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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2009.06.10]

マニュエル・ルグリのオネーギンの魅力と鮮烈な新世代モロー&シャラヴォラ

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
John Cranko « Onéguine » ジョン・クランコ『オネーギン』
マニュエル・ルグリ&クレール=マリ・オスタ
エルヴェ・モロー&イザベル・シャラヴォラ
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マニュエル・ルグリは5月15日、満を持して臨んだオネーギン役で、パリ国立オペラ座バレエ団員として最後の舞台を務めた。当日は、全団員とオペラ座バレエ学校の生徒たちが『デフィレ』に出演、歴史に残るオペラ座のスターとして活躍したルグリの引退に、花を添えた。前号で、すでに三光氏がルグリ出演の『オネーギン』を取り上げているので、今回は要所要所の場面に焦点をあてて、ルグリと、ルグリより一回り年下のエルヴェ・モローの演じたオネーギン像を比較してみたい。

第一幕第一場
登場したルグリは、のっけからシャープな身のこなしで、技巧的というほど細い線を描くように正確なプレースメントを決め、孤高でクールなオネーギン像をイメージさせる。タチアナ(クレール=マリ・オスタ)が手にしていた本を「何を読んでいるの」と差し出させ、タイトルを一瞥すると、小馬鹿にしてすっと宙を見上げる仕草は、用意周到だ。
他方、モローは、最初からダンサーとしての存在感の方が大きく、ひとつひとつの動きはルグリほど演劇的でなく、流れるようにうねる。美しい手足の使い方に目が行ってしまうせいか、本来なら、観客には感じ取らせなければならないタチアナ(イザベル・シャラヴォラ)との距離感が、伝わってこない。本のタイトルを一瞥する動作も、観客の目を意識したものではなく、モロー自身が一人「ふん」と鼻先で笑っているように見せるにとどまった。

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第二場、タチアナの寝室。
オネーギンへの恋心を手紙にしたためるタチアナの幻想に、オネーギンが「相思相愛の相手」となって登場する場面だ。バレエならではの表現方法である。後にも先にも、オネーギンとタチアナの息のあったパ・ド・ドゥがみられるのは、この場面だけだ。
ルグリは、1幕でみせたスノッブで自己チュー男から豹変し、限りなく思いやりのある優しい男として登場する。難易度の高いリフトでもサポートに徹し、相手役のオスタの夢を叶えるかのように、軽やかに宙に高く舞わせる。それも、一幕のときのように計算された動作ではない。オスタを上に振り上げ、回転しながら斜めに下降させるリフトが繰り返されるが、絶妙にゆるやかな速度で自然だ。
同じリフトにしても、モローはもっと早い速度で、離れ業のように回転させながら見せ場をつくる。アクロバティクともいえる技術の高さには舌を巻いた。それに加え、エトワールに昇進したばかりのシャラヴォラの美脚から醸し出されるグランバットマンやフェッテには息を呑む。オペラ座の新世代ダンサーによる、鮮やかなパ・ド・ドゥだった。

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第三幕タチアナの居室
数年後に、グレミン将軍の妻となったタチアナと再会したオネーギンが、今度はタチアナに夢中になるものの、もう時すでに遅し、の場面である。
ルグリは、タチアナの部屋に駆け込んできて、床に倒れこむ。これまでの自分の身勝手さを悔い、何度も何度もタチアナの足にすがりつくのだ。その情けないほどに哀れな男の姿を前にして、過去に封印したはずの恋心が再燃する自分に動揺するタチアナ----。狂おしい情念の間で葛藤する女心を、オスタはルグリとの絶妙な相性で見せた。
この点、モローとシャラヴォラの絡みからは、どろどろとした感情がのぞかなかった。年季なのか、ダンサーとしての資質なのか・・・? 

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オネーギンは、まさにルグリの真骨頂ともいうべき役柄だろう。これまでの無数のレパートリーの中でも、私が特にルグリの18番だと思うのは、プティ振付『アルルの女』で失恋から自殺してしまう男、同『失われた時を求めて』の偏執的な同性愛者役のシャルリュス男爵、ノイマイヤー振付『椿姫』のアルマンなどだ。共通するのは、一筋縄ではいかない、かなりの演劇力が求められる役柄、ということだろう。
ルグリというダンサーを超えた表現者を生み出したオペラ座が今後、そういう技量を兼ね備えた後継者を育ててゆけるのか。現在の団員の面々、また学校に在籍する生徒たちをみていると、オペラ座は別の方向へ進んでいるようにみえる。過去にすがりつくのは良くないとは思いつつも、ルグリによって確実に、ひとつの時代が終わったと感じている。

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 (2009年5月11日ルグリ&オスタ 5月14日モロー&シャヴォラ パリ・オペラ座ガルニエ)