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三光 洋 Text by Hiroshi Sanko 
[2008.11.10]

OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座公演から
JOSE MRTINEZ: LES ENFANTS DU PARADIS

ジョゼ・マルティネス振付の新作『天井桟敷の人々』

  有名な小説や演劇作品をバレエやオペラ、映画に再創造することは、古くから行われてきた。シェークスピアを原作として19世紀には多くのオペラが書かれ、 20世紀に入ってからは、映画が撮影されてきた。最近ふえてきているのは、映画をオペラやバレエに移し替える試みである。パリ・オペラ座の新作はその一つ として広く反響を呼んだ。
すでにある芸術分野で成功をおさめた素材を使用することに利点があるのは間違いないが、こうした再創造が成功するためには、原作の魅力がどこにあるかがはっきりと把握されていなければならない。
2008年初頭のボリショイ・バレエ団がパリ・『ペラ座に引っ越し公演を行った時、ローラン・プティによるプーシキン原作の「スペードの女王』が取り上 げられた。有名なチャイコフスキーのオペラとは全くことなる切り口で衝撃を与えたことは記憶に新しい。有名なテーマに再度取り組む意味が作り手に明瞭に理 解されているかどうかが「新作」の鍵となる。

 マルセル・カルネ監督、ジャック・プレヴェール脚本の『天井桟敷の人々』は映画史上の最高傑作と謳われる。この映画をオペラ座のエトワール、ジョゼ・マルティネスが振付けた期待の新作をガルニエ宮で見た。
映画は第1部「犯罪大通り」、第2部「白い男」の二部構成だが、マルティネスの新作バレエもこの形を踏襲している。

  物語は19世紀初頭のパリにあった劇場街、「犯罪大通り」で展開する。女好きの貧乏俳優、フレデリック・ルメートルは街で女芸人ギャランスを見かけ、言葉 を尽くして誘うが軽くあしらわれてしまう。しばらくして、ギャランスと友人のピエール・ラスネール(代書屋を看板にした悪漢のダンディー)は「フュナン ビュル座」(綱渡り芸人座)の前でパントマイムを眺めていた。ピエールは金持ちの見物人から懐中時計を盗み群衆の中に姿を消す。被害者はギャランスを犯人 として警官に突き出す。この一部始終を見ていたのが、パントマイムを演じていたバティストだった。ことの経過をユーモアたっぷりの無言劇で演じ、野次馬か ら喝采され、彼に救われたギャランスは花を投げて感謝の気持ちを表現する。(カルメンがドン・ホセに花を投げつけて誘惑する場面が思い出される。)この瞬 間からギャランスの虜となったバティストは、フュナンブル座の若手女優ナタリーの純情にも心を動かさない。
ギャランスとバティストはたがいに惹かれあっているが、バティストのためらいゆえに二人は結ばれない。バティストが立ち去った後、部屋に入ったフレデ リックが一夜を過ごす。バティスト、フレデリック、ギャランスが共演しているパントマイムを観たモントレー伯爵は、ギャランスに愛妾となるよう求めるが、 断られる。
数年が経過して、第二部に入る。ギャランスはモントレー伯爵の愛人となり、バティストとナタリーは結婚して子供がいる。フレデリックは有名なシェークス ピア俳優となりオセロで大当たりをとる。一方、バティストも無言劇「着物商人」で成功するが、客席にギャランスの姿を認めて動揺し、恋情の深さに気づく。 モントレー伯爵の館でようやく再開を果たし、その場から逃亡した二人はようやく結ばれる。しかし、そこへ妻のナタリーが訪れ、ギャランスはカーニヴァルの 雑踏に消えていく。

 今回のバレエ公演でも、映画同様、エッフェル塔や広い通り(ブールバール)ができる前のパリが再現された。15もの可動式パネルには劇場街タンプ ル通り(通称「犯罪大通り」)に並んでいた建物が描かれ、その前の仮設舞台では、パントマイム、大道芸人が演じたり、客寄せが通行人に声をかけたりしてい る。
オペラ座のエトワール、アニエス・ルテステュが手がけた300以上もの衣装を着た70人の出演者が登場し、通常のバレエを超えたスペクタクルとなってい た。上演開始前からオペラ座の廊下を白塗りの道化やパントマイム役者が歩き回り、楽隊がトランペットが鳴らしたりして、当時の劇場街の雰囲気を再現が試み られた。劇中劇も演じられ、舞台の上に設営された劇場の座席に座った「客」から「スキャンダルだ」、「木戸銭返せ」といった声が飛んだ。

 第一部が終わると天井から「今晩、『オテロ』の初日にフレデリック・ルメートルが登場」というビラが客席に振ってきた。休憩時間に大階段で『オテロ』の場面が演じられたらしいが、残念ながら人垣の向こうで見えなかった。

撮影/Sebastian MATHE/Opera National de Paris

 パリ・オペラ座バレエ団が総力を挙げただけに、趣味のよい衣装や装置により華麗な舞台となった。19世紀前半の劇場街の雰囲気もていねいに再現さ れた。またマルク・オリヴィエ・デュパンの音楽はわかりやすく、効果的だった。しかし、いくつかの優れた場面があったにせよ、あまりにも筋の入り組んだ原 作に忠実であろうとした細部の積み重ねに終わっていた。
ジャン・ルイ・バロー(バティスト)、アルレッティ(ギャランス)、ピエール・ブラッスール(フレデリック・ルメートル)、マリア・カザレス(ナタ リー)、ルイ・サルー(モントレー伯爵)、マルセル・エラン(ピエール・ラスネール)といった綺羅星のような極めつけの俳優が織りなす感情の機微を再現す ることはやさしくない。

 私が見た晩はマチュー・ガニオがバティストを踊った。端正な美男子で優れたダンサーだが、ギャランスとナタリーとの間で揺れるバティストの心にあ る曖昧さ、優柔不断とも言えるつかみどころのなさは伝わってこなかった。美男ではないが、抜群の演技力と独特の癖をもったバローを一気にスターにしたバ ティスト役を演じるのは、どんな舞台人にとっても楽でない。これに対しアレッシオ・カルボーネは、抜け目のないが誰にも憎めないフレデリック・ルメートル らしい表情を単なる技術を超えて表現した。友人バティストが自分に思いを寄せているギャランスと隣室に入ったのに目を離さず、頃合いを図って一人残された 女性のもとに忍び込む場面は小憎らしいほどだった。
ミュリエル・ジュスペルギにはナタリーの純情は感じられたが、後半ではバティストの裏切りを知って絶望する所しか出番がない。これで人物像を描くのは誰にも不可能だろう。
最も印象に残ったのは、やはりギャランスを演じたイザベラ・シャラヴォラだろう。舞踏会で声をかけられても視線を反らし、先方に容易に目の表情を見せな い。寝室に男性と入っても、相手と目線をなかなかあわせない。多くの男性と交渉を持ちながら、どの男も確かにとらえたという自信が持てない女性像が明瞭に 描かれていた。

 振付上にはもっと大きな問題があった。
全体を見通す視点がないために、第1幕1場の「犯罪大通り」の雑踏場面が必要以上に長く、第2幕の冒頭、「ロベール・マケール」という芝居が初演される ところで、ドラマとは無縁の群舞がスカルラッティの音楽にあわせて延々と続いたのには退屈させられた。それでいて、フレデリックが『オテロ』を演じる場面 がほとんど記憶に残らないほど簡単に片づけられてしまっていた。
ジャック・プレヴェールの脚本は、バティストとフレデリックという二人の全く違う舞台人を対象的に描いている。言葉を使わないパントマイム役者と言葉こ そ命というシェークスピア役者とが、同じ女性を競い合う。最初にヒロインを「手に入れた」のはフレデリックで、言葉による演劇が勝利したかに見えたが、 ギャランスの心を本当にゆすぶったのは無言のパントマイム役者であるバティストの真情だった。この意味で、第二幕で二人が演じる無言劇と『オセロ』は重要 な場面である。この対照の重要性をマルティネスは見逃してしまった。男女の三角関係だけに振付家が気を取られた結果として、舞踏会の場面のような枠組みだ けが目立ち、物語の核となる部分が欠落してしまったのが惜しまれる。
(2008年11月1日 パリ・オペラ座ガルニエ 上演時間2時間40分)

撮影/Sebastian MATHE/Opera National de Paris