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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2014.06.10]

アニエス・ジローとブリヨンの死への人間の無力感を象徴する演技、『オルフェとユーリディス』

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
Pina Bausch "Orphée et Eurydice"『オルフェとユーリディス』ピナ・バウシュ:振付

2012年2月以来二年振りにピナ・バウシュ振付の『オルフェとユーリディス』が上演された。
第1キャストのユーリディスのマリ・アニエス・ジロー、オルフェのステファン・ブリヨンという配役は2012年と全く同じ組み合わせだった。肌色のスリップだけをまとった筋肉質のブリヨンと、すらしとした八頭身の、整った容貌のジローはギリシャ古典期の彫刻のようだ。二人の高く差し伸べられた腕はむなしく空をさまよい、あるいは壁に投げかけられる。その瞳もしばしば閉ざされ、死を前にした人間の無力を象徴するかのようだ。
こうしたグルックの密度の高い音楽に、ぴたりと寄り添った二人のダンサーの抑制された身体の動きから「喪」「暴力」「安らぎ」「死」という4つの場面を通低している喪失感が手に取るように伝わってきた。2012年2月の公演評(Danse Cube2012年3月号)で「群舞の中ではアリス・ルナヴァンが目に付いた。かわいらしい表情とやわらかな動きでキリアン振付の『輝夜姫』を好演したのを思い出すが、ここに来て身体から輝きが放たれるようになった。目が離せないダンサーだ。」と書いたが、ルナヴァンはエトワールに昇進し、今回は第2キャストでユーリディスを踊っている。ジローとはまた一味違うユーリディスとなっていたであろう。それだけに日程の都合で舞台を見られなかったのは残念だ。
しかし、今回特に強い印象を受けたのは群舞だった。白、場面によっては半透明の黒い衣装をそろってまとった女性たちの身体が流れるように揺れ、葉一枚ない枯れた横倒しの大木と、ガラスケースに入った岩だけで構成されているロルフ・ボルジックの装置と一体となって一幅の絵を構成していた。パリ市立劇場で見たピナの後年の作品で、岩や一面のカーネーションの花畑がダンサー同様に舞台に欠かせない登場人物になっていたことを思い出させた。

pari1406b01.jpg (C) Opéra national de Paris/ Sebastien Mathe

ダンサー、振付家として大きな足跡を残したピナ・バウシュだが、1959年のアメリカでの留学先はジュリアード音楽院だった。ダンスと音楽を平行して学んでドイツに戻ったピナが、1974年の『タリウスのエフゲネイア』と1975年の『オルフェとユーリディス』という初期の二つの大作に、グルックを選んだことは興味深い。それはカストラートに代表されるスター歌手が、装飾技法をひけらかすことに終始していた18世紀中葉のオペラ界に対して、人間の感情から生まれるドラマを音と言葉が一体となることで表現する、新しいオペラの可能性を示したのがグルックだったからだ。グルックが既成のショー的なオペラをドラマによって乗り越えたように、ピナも形骸化したクラシック・バレエの殻を破り、ダンサーの身体によるドラマの表出という新しい可能性として、タンツテアターの道を切り開いたのではなかっただろうか。『オルフェとユーリディス』のダンサーが登場人物を時々刻々と彫り上げていく息もつかせぬ舞台を見ていると、グルックとピナの試みがぴたりと重なって感じられた。
(2014年5月3日 ガルニエ宮)

振付・演出/ピナ・バウシュ
装置・衣装・照明/ボリス・ボルジック
音楽/ グルック作曲
トーマス・ヘンゲルブローク指揮アルタザール・ノイマンアンサンブル・合唱団
歌手配役
オルフェ/マリア・リッカルダ・ヴァセリング
ユーリディス/ユン・ユン・チョイ
アムール/ジャエル・アゼラッティ
ダンサー配役
オルフェ/ステファン・ブリヨン
ユーリディス/マリ・アニエス・ジロー
アムール/ミュリエル・ジュスペルギ