・・大自然との結びつきがありました。屋内の劇場では得られないことです。大雨で公演中止の可能性というのもあるわけですが、別の要素がもたらされて、作品にプラスがあります。日本では幸い雨の心配のない屋内なので、公演が確実に行われます !(笑)

Q:この物語は以前から知っていたものですか。トリスタンという人物については、どう考えていますか。

A:こうした大恋愛の悲劇というのは、『ロメオとジュリエット』もそうですけど、イニシアティブを持ってるのは女性。男性の方は、女性が持つより本能的な愛情にひきずられるまま・・・受け身なんです。この神話については、もちろん知っていました。いろいろなヴァージョンがあることに、とても驚かされました。僕たちが踊るジョルジオの『トリスタンとイゾルデ』は、出来事を逐一フォローしているというものではありません。だから、物語を期待して見に来ると、がっかりするかもしれません。ジョルジオは物語が持つ色あいや、物語のエッセンス・・・愛、情熱、死、欲望、禁断といった普遍的なテーマが踊りになっています。

pari1712b_06.jpg 「ジュエルズ」photo Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

Q:パ・ド・ドゥを映像がつなぐ作品ですね。

A:これは気の利いたアイディアですね。作品のリズムを壊す役を果たしています。舞台で踊るのは僕たち二人だけなので、1時間、どれほど振付が素晴しかろうと、僕たちは疲弊し、観客も退屈してしまうでしょう。こうやって映像を挟み込むこと、別の形の芸術をみせることによって、それが避けられます。それに、この映像そのものが、とても素晴らしい。これも『トリスタンとイゾルデ』のテーマをなぞるものではなく、解釈を発展させたもので官能、男女の間の性的な面、身体の発見といった、普遍的なものです。

Q:バレエの創作時、ジョルジオはどういったことを強調していましたか。

A:とても快適な創作時間を過ごせました。ジョルジオは自分が欲しいものを明快にわかっていたので、スタジオで何時間も足踏みして待ってる、というような状況もなければ、変更を繰り返す、ということもなくって。とってもクリアだったのです。それゆえにハイスピードで、流れるように作品は生まれました。無駄な時間がまったくなく、刺激的でした。振付が一旦出来上がるや、ドロテと二人してその枠組みの中で作品を発展させてゆくことができて・・・。ジョルジオはいくつかの動きにはこだわりましたが、後は僕たちにかなり自由があって快適でした。特に彼が僕たちに望んだのは、二人の間に距離があったり、冷淡だったりというのではなく、情熱を感じること。 僕たち二人にとって素敵なギフト、といえるのは僕たちの芸術的ヴィジョンを信頼して、役柄の解釈を僕たちに任せてくれたことです。ドロテと僕はお互いによく知った間柄なので、違いを信頼し、流れにまかせ、相手の演技に反応し・・・それによって一種の自然さが生まれますね。自問自答したり、疑問を抱いたりということなしに、自分自身でいることができる。ジョルジオからの信頼に励まされた、ともいえます。彼は何かを得ようとして、僕たちに強いたりするということはありませんでした。何かに似せようとかせず、僕たちを素のままを彼の身体言語に沿って活用した、といえばいいでしょうか。素晴らしいチームです。
この作品を日本で踊れるのはうれしいですし、それに久しく日本に行ってなかったので訪日するのが待ち遠しいです。

Q:もしもトリスタンとイゾルデが誤って飲んだような愛の媚薬が目の前にあったら、飲んでみたいですか。

A:・・・・・それって、誰と恋におちるかによりますけど、不自然という面に抵抗がありますね。典型的な例えとなってしまうけど、誰かが媚薬を飲んだことによって僕に恋をする、といったことは望んでいません。僕のあるがままを愛されたいのであって、媚薬によってというのは自然な感情ではありませんから。僕が誰かを愛する場合についても同じです。相手の何が好きなのか、なぜ好きなのかを自分で見極めたい。愛の媚薬が存在したら、それは信じられないものだとは思うけど、好みません。