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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.04.10]

アバニャート、モロー、パケットが見事だったノイマイヤー『マーラー第3交響曲』

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
John Neumeier ≪ TROISIEME SYMPHONIE DE GUSTAV MAHLER ≫ :
ジョン・ノイマイヤー『グスタフ・マーラー第3交響曲』
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バスチーユではジョン・ノイマイヤー振付の『グスタフ・マーラー第3交響曲』が上演され、パリ国立オペラ座バレエ団のレパートリーに入った。
3月13日のプルミエはニコラ・ル・リッシュとクレールマリー・オスタのカップルが主役だったが、私の見た第2回公演の16日はエルヴェ・モローとイザベル・シャラヴォラという組み合わせだった。

長大なマーラーの交響曲の中でも最も長いのが1895年から96年にかけて、ザルツカンマーグートにあるアッターゼー湖畔の避暑地で作曲された第3交響曲である。
演奏時間は1時間半に及ぶが、これに音楽なしの踊りや沈黙が入って、ノイマイヤーの作品は休憩なしのノンストップ2時間という超大作となっている。
この作品には60人のダンサー、96人のオーケストラ奏者、30人の合唱団、20人の児童合唱団にソロ歌手という200人を超えるアーティストが参加する。装置を一切舞台に置かず、きれいな衣装もないきわめて抽象的な作品で、ダンサーの身体とその組み合わせだけとあって、踊り手の技術がはっきりと出るだけに、パリ国立オペラ座バレエ団にはぴったりの作品だろう。

全体は音楽の構成に合わせて6部からなっている。第1部「昨日」では、35人の男性が過去のあらゆる戦争を描きだす。戦場で虐殺される男たちの姿が身体のみによって表現される。ベジャールを思わせるアクロバティックな技が幾何学的な形を繰り広げる集団から、主役である「一人の人間」のエルヴェ・モローが現れる。
孤独な自省する人間の道行きの果てに、一人の男性のアイデンティティが形作られる。周囲とは隔絶した内面の探究は、時としてひたすらダンサーたちの間を歩きまわることによっても示される。踊らなくても歩いたり、立っているだけで観客の視線はモローに集まっていく。アレッシオ・カルボーネ、カール・パケットを筆頭にした群舞は力感にあふれ、一体となり、モローとの対比は鮮やかだった。 

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第2部「夏」は一転して、9人の女性と2カップルが青い照明に浮き上がる。「野原の花が語ること」とサブタイトルにあるように、音楽が奏でる田園風景に見合った軽やかな落ち着いた雰囲気が舞台を支配する。あどけない表情のミリアム・ウルド・ブラアムとさわやかなミュエリエル・ジュスペルギの女性二人が対照的だ。

第3部「秋」(副題は「森の動物たちが私に語ること」)では21人のソリストと24人のコール・ド・バレエが踊る。これに対しエルヴェ・モローは他のダンサーが踊るのを眺めているだけで、自分自身はほとんど踊らない。モローの目は人間の内部にある獣性をじっと見つめているかのようだ。ノイマイヤーが表現しようとした「別れ」、「死への思い」も動かないままにまなざしに結晶している。

第4部「夜」(副題は「人が私に語ること」)は1974年にシュツットガルト・バレエ団により初演されており、ノイマイヤーはジョン・クロンコとシュツットガルト・バレエ団に捧げている。
当夜はエレオノーラ・アバニャート、エルヴェ・モロー、カール・パケットが踊った。ノイマイヤーの振付の原点にあるとされる難度の高い技術を要求するトリオだが、流れるようになめらかなモローとより激しさを感じさせるパケットという男性二人と余裕たっぷりのアバニャートによって、神へと飛翔しようとする人間の望みが空間に濃密に刻まれた。

第5部「天使」はイザベル・シャラヴォラによる一人舞台。童女のようにあどけない表情には「救済」がこれ以上ないほどはっきりと読み取れる。

第6部「愛が私に語りかけること」はベジャールも振付を行った。愛の出会いのシーンで、シャラヴォラとモローを中心にすべてのダンサーが舞台に上がる。
作品のフィナーレにふさわしいスケールの大きさを感じさせた。その中にはソロの二人がじっと微動だにせずに見つめあい、時が止まったのではないかという思わせるインティメートな瞬間も織り込まれている。
マーラーの音楽が喚起するイメージと感動に33歳の若き振付家が身を委ねることから生まれた作品には、モローをはじめとする表現力に抜きんでたダンサーの動きによる、いわく言い難い憂愁が立ち昇ってきた。型の羅列ではない、身体を通じて人間の存在そのものを問おうとした振付家と交響曲の傑作との出会いの結実だろう。
(2009年3月16日 バスチーユ 上演時間2時間、休憩なし)

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