ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
Text by Mariko OMURA 
[2014.09.10]

オペラ座ダンサー・インタビュー:ローラ・エケ

Laura Hecquet  ローラ・エケ(スジェ)
エレオノーラ・アバニャートに代わって、第4回エトワール・ガラに初参加したローラ。ガラでの来日は、2007年の「ルグリと輝ける仲間たち」以来である。
今回、バランシン、ニジンスキー、ロビンス、ヌレエフとスタイルの異なる4作品を踊ることで 、ローラ・エケというダンサーを日本のバレエファンの記憶に残す良い機会となった。

将来を嘱望されるダンサーに与えられるArop賞、カルボー賞を受賞したものの、ローラは2009年に1年の休業を余儀なくさせる大怪我に見舞われている。復帰後もオペラ座ではソリストとして舞台にたつことも多いが、日本ではその定評ある気品に満ちたダンスを披露する機会になかなか恵まれなかった。それゆえ、今回のエトワール・ガラは彼女にとっても観客にとっても、良い結果をもたらしたといえる。来日後となってしまったが、ここに改めて彼女を紹介しよう。

pari1409b_01.jpg photo  Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

Q:エトワールガラに初参加しての感想をひと言で表現すると何でしょう。

A:最高!という言葉よ。とても実り多いものだったわ。参加の提案がきたのは、本当に最後の最後のタイミング。急いで準備する必要があったわけで、なんだかんだと考える余裕もなく、ポジティブに事を運ぶしかない、という状況だったわ。再び大好きな日本に行けるっていうのも、私にはとてもうれしいことで、それに何と言ってもエトワール・ガラというのはソリストのガラでしょう・・・。

Q:エトワール・ガラについては、過去に耳にしたことがありましたか。

A:もちろん! 2年ごとに開催されて、というようなことも知っていたわ。いつか私がエトワールになったら、このガラに参加することになるかしら、というようにボンヤリ思ったことだってある。知名度のとても高いガラだからエトワールじゃなければだめなのだと思っていただけに、今回は本当に素敵なチャンスだったといえるの。それに、誰か怪我をしたダンサーの代理で、というのでもなかったのもうれしいし、演目のセレクションも素晴らしかったし・・。

Q:会場で販売されたプログラムにあなたの写真掲載が間に合わないほどで、エレオノーラの降板はぎりぎりだったのですね。

A: バンジャマンから私に打診があったのは、出発まで1週間あるかないか、という本当にギリギリの時期だったわ。でもとても気が合う彼から直々に打診がきて、それにエトワール・ガラだし、演目も良いし、で、すぐにウイ!って答えたの。

Q:出演者の変更ゆえ、演目にも変更が生じましたね。

pari1409b_09.jpg エトワール・ガラ
「ジュエルス」ダイヤモンド
撮影/瀬戸秀美

A:そうよ。稽古の時間が私にはほとんどない状況だったので、オードリック(・ブザール)と『ダイヤモンド』を踊ることにしたの。というのも、わりと最近にボリショイ劇場でブノワ賞の公演でこれを二人で踊ったので。『眠れる森の美女』も彼とオペラ座で全幕を踊っているし・・。ニジンスキーの『牧神の午後』はオペラ座ではないけどウィルフリード・ロモリとガラで踊ったことがあって、でもそれは10年も前のことなので、改めてしっかり稽古する必要があった。今回、まったく初の作品で、しかも大物というのは『イン・ザ・ナイト』よ。

Q:その準備時間が超短期間ということに対して、ストレスはありませんでしたか。

A:いいえ。だって、これは大好きな作品。私が踊るという3番目のカップルが中でも私が一番気に入ってるパ・ド・ドゥだったし、その上パートナーがエルヴェ(・モロー)・・・彼と一緒に踊れる機会が再び得られるって、とても幸せなことなのだもの。

Q:彼とは過去に何を踊っていますか。

A:2009年にあったブリスベン・ツアーで『ラ・バヤデール』。彼がソロル、私がガムザッティだったの。この後、2012年9月にバランシンの『セレナーデ』で彼とは再び。私たち、とても気が合うのよ。エトワール・ガラの私のパートナーがオードリックとエルヴェというのは、身体のサイズ面でも二人とも私にはパーフェクトなので、短期間で未知のパートナーと準備するのと違って、とても安心できるポイントだったわ。

pari1409b_07.jpg エトワール・ガラ「イン・ザ・ナイト」
撮影/瀬戸秀美

Q:  『イン・ザ・ナイト』の3番目のカップルは、他の2カップルよりも踊り手の個性が左右する様に思えます。あなたたちは、どのようなカップルをイメージしましたか。

A:この作品は、イザベル・ゲランがコーチしてくれたの。彼女はロビンズ作品を何度も踊ってるし、ご主人もロビンズと仕事をしてるし・・・。とりわけ『イン・ザ・ナイト』は彼女が何度も踊った作品なの。というわけで、出発前の3日間、一緒に集中リハーサルをしました。これはとても素晴らしい経験となったわ。彼女の説明によると、まずは出会って間もない愛情あふれる若いカップルのパ・ド・ドゥ、二組目は数年をすでにともにしたカップルの日常のパ・ド・ドゥ、そして三組目は上手くゆかなくなって破綻しつつあるカップル・・・。私の長身な体型、私のダンスが放つものということに特にポイントをおいて、イザベルとは多く話し合いました 。その結果、あまり夫婦喧嘩っぽくならないほうがよい、あまり暴力的ではないほうがよい、ということになったの。それで、話し合ってるうちに、突然喧嘩めいてきて、というようなカップルを想定したのよ。この作品は踊るカップルのパーソナリティによって異なってくるわけで、私たちの場合は、話し合いが行き詰まって喧嘩となって、ということに・・・。お皿を割ったりとか、そういうのではないのです。これって、とても興味深かった。彼女と仕事をする機会を得られたのも、エトワール・ガラ参加の素晴らしい体験の1つだったわ。

Q:『牧神の午後』ではカーテン・コールまで役の特徴的なポーズで登場し、観客を楽しませてくれましたね。

pari1409b_08.jpg エトワール・ガラ「牧神の午後」
撮影/瀬戸秀美

A:バンジャマンと気が合う関係だ、ということもあって..。日本では会場内に良いエネルギーが満ちていて、とてもポジティブなので、カーテン・コールでも二人揃ってこうして演じることにしたの。これ、ちょっとした思い出となったわ。

Q:どちらかというとクールビューティ系のイメージが強い貴女の別な面を見た気がしました。


 A:どうしても外観から受ける印象に左右されがちですものね。人間のキャラクターって常に驚きに満ちたもので、私は大笑いしたり楽しむのが好きな質なのよ。舞台上で、どちらかというと私はいささかお高い感じを与えることがあるかもしれないので、だから、このカーテン・コールはある意味で観客が知ることのない私の一面を見せる機会となってよかったと思ってるわ。

Q:ガラの座長バンジャマン・ペッシュについて、どのように感じましたか


A: 彼はダンサーとしても素晴らしいですけど、こうしてグループを率いるディレクターとしても、たいへんポジティブなエネルギーの持ち主だと知りました。ツアー中、その力を発揮して、一度としてグループ内に張りつめた雰囲気というのが生じることもなくって・・・。自分の周りに人を集める力があり、そして、人を働かせる良い力を持っていますね。物事を外部からの視線で客観的に眺められる人。ヒューマニティに富んでいて、私たちの言うことに聞く耳も持っています。次々とパ・ド・ドゥが続いて踊られるという一般的なガラと違って、エトワール・ガラってプログラムの構成にも舞台装置にもリサーチがあって・・。バンジャマンは観客をどうしたら満足させられるか、喜ばせることができるのかということをとてもよく考えてると感心したわ。だから、彼がオペラ座を定年で辞めた後、カンパニーなり、グループを率いることで、この素晴らしい力を発揮していけることを切望しています。

Q:グループ内はどんな雰囲気だったのですか。

A:とてもとても良い雰囲気だったわ。過去のことは知らないけれど、グループ内全員みんな気があって、最初から最後まで良いエネルギーに満ちてたの。それにいつも誰かしら冗談をいうので、笑ってばかりで・・。こうして素晴らしい2週間を過ごした後、パリに戻ってバラバラになったとき、ちょっと悲しいというか、そういう感じがあったほど。公演が毎日続いて身体的には疲れたけれど、とても上手くいってたのでまだまだ続けられる、って気もしたくらい。グループ公演のツアーって、必ずしもこんな風に順調に進むものじゃないでしょう。皆が肯定的で建設的でないと・・・ツアーって身体的にもきつい状況なので、こうは上手くいかないものよ。

Q:日本の観客について、どのように評価なさいますか。

A:これほど良い歓迎を受けることって、他の国ではないことだわ。日本には何度も行ってるけど、いつも優しく迎えられて・・私たちの舞台を心底楽しみにしくれているって感じられるの。だから、こちらもベストを尽くそう! っていう気になるわ。

Q:もし将来エトワール・ガラに再び参加する機会があるとしたら、日本の観客にぜひとも踊って見せたい作品はありますか。

A:好きなパ・ド・ドゥで、まだ踊る機会に恵まれてないものね。例えば私の一番のお気に入りの作品『マノン』。『椿姫』の中でマノン役はすでに踊っています。この作品の中のマノンも、クルチザンヌから最後に死に至るまで変化があって、『マノン』のちょっとした粗筋といった感じがありますね。オペラ座でこの役のパートナーはクリストフ・デュケンヌ、フロリアン・マニュネ・・・3月の東京公演ではヴァンサン・シャイエ。『マノン』も『椿姫』もパ・ド・ドゥはいろいろなカップルによって何度も踊られてるものだけど、踊り手の個性によって違ったものとなるので・・・。ぜひ、踊ってみたいわ。

Q:バレエはどんなきっかけで習い始めたのですか。

A:4歳半のときに始めたのだけど、これはダンスというより小さな子どもの身体能力の啓発的なクラスというものだった。 でもマットの敷いてあるところからはみ出してはいけない・・・私はもっともっと身体を動かしたかったので、半年続けたところで辞めたの。そのあと、クラシック・バレエを習い始めたのは6歳の時。音楽が聞こえてくると身体を動かしたくなる質で、それでダンスをしたい! って両親にお願いしたのよ。それですっかり気に入ってしまって・・。バレエ作品を見たとか、衣装がどうした、とかそういった きっかけがあったわけじゃないの。両親が音楽好きだったのが影響したのかも・・。父はアコーディオン、母はオルガンを弾く、という家庭で、いつも家の中に音楽が流れてた。音楽好きの遺伝子ね。

Q:特に好きな作曲家はいますか。

A:ショパンが好き。少々型通りすぎの回答かもしれないけど・・。ショパンの音楽を聞くと、その雰囲気にすぐに引き込まれてしまうの。踊りたい、という気持ちなしにショパンは聞けないわ。タイプは違うけど、ラヴェルも好きな作曲家ね。バレエではロビンズの『アン・ソル』で使われます。このパ・ド・ドゥ、本当に素晴らしいのよ。この作品ゆえにラヴェルに興味をもったのじゃないかしら。ダンスで好きなことは音楽との関係と、もう1つ、それはストーリーを語るということがある。これって、最高だわ。自分の人生があり、さらに舞台の人生があって 、と、とても豊かな人生が送れるのだから。もっともダンスを習い始めた当時は、そうした面を知らずにいて、これは大人になってからのことです。

Q:オペラ座のバレエ学校は最後の2年だけを過ごしたのですね。

A:はい。10歳から16歳まではパリのコンセルヴァトワールで学びました。

pari1409b_02.jpg photo Agathe Poupeney/Opéra national de Paris

Q: 転校はオペラ座の入団を目指したから、ということですか。

A:いろいろなバレエ団があるけれど、オペラ座は抗いがたい魔力を持っていたわ。小さいとき「世界で最高のカンパニー」だと人が話すのを耳にしていて・・・だから、昔も今もオペラ座以外で踊ることは私には考えられない。スジェの時代が長く続いてるので、他にいったほうがいいかしらと自問することもあるけど、すぐにノン、と自答するのよ。だってオペラ座を去る気持ちなんて全くないし、私が踊りたいのはオペラ座の舞台だから。オペラ座で踊るというのは、幼い時からの夢。子ども時代、部屋にオペラ座のデフィレのポスターが部屋に貼ってあったのよ。上にあがるのに時間がかかって、たいへんかもしれないにしても、私、ここで幸せなの。それに時間をかけなかったら、今の成長は得られなかっただろうし・・。今の状況に不満は全然ないわ。

Q:コンクールは怪我で参加できなかったり、プルミエールの空席なし、という不運が重なりましたね。

A:そうなの。それに怪我で休んでいた後のコンクールについていえば、1年ものブランクがあったら、自分に対する自信、身体的な自信という点でその後すぐにもとの流れに戻るってかなり難しいことだった。 1年の休業って、とにかく長いもの。私の場合、2009年10月に『ジゼル』でミルタを踊ってる最中に怪我をして、復帰は2010年の11月だった。その翌年の2011年からコンクールに参加したけど、怪我の前はずっとプルミエール・ダンスーズの空席がなかったこともあって、合計4年コンクールに不在だったの。だから、2011年のコンクールは不安、というか、かなり難しいものだったわ。今年 のコンクール?   私、今、再び快調だと感じられているので・・。ここのところ11月に行われてたけど、今年のコンクールは12月よ。おそらく、『パキータ』のモントリオール公演が10月半ばにある関係でしょうね。

Q:過去のコンクールで『ミラージュ』のヴァリアシオンを2度選んでいますね。

pari1409b_06.jpg photo Hark

A:一度目が2007年、二度目が昨年の2013年。最初に踊った時はまだ若すぎて、作品がよく理解できてなかったと思ったので、もう一度昨年のコンクールでこれを選んだの。リファールの『ミラージュ』って素晴らしいバレエ。それにこの “オンブル(影)” のヴァリアシオンは、仕事がたっぷり必要なほど深みのあるものなので、コンクールに悪くないの。1か月の準備中、退屈することないし、役の解釈どころをしっかりとみせられるヴァリアシオン。役に入り込む必要があって、そのおかげでコンクールで怖じ気づくことから逃れられることができるのもいいわ。何しろ賭けが大きいので、コンクール当日って感じるストレスたるやたいそうなものなのよ。だから外の緊張を感じず、役に入り込んで踊れる、というのは悪くないことなの。

Q:話が戻りますが、1年というのはダンサーの休業としては長いほうですね。

A:そう、本当に恐ろしいことだった。私の人生で最悪の時期よ。ダンスを止めようとは思わなかったけど、復帰できなかったらどうしようという恐れがあったわ。そして、とても怖かったのは、果たして自分のレヴェルを取り戻せるのかしら、ということ。長い休業の後で実際に復帰したとき、怖かったわ。 復帰の公演はモスクワで『白の組曲』のシエスト(パ・ド・トロワ)。すごくきつかった。でも、やるしかないわけでしょう。身体への自信をとりもどすのに、とっても時間がかかってしまったの。怪我したのが公演の最中に舞台の上だったので、舞台、これは危険! というように頭に摺り込みができてしまっていたので、長い休業の後、1〜2年自信がとりもどせずにいて、辛い時期を過ごしたわ。 これほど暗い時期が他の人にはないように、って心から願います。 怪我は5年前のことで、辛かったけど、こうした時期をやり過ごせるようになれるって、人間ってすごい力を持ってるって言える。難しさの度合いはいろいろあるけど、最後は元に戻れる・・・。この休業でパワーとエネルギーを与えられたわ、これは確かよ。

Q:本日が新シーズン(2014-15年)の初稽古日でした。シーズンの幕開けは何を踊るのですか。

A: 『エチュード』です。この作品はオペラ座では2004年以来の公演で、その時私は入団2年目で “ブラック”(コスチュームの色)の代役だったの。舞台で踊れたのは1度だけ。今回は “ホワイト”よ。舞台の上のレッスン場の中央で、アダージョ、ポワント、ピルエットなどを踊ってみせる・・・。この作品はテクニック的に難しく、シーズンのスタートとしては歓迎しにくいけど、そのおかげで調子を取り戻せるので悪くはないわね。それに『エチュード』から始まるって知っていたので、リハーサル開始の1週間前からエクササイズしたりプールに行ったりと準備をしたのよ。シーズン開始のプログラムでは『エチュード』だけでなく、私はフォーサイスの『Woundwork 1』の代役という仕事もあるのよ。

Q:その後は何が予定されていますか。

A:『パキータ』でモントリオールに行くわ。パ・ド・トロワに配役されていて、そしてヒロインの代役でもあるの。年末はジャン=ギヨーム・バールの『ラ・スルス(泉)』。クリエーションされた時、ヌレダ役を踊っているので、おそらく今年も・・。創作時にリハーサルを重ねに重ねたのは、とても良い経験をしたと思ってる。ジャン=ギヨームの最初の大作で、これが再演されるというのは彼にとってもうれしいことなので、私、心待ちしています。

Q:様々な作品ですでにソリストとしての実績があっても、それでも昇級への願いは大きいものですか。

A:確かにソリストとして多くの作品に配役されています。ブリジットのおかげね。役を得るって、大切なこと。とはいっても、より上の階級に上がることは大切なことなの。なぜって世間における認知という点で肩書きは重要な要因だと思うからよ。それに仕事の負担という点でも。スジェというのはソリストとして踊れても、同時にコール・ド・バレエもするのでたいへんなの。例えば昨年末『眠れる森の美女』でオーロラ姫を踊る機会があったけど、このときは同時に妖精も踊っていて・・・。他の作品でもそう。この稽古量は半端じゃないわ。また、ソリストとして踊れるという時に、コール・ド・バレエに戻る、というのも精神的に難しいものがあるわ。でも、スジェというランクにいる限り、これはノーチョイスでしょ。もちろん義務なので、コール・ド・バレエでもプロとしてベストを尽くすけれど、踊る喜びは感じられない。プルミエール・ダンスーズに上がることによってコール・ド・バレエから解放されることになれば、それはとってもうれしいことだわ。もっとも、これってダンサーによるのよ。人によってはソリストとして前に出て踊るという大任を持つより、コール・ド・バレエであることを好む人もいるのだから。私は重い責任を負うことが好きな質なの。それによって、エネルギーと歓びが得られるから。

Q:定期的に参加してるガラやグループがありますか。

pari1409b_03.jpg Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

A: オペラ座に入団すると、小さなガラからたくさん声がかかるものなのよ。これはオペラ座では新人でまだ踊ることのないパ・ド・ドゥを踊る機会となるので・・。そうしたガラを入団後何年か続けたわ。それからサミュエル・ミュレーズの 3eme etageというグループに参加したこともあるけど、これも今はやってないの。というのも、オペラ座での仕事に集中したいからよ。サミュエルとの仲ゆえに、彼のガラに参加してたの。彼が振付けるコンテンポラリーな作品を踊るのだけど、私がオペラ座では踊ったことのないタイプのものばかりで、そういう点で面白かったわ。コミックな作品もあって、これはパーソナリティの表現という意味で興味深かったし・・。ずっと以前だけど「ルグリと輝ける仲間たち」にも参加して、日本各地を回ったわ。2007年ね。私がソリストとして日本の観客の前で踊ったのは、これが初めて。過去に何度も踊ってるパ・ド・ドゥを踊るといったガラにはもう興味がないけど、エトワール・ガラのように自分を豊かにするチャンスの公演には、今後参加を続けるつもりよ。

Q:オペラ座ではコンテンポラリー作品をほとんど踊っていませんね。

A: 今は違うけど、私が入団した当時はクラシックを踊るダンサー、コンテンポラリーを踊るダンサーに別れていたの。私が入団した2002年は3名いて、私は1番での入団だったので、自然とクラシックのグループに。ずっとクラシックに配されたので 、コンテンポラリー作品も踊ってみたいとリクエストしたのよ。コンテンポラリーを踊ることで、自分が成長し、また、新しい動きを得ることで、クラシックの仕事をより深いものに出来る機会にもなるだろうと思ったから。コンテンポラリーの表現や解釈はクラシックと違って、解き放つことが大切でしょう。あいにくと私がコンテンポラリーを踊ることに、ブリジットはあまり積極的にはなってくれなかったの。サミュエルのガラのおかげで、フォーサイスを踊ることもできたし、身体の動かし方がまったく違うものを踊れたのは、とてもうれしかったわ。過去にはウエイン・マクレガーの『ジェニュス』の創作に参加した。これ素晴らしかったわ。彼の動きは私がもっている基本とはまったく違うけど、試してみたら ? というので・・・。マニュエル・ガットのクリエーションのときもそうで、周囲は、君のスタイルじゃないよ、って。でも、これも興味深い体験が出来て、とても上手くいった。今日からフォーサイスの『Woundwork1』の稽古が始まったので、とても満足してるわ。

Q:新しい芸術監督の就任後、そうした面で変化があるかもしれませんね。

A:マッツ・エック、キリアンなど現存のコレオグラファーがたくさんいて・・・彼らと仕事が出来なくなってしまう前に、ぜひ一緒に仕事がしてみたいと思っています。バンジャマン・ミルピエの芸術監督就任に期待するポイントの1つは、コンテンポラリー作品に配役される機会がくるのではないかということよ。彼が来ることによって起きるさまざまな変化は、カンパニーにとって良いことに違いないと思ってるの。情熱、エネルギー・・・新しい飛躍をみな待ちかねていて、未知なこと、不慣れなことに全員が自分の最善を尽くすでしょうね。それによって、今カンパニーが必要としている新しい飛躍が得られる、って私は感じてるのよ。 ・・・エキサイティングだわ。彼は若くて、たくさんのアイディアをもってやってくるでしょう。たくさんの新しいことを見いだす機会を私たちにもたらしてくれるの。すごく待ち遠しい。ちょうど良い時期に、良い変化が起きる。こう、信じてるわ。

pari1409b_05.jpg photo D.R

Q:これまでに、一番エンジョイした舞台は何ですか。

A:難しいわね。たくさんの作品を踊っていて、たくさんの作品が好きだったから。『椿姫』のマノン、これは踊るのがほんとうに楽しかった。マノンという人物の進化という点で、素晴らしい舞台経験ができた。ツアーでしか踊ってないけど、『ラ・バヤデール』のガムザッティも好きだったわ。強い人物を踊る喜び。ミルタも強いけど、これは肉体的にとにかくきつい振付なの。ソーには力強さが要求されるし...でも好きな役ね。今のところ、『椿姫』のマノンの舞台が一番、といえるかしら。『眠れる森の美女』で主人公も踊っています。これは初めての三幕物でとても良い経験ができたとは思ってる。オーロラ姫は人間的に成長をするので、役の解釈に真のリサーチがあるにはある・・・でも舞台上で踊って得られる喜びという点では、マノンにはとても適わないの。『イン・ザ・ナイト』ほどもないと言える。

Q:今シーズンは、4月後半から5月にかけてマクミランの『マノン』の公演がありますね。


A:私は3月の『白鳥の湖』、5月上旬から始まる『パキータ』に予定されていて、これが『マノン』にひっかかってしまうの。たとえこの作品に配されてもマノンを踊れるとは思わない・・でも、公演は必ず見に行くわ。その後は『天井桟敷の人々』があるわね。過去にも踊ってる作品なので、おそらく配役されるでしょうね。シーズンの最後は『リーズの結婚』と『感覚の解剖学』。これはどちらになるか、まったく見当がつかないわ。でも、もし『感覚の解剖学』でまたマクレガーと仕事を一緒にできる機会が持てたら、それはうれしいわね。『リーズの結婚』のリーズは、身体のサイズ、センシビリティという点で、私向きの役だとは思えないの。リーズという人物は、最近ソリストになった若いダンサー向きね。小柄な身体のダンサー向きね。

Q:長身ということは、役の選択が狭まる要因となるのですか。


A:そういう意味ではないの。リーズというキャラクターが、小柄なダンサー向きということなの。ジゼルだって、マノンだって様々なダンサーが踊ってるでしょう。身体のサイズではなく、アーティスティック面での提案が問題なのであって、背の高い、低い、で決めるようなことがあったら残念だわ。もちろんポルテが多くあるか、パートナーとのバランス、という問題はあるけど・・・。

Q:オペラ座で身長的に合うパートナーは誰ですか。

A:私は172センチあるの。幸いにもオペラ座には長身のダンサー、それもパートナーとして素晴らしいダンサーがたくさんいますね。 カール・パケット、ステファン・ビュリオン、エルヴェ・モロー、フローリアン・マニュネ、オードリック・・・。感受性という点で一番私と合うパートナーはエルヴェね。入団して以来、ずっと彼のことを興味をもってみています。でも彼、あいにくとオペラ座での年月があまり残ってないので、その前にぜひまた一緒に踊れる機会があったらって願っています。オードリックとはたくさん一緒に踊っているせいで、フィーリング的にとても合うの。互いを知り尽くしてるので、月曜に会って、火曜に踊れる、というような関係なの。

pari1409b_04.jpg Photo Sébastien Mathé / Opéra national de Paris

Q:モデルにしてる女性ダンサーはいますか。

A:いません、でも気を惹かれるダンサーは何名もいますよ。私、シルヴィ・ギエムが大好きでした。それは彼女の身体の柔軟性ではなく、生まれもっての自然さゆえ。アニエス・ルテステュも大好き。彼女の舞台をみて、泣かされたことも多いわ。マリ=アニエス・ジローの動きの大きな振幅。オーレリー、イザベル、レティシア・・・。 興味深いことをいろいろなダンサーから学び取るということはしても、誰かを真似ようと思ったことはないわ。それに身体も違うのだし、誰かをコピーするというのは危険なことよ。エトワール・ガラでシルヴィア・アッツォーニと一緒だったでしょう。彼女、ビデオで見たことはあっても、実際に舞台を見たのはこれが初めてだったの。あああ、なんて素晴らしいのって思ったわ。オペラ座に限らず、世界にはたくさんすごいダンサーがいるんだわって。彼女とパートナーのアレクサンドル・リアブコは、アーティスティック面で自分たちにしっくりの作品を踊りこなして、すっかり自分たちのものとしている舞台ばかりを選んでいたわね。とりわけジョン・ノイマイヤーの『マーラー交響曲第3番』などはオペラ座でも全幕で公演があって知っている作品なのに、彼らがあまりにも 素晴らしいので、まるで初めて見る作品に思えてしまったのよ(笑)。こうしたものを見られるだけでも、エトワール・ガラは素晴らしい、っていえるわね。私、ジョンが作り上げる世界の大ファンなの。実は『ラ・スルス(泉)』の後に、ジョンの創作『大地の歌』のクリエーションが待ってるのよ。ジョンとは『マーラー交響曲第3番』の時に、ずいぶんと一緒に仕事ができたの。彼の世界は特殊だけど、彼がすることには失望することは全くないわ。『大地の歌』で緒に仕事をできるのが、待ち遠しいわ。

Q:オペラ座では最近ベビーブームがありましたね。貴女もいつか、と考えますか。

A:確かに一時期大勢が出産待ちだったけど、今は下火になったところね。もちろん私もいつか子どもを持つことは考えているわ。私生活の計画のひとつよ。でも、すぐに、ではないわ。子どもを持つことについて、オペラ座の中で人々の考え方が変わったのはいいことね。子どもを持つというのは別のことに移行するのではなく、人生の続きであって、というのが今の考え方。私は、まずは自分がしたいことを最後までつきつめてからと思ってるので、すぐにではないわ。今、身体的にとても快調で、頭も快調。だから、自分の時間を職業面に捧げたいと思ってるの。

Q:子どもをもつことで、仕事と私生活を切り離すことができると聞きますが。

A:そうね、でも生活が充実していれば、それって子どもなしでも可能なことだと思う。若いときは私もなかなか仕事から自分の頭を切り離すことが難しくって、家に帰ってあそこはこう、というように訂正をしていたけど・・。今は私生活が充実してるので、 オペラ座を出たら、他のことを考えらるようになった。自分の生活を持ってるということは大切。これほど難しい仕事を抱えて、すごいプレッシャーがあって、なのに私生活がないとなったら、それはいささか厄介ね。

Q:定年後について考えることがありますか。ダンス関係の仕事を続けますか。


A:ダンス教師になりたいの。これは年を経るほど、ますますその意思が固くなってるわ。でもパリにはいないでしょうね。都会過ぎるし、騒音だらけだし、好きじゃないの。オペラ座があるから、今は住んでるけど・・。私には自然 、静けさが必要なの。

《10のショート・ショート》

1. プティペール:マニュエル・ルグリ
2. プティットメール:エリザベット・プラテル
3. 好きな香り:フレッシュな草の香り。
4. 日本で毎回必ず買う品:足指ありや模様が面白いのでソックスを購入する。
5. 朝食の内容:朝はあまり食欲がない。とるとしたらオレンジジュースとヨーグルト。
6. 趣味:読書。主に小説。バッグに入れていて毎日、読む。数ページで本の世界に入り込める質。
7. コレクション:18世紀や19世紀の古い書籍。骨董店などでみつける。本の美しさに惹かれ、知らない作家や作品を買ったこともある。
8. ダンサーでなければ何の仕事をしていたと思うか:ダンス以外、何も考えられない。ただ、とても小さいときは総理大臣になりたいと思っていた。当時首相だったエディット・クレッソンのように大任、権力を持ちたいと思ったから。
9. 舞台に上がる直前にすること:毎回必ずすることはあるけど、迷信担ぎなので口にはできない。
10. 夢のバカンス先:ニューカレドニアのイルデパン島。