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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2009.04.10]

洒脱な恋愛の様々な様相をルグリ、デュポンが浮かび上がらせる 

BALLET de l’OPERA de Paris
パリ国立オペラ座バレエ
Angelin Preljocaj « Le Parc »
アンジュラン・プレルヨカーユ『ル・パルク』

ガルニエ宮で1994年4月にプレルヨカーユがパリ国立オペラ座バレエのために創作した『ル・パルク』(Le Parc、庭園)の再演を観た。主役の男女はマニュエル・ルグリ(5月15日のジョン・クランコ振付の『オネーギン』を最後に引退が決まっている)とオーレリー・デュポン。ルグリは1994年の初演時にエリザベット・モーランを相手にすでにこの役を演じている。(もう一組はイザベル・ゲランとローラン・イレールだった)

『ル・パルク』は序曲(ouverture)、第1幕、第2幕、第3幕にエピローグ、というヴェルサイユ宮殿の庭園に代表されるフランス庭園を想わせるシンメトリックな構成になっている。それぞれの幕は、いずれもグラン・タブロー、小さなアンサンブル、フィナーレのデュオ(パ・ド・ドゥ)という3部から成り立っている。

エルヴェ・ピエールによる洗練された18世紀風の衣裳とモダンな抽象的装置は対照的であり、フランスの古典的な恋愛遊戯を突き放して見ている振付家の視点がはっきり感じられた。

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数多いプレルヨカーユ作品を貫いているテーマは「他人との関係」だが、『ル・パルク』もその例にもれない。「男と女の関係」が「愛するというアート」として舞台に乗せられている。しゃれたかくれんぼ、椅子取りゲーム、雅な誘惑の掟が4人の怪しげな庭番の見守る中で展開していく。放蕩者の貴族男性と真実の愛を求める貴婦人の駆け引きを裏から糸引いているのが黒いサングラスをかけた庭番たちだ。

モーツアルトの交響曲やピアノ協奏曲のアダージョが生演奏され、ルグリとデュポンをはじめとする複数のカップルの典雅な踊り(アルマンド、ムニュエといったフランスの宮廷舞踊も巧みに引用されている)に寄り添っているのに対し、4人の庭番たちが登場すると、一転して録音テープの不気味な効果音が流れる。照明を極端に落とした薄闇にうごめく4人の動きもカップルたちの華やぎとは全く違った不気味なもので、漠然とした不安があたりを支配する。

第1幕は男女の出会い。全員が椅子を手にして登場して、異性を品定めする。女性が左手に男性が右手に向かい合って座る。視線は時にクレーブの奥方のように伏し目がちに、時にメルトゥーユ侯爵夫人のように大胆に男性に向けられる。ヴェルサイユやフォンテーヌブローの宴にも似た雰囲気があたりに立ちこめる。

プレルヨカーユによる振付では、女性が男性を眺める側面が強調され、男性が女性のオブジェとなっているのが特徴だ。モーツアルトの音楽がトゥッティになっているところではグループが動き、ソロ楽器が旋律を奏でだすとソロの踊り手が全体から浮き出すようになっていて、音楽にぴったり合った形で動きが流れるように滞りなく振付されていることが手に取るように見えた。女性の中でただ一人赤の半ズボンをはいているのがオーレリー・デュポン。置いた椅子から立ち、また座る、という動作を何回も繰り返すのだが、赤の半ズボンの揺れは16人のダンサーたちに囲まれていてもぱっと目に入ってくる。

ソロ二人以外も脇役ではない。みなが見守る中で一人の女性を追った男性が差し伸べた手を払いのけられ、まなざしでもはねつけられる。こうしたやりとりを二列目に座っていてすずやかな目で見やるデュポンの物腰は洗練され、すわっているだけでも気品が匂い立つ。体にぴったりあったルダンゴットに、18世紀に流行したカトーガンと呼ばれる女性のうなじのところを束ねたリボンが、栗色の髪にくっきりと浮き上っていた。

男性で一人だけ黒ズボンをはいているのがルグリだ。デュポンとルグリの出会いのパ・ド・ドゥはピアノ協奏曲第14番K449に乗って、二人の衣裳の白・赤・黒の色彩がゆるやかに舞う。しかし、二人の身体が触れ合うことはほとんどない。辛うじて男が女の腕とくるぶしに優しく触れるだけである。デュポンは男性から差し出された唇をキッとした表情で顔をそらして避け、最後はルグリが一人で踊るうちに静かに幕が下りる。

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第2幕も庭番たちの不気味な動きで始まる。彼らが退場すると、ぱっと照明が明るくなり、色とりどりのローブの女性たちがささやき合っている。そのうち一人の女性が失神する。コルセットで締め上げられたためかだろうか、心が動揺したためだろうか。今では想像しにくいが、18世紀や19世紀の小説や劇には女性が失神する場面が多い。感じやすい魂を持ったたおやかな女性に男性の心がそそられたのである。ただし、どのシーンを思い浮かべるかは、観客それぞれによって違うだろう。

やがてオーボエのソロの音色を背景に、木の下で腰を抱いた熱い抱擁が交わされる。(ここにはルグリとデュポンのカップルはいない。)一転してホルンの響きに乗った4人の男性たちによる踊りが「欲望」を表現する。 
最後はデュオ。 まず黒の目隠しをされ、4人の庭番に手を引かれて白服のデュポンが登場する。男たちが去ると白シャツに黒のズボン、ブロドリーをあしらったジレを着たルグリが現れる。放蕩者の男は自分になびかない女によって、自分が何よりも恐れていた恋情を駆り立てられる。抑えられなくなった情熱に駆られた男により女は3度抱きしめられそのたびに突き放すが、4度目には床に崩れ落ちてしまう。それでも、歩み寄る男の胸を頭で突いて男が後ずさりすると、その場に置いて退場する。野性味のあるルグリに、清潔感のあるデュポンが「抵抗」する緊迫感あふれるパ・ド・ドゥとなっていた。

第3幕は夜。冒頭では青い光にぼんやり照らされたデュポンが、4人の庭番に囲まれて不安にみちた夢を見ている。庭番の背中と腕を伝って眠った女は夢の階段を下りていく。夢遊病者のように漂うデュポンは庭番たちにローブを脱がされ、下着だけになって自分を追いかけてきた放蕩者の前に立つ。『トリスタンとイゾルデ』ではないが、それまで昼の光の下で抑えられていた二人の感情を隔てていた境が、闇によって消滅する。
モーツアルトのピアノ協奏曲23番K488のアダージョの調べに乗り、二人はとうとう愛の陶酔に身を委ねる。長い接吻で物語は終局を迎え、4人の庭番が庭の門を閉めて、幕の上がる前の状況に戻る。日が昇れば、また新しい物語が前日のように始まるのである。

先ほど、全体の構成がシンメトリーからなっていることを指摘したが、時間、筋、場所に関しても「三単一の規則」(Trois unités)と呼ばれるフランス古典劇の規範に則っていることも、様式美に一層の輝きを添えている。場所が三幕とも同じ庭園で、物語が朝から始まり翌日の夜明けまでの24時間の中におさまり、またテーマも一つに絞られている。
プレルヨカーユは恋愛遊戯が最も洗練されて花開いた17・18世紀のフランス文学を渉猟することで、「愛するというアート」をもう一度問い直そうとした。観客は恋愛術に慣れ親しんだフランスの貴族たちの駆け引きを、距離を置いて眺めることになる。それぞれの場面に、抑えられ、隠されたたでに内側で燃え上がるラファイエット夫人の『クレーブの奥方』、誘惑術に長けたラクロの『危険な関係』のヴァルモン子爵とメルトゥーユ侯爵夫人、スキュデリー嬢の「優しさというカード」に記された様々な恋愛の様相、変装を特徴とするマリヴォーの恋愛劇といったありとあらゆる愛の形が見られる。それを一人一人の観客がダンサーの動きと表情、目から読み取るゲームでもある。
一度観ただけでは到底つかむことができない多彩な愛の形が描きこまれているからこそ、パリのバレエファンは再演のたびに足を運んでいる。1994年の初演以来今回ですでに6回目の再演で、公演回数がパリ国立オペラだけで80回を超えている人気作品には抗しがたい魅力がある。
(2009年3月13日 ガルニエ宮 上演時間1時間35分、休憩なし)

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