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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2015.02.10]

木田真理子、鳴海玲奈、児玉北斗がオペラ座の舞台で踊った『ジュリエットとロメオ』スウェーデン王立バレエ

Ballet royal de Suèdeスウェーデン王立バレエ団引越公演
" Juliette et Roméo" Mats Ek 『ジュリエットとロメオ』マッツ・エック振付

年初パリのダンス界から注視されたのは、スウェーデン王立バレエ団のガルニエ宮での引越公演だった。パリ王立音楽アカデミー(1672年創設、現在のパリ・オペラ座)、デンマーク王立バレエ団(1748年)に次いで1773年に優れた啓蒙専制君主で諸芸術への造詣が深かったグスタフ三世によって創設された世界で三番目に古いバレエ団だ。(ちなみにロシアで帝室バレエ団が創立させるのは1783年になってからである)同バレエ団は1972年3月に初めてガルニエ宮で公演している。プログラムはビルギット・クルベリ(1908・1999)振付の『月のトナカイ』、ホセ・リモン振付の『ゼア・イズ・ア・タイム』、ジェローム・ロビンズ振付の『結婚』だった。オペラ座の他にテアトル・デ・ナシオン(1959年)、シャンゼリゼ歌劇場(1964、71年)、シャイヨ国立劇場(2001年)でもパリ公演を行っている。なおマッツ・エックの母親であるビルギット・クルベリが振付けたストリンドベルク原作の『令嬢ジュリー』は、昨シーズンにオーレリー・デュポンらがヒロインを踊ってパリ・オペラ座バレエ団のレパートリーに入ったばかりだ。(ダンス・キューブ2014年4月号をご覧ください
今回上演された『ジュリエットとロメオ』は、2013年5月24日にスウェーデン王立バレエ団によって初演されたマッツ・エックの最新作で、フランスでは初めての上演だった。1月6日のプルミエから10日夜まで全6公演で、第1キャストが4回、第2キャストが7日と10日マチネの二回だった。ヒロインのジュリエットをファースト・キャストでは2013年のプルミエを踊り、この役の演技でブノワ賞を受賞したプリンシパルの木田真理子、セカンド・キャストでは鳴海玲奈だった上、ファースト・キャストでロメオの友人ベンヴォーリオを児玉北斗が踊り、日本人ダンサーの活躍が目立った。ジョゼ・マルティネス、アニエス・ルテステュといった元エトワールやジャック・ラング元文化大臣らが鑑賞した1月6日のプルミエと8日にファースト・キャストを、1月10日のマチネでセカンド・キャストを見た。

pari1502a_10.jpg 木田真理子(ジュリエット)
(C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux
pari1502a_08.jpg マリー・リンドクヴィスト(母)
(C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux
pari1502a_06.jpg 木田真理子
(C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux

客席の照明が消えると、舞台前面にあった壁が一気に後方へ後退し、闇の中に霧が舞い上がった。舞台中央にダンサーがせり上がる長方形の穴があるだけで壁以外には床には何も置かれていない。取っ手のある可動性のパネルを並べた壁をダンサーやアシスタントたちが移動させ、ドラマの状況に応じて踊りの空間が刻々と変化していく。同時に変化に富んだ照明がダンサーの身体に当てられるが、その背景は漆黒が支配している。この寒々とした空間そのものが、君主(プリンス)が抑えることのできないグループ間の抗争からくる暴力に支配された町をよく表している。有力者がまとっている夜会服にそれなりの華やぎがあるのを別にすると、衣装もこの空間に見合った黒や灰色が基調となっている。
冒頭、ロメオが後ろ向きでセリ上がり、まず頭が出て、それから上半身が現れ、周囲を見回してから穴から出てくる。仕事がなく、街を友人のマキューシオとベンヴォーリオともに彷徨っている青年だ。このトリオが町の有力者(ジュリエットの父)が開いた饗宴に入り込んで、ロメオがヒロインと視線を交わしたところからドラマが始まる。
マッツ・エックは「中世のヴェローナ」といった枠組みや飾りを取り払い、時間と場所を越えた次元で物語を展開させていく。ここではロメオは貴族の世継ぎではなく、ジュリエットとは身分の違う青年だ。当然、ジュリエットの両親からは受け入れられず、ヒロインは財産の釣り合いの取れた相手であるパリスとの結婚を押し付けられそうになる。父母と乳母の三人がヒロインを抱え上げ、床に上向きに横たわったパリスの身体の上に重ねるところでは、家族による娘への「暴力」が直裁に視覚化されていた。そこで目を離せなかったのは痙攣するように震えていたヒロインを演じる木田真理子の両手だった。押し付けられたフィアンセへの嫌悪がこの手に集約されていた。

pari1502a_04.jpg (C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux pari1502a_07.jpg ジェローム・マルシャン(マキューシオ)
(C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux

この作品の特徴は、タイトルの名前を引っくり返したタイトルからも明らかだ。マッツ・エックはヒロインにぴたりと照準を合わせた。描かれているのは、両親を含めた周囲から認められない「禁じられた恋」によって少女から大人へと変貌する一人の女性の肖像画だった。若者たちの抗争も、両親からの結婚への圧力も、ヒロイン像を浮き彫りするための背景に過ぎないと言っても過言ではないだろう。ヌレエフがシェークスピアの原作に忠実なプロコフィエフの音楽に沿って「若者が大人になる物語」としてロメオに焦点を当てたのと対照的だ。(パリ・オペラ座バレエ団はヌレエフ振付を2016年3月19日から4月16日までにバスチーユ・オペラで再演する。ロメオとジュリエットを主題とするバレエとしては本欄でも取り上げたベルリオーズの音楽を使ったサシャ・ヴァルツの作品もある。)

pari1502a_11.jpg 木田真理子、アナ・ラグーナ
(C)Opéra national de Paris/ Fancette Levieux

ジュリエットが最初に登場するのは乳母とのデュオの場面だが、この二人の深いつながりが乳母のスカートの中に隠れることや、ヒロインの童心にあふれる動きと子供っぽい表情で表現されていた。黄色のスカートと上着に黄色の靴という前半の衣装がヒロインの可憐さと積極性を表現するとともに、周囲の衣装から際立った光彩を放っていた。
宴に入り込んだロメオと最初に交わす一瞥も忘れられない。そこには「不意に訪れた初めての恋」が実に鮮やかに刻まれていた。
第1幕の最後にある恋人たちのパ・ド・ドゥでは一人が爪先立ってのびあがると、相手が体を低くしていく。交互に繰り返されるこの動作は北海道に飛来する丹頂鶴の求愛行動を思わせたが、初恋の激しさ、純粋さを象徴しているように感じられた。

pari1502a_09.jpg (C)Opéra national de Paris/ Fancette Levieux pari1502a_12.jpg (C)Opéra national de Paris/ Fancette Levieux

第1幕の後半でロメオが壁を乗り越えてやってくる。ジュリエットは壁の上に機械仕掛けの自動人形のように、また自分の意思を超えた力に導かれたかのようにして姿を現す。壁面の裏に取り付けた機械を使った動きが観客の意表を突いた。
しかし、圧巻だったのは第2幕の中ほどにあった二人の別れの場面だった。チャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番第2楽章に乗って繰り広げられる。この曲はトルストイのために開かれた特別音楽会で、チャイコフスキーの隣に座っていた文豪が涙を抑えられなかったというエピソードのある情感あふれる曲だ。
最後に服を着て去っていくロメオを飛び上がっては両手を広げて全身で押しとどめようとするヒロインの姿は、いまだにまぶたの裏に焼きついている。この場面にぴったりの音楽を選んだマッツ・エックの慧眼には脱帽せざるを得ない。

木田真理子さんは公演終了後に筆者からのメールでの質問に答えてくださった。
「私自身はマッツさんから表現について指導を受けたり注意を受けたりすることはほとんどなく、テクニック面での指摘が多かったので、ジュリエットをかなり自由に表現しています。再演するたびに私のジュリエットの表現の仕方が変わってきていて、自分のなかでイメージを固定しないようにしています。観てくださるお客様が好きなように感じ、ご自分なりに解釈していただいて、作品をより深みや幅をもって受け止めて下されば幸いです。
『ジュリエットとロミオ』を単に2人の禁じられた恋話としてとらえるのではなく、どうして2人の悲劇が起こってしまうのか。その悲劇が何をもたらすのか、といったことも感じ取っていただければ、見ていてより楽しんでいただけるかもしれません。ジュリエットが登場するシーンはほとんどの場合、家族(父・母・乳母)とロメオ、パリスしかいません。時代設定がなくても、家族関係とその問題からジュリエットがどういう社会で生きているのか。そこでどのように生きていかなければならないのかが見えてくる気がします。作品中で役が顕著に変化・成長するのはジュリエットです。どうして彼女が変わるのか、どの瞬間が変化のきっかけだったのか、などを考えて役をつくっていきました。しかし、実際に舞台に立っているときは、あれこれ考えずに感じたままに踊っています。」
エックによる振付は視点が明快で、それを視覚化するための作品構成は緻密だが、登場人物の表現はダンサーに委ねられている。ダンサーの表現の可能性が広いだけに、毎回違ったヒロインが描かれていく。

pari1502a_13.jpg 「ジュリエットとロミオ」のための舞台をセッティング中。
舞台サイズと床の傾斜が気になったので、パリ到着後に確認しにいきました。ちなみに床の傾斜は5度以上で、スウェーデン王立歌劇場よりも、ボリショイ劇場よりもキツかったです
写真提供/木田真理子
pari1502a_14.jpg 「ジュリエットとロミオ」公演後に一枚。
写真左からアンソニー・ロムリオ(ロミオ),ニコラス・エック(大公)、木田真理子(ジュリエット)、児玉北斗(ベンヴォーリオ)、アナ・ラグナ(乳母)、ジェローム・マルシャン(マキューシオ)、マッツ・エック
写真提供/木田真理子

10日のマチネは、上演開始後わずか数分で装置の壁がきしむ音がして、公演がいったん停止した。幕が下ろされ指揮者がいったん退場し、劇場職員からの説明があり、30分近く中断した後に最初からやり直した。このハプニングにも関わらずセカンド・キャストのダンサーたちは動じることなく最後まで緊張感を途切らせることなく踊った。ヒロイン役はセカンド・ソリストの鳴海玲奈だった。サンクトペテルスブルクのワガノワ・アカデミーで学んだアントン・ヴァルトバウアーのロメオを前に、鳴海玲奈は小柄な全身をぶつける演技で懸命にジュリエット像を描いた。擦りむけた膝小僧は難役との格闘を生々しく物語っていた。君主(ヤン・エリック・ヴィルストレム)や乳母(ファースト・キャストではジュリエットの母を演じたマリー・リンドクヴィスト)がファースト・キャストのベテラン(ニコラス・エックとアナ・ラグーナ)よりはるかに若かったために、役柄のイメージはかなり違っていたが、マッツ・エックが構築したダンサーの身体を軸にした世界は揺るがず、個々のダンサーが個性を出しながら全体として集約度の高い舞台であることには変わりはなかった。
ロメオとジュリエットは多くの振付家による作品があるが、バルコニーや舞踏会といった装飾を削ぎとって、物語りのエッセンスだけをダンサーの身体に語らせたマッツ・エックの世界は、見ていて身体に痛みを感じるほど切実だった。ぜひ再見したい作品だ。
(2015年1月6、8日と10日のマチネ ガルニエ宮)

pari1502a_01.jpg アナ・ラグーナ(乳母) pari1502a_02.jpg ラグーナ(乳母)、
アントニー・ロムルジョ(ロメオ)
pari1502a_05.jpg ニクラス・エック(君主)
pari1502a_03.jpg (C) Opera national de Paris/ Fancette Levieux(すべて)

『ジュリエットとロメオ』
音 楽 チャイコフスキー
編 曲 アンデルス・ヘークシュテート(マッツ・エックによる音楽の選択による)
振 付 マッツ・エック
装置・衣装 マグダレーナ・エベルク
照 明 リヌス・フェルボム
アレクサンダー・ポリアニシコ指揮 コロンヌ管弦楽団
ピアノ ベント・エケ・ルンディン
プルミエ 2015年1月6日19時30分開演
その他の公演日 1月7、8、9日19時30分開演 1月10日14時30分開演
会 場 ガルニエ宮
配 役 (1月6、8日/10日マチネ)
ジュリエット 木田真理子/鳴海玲奈
ロメオ アントニー・ロムリオ/アントン・ヴァルトバウアー
父 アルセン・メラビヤン/アンドレー・レオノヴィッチ
母 マリー・リンドクヴィスト/サラ・ジェーン・ブロドベック
君主 ニコラス・エック/ヤン・エリック・ヴィルストレム
乳母 アナ・ラグーナ/マリー・リンドクヴィスト
パリス オスカー・サロモンソン/ダヴィッド・クピンスキー
ティバルト ダヴィッド・クピンスキー/ヴァーエ・マルティロスヤン
マキューシオ ジェローム・マルシャン/ルカ・ヴェテレ
ベンヴォーリオ 児玉北斗/イェンス・ローゼン
ロザリーヌ ダリア・イヴァノーヴァ/ジャネット・ディアズ・バルボザ
ペーター ヨルゲン・シュテヴィント/ハンプス・ゴーフィン