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大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
Text by Mariko OMURA 
[2014.06.30]

オペラ座ダンサー・インタビュー:エルヴェ・モロー

Hervé Moreau エルヴェ・モロー(エトワール)
この夏、第四回目のエトワール・ガラが開催される。今回の大いなる話題の1つは、2005年の初回以来、久々のエルヴェ・モローの参加だろう。日本のバレエファンにとっては朗報である。

エトワール・ガラのAプログラムでは『月に憑かれたピエロ』(ヤロシェヴィッチ振付)と『イン・ザ・ナイト』(ロビンズ振付)、Bプログラムでは『こうもり』(プティ振付)と『牧神の午後』(ロビンズ振付)を踊る予定となっている。エルヴェがこれらの作品を日本の観客に披露するのは初めてのことだし、彼自身、初めて踊る作品もある。9年ぶりの参加を喜ぶ彼は、エトワール・ガラへの抱負はもちろん、前回のオペラ座での公演『ダフニスとクロエ』について、そしてプライヴェートなプロジェクトについてと、時間を惜しまず話してくれた。

pari1406c_01.jpg Photo Agathe Poupeney / Opéra national de Paris

Q:ガルニエ宮で6月19日から始まった公演『プシュケ』に配役されていましたが、踊らないことになったのですか。

A:はい、これは出演を辞退することにしたんです。と、いうのもこの作品は僕の膝にはいささか辛い作品なので。再び怪我をしてしまうことがないように、すごく気をつけているのです。あれこれ踊りたいと思うよりも、ノーといえるようにして、自分なりに管理をしています。

Q:3月には無事に来日し、『椿姫』で日本のファンを湧かせましたね。オーレリー・デュポンと二人、音楽とひとつになって物語を紡ぐ舞台が圧巻でした。

A:オーレリーとは一緒に何度も組むうちに、二人の間の結託が強まっていますね。作品に臨むとき、僕たち二人を近づかせるのが音楽なんです。音楽が僕たちにはとても大切。必要不可欠なんです。カップルごとに作品の取り組み方は異なるけど、僕たちには音楽。振付と同様に、音楽はバレエから切り離すことのできないものです。

Q:『椿姫』については、特にそうだといえますか。

A:そうですね、このバレエをジョン・ノイマイヤーが創作したとき、彼は何千回も音楽を聞いたに違いないと想像できます。この調べは・・・というように。だから『椿姫』を踊るとき、音楽が振付に感じられるのです。とにかく上手く音楽に合わせられてるので、僕は音楽、物語、感動に押し流されるようにして踊ってるだけです。僕が演じるアルマンの踊りのない部分でも、それからマルグリットが彼の父親と会うシーンにしても、すべてが音楽とシンクロしていますよね。だから観客はダンスの中に、余計に音楽を強く感じることになる。

Q:楽器は何か演奏しますか。

A:小さいとき、2〜3年だけど、ピアノを習ってたんですよ。時間がなくて、辞めてしまったけど。ああ、ピアノが上手く弾けたらなあ、って思うことがあります。引退後にレッスンを再開するかもしれない。僕は音楽に対する感受性が強く、それに『椿姫』はショパンの曲で、しかもパートナーがオーレリーだったという3つの要素が重なり合って・・・となれば、どうしたって『椿姫』というバレエが好きになりますよね。だから、この作品の僕を見たことがない日本の観客の前で踊れたのは、とっても嬉しかった。

Q :『椿姫』というと、演技という点について語るダンサーが多いのですが、あなたの場合は音楽。

A:僕は舞台上での演技や視線についても、音楽に一致させるように努めました。ショパンは素晴らしい感動をその音楽にこめる作曲家です。物語を語るにあたって、それを利用しないのはもったいない。多くの振付家がショパンの曲を使っているけど、ジョン(・ノイマイヤー)はショパンの音楽にこめられた感動や深みを、アルマンとマルグリットの物語を語るのに見いだそうとしたんだって思っています。『椿姫』のストーリーとショパンの音楽のミックスというのは信じられない素晴らしさで、しかも、それをジョンはオーケストラで演奏させたり、時にはピアノだけでとても親密な感じに、という使い方をして・・。

Q:パートナーについてですが、3月に引退したイザベル・シアラヴォラとも多く踊っていますね。

A:ええ、でも、オーレリーほどではないですよ。イザベルとはある時一緒に多く踊ったかと思うと、その後ずっと一緒にならず、というようにシーズンによってまちまちだった。オーレリーと最初に踊ったのは『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』。だから、1999年かな、まだプルミエ・ダンサーの時代ですね。その後、彼女とはヌレエフの『ロメオとジュリエット』、サシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』など、いろいろ踊っています。

Q:もし『椿姫』でマルグリット役がイザベルだったら、あなたが踊るアルマンも異なっていたでしょうか。

A:もちろんです。こういったバレエは一度振付を覚え、役柄を決めてしまうと、その後はパートナーによって・・・例えば感動の面といった計算できないことによって、変わってゆくんです。腕の中に異なるパートナーがいれば、異なるエモーションが生まれますよね。舞台にしても、実生活と同じなんです。オーレリーと踊れたことにとても満足してるし、イザベルのアデュー公演『オネーギン』では一緒だったけど、でも、イザベル『椿姫』の全幕を踊る機会がないまま終わったことは残念だ。

Q :『オネーギン』であなたとイザベルを結びつけてるのは、音楽以外のもののように感じました。


A:そうしたことは、作品にもよるのですよ。『オネーギン』は『椿姫』に比べると繊細ではない。音楽はチャイコフスキー。繊細、洗練、というのとは違います。それに、このオネーギンという人物は嫌いではないけど、『椿姫』のアルマンほどには僕に語りかけてこないんだ。人物像が心理面でアルマンほどには描かれてないので。『椿姫』は作品的に長いこともあるけど、アルマンの頭の中で起きていることのバレエは、長いこともありますが、アルマンの頭の中でおきることを踊りながら追ってゆけるんです。

Q:オーレリーとは『マノン』で一緒に踊ることになっていますね。

A:はい、すでにアナウンスされてると思うけど、これは彼女のアデュー公演です。デ・グリュー役については準備もたっぷりした・・・でも、未だに舞台で踊る機会に恵まれてない、という作品なんだ。前回この公演があったときは膝をけがしていて、踊れずじまい。今回は期待しています。オーレリーからアデュー公演のパートナーに指名されたことは、とても嬉しいですね。光栄なことだ。それに彼女はすでにこのバレエを何度も踊ってので、きっと僕を助けてくれるだろうし。もう1つ別の愛情物語を、彼女と踊れるなんて!

Q:この夏のエトワール・ガラでは、エレオノーラ・アバニャートと多く踊りますね。

A:彼女とはバレエ学校時代をともにしていて12〜13歳頃からの友だちなので、まるで兄妹みたいな関係なんですよ。オペラ座で一緒に踊ったのは僕が『ノートルダム・ド・パリ』のフェビュス役を初めて踊ったとときだから、もうずい分と前のことだ。

Q:ロビンズの『牧神の午後』のパートナーがエレオノーラですが、これは兄妹といった関係ではないですね。

A:ああ、全然違う。二人の若者が踊るという作品だけど、その関係について詳しくは僕たちも知らないんです。ロビンズの説明によれば、ある夏の暑い午後、ダンスレッスンの場で、まったく未知の二人が出会って・・・という程度。だから、関係についてはいろいろな可能性がある。若いダンサーなのか、あるいはすでに世間から認知されてるダンサーなのか・・・というように。この作品は踊るダンサーの年齢によっても変わってきますね。オペラ座で僕が初めてこの作品を踊ったとき、ジュリエット・ジェネーズがパートナーで、僕はスジェでとてもとても若い時。だから、若い二人が一種の官能的欲望に初めて目覚める、というように踊りました。

Q:今回日本では、それとは異なるものがみられることになるということですね。

A:僕とエレオノーラはすでに経験豊かで世間的にも認められたダンサーです。年齢的にも男と女という感じとなって、二人の間に生まれる官能性も僕が昔踊ったものとは別なものとなりますよね。このバレエ、僕にとってはちょっとした宝石のような作品なんです。音楽、感動、官能、視線・・・何もかもがとても繊細なので。

Q:エレオノーラとは『イン・ザ・ナイト』も踊りますね。

A:この作品はオペラ座でもまだ一度も踊ったことがないんですよ。以前、アニエス(・ルテステュ)と二番めのカップルを踊ることになってたのだけど、これも怪我で休むことになった時期の公演だった・・・。今回は3番目のカップルを踊ります。エレオノーラはオペラ座でこのパートをすでに踊ってますね。今、ちょど『ダンンシーズ・アット・ア・ギャザリング』のためにロビンズのオフィシャルなリハーサルコーチがオペラ座に来ているので、彼にリハーサルをみてもらえるんです。僕、一度も踊ってない作品だから、彼にコーチしてもらえるのはうれしいです。

Q:『こうもり』のパートナーはエフゲニア・オブラツォーワが予定されてましたけど・・・。

A:彼女が来日できず、アマンディーヌ・アルビッソンが代わりにエトワール・ガラに参加し、この作品は彼女と一緒に踊ります。これを踊るのも初めてなら、彼女と踊るのも初めて。アマンディーヌは好きなダンサーの一人なので、うれしいですね。彼女はオペラ座の若い期待の星・・・といっても、すでにもうエトワールですけど。輝かしい将来が待ってる素晴らしいダンサー。驚くべきキャリアを築くダンサーだろうと思ってます。

Q:『こうもり』はローラン・プティの作品ですね。

A:それほど彼の作品を踊ってるいわけではなくって、せいぜい3〜4作品かな。でも彼の作品を踊るたびに、ああ、これは好きだ、と思いました。ジョン・ノイマイヤーと同じく、彼も振付家としてダンスと演劇性をミックスできる人。この点で、すごく好きですね。人物がよく描かれてて、感動がある。少しの間だけど、生前のローラン・プティと仕事できたのは幸運でした。彼は次にどうなってしまうのかが予測できない性格で、なかなかのパーソナリティではあったけど・・・。良い時間を彼とすごしました。一緒になって馬鹿笑いをしたり、すっかり意気投合したんですよ。ダンサーに対してとても難しい人だという定評があったけど、幸い僕は彼とは何も問題なくって。互いの間に常にレスペクトがあり、彼から評価されているという感じがありました。もっと早くに知り合うことができてたら、と亡くなった時にがっくりしました。大きな年齢差はあったけど、出会えたことをうれしく思っています。

Q :『こうもり』はどの部分を踊るのですか。


A:最後のパ・ド・ドゥだと思いますよ。実はこの作品、まだ一度も全幕をみたことがないんで・・・。オペラ座では公演されたことがないし・・・。もうじきビデオを入手できるでしょう。このリハーサルもこれからなのだけど、これもタイミングがよいことに『ノートル・ダム・ド・パリ』のためにルイジ・ボニノがオペラ座に来るので、彼が僕たちのコーチもしてくれるんですよ。

Q:ソロで踊るヤロシェヴィッチの『月に憑かれたピエロ』はどんな作品ですか。

A:これ、初めて踊るのではないのですよ。トルコで地震があったときに、トルコ人の知り合いがいるエマニュエル・ティボーが、募金活動としてチャリティ・ガラをオーガナイズしてたんです。1999年ですね。その時にこれを踊りました。

Q:その時に、なぜこの作品を踊ることにしたのですか。

A:このソロは、シャルル・ジュードがよく踊っていたものです。ジェレミー・ベランガールもよくガラで踊っていて、彼が踊るのを見た時に、このソロ、悪くないなあって思ってたんですね。それでエマニュエル・ティボーからガラの話がきたときに、すぐに振付家にコンタクトして踊る許可をもらったんです。当時、僕はまだスジェだったかな。でも、彼、すぐにオーケーしてくれて、彼と一緒に稽古をしました。その後パ・ド・ドゥを踊る機会があっても、ガラでソロを踊る機会がないままで・・・。それでバンジャマン(・ペッシュ)から今回のエトワール・ガラでソロを何か、と言われて、この『月に憑かれたピエロ』に決めたわけです。この作品はパントマイムをベースにしていて・・・ダンスとマイムのミックスという少々特殊な作品です。

Q:日本の観客はあなたが隠していた才能をみることができるのですね。

A:マイムの才能 ?(笑)。まあ、見てのお楽しみですね。

Q:バレエ学校の授業で、マイムの時間は楽しかったですか。

A:好きでしたね。楽しかった。でも、学校でマイムを習ったのは週に1回で1、2年程度。深めるところまではやっていません。グラスを手にとる、水をのむ・・・といったような、バレエの中で役立つようなことだけ。『パキータ』などパントマイムのあるバレエのためです。『月に憑かれたピエロ』は、月から少しの間だけ下界におりてきたピエロのバレエです。月から地上を観察していたピエロが、あるとき地球におりてゆき、人間ってどんなんだろう、地上ってどんなんだろう・・・と体験して月に戻ってゆくというもの。といっても、かなり抽象的なのでそれほどクリアーには語ってませんけど。音楽はベートーヴェンのソナタ。とてもロマンティックな音楽です。

Q:コスチュームはピエロ・スタイルですか。

A:いいえ、どうもヌレエフのために創られたバレエと混同されるきらいがあるようですね。これは白いタイツで、上はシンプルなもの、あるいは何もなしにするか,今考えてるところなんだ。ヤロシェヴィッチの振付にはアラベスクがたくさんあって、ラインをみせるような作品なので、身体にぴったりした衣装でないと、振付の価値を表現できません。ピエロのたっぷりした衣装じゃ、何もみえませんよね。

pari1406c_02.jpg Photo Anne Deniau/ Opéra national de Paris

Q:以前お聞きしたときに、どうしても踊りたいのはベジャールの『ボレロ』ということでした。踊る機会を2009年に逃していますが、その気持ちは変わってませんか。

A:ああ、今だって夢見てますよ、いつか実現するといい、とずっと思っています。子どものときに最初に見たのがこの作品で、強烈な衝撃を受けたんです。オブセッションとまではいいませんけど、いつか踊りたいです。オーレリーが『ボレロ』を踊っていて、彼女いわく、「これは絶対に踊らなければ! 信じられないバレエよ」っていうし・・。

Q:オペラ座では機会がありそうでしょうか。

A:今のところプログラムにはいってませんね。ミルピエが入れるかもわかりません。・・・といっても、オペラ座でなければ、というのではないのですから、他でも機会があれば踊りたいですよ。提案次第ですね。僕が見たのはジョルジュ・ドンでしたけど、太陽光線! といった感じに目映くて素晴らしいものでしたね。これは踊るのが女性だから男性だから、という違いより、誰が踊るか、という違いが大きな作品ですね。2000年にシルヴィ・ギエムが踊ったときに、僕は彼女が踊るテーブルの周りに配されたコール・ド・バレエでした。美しさが炸裂するような迫力がありましたよ。シルヴィを男性的とは思いませんが、力強さがありますね。

Q:力強いといえば、あなたのダンスもとても男性的でパワーが感じられます。とりわけ胸骨が大きく開いたときは、まるで鷲が羽ばたくようです。こうした身体は意識してつくりあげたのですか。

A:いいえ。ただ言えるとしたら、経験を重ねることで、より大きく開くようになった・・・と。ソリストの役を初めてもらったころはまだ若くって、おずおずとした面もあって、どうしても自然と身体も縮こまってしまいがちなものです。でも年数を重ね、経験からくる自信があると自然と身体も解放されますからね。ダンスするときに、特に自分で気をつけてる事でありませんよ。頭の中で、さあ胸骨をひろげましょう! なんてね(笑)

Q:男性的なダンサーを自分の理想としていた、というようなことはありますか。

A:まだまだ小さい時、僕を一番インスパイアーしたのはローラン・イレール。彼は生まれつきなのか、後から身につけたものなのか、演技という点で素晴らしいダンサーでした。こうしたことに僕はとても感じるものがあって。ピルエットだなんだといったテクニシャンのダンサーよりも、こうしたタイプのダンサーに僕は心を触れられるんです。僕自身一度として舞台上でテクニックのパーフォーマンスをみせることに興奮したことがない。裏側にもっと芸術的な深みがないと・・・すぐに退屈してしまいます。

Q:あなたのレパートリーをみると、過去にあまりプリンス役は踊っていませんね。

A:そう、少しだけしか踊っていません。『白鳥の湖』、そしてヌレエフの『ロメオとジュリエット』程度。『ライモンダ』も『眠れる森の美女』も踊っていません。

Q:それはあなたの選択の結果ですか。

A:いいえ。配役されていたけど、結果として踊らずしまいになったという・・・。怪我をしたり、リハビリ中だったり、あるいはその次にそうしたバレエがあったときには、僕は別の作品のほうに配役されたりということで、こうした作品を踊る機会がないまま今日に至ったわけです。でも自分のキャリアを振り返ってみたときに、後悔はまったくありません。『椿姫』や『オネーギン』を踊り逃したのではないですからね。

Q:オペラ座では後何年くらい踊れるのですか。

A:残りは5年です。だからこそ、こうして身体にとても気をつけてるわけですよ。踊れる作品、踊りたい作品を選んで・・。オーストラリアの『ラ・バヤデール』での怪我で膝を歪ませ、さらに靭帯の交差も加わって・・・。そこから回復するのに3年かかってます。これは長かったですね。以前のように怪我で3年とか長期に休業したくないですからね。

Q:オペラ座を離れていた3年の間、ダンス以外の仕事につくことを考えたりしましたか。

A:はい。映画の学校に入りました。映画が好きで、とくに監督の仕事に興味があって。つまり、演出することに。映画をみるときも、そうしたことにとても注意してみています。もちろん俳優の仕事も語りかけてくるものがありますが、とりわけ画面構成に。俳優をいかにその中で動かしているのかに興味があるんです。それって、舞台にも役立つことですよね。ノイマイヤーの『椿姫』を踊るときに、彼はまるで舞台を映画のようにつくりあげているって感じます。

Q:そうした興味は将来の仕事へとつながりますか。

A:はい、期待してます。プロジェクトがあって、適当な人に出会えて・・・。でも自分がしたいこととはいえ、そのために何か準備をするということはしていません。。いつ、誰と、どこで、というような具体的なことは何もわかりません。まだ、したいな、という欲のレヴェルですから。でも運命が、そうしたことへと進められるため良い機会、良い人物との出会いへと導いてくれるでしょう。

Q:好きな映画監督で誰ですか。

A:ロマン・ポランスキー。とりわけ、彼の『ピアニスト』はとても好きです。これはとてもヘヴィーな映画ですけど、何度でもみることができる作品。実際にもう何度もみています。これは傑作ですよ。

Q:『ダフニスとクロエ』の創作参加について話してください。

A:これは素晴らしい体験でしたね。バンジャマン(・ミルピエ)と仕事をしたのは初めてでした。彼が『アモヴェオ』『トリアド』でオペラ座に来た時にすれ違って話す機会はあったものの、僕は配役されてなくって・・・。その頃は、今回のように仕事ができることになるとは知らなかったわけだけど、最初から近づきやすく、レスペクトがあり、シンプルな人という印象がありました。こうしたタイプの人とは僕はうまくゆくんです。

Q:『ダフニスとクロエ』の振付に、あなたの提案なども取り入れられたのですか。

A:まさにそれなんですよ、今回一緒にしてとても気持ちがよかったのは。彼はバレエの進展や構造についてはすでに自分のアイディアをクリアーにしてきてたけど、リハーサル・スタジオでは「僕は多くを用意してきていない。振付のアイディアはあるけど、君とオーレリーの二人にクリエートしたいので、いろいろ試してみよう」と。これって、すごく誠実ですよね。僕たちダンサーにとって、他の人のために振付けられた作品を踊るときに感じる、自分をそこにおしこめてゆくような感じがないのは、すごく快適なことなんです。君たちのために手作りする! こういわれて、とっても僕たちは自由に感じられました。彼、この作品をとても速く仕上げたんですよ。第二部の長いパ・ド・ドゥも1週間たらずでしたからね。彼がコール・ド・バレエと仕事をしてるとき、僕たちはコーチのリヨネル・ドラノエと何度も稽古をしました。バンジャマンはステップとステップのつなぎを僕たちがやりやすいようにしていいという可能性もくれたんです。彼、僕たちの提案にはとてもオープンで、パ・ド・ドゥがより滑らかになるようにと僕とオーレリーが提案したことも採用されて・・・。彼がよいと思うことはどんどんと。もちろん彼の気に入らないものは採用されませんでしたけどね。『ダフニスとクロエ』は彼が創作者ですが、僕たちも当事者の一部なんだと感じられました。

Q:彼との仕事は想像してたよりもずっと上手く進行したということでしょうか。

A:いえ、何の予測も想像もなく白紙でのぞみました。彼のこともそれほどよく知らないから、特別な期待もなく。で、彼との間にはすぐに通じ合うものが生まれました。彼は率直な人で、アイディアもあるというのがすぐに感じらたんです。また彼のダンスには流動性が感じられることも好きですし、そして何よりもその音楽性。彼はこれをものすごく大切にしてるんですね。この点で、僕たち3人が一緒になれたのは、とてもうれしいことだった。彼が音楽にとても気を配ってることは、すぐにわかりました。例えばリハーサル中、ピアノだけでなく、同じ部分をすぐにオーケストラの録音できいてみて、その振付がいけるかどうかをみるんです。このように音楽に対して感受性の優れた人のクリエーションに参加できたのは、幸運なことでした。

Q:この作品はダニエル・ビュランの舞台装置も大きな話題となりました。踊る人たちの反応はどうでしたか。

A:実のところ、舞台で踊る僕たちにはこれがどのような効果をもたらしたのかが、わかってませんでした。映画館でのライブ用に撮影された映像をみたときに、舞台の上、後方の光や色の美しさが初めてわかったんです。舞台にいると装置の構造はわかるので、ミニマリストだと思ってました。ところがその効果たるや、信じられないものだったんですね。とても美しい。人によっては舞台上をいろいろな品で一杯にしてしまって、多すぎることもあるけど、このビュランのように、ちょっとしたエレメントで無駄のない装置でありながら、これほどにも美しい効果を生み出すことができるだと驚かされました。

Q:11月にミルピエ新監督が就任します。どういった変化を期待、あるいは予測していますか。

A:ダンサー、とりわけソリストの日常のプログラムを改善する、ということがすでにわかっています。今のように12時から19時まで、長時間のリハーサルというのはなくなるでしょう。彼はこれは時間のロスだと考えています。実際、長時間スタジオにいても、身体をつかってリハーサルは1時間半くらいということもあって、身体の疲労回復の妨げになるシステムだと感じてます。無駄に疲れないようにと、彼はこれをオーガナイズし直すのです。リハーサル、公演だけでなく、身体を休めることもスケジュールに組み込まなくては、公演内容については、次の2014〜15年についてはまだブリジット(・ルフェーヴル現芸術監督)が作ったものなので、彼のヴィジョンは2015〜16年のプログラムでみえてくるでしょう。

Q:来シーズンは何を踊ることになってるのか、もう公にできますか。

A:はい。シーズン最初はフォーサイスの『Woudwork1』。以前はアニエスと踊りましたけど、今回はオーレリーとです。その次はジョン(・ノイマイヤー)の創作『大地の歌』。これには、とっても満足しています。彼のことはもう長いこと知っていて、今ではとても親しい関係なんです。ずい分と前から彼はこのことを話していたので、ああ、ついに、という感じですね。待ち遠しい! 僕にクリエートされるわけで、これも本当にうれしいことだ。彼の『マーラーの第三交響曲』『真夏の夜の夢』なども過去に踊っているけど、これらはすでに存在していた作品。今回、初めてジョンの作品が僕にクリエートされるのです。僕が創作ダンサーなのは、サシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』、バンジャマン・ミルピエの『ダフニスとクロエ』・・・ダンサー・クリエーターになれるって嬉しいことです。そうした年齢になったということですね。今や自分の成長を十分に信じることができ、提案もできるようになって・・・。

Q:3年の休業期間あけに踊ったのは、サシャ・ヴァルツの『ロメオとジュリエット』の再演でしたね。

A:はい。彼女との出会いはとても素晴らしいものでした。とても人間的で・・彼女の素晴らしさをどう言葉で表現したものか・・。とにかく大好きな女性です。2007年に彼女と仕事をし、それこそ目の覚めるような発見がありました。2010年に『ロメオとジュリエット』が再演され、それが復帰公演となったんです。でも、実は映画学校に通いはじめたとき、ダンスは辞めようと思っていたんですよ。膝はちっとも良くならない、3年のリハビリをしても相変わらず踊れない・・・。人生、こうして待っているより、別のことをしよう、と。それで、不調の膝にそれほど支障のない作品を最後に踊って、ダンスを辞めようと思ったんですね。そのときに、この『ロメオとジュリエット』の公演が予定されていて。すでに踊ってる作品だし、膝にもそれほど影響がない、ジャンプなどあっても、それはサシャと相談して変更してもらえばいい・・・。ダンサー人生最後の僕の作品は、これだ、と決めたわけです。

Q:心の中ではこれでアデュー公演、ということだったのですね。

A:そうです。で、リハーサルを始め、上手くいって、すでに知ってるバレエなのでそれほど不安もなくって。リハーサルを重ねるうちに、調子もよくなって、膝も痛いくない・・・ジャンプはいささか不安だったけど、これも問題がなくって。彼女は「あなたのためにクリエートした作品なのだから、もし何か不都合な部分があったら、変えましょう」って。こう言ってもらえて、気持ちがとても楽になって、それでプレッシャーから解放されました。結局、彼女は振付を変えることもなく、僕の膝ももちこたえて・・・。恐怖で頭にブレーキがかかってたんだと気がつきました。・・で、予定通りの公演をすべて踊ることができました。

Q:復帰後、日本で2013年の1月、今年の3月で踊っていますね。何度も行ってる東京です。次はどこどこへ行こう、というような場所はありますか。

A:いえ、相変わらずそれほどよくは知らないんです。毎回、スケジュールがぎっちりなので、劇場の界隈くらいしか・・・。もし、もっと東京のことを知るようになったら、そうしたことにもなるでしょうけど。2013年の1月のイリ・ブベニチェックのガラのときも、この間のオペラ座ツアーの『椿姫』のときも、町を歩くというような機会もないまま終わりました。『椿姫』の時はオフが1日あったものの、長旅、時差、それにこのバレエはきつくってマラソンのようですからね、で、すっかり疲れきってしまって、歩いたり買い物したりなんて勇気がおきず。ホテルから一歩も出ないままでした。こういうのって、いささかフラストレーションといえますよね。このように旅ができる素晴らしい仕事なのに、実際現地ではそんな余裕がない、というのは。いつか、仕事ではなく、観光のためだけに日本にいってみたい、って。踊りのためではなく、ただ、日本を観光するだけに。実は今年の7月に兄が日本女性と結婚するんです。彼女は京都出身なので、もし時間があったら京都にゆくのもいいだろうな、なんて思っています。

Q:この夏はどこでバカンスですか。

A:8月に休みが取れる予定でいたのだけど、実は進行中のプロジェクトがあって..。ホルゲ・ヴィラドムスという30歳くらいかな、スイスに若いピアニストの友だちがいるんです。 メキシコの出身で、彼は祖国の貧しい子どもたちがクラシック音楽を学べるための財団(注/Crescendo con la Musica Fondation )の設立者なんです。その財団のために、彼がピアノを演奏し、僕がダンスをするというガラのプロジェクトを二人でたちあげました。さまざまな国で、メセナやスポンサーからの資金を集めるためのガラを行う予定なんです。

Q:無料奉仕ですね。

A:はい、二人ともね。すでに10月20日ニューヨークのカーネギーホールの公演が決まっています。1時間程度の公演で、僕はソロを4つ踊り、彼もソロを演奏。このガラのために、イリが僕に振付けてくれたソロがあって・・・まだ、これはどこでも発表してませんけどね。ドビュッシーの『月の光』が音楽です。バンジャマン・ミルピエにもソロのクリエーションをお願いしたんですよ。だから、彼と仕事をするために、エトワール・ガラが終わったら、ロスに行くことになるでしょうね。それから、ヤロシェッヴィッチの『月に憑かれたピエロ』があって、4つめは、僕が自分のためにクリエートするソロです。ホルゲが演奏はしますけど、ジャズっぽいアレンジメントは専門の人に頼みました。ホルゲのサイトやフェイスブックで、彼や財団について情報はみることができますよ。
http://www.jorgeviladomsweber.com/ http://www.crescendoconlamusica.org/
彼とはスイスで2年前にエレオノーラと踊ったときに、知り合いました。そこで仲良くなって。1年前に彼から、パリのラジオ局のために演奏をするからパリに行くよ、と連絡がきて・・。聞きに行きました。その放送の中で、彼が財団について話したんです。若いのに、財団に自分の時間をかけられるなんて! と感心したので、彼に何か財団のために一緒にできることがあるなら、って提案をしました。好きな仕事をしている幸運があり、また、それを可能にしてくれた両親もいてという良いコンディションに僕は恵まれているけど、誰もがこうした環境にいるわけではないのだからと。 願望や情熱があっても、世界のどこかにはあいにくと財政的にそれを叶えられない子供たちがいるのかと思うと、そうした人々を助けるのって、成功することのできたアーティストである僕たちの責任ではないかと・・・。

Q:ソロばかりを4作品も踊る機会があるということも、素晴らしいですね。

A:ああ、でも簡単なことではないですよ。一人だけで舞台となれば、責任も大きい。でも、エキサイティングなのは3名の異なる振付家による僕への3視線。おそらく、僕にクリエートされてるのだから3つには似た物があると思う、と同時に、とてもそれぞれが異なる。3名のまったく異なる仕事をする振付家なのですから。

Q:友だちや知人にガラへの参加の声をかけようと考えていますか。

A:今のところは二人だけというコンセプトです。おそらく、後々いろいろ広がって行くとは思いますけど。これから1、2年して、人が興味をもってくれるようになったら、もっと大勢の音楽家などを交えたもっと長い公演になるかもしれません。先のことだけど、ホルゲともいろいろ話していて、例えば日本で公演をする場合は、なぜメキシコのために? と人々は思うだろうから、その財団と、日本の津波の被害にあった子供たちのための財団のためのガラというようにするのはどうだろうか・・などと。まだ、すぐにではないですけどね。