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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2012.01.10]

ヒロインの心の揺らぎを繊細に表したオーレリー・デュポンのタチアナ

Ballet de l’Opéra national de Paris パリ・オペラ座バレエ団
John Cranko "Oneguine" ジョン・クランコ振付『オネーギン』 

ジョン・クランコ振付のオネーギンは2009年4月にマニュエル・ルグリとクレールマリ・オスタの組み合わせで見た。今回は予定されていたニコラ・ル・リッシュが『泉』公演で負傷し、シュツットガルトバレエ団のエヴァン・マッキーに代わった。

pari1201a03.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac

庭の奥から後ろ向きで登場したマッキーは長い手と脚、すらりとした長身の美青年で、技術もシュツットガルトのプリンシパルにふさわしい高度なものだ。しかし、しばらくして愕然とした。全く存在感がないのである。それにプーシキンの主人公に欠かせない影が一切ない。一方、オーレリー・デュポンは最初の一瞥から、決闘でオネーギンがレンスキーを倒し、「手をのばせば届くほど近くにあった幸せ」が永遠に失われてしまったことを知った凍りついた顔、最後の寝室での対決まで、これ以上はないと言ってよい入魂の演技を見せた。中でも小刻みなポイントで後退する場面はヒロインの心の揺れが視覚面とぴったりと重なって強い印象を与えていた。
デュポンだけでなく、ミリアム・ウード=ブラム(妹のオルガ)、ジョシュア・オファルト(詩人のレンスキー)のカップルも、ヴァンサン・コルディエ(ヒロインが結婚した相手のグレミン将軍)もそろってよかっただけにいっそうオネーギンの影が薄いのに欲求不満がたまり、前回のルグリの巧みな表情が懐かしく思い出された。

pari1201a04.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac

それにしても、この作品はやはり音楽に問題があることは否定できないだろう。チャイコフスキーのオペラ『オネーギン』以外の曲を使いながら、物語そのものは時間軸を追っている。音楽のアレンジがひどいだけでなく、選択も論外なので(グレミン将軍邸の夜会での舞踏会での曲には全く精彩がない)、幕の出だしやつなぎの場面など、ため息が出てしまう。
一番問題なのは、「オネーギンがなぜ『目の前にあった幸せ』をつかめなかったのか。」という問いがクランコの中にはなかったようだ。このすれ違いの悲劇の根幹を抑えなければドラマは成立しない。最初タチアナはオネーギンが受け止めてくれることをただただ待っていたのだから、問題はオネーギンにあったわけである。
最後にタチアナが今も彼を愛している、と告白しながら、それでも彼を拒否するのは、彼を愛していることがもはや幸せの実現とはずれてしまっていたからだ。

pari1201a07.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac

オネーギンは都会の美男子で、教養もある貴公子だが心を病んでいる。それがどういうことなのかをプーシキンは書いているし、チャイコフスキーはそれを理解した。このオネーギンの病が自分自身は病んでいないタチアナをひきつけた。彼がただのおしゃれなサンクトペテルスブルクから来た貴族だったら、彼女は手紙を書かなかっただろう。このオネーギンの影がヒロインをひきつけたけれども、その影の背景にある心の病のために彼はせっかくの好機をつかめなかった。このパラドックスがこの作品の鍵だったはずだ。
最後、タチアナの気持ちはオネーギンに傾いているだろう。しかし、いっしょに彼と駆け落ちするつもりはまったくない。それは、タチアナが求めているもの、オネーギンが最初の出会いでは与えることが可能だったことが、タチアナが変わらなくても今はなくなってしまったということだ。すべては時にかかっている。
きれいなユルゲン・フリムの衣装としゃれた装置、デュポンを筆頭とするダンサーの好演をもってしても、振付に問題がある以上、この作品はどうやってもオネーギンを知っている人たちには不満が残ることになるだろう。
(2011年12月19日 ガルニエ宮)

pari1201a01.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac pari1201a02.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac
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pari1201a08.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac pari1201a09.jpg (C) Opéra national de Paris/ Michel Lidvac

プーシキン『エフゲニー・オネーギン』によるジョン・クランコの3幕バレエ
音楽/チャイコフスキー
編曲/クルト・ハインツ・シュトルゼ、ジェームス・タグル指揮コロンヌ管弦楽団
振付・演出/ジョン・クランコ
衣装・装置/ユルゲン・ローズ
照明/シュテーン・ブジャル
オネーギン/エヴァン・マッキー
タチアナ/オーレリー・デュポン
レンスキー/ジョシュア・オファルト
オルガ/ミリアム・ウード=ブラム
ラリナ夫人/ベアトリス・マルテル
乳母/モード・リヴィエール
グレミン将軍/ヴァンサン・コルディエ