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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.10.13]

プレルヨカーユ自作自演のソロ、ジャン・ジュネの『綱渡り芸人』

ANGELIN PRELJOCAJ BALLET
Jean Genet "UN FUNAMBULE"
アンジュラン・プレルヨカーユ 振付、ダンス
ジャン・ジュネ『綱渡り芸人』
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シーズン開けの最大の話題は振付家として活躍しているアンジュラン・プレルヨカーユ自身が演じるジャン・ジュネ作の『綱渡り芸人』だった。プレルヨカーユの生涯初めてのソロである。
プレルヨカーユは学生時代の1977年に始めてこのテキストと出合った。それ以来20年以上が経過し42の作品を振付けたが、その文言は常に念頭から去ることはなかった。リルケの『若き詩人への手紙』と、この泥棒詩人ジュネのわずか20ページほどの散文が詩とドラマがおのずと立ち上ってくるようなプレルヨカーユの創作の源泉だったのである。

『綱渡り芸人』はジュネが愛人のダンサー、アブダラーに宛てた語りの形式を取っている。「君は肉体の死を賭けなければならない。サーカスのドラマトゥルギーがそれを要求している。サーカスは詩、戦争、闘牛とともに唯一残された残酷な遊戯なのだ。」
ほとんどつぶやくようにプレルヨカーユが語ると、彼の振付けた舞台が脳裡に一つ一つ蘇ってきた。近作の『白雪姫』のフィナーレで継母がグリム童話の原作通り、焼けた鉄の板の上で踊り狂う場面はこの文章にぴたりと重なってはいないだろうか。甘ったるいディズニー映画とは対極にある、ひりつくような身体を賭けた瞬間の原点が作り手によってずばり解き明かされていた。
 

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プレヨカーユは昨年12月、テキストを覚える作業に入った。そして今年の初めにダンスの稽古を始めた時、ジュネの言葉が自分の肉体に入り、そのままムーヴマンとなっていったという。一時はテキストを録音した音声を流しながら当日は踊りに専念することも考えたが、しばらくして言葉と身体の動きとが切り離せないということに気付いた。テキストが身体から「汗のように流れ出てきた」からである。

装置は若手デザイナー、コンスタント・ギゼにプレルヨカーユが依頼した。白い紙を使ったシンプルな装置だが、ダンサーの身体が紙に触れる時は愛人の肌に触れるかのようだ。後半には短刀で紙を突き破るシーンもあるが、紙を素材に選んだ理由としてはジュネが戯曲『屏風』を書いていること、またプレルヨカーユ自身が憧れている日本を想起させるためだそうだ。

日本を別にすると、やはりアルバニアのローカル・カラーが舞台に色濃く反映している。プレルヨカーユの両親は戦闘の絶えないヨーロッパの火薬庫バルカン半島の南端にあるアルバニアから逃れてきた。その記憶は「短刀」と「血」に刻み込まれている。天井から吊り下げられた紙を伝って落ちる血は、平衡を失って虚空からまっ逆様に転落した綱渡り芸人が流す血でもあるのだろう。

わずか1時間15分だが、プレルヨカーユという一人の舞台芸術家の拠って立つところの告白であり、彼が舞台を作る際の姿勢がおのずと現れた舞台だった。
(2009年9月8日 レ・ザベス劇場/Photo (C) Jean-Claude Carbonne )