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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2014.08.11]

エトワール、ニコラ・ル・リッシュがオペラ座を去った『ノートルダム・ド・パリ』の感動

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ国立オペラ座バレエ団
Roland Petit "Notre Dame de Paris" 『ノートルダム・ド・パリ』ローラン・プティ:振付

2013・14年シーズンの最後の公演は、バスチーユ・オペラでのローラン・プティ(1924・2011)振付による『ノートルダム・ド・パリ』だった。7月5日のバスチーユ・オペラでは、7月9日のガルニエ宮で開催された「さよなら特別公演」(既報)先立って、ニコラ・ル・リッシュの通常公演での最後の舞台が行われた。

pari1408a_05.jpg (C)Opera national de Paris/Anne Deniau

中世のパリを舞台にしたヴィクトル・ユゴーの長編小説を、プティはヒロインのエスメラルダを取り巻く三人の男と民衆に焦点を当てて、2幕13場にまとめている。
またプティは、バレエ・リュスを率いたディアギレフに倣って当代の各分野の新進芸術家に音楽、装置、衣装を委嘱することで新しいバレエを創出しようとした。
オリジナル・音楽は『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバコ』といった映画音楽を作曲したモーリス・ジャール(1924・2009)が手がけた。現代の振付家がプレルジョカージュのように前衛的な現代音楽、あるいはノイマイヤーのようにマーラーの音楽を選んでいるのと違うのは、プティがこの作品で広範な観客を念頭においてポピュラーなエンターテイメントを指向したためと思われる。
繰り返しが多く、やや時代遅れという側面はあるものの、スペクタクルの伴奏音楽としてはきちんと機能している。コール・ド・バレエが踊る民衆は打楽器、カジモドはコントラバスによって表現されている。イル・ド・フランス国立管弦楽団を指揮したケヴィン・ローデスはジャールの曲の機能性を明確に活かしていた。
一方、ロジェ・プランションが率いたTNP(国立民衆劇場)の下で活躍した画家ルネ・アリオ(1924・1995)の装置はちょっとルオーを思わせ、中世のカテドラルらしい雰囲気が舞台全体に広がった。ジャン・ミッシェル・デジレの青と緑を基調とした照明もドラマの展開に寄り添って空間に巧みに陰影を与えていた。
また当時は新進デザイナーだったイヴ・サン=ローラン(1936・2008)のコール・ド・バレエの衣装(第1幕)は、カラフルで大聖堂のステンドグラスの彩りを思わせるものだった。

pari1408a_02.jpg エレオノーラ・アバニャート pari1408a_06_2.jpg ニコラ・ルリッシュ pari1408a_18.jpg リュドミラ・パリエロ
Photos (C)Opera national de Paris/Anne Deniau

 

pari1408a_01.jpg  (C)Opera national de Paris/Anne Deniau

ニコラ・ル・リッシュが最後の役に選んだカジモドは、脚が不自由で背中が歪んでいてバレエの主人公としては例外的な醜男だ。ル・リッシュは右肩を高く上げ、左腕をだらりと垂らすとともに、背骨を曲げた。地面をはうような視線、主人で恩人でもある副司教フロロに呼びつけられると飼い犬のように這いつくばる。肩の広い、精悍な、野性味のあふれる身体とともに破格の演技力を持つル・リッシュならではの変身振りには、誰もが圧倒された。13日に見たカール・パケットが懸命に役を作ろうとしながら、どうしてもカジモドの哀れを誘うほどの醜さにはいたらなかったのと対照的だった。
「エジプト女」とあだ名されたジプシー娘、エスメラルダは5日はエレオノーラ・アバニャートが踊った。ユゴーの小説では純真無垢な乙女として描かれているが、プティ振付のアバニャートによるヒロインはより自由な、成熟した大人の女性だ。第1幕第5場で兵隊たちにカジモドがさんざん痛めつけられているのに同情して、水を与える場面の優しさは、虐げられた二人の男女が美醜を超えて気持ちを通わせる瞬間で、思わずはっとさせられた。マニュネの演じる美貌の将校フェビュスとの濡れ場では妖艶な身ごなしを見せ、ヒロインの二面性を明快に演じていた。13日のエスメラルダ役のリュドミラ・パリエロはしなやかな身体ときれいな肢体で、社会のおきてから開放された自由な女性としては説得力があったが、ヒロインの持つ別の一面である妖しさという点ではアバニャートに一歩譲った感があった。
エスメラルダを付け狙う狡猾な副司教フロロは二晩ともジョシュア・オファルトだった。冷徹な鋭い視線、高いグラン・ジュテ、悪魔にとりつかれたように痙攣する合わせられた両手が一体となって、性的な欲望を無理やりに押さえ込んだ聖職者像が手に取るように伝わってきた。

pari1408a_03.jpg ジョシュア・オファルト
(C)Opera national de Paris/Anne Deniau
pari1408a_04.jpg (C)Opera national de Paris/Anne Deniau
pari1408a_06.jpg (C)Opera national de Paris/Anne Deniau

一度は死刑執行人の手から助け出し、カテドラルという聖域にかくまったものの、高等法院が聖域を解除する決定を出し、兵士たちと民衆が聖堂に乱入する。終に首を絞められて処刑されたヒロインの遺骸を抱いてル・リッシュは、舞台中央奥へと悠然と去った。この姿が暗転すると、立ち上がった観客から20分をゆうに超える長い拍手が送られ、共演者たちからも拍手を受けて、ル・リッシュは何度も呼び返された。最後に幕が下りてようやく客席が静かになった時、幕の向こう側から大きな歓声と拍手がコール・ド・バレエから送られた。通常の公演とは違う熱気とエトワールが去るという一抹の寂しさとが渾然となった、忘れがたい一晩だった。
(2014年7月5日、13日 バスチーユ・オペラ)

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pari1408a_19.jpg パリエロ、オファルト pari1408a_20.jpg カール・パケット pari1408a_21.jpg パリエロ、パケット
Photos (C)Opera national de Paris/Anne Deniau

『ノートルダム・ド・パリ』
オリジナル音楽 モーリス・ジャール
振付・演出 ローラン・プティ(1965年12月11日 パリ・オペラ座バレエ団により世界初演)
装置 ルネ・アリオ
衣装 イヴ・サン=ローラン
照明 ジャン・ミッシェル・デジレ
リハーサル ギリアン・ヴィチングハム
ケヴィン・ローデス指揮 イル・ド・フランス国立管弦楽団
合唱部分は録音を使用
配役(7月5日/13日)
エスメラルダ エレオノーラ・アバニャート/リュドミラ・パリエロ
カジモド ニコラ・ル・リッシュ/カール・パケット
フロロ ジョシュア・オファルト
フェビュス フローリアン・マニュネ/ファビアン・レヴィヨン