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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2008.04.10]

OPERA de LYON  FESTIVAL JAPON 2008 リヨン国立オペラ座の「フェスティバル・ジャポン」 天児牛大とアンヌ=テレサ・ドゥ・ケースマイケル演出作品

 今年は日仏外交関係の樹立から150周年目にあたり、フランス各地で日本関連の文化行事が目白押しだ。パリから高速鉄道TGVで約2時間。フランス第二 の地方都市リヨンの国立オペラ座でも3月4日~16日、日本の文学にインスピレーションを受けたオペラの4作品などを上演するイベント「フェスティバル・ ジャポン」が開かれた。
 進取の気性で知られる同オペラ座のセルジュ・ドルニ総監督は大の親日派。「日本に対する欧米人のステレオタイプな見方を払拭するような企画をめざし、こ れまで知られなかった新しい日本の発見につなげたかった」という。そのドルニ総監督が声をかけた演出家には、パリに拠点を置く舞踏集団「山海塾」を主宰す る天児牛大、ローザスを率いるアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルも含まれていた。
 最近はオペラにおける身体表現の比重が高まるなか、世界的な振付家の二人はどんな舞台に仕立てるのか。

天児牛大の演出『更級日記』
 天児と世界的なハンガリー出身の現代作曲家ペーター・エトベシュとのコラボレーションは、10年前にリヨン国立オペラ座で初演され、話題を呼んだチェー ホフ原作『三人姉妹』以来だ。作品自体は1時間20分ほど。登場人物はヒロインと、男性1人、女性2人の歌手だ。平安時代の半ばに実在した菅原孝標女が、 13歳から52歳ごろまで40年間に渡って綴った『更級日記』には、源氏物語を読みふけった少女時代、度重なる身内の死、結婚や出産、子供に巣立たれた孤 独から仏門への傾倒などが平易な文体で書かれている。
 白く発光する床、舞台の両脇も奥も黒い背景で、宙には銀色の大きな輪が二つ浮かぶ。『更級日記』の更級が、古今和歌集の一首「わが心慰めかねつ更級や姥 捨山に照る月を見て」に由来することから、天児は月をイメージして銀の輪を用いたのだろう。二つの輪が離れたり、徐々に近づいて重なったり、また離れたり --月の満ち干を髣髴とさせることで、淡々と描かれる女の一生に、感情レベルの変化を読み取らせる。西欧のドラマとは全く異なる時間軸に、周囲では 「ちょっと退屈した」との感想も聞かれたが、フィガロ紙は「静止の美、その行間に日本を描いていた」と高く評価した。
 出演者はすべて欧米の歌手たちだったが、足の運びはゆるやかで、一つの動作から次の動作への移行がスムーズで「山海塾」的な空間をつくる。さらに手の使 い方が効果的で、左手の甲を巻紙に見立てて右手で文を綴る仕草を見せたり、蜻蛉の羽ばたきを小刻みな手の振りによって表わしたりする。日本人ではない観客 が、そうした所作の意味をどこまで理解したかはわからないが、あえて欧米人におもねらない天児の姿勢が明確だった。オペラの進行にも配慮した上で、歌手た ちに歌舞伎さながらの衣装の早替えをこなさせるという、音楽と演出との組み合わせの妙が絶妙だった。

 ちなみに天児牛大と山海塾は5月5~10日、パリの市立劇場でダンサー7人による新作上演を行う予定だ。


『更級日記』

『更級日記』


アンヌ=テレサ・ドゥ・ケースマイケル演出『斑女』

 主人公の花子は芸者上がりで、互いに扇を交し合った仲の吉雄との再会を夢見て暮らしている。そんな花子を引き取って面倒をみている女流画家の実子のとこ ろに、吉雄が現れる。実子は、吉雄が花子と再会するのを阻止しようとするが、二人の口論を聞きつけた花子がその場に出てきてしまう。ようやく再会した吉雄 に、花子は「あなたは吉雄によく似ているが、吉雄ではない」と、追い返してしまう。そして花子は、永遠に吉雄を待ち続け、そんな花子に実子が満足して生活 を続ける--といった展開を示唆する結末だ。
 舞台には、扇を模るように着物が床に置かれている。天児牛大の演出『更級日記』にも衣装の早替えが使われていたが、ケースマイケルも歌手たちに舞台の上 で衣装を着替えさせるという手法を取り入れた。三島の原作では女優画家の実子が魅力のない女性として描かれているが、この舞台では実子役の歌手が容姿端麗 で、ボディコンシャスな衣装を着て登場する。一方、花子は身体の線を覆い隠すようなぼてっとした着物を着ているが、突然、腰を落として身体の向きを変える など能に通じる序破急の動作を見せる。そこには吉雄を待ち焦がれているうちに気がおかしくなってしまった女を感じさせるのだ。ケースマイケルは、この作品 に取り組むために日本に行き、研究を重ねたという。能楽における音の空白や余韻、間の扱いと、効果的な動作の使い方を取り入れていたことは想像に難くな かった。
 さらに、最後の結末では、三島由紀夫の原作とは明らかに異なるケースマイケルならではの解釈があった。つまり、花子が吉雄を追い返してしまった後の、実 子の描き方である。一時は、自分の元を去るのではないかという危機感を募らせた実子が、花子と再確認しあった関係に満足したような笑みをみせ、二人は舞台 奥の幕の後ろに消えるのだ。シルエットで浮かび上がった二人が両側から歩みあったところで暗転するが、言わずもがな、実子と花子の同性愛を連想させるエン ディングだった。


『斑女』

『斑女』