ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.06.10]

ガット、ドゥアト、プレヨカーユ3人のコンテンポラリー・ダンスの競演

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
Emanuel Gat « Hark ! » エマニュエル・ガット『お聞き!』
Nacho Duato « White Darkness » ナチョ・ドゥアト 『白い闇』
Angelin Prejocaj « MC14/22 〈 Ceci est mon corps〉 » アンジェラン・プレヨカーユ『 MC14/22 これは私の身体だ』

エマニュエル・ガット『お聞き!』世界初演
音楽 ジョン・ダーランド
振付・衣裳・照明 エマニュエル・ガット
上演時間 25分

パリ国立オペラ座バレエというと、華麗な衣装と豪華な装置によるクラシック・バレエを想像する人が多いが、それとは対照的な実験的な作品が並ぶプログラムも毎シーズン数本組まれている。現代のコンテンポラリー・ダンスの最先端を行く三人の振付家の作品が並んだ5月公演はその好例だろう。
まず、イスラエルの振付家エマニュエル・ガットが13人の女性ダンサーのために振付けた新作から始まった。 
 
幕が上がるとすべてが黒。舞台装置は一切ない裸の舞台が広がっている。
バロックのリュートのメランコリックな旋律に乗って、ダンサーたちが宗教儀式を思わせるような雰囲気の中で動き出す。肩の部分が透けて見えるぴったりした黒の衣裳が闇に溶け込んでいる。全てを削ぎ落した空間にダンサーの顔、手と足だけが白々と浮き上がる。
ダンサーの動きは闇を切り裂こうとするかのように非常に速く、明瞭なアーティキュレーションが誰の目にも留まる。やがて遠くから潮のように不気味な効果音が迫ってくる。雑踏の音だろうか。右手奥の3人のダンサーは不動で、装置となったよう。いったんライトが消えたところでそれまではばらばらだった女性二人が絡んで踊る。太鼓の音が聞こえるとともに三人が加わり5人になる。ただし全員が踊るのではなく、最低一人が歩きながら踊っている人を見る。
またバロック音楽になると三人に戻る。爪先だって両足を細かく動かす。表情のない視線。8人が加わり群舞となったところでダーランドの音楽は終わる。ここで仰向けの女性一人が右手前から左奥に立っている女性の方に膝でにじり寄り、二人がいっしょに踊りだすところでカウンターテノールの声が舞台奥から流れ、効果音と重なる。声は次第に前方へと近づき、歌の終わりとともに全員が後方奥へと退くところで静かに幕となる。
このきれいだがメッセージ性のない作品についてガット自身は「芸術作品に必要なすべては作品自体に含まれている。テーマ、言葉、メッセージといった作品の外部にあるものを伝えるためではなく、作品自体が目的となっている。『何かを言おうとするのではない』点でダンスは音楽と似ている。フォームに対する厳しい探究から自然と生まれるもの、言葉にできないもの」と語っている。
エリザベス朝時代のリュート奏者で作曲家だったジョン・ダウランドの音楽の旋律とダンサーの身体の流れるよう動きが一体となって生まれた極度に抽象的なイメージの流れに運ばれていくような不可思議な感覚は今もまざまざと感じられる。
 
1969年イスラエル生まれのエマニュエル・ガットはサーフィンを得意とするスポーツマンであるとともに、幼年時代からチェロとクラリネットを手にしていた音楽家で、指揮者になるのが夢だったという。テルアヴィヴの音楽アカデミーで学んでいた23歳の時、ニール・ベン・ガルがアマチュアのために開いた講習会でダンスと出会った。現在はエマニュエル・ガット・ダンス・カンパニーを率いて、マルセイユ近郊のイストルで創作活動を行っている。

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ナチョ・ドゥアト『白い闇』

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(初演2001年11月16日マドリッド・サルスエラ劇場、パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り2006年11月10日)
音楽 カール・ジェンキンズ
振付 ナチョ・ドゥアト
装置 ジャファー・シャルビ
衣装 ルルド・フリアス
照明 ジョート・カボールト
ソロダンサー ジェレミー・ベランガール アリス・ルナヴァン
上演時間 25分
 
前半の二本目はスペインのヴァレンシア出身のナチョ・ドゥアトによる『白い闇』だった。この作品も白黒の闇が支配する空間で展開する。ジェレミー・ベランガールとアリス・ルナヴァンのカップルを軸とするダンサーたちの動きは、なめらかにジェンキンズの音楽に溶け込んでいた。圧巻だったのは、幕切れ直前のデュオだろう。
チェロの音色に乗って天井から降りしきる白い粉=麻薬が眩雲を起こし、女性の身体を包み込み、やがて崩れ落ちた上にも振りかかる。男性はこの白い雲の前になすすべもなく立ち尽くすのみである。やがて、無力さに耐えられなくなったのか、それとも諦めからか女性を見捨てて右袖からゆっくり立ち去る。

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この場面のデュオは近接しているが完全に切り離された二人のダンスになっている。男は目の前の相手を救えないのにいらだつが、やがて相手を放棄するに至る。麻薬に引き込まれていく女は、自分のパートナーの肉体が視界から去る以前から目に入らない。こうして二人の身体は近接した空間にありながら、分かち合うものもなく離れていく。天井から降り注ぐ白い粉は二つの身体を隔てる幕であるばかりでなく、男と女を結んでいた絆をも断ち切っていくのである。
どちらが手を伸ばしても相手には届かない、誰にも抗えない距離が客席からはっきりと見えた。
ナチョ・ドゥアトはこの作品を麻薬により命を失った姉妹への思い出を出発点としてつくった。しかし、麻薬の魅惑から依存への微妙な感覚の変化は、リアリズムではなく幻想的に昇華された形で描かれている。ごく普通のカップルに焦点を当てることで、麻薬が誰にも身近な存在だということが暗示されていた。
作品の主人公は若い女性で、一人の男性に惹かれていくが、しかしいつの間にか男女の確執は、麻薬と常用者との闘いと重ね合わせられていく。ドゥアトは身体により「語る」のではなく、ダンスと音楽と光とが作りだす空気によって、感覚のレベルでドラマが表現されていた。
 

アンジェラン・プレヨカーユ『MC14/22 これは私の肉体だ』

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(初演クレテイユ芸術館2001年3月8日プレルヨカーユ・バレエ団、パリ・オペラ座バレエ団レパートリー入り2004年11月5日)
音のクリエーション テッド・ザマル
振付 アンジェラン・プレヨカーユ
衣装 ダニエル・ジャジアク
照明 パトリック・リュー
上演時間55分
 
女性だけによる『お聞き!』、男女がすれ違う『白い闇』に続いた『MC14/22これは私の肉体だ』は12人の男性だけによる作品である。前半の二作が闇を基調にしながらもソフトだったのに対し、後半は一転してハードなものだった。

舞台の奥に6つの鉄製のテーブルを重ねて作った直方体の箱を思わせる8つの空間に半裸の男性8人が横たわり、全く同じ動作を同時に行う。これは「誘惑」の動作だそうだが、私には奇妙な動きとしか見えなかった。これと並行して、舞台の左前方では一人のダンサーがもう一人の身体を水で洗っている。
「聖書」への暗示はこの清めの場面だけにとどまらない。十二使徒に擬せられたダンサー全員がずらりとテーブルに並んでさまざなま姿態で静止し、ダヴィンチの「最後の晩餐」を模している。いないのはキリストだけである。

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宗教画の模倣はこれ以外にも同じストップモーションの手法で何回か行われる。
そうかと思うと、ダンサーが一人づつ積み上げられたテーブルの高みに登り、飛び込み台から飛び込む水泳選手のように下で待ち受ける仲間の上にダイビングする。これが転落なのか、復活なのかは誰にもわからない。また、テーブルが外科の手術台に見たてられ、人体が解剖される場面もある。
息を呑んで見守っていた客席からただ一度苦い笑いが漏れたのは、一人のダンサーがあるシークエンスを踊っているところに、別の男性がガムテープを持って現れるところである。まず、片手をテープでしばり、目もテープで見えないようにし、最後には手足がすべて拘束される。それでも、シークエンスを繰り返そうとするダンサーのデフォルメされた動きは滑稽であるとともに、目を背けたくなる残酷なものだ。
ネオンの殺伐とした光の下で、男性の肉体が物体として扱われ、その表現の可能性が過剰なまでに追求される。優しさと暴力の二極を冷めた極限まで男性に加えられる実験からは、男性の身体を徹底的に見据えようとする振付師の好奇心がのぞいていた。
(2009年5月13日 パリ・オペラ座ガルニエ)