ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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大村真理子(マダム・フィガロ・ジャポン パリ支局長)
Text by Mariko OMURA 
[2013.11.11]

オペラ座ダンサー・インタビュー:アクセル・イボ

Axel Ibo  アクセル・イボ(コリフェ)
11月6日に 男性ダンサーの昇級コンクールが開催された。スジェ2席を競ったのは11名のコリフェたち。 その結果セバスチャン・ベルトーとアクセル・イボの昇級が決定し、2014年1月よりスジェにあがる。

かつてNHKテレビで放映されたマニュエル・ルグリの「スーパーレッスン」に出演し、日本でも名前を知られているアクセル・イボ。パワーとエレガンスが共存する彼のダンスは魅力にあふれ、コール・ド・バレエの中にあっても観客の目を惹き付ける。陽気な若者という印象の強い彼だが、コンクールで自由曲に選んだのは、ロビンズの『ダンシーズ・アット・ザ・ギャザリング』のヴァリアション(茶色)。テクニックの確かさと美しさ、そして内に秘めたナイーブさを披露し、順位付け第一位で昇級を獲得した。コリフェながらすでにドゥミ・ソリストの役も得ている彼。今後、彼のダンスに触れられる機会がさらに増えそうで、楽しみだ。来年3月、オペラ座ツアーで来日する。

1311parid_03.jpg コンクール Photo/Sébastien Mathé

Q:昇級決定、おめでとうございます。昨日コンクール終了後、結果はどのように知りましたか。

A:コンクールが終わってから、すれ違う審査員の目つきや微笑み、あるいは態度でなんとなく良い結果らしいぞ、とわかりました。でも、正式な発表が出るまでは確かなことではないので‥‥。結果はいつも楽屋口に張り出されますね。僕もその紙で、自分の昇級を確認しました。

Q:どんな気持ちでしたか。

A:とにかくホッとしました。うれしくてうれしくて、昨夜は一睡も出来きませんでした。コンクールの結果を知ったときは両親も一緒にいて、三人揃って涙、涙‥‥。 その後カフェに行って、シャンパンをオーダーしようと思ったら、ママが「ろくに食べてないし、寝てもいないのに、シャンパンなんてだめよ」と、いつもながらの過保護ぶりを発揮したんです。「ママ、僕、スジェにあがったんだから!!」って。泣き笑いで両親と祝いました。

Q :ご両親は毎年コンクールを見にいらっしゃるのですか。

A:両親がコンクールを見に来るというのは僕にとってはストレスではあるけれど、でも、もし昇級が決まって、彼らがその場にいないとしたら、あまりにも残念なことですよね。以前は来てほしくなかったけれど、昨年から‥‥。

Q:それは昨年のコンクールのとき、昇級できるかもしれないという期待があったのですね。

A:昨年のコンクールの出来は、自分としてはなかなか良かったと思っています。踊ったあとで審査員とすれ違うと、良い踊りだった、良い結果がでるといいね‥‥というようにも言われました。あいにくと昇級はできなかったけど、上位6名のランク入りは果たせました。昨年もストレスの管理がたいへんだったのは相変らず。僕はコンクール向きじゃないですね。公演で周囲に他のダンサーがいて、舞台の上で踊るのことには何もストレスはないのだけど。

Q:コンクールの結果は、当日の2つのヴァリアションだけでなく、日常の仕事についても採点されるのですね。

A:そうです。だから年にもよるし、また誰が審査員かにもよるし、結果を左右する要因はさまざま。今年は僕としてはうまくいってる年なので、それゆえに、今回のコンクールではひょっとすると,という期待がありました。昨日のコンクールはいつもながらストレスがあったし、課題だった『パキータ』のヴァリアッションはあまり好きなタイプじゃないし、どこかしらしくじり易いものが潜んでる振付で‥‥。その一方、自由曲に選んだ『ダンシーズ・アット・ザ・ギャザリング』は踊っていて、コンクールにも関わらず喜びを得ることができました。ロビンズの振付は好きだし、音楽も大好きなショパンだし・・・・。

Q:なぜこれを選んだのですか。

A:過去に選んだものより、ポエティックな作品、静かなものを踊りたいと思ったからです。昨年は『アレポ』で力強いものだったから、正反対ですよね。『ダンシーズ・・』はとりわけショパンのこの曲が好きで、これにのって踊りたいと思ったんです。昨年オペラ座でロビンズ・プログラムがあったとき、マチュー(・ガニオ)が踊るのをみて、とても気に入ったんです。小さいときから好きな作品ではあったけど、以前はこうした作品をコンクール用には考えていませんでした。なんだか自分に似合わないように思えていて。というのも、僕はいつもくるくる動き回ってるというアクティヴなダイプなので。でも今回は、why not!と思って。

Q :コンクールの自由曲では日頃の自分とは異なる面を見せて、審査員を驚かせる必要がある考えているダンサーが少なくないですね。

A:はい。でも、 僕はそう考えたことはなくって、審査員はダンサーができることを見せるのを期待してるのだって思っていました。今回は彼らに見せるというより、自分自身のためにと、このロビンズを選びました。こうした静かで繊細な作品も僕も踊ることができるんだ、という自分自身の確信のために。これまでの、さあ行くぞー、という感じとは違って、ね(笑)。

Q: 自由曲の稽古は誰としたのですか。

A:ウィルフリード・ロモリとです。2009年に「若いダンサーの夕べ」の公演で『オーニス』を踊ったときにお世話になったことはあるけど、コンクールでは初めてです。お互いの間に通じ合うものがあるので、今回のコンクールはぜひ彼と仕事をして、彼からのヴィジョンをもたらしてもらいたいと思ったんです。彼は演劇性に優れ、本当のアーチストですからね。ぼくも、もう若くはないのだから、そうした面も発展させていく時期だろうって。

1311parid_01.jpg 『オーニス』(中央)Photo/Sébastien Mathé

Q:今、何歳ですか。

A:28歳です。そうは見えないでしょう!(笑)。大人の男になりつつあるんです。自分の頭の中で、30歳も近いし、もう小さなアクセルじゃないんだ、次のステップと進まねば、といった閃きがあって‥‥。アーチスチックな面でも優れていなければ、と思ったんです。

Q:来年の1月からタイトルがスジェになりますが、これまでもコリフェながらドゥミ・ソリストとして舞台で踊っていますね。

A:はい。すごいチャンスに恵まれたといえます。ブリジット(・ルフェーヴル芸術監督)、ローラン・イレール(バレエ・マスター)に多いに感謝してます。スジェに上がらないのにもかかわらず、彼らは僕を信じてドゥミ・ソリストの役を任せてくれたんです。『ジゼル』の収穫のパ・ド・ドゥを2年前のニューヨーク公演、今年初めのシドニーで踊りました。『パキータ』でも。ひょっとするとスジェのダンサーも踊ってない役を踊ってるかもしれませんね。コンクールはストレスが邪魔して上がるのに苦戦したものの、こうしてバレエ団幹部が僕に信頼をおいてくれるということには本当に感謝しています。

Q:1月からスジェとなって、何が変わると思いますか。

A:おそらく今より代役が減るのではないでしょうか。これまで、最終的には舞台で踊れる機会があっても、最初の配役の時点では誰かが怪我をしたら、という代役でした。 スジェになったら最初から公演が保証されるか、あるいは、前より公演数が多くなるか‥‥。でも特に大きな変化といったら、僕自身においてでしょう。今や責任を全うしなければならない立場。もう口実はないのですからね。つまり、コリフェがスジェの役をもらってる、という口実がね。これまでは何かあっても、「いいよ、僕はまだコリフェなんだから」という言い訳ができたけど、これからはそうはいきません。

Q:夜の外出は減らそうというように、私生活にも変化がありますか。

A:いいえ。楽しみは楽しみとしてキープします。大切なことですから。別にパーティ騒ぎだけことをいってるのではないですよ。バランスという点で、ぼくはいつも周り人がいないとだめなんです。わいわいとグループで一緒に何かする、というのが好き。 オペラ座の友だちも、オペラ座外の友だちもとても大切な存在です。ぼく、映画もよく見に行きますよ。 映画館の会員カードも持っていて、週に4本くらい見ます。ありとあらゆる映画を見ます。とても寛げるんです。座ってるだけで足も使わないから、身体を休められる。それに想像力を発達させるという機会にもなります。 展覧会でアート作品を鑑賞するのと同じように映画でも発見があって。 多くのことを学びますよ、映画から。仕事の後、夜に行けるのも便利。僕にはオペラ座外での豊かな時間が必要なので、スジェになっても今まで同様に外出はするでしょうね。人と会って、話をすることで、自分自身をより豊かに出来ますから、仕事にも役立つことです。

Q:他のバレエ団の公演を見に行くこともありますか。

A:はい。より実験的ダンスなどを見にテアトル・ド・ラ・ヴィルによく行きますよ。好奇心が満たされます。他で行われていることを見るのは、新しいことに目が開かれると同時に、オペラ座の仕事により愛着を感じることにもなります。『ロメオとジュリエット』でサシャ・ヴァルツがオペラ座に最初に来たときに、クリエーションに参加できるという好機に恵まれました。その時に彼女、そしてアシスタントと親しくなって、それ以来、週末を使って、ベルリンやブラッセルなどに機会があれば公演をみにゆくようにしています。

Q:オペラ座ではあまりコンテンポラリーに配されることはないですね。

A:確かにクラシック作品が多いですね。でも、今後はきっと増えるだろうと感じています。おそらくクラシック作品で僕の調子がいいので、配されることが多いのでしょうね。コンテンポラリーへの配役を僕が希望することもできます。もし実現したらうれしいですね。クラシックとコンテンポラリーの両方が踊れたら、ダンサーの人生が実に豊かなものになると思う。

Q:今回の自由曲にクラシックではなくロビンズを選んだのは、コンクールでミルピエ時期芸術監督が審査員だと知ってのことですか。

A:いいえ、彼が審査員の一人だって知ったのはコンクールの前夜です。その瞬間、ストレスが倍増しました。彼の前でロビンズを踊るなんて・・と。ロビンズ作品といったら彼のおはこですからね。でも、翌日のコンクールはちゃんと踊る以外にはないんだ! と心を決めました。なぜって、前日に突然自由曲を変えるなんてできないんだし(笑)。

Q:自由曲を踊り終わったとき、今回は昇級できるぞ、という感触がありましたか。

A:いいえ。全然。自分の踊った自由曲には満足していましたが、他のダンサーの踊りを見ていなかったので‥‥。 今年は本当に自分の仕事に集中することに決め、自分の殻の中に閉じこもったままでいたんです。だから、自分と他のダンサーのコンクールを比べる、といういうこともせず・・。閉じこもっていたといっても、とてもポジティヴな殻の中ですよ。自分のポジティヴなイメージだけを思い描くようにし、それが上手くゆきました。自分の好きな人たちのことを考え、一緒に仕事をした人々のことを思って‥‥。自分のエネルギーを信じ、良い思い出を浮かべ‥‥。

Q:オペラ座での次の仕事は『眠れる森の美女』ですね。

A:はい。猫のデュオと青い鳥を踊ります。青い鳥は1月3日の公演に1度だけですが。稽古はすでに始まっていて、舞台が待ち遠しいです。どちらも初めての役で、とくに猫のデュオは演劇性が高くって面白いですね。滑稽で。これまでこうした役を踊ってないので、楽しみです。

Q;ダンスはどんなきっかけで始めたのですか。

A:パリの郊外で生まれ、そこで習い始めました。放課後僕を預かってくれていた隣の家に同じ年の女の子がいて、彼女はリボンを使った新体操を習っていました。庭で彼女と一緒になって僕もやってみて‥‥。で、僕も習いたい! って、母にお願いしたんです。それで、いいわよ! って、こうしたことをよく知らない母が僕を新体操のクラスに連れて行ってくれたんです。でも、これって女の子だけが対象だったんです(笑)。 じゃ男子にはなにがあるのといったら、空手や柔道とか‥‥。えええ、と思ったところ、ダンスのクラスがあって、これは音楽にのって身体を動かすので、なんとなく新体操に似てるぞ、と。それでダンスをはじめることにしたんです。始めてすぐに、これ好きだ! と。先生も僕には素質があるといってくれて、で、「もしも彼が本気でやってみたいなら、コンセルヴァトワールかどこかにゆくべきだ」と。というのも、郊外の小さなバレエ教室でしたらかね。それで7歳のときに地元のコンセルヴァトワールに通い始め、そこでマルチーヌ・ブリエと出会ったったんです。マックス・ボゾ二の奥さんです。彼女は本当に僕に多くを教えてくれました。

Q:オペラ座の存在はどのように知りましたか。

A:彼女によってです。オペラ座のダンサーと結婚していた彼女が、オペラ座についていろいろと僕に話してくれたんです。で、彼女は僕がオペラ座のバレエ学校に入りたがってることを感じてくれて。でも、両親は、まあもう少し待って,というので、10歳まで待って入学試験を受けました。その間、パリにいってマックス・ボゾニにも教えてもらうこともしました。素晴らしい先生でした。彼からも多くを学びました。

Q:学校生活は順調でしたか。

A:はい。ただ、身体が小さすぎるという理由で、第四ディヴィジョンを二回やってます。全然背が伸びず、生徒とのバランスがおかしくなってしまったんです。クラスの最小生徒でした。きっと一生僕は小さいままなんだ、って思ったくらい。幸いその後伸びましたけどね。17歳で入団しました。

Q:ダンスを職業にしようと決めたのはどの時点ですか。

A:学校に入ったとき、つまり10歳のとき。寮生活もとても順調でしたよ。寮生活が難しい生徒もいますよね。もちろん決して簡単な暮らしではなかったけど、素晴らしい学校で、ぼく、規律とかは苦にならない質なので‥‥。良い学生時代を過ごせました。大勢友だちがいて、そして彼らは今も僕の大切な友達です。家族のような存在ですよね。この学校生活によって、精神的に成長することができたと思っています。10歳にしてすでに独立してなければならないんですからね。今、10歳の幼い子供をみると、自分の10歳のときに比べると幼いので、なんだか変な感じがします。

Q:オペラ座外の友だちはどのような人々ですか。

A:バレエ学校で一緒だったけれど今はダンスは辞めているという友だちで、彼らは俳優だったり、外国で暮らしていたり・・。こうした人々と交遊を保つように努めています。海外に彼らに会いにゆくのも楽しいことです。

Q:厳しい仕事ですが、それでも続けるのはなぜでしょう。

A:そうですね。これまで辞めたいと思ったことは一度もありません。確かに厳しい仕事です。でも、この仕事がもたらしてくれるものはとても大きい。舞台の上で感じる幸せ、踊り終わったときの幸せ‥‥これは他では得られないものです。
公演のあと、自分が解放されたと感じられます。もちろん疑問を持つ時期もあるけれど、踊らない自分なんて想像もつきません。

1311parid_02.jpg 『オーニス』(中央)Photo/Sébastien Mathé

Q:仕事上で欲求不満に陥る時期はないのですか。

A:はい。あまり気乗りのしない作品のときとか、過去にもう何度も踊ってるというような作品のときに。でも、ぼくは毎回の公演をたった一度の公演、と思うように努めています。というのも、僕たちにとっては毎晩踊ってるものでも、観客にとってはその晩初めて、そしてたった一度だけの公演なのですからね。観客はそのためにチケットを購入してるのだから、夢をみせなくては、って。「ああ、僕、今日はちょっと..」とは言えませんよね。全力を尽くします。そうすることで、 結局は自分にとってその公演が1つのよい経験となるのです。結果、どの公演でも力を尽くしたぞ、やったぞ、という大きな満足感が得られています。

Q:舞台に上がる前に必ずすることがありますか。

A:はい。コンクールのときに。でも、今回はしなかったんですよ。これまで、いつバナナ、ミントのアルコール、というように、順序もきまっていて。でも、「今年は、もうこうしたことはいいよ、何も変わらないんだから」って。ストレス解消のためのエッセンシャル・オイルだけにしました。ビタミンとかの錠剤も不要! ビタミンは頭の中にあるんだから、いらないよ、って。

Q:これまでに最もエキサイトした舞台は何ですか。

A:昨年のフォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド』です。まずあの音楽がすごい。舞台の上で、まるでトランス状態になってしまいます。とにかく激しい振付ですからね。舞台裏に戻るたび、もう気絶するんじゃないかという感じ。フォーサイスから公演前に、舞台前と舞台後に糖分補給をするようにというアドヴァイスがあったくらい。この作品には本当にやる気をかきたてられましたね。毎回公演のある日は地下鉄の中でもこの音楽をきいて、今日ももう一度踊れるんだ、と。この公演は、終わって欲しくなかったですね。フォーサイスがオペラ座に来て、一緒に仕事をしました。こうした天才と共に仕事ができる幸運です。『輝夜姫』ではキリアンとも一緒で、僕はこの作品ではたいしたことはしなかったけど、他のダンサーを彼がどう稽古するのかとか見られました。こうした天才たち、彼らのちょっとした言葉が、実に多くをもたらしてくれる。ごくシンプルな言葉なのに、それによって、何かがすっと理解できるようになる。フォーサイスのアシスタントも来ていましたが、彼は僕たちがなぜこの仕事が好きなのかを思い出させてくれました。「君たちはダンサーだ。舞台に出て行って、さあ踊るんだ。君たち、踊りたいんだろうっ」て。「頭の中であれこれ考えるのはやめにして、舞台で力を出し切れ。リスクを負うことを恐れるな。もしリスクを負うことをしなければ、いつまでも中庸のままだ。悪い結果が出るか、素晴らしい結果がでるか。少なくとも試したことになり、中庸に留まることがないんだ」と。これって素晴らしいフィロゾフィーだと思います。

Q:『オーニス』はいかがでしたか。

A:この作品では、本当に素晴らしい時間を過ごせました。ダニエル・ストークとミカエル・ラフォンと3人で「若いダンサーの夕べ」で踊り、また昨春のオペラ座バレエ学校300周年記念公演でも踊る機会がありました。これは本当に 素晴らしい作品で、踊っていて心に響くものがあります。最初のときにウィルフリード・ロモリと初めて仕事をしたわけです。ぼくが入団したとき彼はエトワールでした。彼とは通じ合うものがあって、僕にいろいろ指導もしてくれていました。『オーニス』、この作品との出会いは本当にうれしいものです。感動と希望にあふれた美しいバレエ。でも、カウントがとても難しい作品なんですよ。見た目にはああ気持ちのよさそうな作品だ、と思うでしょうけど、覚えるのが難しいんです。そして身体的にもとてもキツい。10分の作品とはいえ、とても激しい振付で、最後はへとへとになってしまいます。『オーニス』と『イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド』が僕のお気に入りのバレエといえます。

Q:将来役につくとしたら、自分にはどんなタイプの役が向くと思っていますか。

A:ちょっと個性のある役ですね。例えば、『白鳥の湖』のプリンスよりは、バジリオです。こうした役にフィットすると思います。まだ先のことですが、次のコンクールでバジリオのヴァリアションはどうかなあ、と考えています。いつも選びたいと思いながら、勇気がでないでいるんです。これをコンクールで踊るには、まだ早すぎるって・・・なかなか自分に信頼がおけないんですね。

Q:どうしても踊りたい作品はありますか。

A:はい。どうしてもという役があります。『ジゼル』のアルブレヒトなんです。ダンス習い始めてすぐの頃、僕の住んでいる街でオペラ座の公演があったので両親が連れていってくれました。 それが『ジゼル』。ローラン・イレールがアルブレヒトでした。ジゼル役はモニック・ルディエールだったか・・・よく覚えていません。収穫のパ・ド・ドゥを踊ったのはジョゼ・マルティネーズ。ジョゼとローランを見ていて、涙が出てしまいました。『ママ、彼ら、すごいよ、あんなに高く飛べるんだ。僕もこれやってみたい。収穫のパ・ド・ドゥ、踊りたい』って。2年前、ニューヨークでこれを踊れたんですよ! 踊りながら、小さいときのことを思い出しました。ストレスはあるけど、これを踊るは夢だったんだから、このチャンスを思いっきり味わわなければ、と自分にいいました。なぜ、アルブレヒトが踊りたいのかわからないけれど、とにかくこのバレエに限らず、クラシック作品は本当によく踊られると、泣けますね。アルブレヒトは男性ダンサーにとって素晴らしい役ですよね。 第一幕も第二幕も。もしオペラ座で踊れなかったら、よそででもいいからぜひともこの役を踊りたいです。

Q:新しい芸術監督が来ることで、来シーズンはプログラムを含め、いろいろ変化がありますね。

A:クラシック作品がどうなるか、といったことはわかりませんが、彼がエネルギーの変化をもたらすことを期待しています。これは今必要なものです。もちろん、ブリジット・ルフェーヴルの時代もよかったですよ。でも、新しい方向というか異なった方向か何かわからないけど、ミルピエは何か新しいものをオペラ座にもたらすに違いない思っています。 オペラ座にいながら、カンパニーを変える、って感じがあって興味深いです。すべてゼロからのスタート。彼はきっと、みんなに良いエネルギーをもたらしてくれると思います。この変化で全員の士気が高められ、改めていろいろなことを見直す機会になるでしょう。3週間くらい前に彼の紹介ミーティングあったんです。興味深いものでしたよ。彼は仕事の時間帯を変えたいと言っていました。というのも、僕たちの今の1日の稽古時間が長すぎると思ってるようです。それから、歌手やら作曲家とか別の分野のアーチストたちとの出会いを増やすようなことも話していました。別のカンパニーとの合同の仕事もあるようで・・・面白そうです。多くのことが僕たちの前に開かれるように感じました。 僕はポジティヴにこの変化を待っています。良い変化があると信じています。

Q:テクニック的に何が強みですか。

A:エネルギーがあること。高く飛ぶことや、スピード、あるいは勢いの良さとか。でも弱点たくさんありますよ。腕、手‥‥。若いので、つい勢いに任せて踊ってしまいますが、そろそろ欠点をなくしてゆくことに専念する時期ですね。

Q:ヨガか何か、オペラ座の外で何か身体のためにしていますか。

A: ジャイロトニックをやっています。毎週通っていて、もう2年くらいかな。最初はきついですが、とにかく身体にいい。9月にはいってからはコンクールがあったので休んでいたけど、来週から再開します。終わったあと身体が快適なんです。気持ちいいですよ。ジャイロとニックはお勧めです。

Q:健康に気をつけた食事をしていますか。

A:最近、そうしたことを意識するようになりました。外食には、グルテンフリーのレストラン「カフェ・パンソン」や、アジア料理が好きなので「ナナシ」とかに行きます。健全な食事をするのはいいですよね。朝は、自分で人参としょうがをたっぷり使ったのジュースを自分で作って飲んでいます。

Q:来年は何の公演に出演が予定されていますか。

A:『オネーギン』に配されるかどうかは、まだわからないんです。でも、3月の訪日公演には参加します。あいにくと『ドン・キホーテ』だけの短期間滞在ですが。前回の『ドン・キホーテ』のオペラ座公演で踊った多くのスジェたちも訪日するので、僕は今回はコール・ド・バレエだけだと思います。

Q:日本ではルグリの番組で名前を知られるようになったのですね。

A:はい。そして、ルグリのガラへの参加によってです。入団したときから、彼は僕のアイドルなんです。その彼に選ばれて、ツアーに参加できたのは幸運でした。舞台で自分の踊りを見せる機会を彼が初めて与えてくれたんです。それも、地方のどこかの小さな劇場というのではなく、 立派な劇場で日本の大勢のバレエファンを前にしてのことですからね。おかげで日本も知ることができました。でもルグリのグループで日本にいったとき、奇妙でしたよ、まだ舞台で踊ってもいないのに、僕の名前を知ってる人がたくさんいて。それも番組のおかげだったんですね。 来年の3月、久しぶりに日本に行けるので、うれしいですね。

1311parid_04.jpg 『オーニス』Photo Francette Levieux

<<10のショート・ショート>>
1. プチ・ペール:ローラン・イレール。入団した10歳のときにお願いしました。
2. プティット・メール:エレオノーラ・アバニャート
3.  趣味:映画、友だちとレストランで食事。
4. 朝食: 人参としょうがのジュース、ライ麦パン、フィラデルフィア・チーズ。ときどきブリオッシュにニュテラ(チョコレート・ペースト)。必ずグリーンティー。
5. 最近の買い物で満足している品:今もはいてる黒革のレースアップシューズ。
6. 考えられるダンサー以外の職業:ダンス以外の仕事は考えられない。ただし、ファッションには興味があり、友だちのスタイリングアドヴァイスなど得意なので、将来こうした方向に進むことも考えられなくはない。
7. 今はまっていること:特になし。テレビの連続ドラマやゲームなどにあまり興味がない。
8. 次のバカンスの行き先:写真をみてからずっとアイスランドに行きたいと思っている。おそらく次の夏休みに。
9. 好きな香り:パチョリ。香水はディオールのBois d’argentを愛用。
10. 最近感動したこと:アニエス・ルテスチュのアデュー公演。特にジョゼ・マルチネーズが舞台にでてきたとき。彼らの人生を思うだけでなく、ダンサーの人生一般についていろいろなことが頭の中に浮かんだ。