ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2008.06.10]

BALLET DE L'OPERA パリ国立オペラ座の舞台から

ADIEUX DE WILFRIED ROMOL ウィルフリード・ロモリ引退公演 ANGELIN PRELJOCAJ:UN TRAIT D'UNION アンジュラン・プレルジョカージュ振付『TRAIT D'UN UNION』


 エトワールのウィルフリード・ロモリが5月6日、バスティーユ・オペラ劇場で引退公演を兼ねた「バランシン、ヌレエフ、フォーサイス」プログラムに出演 し、特別演目としてアンジュラン・プレルジョカージュの振付作品『TRAIT D'UN UNION』でオペラ座最後の舞台を務めた。
 ロモリはこの日、最初に上演されたバランシンの『4つの気質』の中の「粘液質」を踊った。近年、アクロバティックな技術を誇るダンサーたちが台頭してい るオペラ座ダンサーたちの中にあって、40歳で任命されたという遅咲きエトワールのロモリは特異な存在だ。高い跳躍力も、軽業師のような足裁きも、目を見 張るピルエットとも無縁だ。身体の線が美しい、というわけでもない。しかし、ロモリには、往年のオペラ座ダンサーを彷彿とさせる存在感がある。この作品で も、ポール・ド・ブラが圧巻だった。ひとつひとつの腕の動作に、その振りに振付家が要求する重力とスピードが込められているから、踊り手の内面が映し出さ れるのだ。後半部分に転倒するアクシデントもあったが、ロモリの豊かな表現力によって生まれる安心感が、最後まで舞台を制していた。


 特別プログラムの『TRAIT D'UN UNION』には、昨年に引退したローラン・イレールが友情出演、デュエットを披露した。タイトルは、直訳すれば「ハイフン」。つまり、結びつき、を意味 する。2003年にオペラ座レパートリーとなったプレルジョカージュ作品(1989年)だ。
 舞台上の小道具は、大きな肘掛け椅子だけ。最初にイレールが椅子を操ってのソロを演じる。が、何か所在ない。そこにロモリが登場、明らかにイレールとは 異なる存在としての表現を試みている。二人の男性の動きを観察していると、どうやらイレールが身体、ロモリが心を表現しているらしい。つまり、両者の間 で、内と外、の駆け引きが始まるのだ。衝突したかと思えば、和解もする。40代の半ばにある男性ならではの葛藤、40代の半ばにある男性が肉体的な限界に 挑む激しい動きの連続----。まさに、「引退」を体現するロモリとイレールの身体を張った演技には、作品のメッセージそのものが込められていた。
 ロモリも好演したが、際立ったのは、何といってもイレールだった。床に伏せた体勢から、床を押して水平に飛び上がり、ロモリが受け止める、という軽業師 のような振りをいく度もこなす身体機能からは、いまなお“エトワール健在”を感じさせた。45歳という引退年齢を設定したオペラ座の規定そのものに疑問を 投げかけるに十分な舞台だった。
 最後の舞台を勤めたロモリは、紙吹雪が舞うなか、歓声と拍手を浴びた。長い、長い、カーテンコール。途中からオペラ座のブリジット・ルフェーブル芸術監 督やエトワールをはじめとする仲間たちもロモリを囲み、熱いエールを送った。オペラ座の趨勢にあって、いまや希少価値ともいえる、人間くさい、味のあるダ ンサーだった。