ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2008.08.11]

OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座から

CAROLYN CARLON/ OLIVIER DEBRE : SIGNES 『シーニュ』 カロリン・カールソン振付 オリヴィエ・ドゥブレ絵画・衣装
『シーニュ』

  2005年の愛知万博でも上演されたパリ・オペラ座の『シーニュ』は、色彩豊かで幾何学的構成の作品で知られるフランス画家のオリヴィエ・ドゥブレの絵 画7枚にインスピレーションを得て、アメリカ・モダンダンス界を代表するカロリン・カールソン(現在はフランス国立ルベ・ノール・パドカレ振付センター・ ディレクター)が振付けた作品だ。音楽は、テレビ番組や映画音楽の世界で活躍するルネ・オーブリが担当。
 1997年5月のオペラ座初演時の配役は、マリ=クロード・ピエトラガラ、カデル・ベラルビだった。翌年、同作品はブノワ・ダンス賞、音楽でも「les Victoires de la Musique」を受賞して話題を呼んだ。そのベラルビは去る7月13日、十八番にしていた『シーニュ』を最後に、オペラ座を引退した。
 私はすでに愛知万博で『シーニュ』を取材していたので、今回は2度目。日本での上演時と同じマリ=アニエス・ジロとベラルビの組み合わせで7月9日の公演を観た。

 この作品では、ジロとベラルビが案内役を務め、ドゥブレが世界各地の印象をテーマに描いた絵画に観客を引き込んでゆく、というつくりになってい る。すべてが流れるように、7枚の絵画が一枚一枚、舞台に大きく載せられていく中で、絵の中のモチーフや色彩がダンサーの衣装や動き、音楽の流動性や躍動 感と重なりあいながら、動く3次元の世界を生み出してゆく振付手法だ。

『シーニュ』

  オープニングでは、スカートのボリュームが大きい黄色いドレスのジロがゆっくりと旋回しながら、ブルーを基調にした男性のインド服に似た衣装をまとったベラルビは淡々と入場しながら、期待感を呼ぶ。
 最初の絵画「微笑みのシーニュ」は、黒の細い線で描かれた女性の微笑だ。やさしい筆のタッチに呼応するように、ベラルビの身体がしなう。
 第2のキャンバス「朝のロワール川」は赤とオレンジに染まった背景に太いタッチで描かれた黒や暖色系のブルー、緑色の線が走る。ギターの音色と、群舞によるけだるい動きが特徴だ。
 第3の「ギランの山々」は、中国の版画をイメージして描いた想像の山だという。ポップ調のビートに乗って、白いドレスのジロと濃紺のロングコートを羽 織ったベラルビが、躍動感のある動きをみせる。ノリがよすぎて独創性は感じられず、少々、型にはまったリズム体操といった振りに走ってしまった嫌いがあ る。
 第4の「バルト海の修行僧」は、情熱を表わす赤と、修行僧の黒のコントラストが見事。黒い衣装を来た男性群舞の野生的な動きがキャンバスとよくあうが、こちらもややパターン化されて単調になった。
 第5の「ブルーの精神」は、作品全体の中でも極めつけに美しかった。濃淡のある青をバックに、濃紺で書かれた線からインクが滴り落ちているだけのシンプ ルな絵だ。その前で、ベラルビがゆっくりと歩行し、ロイヤルブルーのドレスのジロが長身と長い手足を存分に見せながらアダージオを踊る。二人のデュエット は時の流れをしばし止めてしまうほどインパクトがあった。
 第6の「マデュレの色彩」は、南インドの力、官能、狂喜、暴力的世界の快感がテーマだという。スカーレット・レッドを基調色に、ブルーや紺色、緑など暖 色系の色がにぎやかなアクセントとして使われている。上半身裸の男性たちと、身体の線にぴったりとフィットしたドレスを着た女性たちによって、アジア的世 界が繰り広げられる。しかし、動きはあくまでもユニゾンが主体で、展開に欠ける。

『シーニュ』『シーニュ』


 第7は、最後の「シーニュの勝利」。舞台には天上から床までの3枚のキャンバスが置かれ、白地に黒い筆タッチで水墨画のような模様が描かれている。男女 の群舞も同じコンセプトでデザインされた白に黒、黒に白のモノトーンの衣装で登場。視覚的にも動きも、絵画のタッチをそのまま三次元で表現することに成功 していた。エンディングでは再び、冒頭と同じ黄色いドレスのジロが旋回を続けるなかで暗転となる。
 絵画と音楽、衣装が中核を占めている点において『シーニュ』は斬新な作品だが、二度目に見ると、ややパターン化された動きが目立つ。また音楽も、フラン ス・ロック調に迎合したリズムが使われているせいか、まるでイージーリスニング。カールソンと作曲家オーブリの“気が合いすぎて”しまった結果なのかもし れない。音楽と振りだけみれば、コンテンポラリー作品というよりも、むしろショーダンス的な性格が強い。
 チャイコフスキーとプティパのように、過去の傑作の多くは、振付と作曲は同時並行している。今回も、ドゥブレとカールソンが同時にインスピレーションを与えながら振付けられていたらどうだったのか、と考えずにはいられなかった。
(パリ・オペラ座バスティーユ 2008年7月9日)