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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.07.10]

パリ・オペラ座のダーサーが踊ったプルーストの「天国」と「地獄」

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
Roland PETI ≪ PROUST OU LES INTERMITTENCES DU COEUR≫
ローラン・プティ≪プルースト あるいは 心情の間欠 ≫
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マルセル・プルースト(1871−1922)は小説『失われた時を求めて』により第1次世界大戦前にあった、社交人士たちの世界を描いた。当時のゆったりとした時間の流れは大戦後には永遠に失われてしまい、今となってはプルーストやトーマス・マンの『魔の山』といった小説によって想像するしかない。ローラン・プティはこの時代を喚起するために、プルーストの同時代の音楽や彼が愛した音楽によって、まず聴覚から観客を過去へとタイムトリップさせた。
パリの教養あるブルジョワ家庭に生まれたプルーストは、ブルジョワのみならず貴族のサロンでも寵児だった。幼少期から喘息を患い、40歳で社交界から退いてコルク作りの部屋に閉じこもって半生を回想して筆を進めた。7巻で千ページを超える小説を開くと、句読点までが異常に長い独特の文章に導かれてフランス世紀末のパリとパリ郊外のサロンとパリ人士が遊んだノルマンディーの保養地が目の前によみがえってくる。

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バレエ作品全体は第1幕「プルーストの天国のいくつかのイマージュ」と第2幕「プルーストの地獄のいくつかのイマージュ」という題名からも明らかなように、「天国と地獄」で構成されている。
「天国」は青春期の愛情、「地獄」は嫉妬である。

まず幼年時代にプルーストも聞いたであろうサン=サーンスの『動物の謝肉祭』(1886年)が演奏される。これに続くのは、第1幕第1場「徒党を組む」。貴族たちはスノッブで退屈だと悪し様に言いながら、自分たちはそれに勝るとも劣らないブルジョワであるヴェルデュラン夫人(ステファニー・ランベルク)のサロンが舞台である。
プルースト(ミッシェル・パステルナック)の親友だったレイナルド・ハーンのサロン音楽(「バリトンとピアノのための甘美な時間」1893年)が流れる。ハーンはプルーストといっしょにヴェネチアやブルターニュ地方を旅行し、小説のモデルとなったルメール夫人のサロンにも顔を見せていた。華やかだが皮相な感じが夫人のサロン客に扮したダンサーたちの身ごなしや会話の調子から感じられる。装置・衣裳とも黒と白が基調となった品のよいものだ。
ワーグナーの「交響曲」で場面が変わり、第2場「ヴァントゥーユの小さな旋律、あるいは 愛の音楽」となる。セザール・フランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」が流れ、男性ダンサー(ダニエル・ストークス)がヴァイオリンを、女性ダンサー(マチルデ・フルーステ)がピアノを擬人化して踊る。白の衣裳の二人によるデュオは、滑らかな身体の動きとソナタの旋律とがぴったりと寄り添っていた。
第3場では日傘を射した白いローブの女性たちが、サンザシの白い花が満開の下をそぞろ歩きする。モネの「日傘を射した女」を思わせるタブローだ。白い花を髪に刺した少女ジルベルト(アマンディーヌ・アルビッソン)は若いプルーストが初めて熱愛した「赤味かかった金髪の少女」で、そのソロは花が舞っているかのよう。

第4場の表題「カトレアをする」は、(アレクシー・ルノー)を誘惑しようとした高級娼婦のオデット(エヴ・グリンツテン)が自分のイメージを二重映しに使ったカトレアの花のエピソードによる。カトレアには優雅なイメージだけではなく、蘭科の花特有のエロチックな側面もあり、「カトレアする」というのは男女の営みを指しているという。(フランス文学研究者鹿島茂氏による)
ここで目を惹いたのは、オデットが胸元に挿した一輪の赤い花がデュオの動きの軸になっていたことだろう。フォルムとムーブマンの軸に小道具である花が用いられているのは偶然ではない。プルーストと道で会ったオデットが大きく開いたデコルテの谷間にカトレアを挿していて、馬車が揺れてずれた花を男性に直してもらう、という小説の場面を明快に踏まえている。

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第5場は一転してノルマンディーの海岸。「花咲く乙女たち」が戯れているが、まず、色彩面で海の青と雲の白のコントラストにはっとさせられる。純粋な乙女の間で語り手(=プルースト、エルヴェ・モロー)目を釘付けにしたのはアルベルチーヌ(イザベル・シャラヴォラ)だ。たえず揺れ、表情の変わる夢見るような眼差し、肩からスリップが少し落ちかけ少女らしいコケットリーはエトワールに昇進したばかりながら、現在のオペラ座の女性で最も表現力のあるダンサーならではのものだ。語り手(モロー)の自然で生気にみちた動きには女性ファンならずともうっとりさせられる。その目に見られている時のアルベルチーヌは視線をはっきりと意識して動く。
ドビッシーのフルート曲『シリンクス』の流れるアルベルチーヌとアンドレ(クリステル・グラニエ)という二人の女性による第6場は短いが接吻をはさんで濃厚なエロティシズムが立ち込めていた。

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第7場は若いプルースト(モロー)が眠っているアルベルチーヌ(シャラヴォラ)を眺める場面だ。天井からの白いカーテンの下に斜めからの光が少女を照らしている。嫉妬にとりつかれた男は少女が眠っている間も安心できない。やがて低弦のピチカートが聞こえ、少女が目覚める。ゆったりとしたテンポでのデュオとなるが、耳にちらっと手をやるというわずかな仕草や、さまようようなまなざしにもアルベルチーヌというコケットな女性らしさが出ていた。手に接吻し、女を横たえたところに天井から白いカーテンが崩れおちてきて幕となる。

休憩後の第2幕は男色家シャルリュス(オーレリアン・ウエット)の嫉妬がテーマだが、最も強烈だったのは第8場の「死の想念 あるいは葬儀の門のようにみえる社交界」だ。装置、衣装とも黒づくめのゲルマント侯爵夫人(ステファニー・ロンベルク)のサロンは、前半のヴェルデュラン夫人のブルジョワサロンよりも遥かに粋だが、照明はぐっと落とされている。斜めになった巨大な鏡にはゾンビのような社交人士が並んで、そろって両手を上下させる。見ていて不気味さにたえがたくなる。
侯爵夫人の目の光には不安がありありと読み取れ、そのソロからは一つの世界が滅びようとしている予感が伝わってきた。死の舞踏を想起させる陰鬱な舞踏会ではトランペットが最後の審判のように鳴り響き、一つの時代が終わったことをはっきり告げていた。

音楽にダンサーの動きが一体となり、衣装と装置、照明、小道具がどれもがそろって一つ一つの場面が一服の絵のように仕上げられ、プルーストの小説のエッセンスが目と耳により誰もが感じられる稀有の舞台となっていた。再演があったら、何としても見逃したくない作品である。(次回は客演エトワールとなったマニュエル・ルグリのシャルルスをぜひ見てみたい。)

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Photo (C) Julien Benhamou / Opéra national de Paris

音楽 ベートーヴェン、ドビュッシー、フォーレ、フランク、ハーン、サン=サーンス、ワーグナー
振付・演出 ローラン・プティ
装置 ベルナール・ミッシェル
衣装 ルイザ・スピナテッルリ
照明 ジャン・ミッシェル・デジレ
上演時間 2時間40分(第1幕45分 休憩20分 第2幕 50分)初演/1974年8月24日 マルセイユ国立ローラン・プティ・バレエ団
コーン・ケッセルズ指揮パリ国立オペラ管弦楽団
パリ国立オペラ座バレエ団