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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.12.10]

バリシニコフが踊ったリヨン・オペラ座の秋のフェスティバル

Ballet de l’Opera nataional de Lyon / Festival Ici On danse
リヨン国立オペラ座バレエ団 秋のフェスティバル

Three solos and a duet「 3つのソロとデュエット」
Autour de Baryshinikov バリシニコフをめぐって 

リヨン国立オペラ・バレエ団による秋季フェスティバルの3つのプログラムを見た。最初はフランスでもリヨンでわずか4晩だけの出演というバリシニコフの夕べとあって、16歳から96歳までのバレエファンが詰め掛けた。
1948年リトアニア共和国の首都リガに生まれたミハイル・バリシニコフももはや61歳を迎えた。1974年にカナダ経由でアメリカに亡命してから、すでに35年の歳月が経過している。
最初の3演目はいずれも10分以内という短さで、あっけなく終わってしまった。確かに、きりりとしまった細身の身体、軽やかな身振り、生気に満ちた表情はかつての名手を彷彿させたが、最早時間の針が戻せない。それが一番よくわかっていたのが、バリシニコフ自身だったろう。
ミルピエ振付の『数年経って』では、15歳当時の自分が無限のピルエットを披露している大スクリーンの映像を前にして、それと対話するかのように体を動かした。若さ、ヴィルチュオーソのかつての自分に対し、フラストレーションを募らせた挙句に、前腕を突き出して上に曲げる侮蔑の動作をしたところでは、場内が沸きかえった。
54歳のアナ・ラグナとデュオで演じた『プレイス』で見せたカップルの葛藤はマッツ・エックの辛らつな視点をたくまず表していたにせよ、「肉体は哀し」という感慨が胸をもよぎった公演だった。
(2009年11月11日 リヨン国立オペラ座)

  • 『ワルツ・ファンタジー』Valse-fantasie(上演時間9分)
  • 振付/アレクセイ・ラトマンスキー
  • 音楽/ミハイル・グリンカ
  • 照明/ジェニファー・ティプトン
  • 衣装/ディアナ・ベルク
  • ダンサー/ミハイル・バリシニコフ
  • 『二人のためのソロ』Solo for two 抜粋(上演時間8分)
  • 振付/マッツ・エック
  • 音楽/アルヴォ・ペルト
  • 照明/エリック・ベルグルント
  • 装置と衣装/ペーダー・フレイユ
  • ダンサー/アナ・ラグナ、ミハイル・バリシニコフ
  • 『数年経って』Years later(上演時間12分)
  • 振付/バンジャマン・ミルピエ
  • 音楽/フィリップ・グラス、エリック・サティ、アキラ・ラブレ
  • 照明/ジェニファー・ティプトン
  • イメージ/アサ・マダー
  • オリジナル・ヴィデオ/オリヴィエ・シモラ
  • 衣装/マルク・ハッペル
  • ダンサー/ミハイル・バリシニコフ
  • 『プレイス』Place(上演時間22分)
  • 振付/マッツ・エック
  • 音楽/フレッシュ・クワルテット
  • 装置/ペダー・フレイユ
  • 照明/エリック・ベルグルント
  • ダンサー/アナ・ラグナ、ミハイル・バリシニコフ

Bolero/Bella figura/Die grosse Fuge 「ボレロ/ベラ・フィギューラ/大フーガ」
『大フーガ』

振付/アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマケール
音楽/ルドヴィッヒ・ベートーヴェン『弦楽四重奏のための大フーガ 作品133』

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ケースマケールの「大フーガ」はバッハの総譜から少しも離れずに組み立てられた振付である。裸の舞台に天井から電球が吊り下げられているが、ダンサーが登場するとおもむろに上方に引き上げられ、代わって照明機が客席に組まれた。
モノクロームの空間の奥に円形のスポットライトが当てられ、弦楽四重奏団が座っている。楽器もそれを弾く奏者もコレオグレフィーの一部という構成である。音が奏者からダンサーに伝わり、目に見えないエネルギーが踊り手を支え、あたかも音符がそのまま踊り始めたかのような印象を与えた。
ドビュッシー弦楽四重奏団は若手の実力派だが、この演奏はおとなしく控えめだった。激しい情念の迸りはダンサーに委ねたということだろうか。

『ベラ・フィギューラ』

振付/イリ・キリアン
音楽/ペルゴレージ、ヴィヴァルディ、トレッリ、フォス、マルチェッロ

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洗練され音楽との親近性が明瞭なケースマケールに対し、イリ・キリアンはバロック的と言ってもいい過剰な、彩りと変化に富んだ世界を展開した。最初は裸体の人形が入ったガラスケースが二つ天井から釣り下がっている。
やがて幕が舞台中央に引かれ、若い女性が幕の襞にとらえられたかのように四肢をばたつかせる。幕が半分引き上げられると首のない身体から手だけが出てくる。やがて、女性の頭部に男性の肉体という個体が姿を現す。奥に松明に照らされて赤いローブによる舞踏会が繰り広げられる。
17・18世紀の典雅なイタリア音楽が華麗さと不気味さとが同居したイメージの祭典だった。(上演時間30分)

『ボレロ』
振付/メリル・タンカード
音楽/モ−リス・ラヴェル「ボレロ」

三曲目はオーストラリア生まれ(1955年)のメリル・タンカードが影絵の効果を使い、直接ではなくデフォルメした形でダンサーの動きを見せた。ラヴェルの音楽とよく合った変化に富んだ映像だったが、アイディアが先行している感じは最後まで否めなかった。
(2009年11月21日 リヨン国立オペラ座/(C) Michel Cavalca)

Mats Ek マッツ・エック
『ジゼル』Giselle

音楽/アドルフ・アダン
振付/マッツ・エック
装置と衣装/マリー・ルイーズ・エックマン
照明/ヨルゲン・ヤンソン

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マッツ・エックの『ジゼル』は、古典の設定である北ヨーロッパの深い森とは正反対の南の島が舞台である。
マリー・ルイーズ・エックマンの装置は、ゆるやかな女体を思わせる丘を遠望する熱帯の火山地帯をプリミティブ画の手法で描いている。魂と愛と官能が支配する風景の背後に早くも狂気がうごめいている。
小柄なドロテ・ドゥラビのヒロインは茶目っ気たっぷりの、ぼろをまとった日陰者の少女である。都会からやってきたブルジョワ娘バチルドのしゃれた服の匂いを嗅いだり、青い花を勝手にとって髪に挿して踊ったりする。匂いを嗅ぐ動作は、アルブレヒトの白い服を前にしても繰り返され、ジゼルの野性が強調されている。狂乱の場面は、背中を客席に向けて両手で抱えた頭を両膝に交互に打ち付ける激しい動作で演じられた。

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古典との大きな違いはジゼルが死ぬのではなく、精神病院に入れられることだろう。第2幕は病院長のミルタと女性精神病患者たちの世界となる。本来は幻想的な空間を精神病院に設定する試みは、1970年代にこのリヨン国立オペラ座で当時の総監督ルイ・エルロがオッフェンバックの『ホフマン物語』演出に適用して以来、オペラではしばしば使われてきた手法だが、マッツ・エックは実に的確に応用したことになる。
ミルタは女性患者たちを性の誘惑から守ろうとするお目付け役である。若い患者の欲求不満が執拗な身振りにより視覚化されている。
ジゼルはアルブレヒトに感情の豊かさを伝え、彼が失っていた純粋さを取り戻すところで夜が明ける。
死とせめぎあいを前面に出した原作とは一味違うが、このリアリティにみちた現代への読み替えはジゼルだけでなく、アルブレヒト、ヒラリオン、ミルタといった人物たちの造型により人間的な表情を与えている。時にやさしく、時に荒々しい振付はダンサーに高度の技量を求めているが、その暴力性は現代そのものだろう。マッツ・エックはアダンの音楽を一部カットしながらも、そのまま使用することで、二人のジゼルが見る人の脳裏で重なり合う効果をもたらしている。読み替えが単なる思いつきでなく、考え抜かれ、ドラマとしての説得力が申し分ないために、また、原作の白いバレエを見たいという気にさせてくれる。
リヨン国立オペラ座のダンサーはパリ国立オペラ座バレエ団のような同系統の身体を持ったダンサーではなく、個々の差異がよりはっきりしている。エネルギッシュなデドリック・アンドリユー(アルブレヒト)やフランク・レゼ(ヒラリオン)といったダンサーが男くさい演技と表情で、パリとは別の魅力を醸し出していたことも付け加えておきたい。
(2009年11月24日 リヨン国立オペラ座/(C)Jean-¨Pierre Maurin)