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秀 まなか Text by Manaka Shu 
[2009.11.10]

完璧だったオーレリー・デュポンとニコラ・ル・リッシュの『ジゼル』

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ ガルニエ
JEAN CORALLI et JULES PERROT Choregraphie transmise par MARIUS PETIPA
adaptee par PATRICE BART et EUGENE POLYAKOV :Giselle
ジャン・コラリ、ジュール・ペロー原振付、マリウス・プティパ振付、
パトリス・バール、エウゲニー・ポリヤコフ改訂振付『ジゼル』

哀愁を纏った背中、虚空を見つめる目。白百合を抱えたアルブレヒトが、重い足取りで駆け抜けて行く。ジゼルへの罪の意識に苛まれながら。
パリ・オペラ座バレエの2009-2010シーズン開幕公演『ジゼル』は、初日9月24日から千秋楽の10月12日まで連日満席。更にある人が登場する日になると、決まって「チケット求む」の札を提げた人々がガルニエ宮の入口に集ってくる。突然降り出した雨が強くなっても、傘を持ち合わせていなくても、ニコラ・ル・リッシュのために、最後の望みを託して立ち続けるのだ。

フランス人の重い腰をも、やすやすと上げさせるル・リッシュのアルブレヒトは、どこをとっても完璧だった。前々回2004年は後先を考えず、ジゼルに一途な恋心を傾けたあまりに、悲劇を招き、前回2006年は恋愛ゲームに耽る根っからの遊び人が生まれて初めて悔恨し真実の愛に目覚めていたが、今回は誠実さとあざとさをいい按配に組み合わせ、後ろめたさを感じながらもその場その場を切り抜ける現代のアルブレヒト像を作り上げた。オペラ座が採用するバール、ポリャコフ版は重厚で見応えがあるのだが、マイムが多く、1回観ただけでは理解に苦しむ点もある。
だが、彼はマイムに頼ることなくアルブレヒトの心情を易々と描き出してしまう。バチルドから贈られた首飾りをジゼルが見せると、彼の目は急に泳ぎ出し、バチルドの存在を意識して上手の袖を振り返る。凝視するわけではなく、ただ1度さっと振り返るだけ。オーバーアクションに頼りがちなダンサーが多い中、彼は最小限の自然な仕草で、古臭いロマンティック・バレエを、現代に通じるバレエに再生させる。だから、マイムやパの知識が全くない観客でも物語に巻き込まれ、彼を追わずにはいられなくなってしまうのだ。これが、ル・リッシュの凄さだ。自然な演技で強烈な存在感を放つという両極端の業をやってのけるのである。

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もちろん、ル・リッシュがここまでのアルブレヒトを作り上げたのも、ジゼル役のオレリー・デュポンの存在があってこそ。アルブレヒトの裏切りを知ると、登場から無邪気で子供そのもの、疑うことを知らなかった彼女の時が止まる。初役のイザベル・シャラヴォラがこの世もあらぬかのように泣き叫び、デルフィーヌ・ムッサンがマッツ・エック版を彷彿とさせる激しさで自分の世界への侵入者を拒むのに対し、彼女は冷静だ。壊れた精神を繋ぎ合わせようと懸命に努力する様は冷たく閉ざされたアルブレヒトの心までも溶かしてしまう。ジゼルの狂乱の場は、アルブレヒトの心の崩壊の場でもあるのだ。
2人の掛け合いは、2幕で更に研ぎ澄まされる。ウィリとなったデュポンは足音一つさせずにル・リッシュに語りかけるが、彼は彼女の姿を捉えられない。ル・リッシュの腕から彼女はすり抜け、彼女が渡す白い薔薇も地面にこぼれ落ちてしまう。2人は分かり切った設定、お決まりの振付をリアルにする。絶妙なタイミングの視線のすれ違い、時間差の行動で2人の間に生み出した闇を、密やかに舞台全体へと広げていくから、ル・リッシュには、デュポンが見えていな いとしか思えないのだ。
ル・リッシュの、熱演するあまりに、しばしば技術がお留守になりがちだった面もすっかりと影を潜め、2人は役を自在に生きていく。2004年、2006年の同ペアの出来を遥かに上回り、特に3回目の9月29日公演はこれ以上の『ジゼル』は生涯観られないかもしれないとまで思わせる究極の域まで達していた。ル・モンド紙をはじめとする現地の新聞でも、こぞってこの2人を採り上げて絶賛し、デュポンのことを生まれながらのジゼル役者と評しているものまであったのも当然の帰結である。

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もう一組のベテランペアは、アニエス・ルテステュとジョゼ・マルティネズ。狂乱の場で一つ一つの動きを映画的に強調して強迫観念に支配されたジゼルを造形するルテステュは、溌剌と愛を語るマルティネズに終始おされ気味で、身体が重い。彼女らしくないと危惧していたら、案の定1回踊っただけで降板。急遽、昨年末の『ライモンダ』でも組んだデュポン、マルティネズ組が2公演で再登場することになった。
さすがベテランだけあってまずまずの出来栄え。これといった破綻もないのだが、感動したとは言い難い。古典バレエとは違い、演劇的要素の強いバレエは事前の打ち合わせや、ダンサーの演劇的嗜好が鍵となることを再認識させられ、改めてデュポン、ル・リッシュ組の名演 を思った。

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ガルニエ宮初登場となったマティアス・エイマン、ドロテ・ジルベール組は瑞々しい。今の2人にしかない若さは主人公たちが原作から抜け出たような錯覚を覚えさせる。『オネーギン』で証明済みの高い演技力を持つジルベールは、『ジゼル』でも熱演。狂乱の場は実際に悲鳴を上げて涙を誘い、茶目っ気溢れる1幕と、万全の技術を駆使して無我の境地に浸る2幕ではまるで別人だ。欲を言うと、相性が良いエイマンとの、もう少し突っ込んだ掛け合いを見てみたい。エイマンは恐ろしく勘がいい。目につくほど連発していた「どうして?」の両手を広げる仕草は、2日後の2度目では数回に留まり、すっかり自然に馴染んでいた。アントルシャ・シスも回を重ねるごとに幅と高さを増し、かのエリック・ヴ=アンを彷彿とさせる。メリハリのある表情、緩急自在に操る技術で3年前とは全く違うアルブレヒト像を見せたマチュー・ガニオの方が役としては適役だが、進化のスピードから言えば、エイマンがオペラ座随一だ。
ステファン・ビュリョンとカール・パケットもアルブレヒト役でデビューした『ジゼル』は14回公演、8キャスト。多彩な顔触れを揃えた本公演は、ベテラン、新人が妍を競う<オペラ座の今>をそのまま映し出していた。圧倒的なル・リッシュ、デュポンの名演に浸りながら、次回の『ジゼル』で誰が2人に続くのか、つい考えてしまうのも、オペラ座の層の厚さがあってこその、醍醐味なのである。

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(Photo : Julien Benhamou/画像をクリックすると大きなサイズでご覧いただけます)