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[2008.03.10]

THEATRE DE LA VILLES パリ市立劇場の公演から ANGELIN PRELJOCAJ : ANNONCIATION, CENTAURES, ELDORDO アンジュラン・プレルジョカージュ振付:『受胎告知』『ケンタウロス』『エルドラド』

 アンジュラン・プレルジョカージュによる旧作の『受胎告知』(1995)と『ケンタウロス』(1998)、シュトックハウゼン作曲「日曜日の別れ」を 使った新作『エルドラド』の三作品が2月26日~3月8日、バレエ・プレルジョカージュのダンサーたちによってパリ市立劇場で上演された。

『受胎告知』

センセーショナルな『受胎告知』
 聖画でもよく扱われた場面だが、大天使ガブリエルが処女マリアに「あなたは神の子イエス・キリストを身ごもりました」と伝えにくる受胎告知がテーマになっている。
 舞台にはマリアと思われる小柄な女性ダンサーがひとりベンチに腰掛け、物思いにふけっている。子供たちの遊び声、カシャッ、カシャッといったカメラの シャッター音が背後に聞こえる。効果音の喧騒が次第に高まるにつれ、女性は身体で焦燥感を表わし、柔軟性を駆使したソロを踊りはじめた。処女マリアに題材 を得てはいるが、子供を欲する一人の女性なのではないのか----。現代にも通じる人間像が提示された。
 そこへガブリエルとおぼしき大柄な女性が登場。聖画の構図そっくりに、天使の翼を模ったように両腕を後ろに上げ、ベンチに腰掛けたマリアの前にひざまず く。やがてマリアとガブリエルのデュエットが始まるが、二人が繰り広げるボディコンタクトの応酬は固唾を呑むほど強烈だ。本来、天使とは性別がない精神的 な神の使いだが、女性ダンサーどうしが身体を寄せ合い、やがてユニゾンで動きが同化してゆく過程は、どことなくレズビアンの関係を連想させるものがある。 さらに、最初に見せたマリアの清純なイメージは、濃密なデュエットを経て、より大胆に“女”を強調するものへと変化を遂げてゆく。
 とはいえ、途中でヴィヴァルディの宗教曲「マニフィカート」が挿入され、また作品の随所で二人の女性ダンサーが聖画のモチーフを彷彿とさせるポーズを取 るため、観客は神聖な「受胎告知」をたびたび思い起こすことになり、舞台上で連綿と繰り広げられる女性どうしの身体コミュニケーションとの乖離に悩まされ る。懐胎=性的体験を伴うものという事実を拡大解釈すれば、処女が男性との交わりを経ず性に目覚めるとすれば、レズの世界しかあり得ない----。世が世 なら、上演禁止処分を受けそうなセンセーショナルな作品だが、「処女懐胎」というキリスト教の不条理にあえて挑戦したプレルジョカージュの視点は風刺的意 味合いを含んで痛快だった。

『ケンタウロス』

『ケンタウロス』
 ギリシャ神話に出てくる怪物で、上半身は人間、下半身は馬の形をしている。2人の男性(中国系とみられるYang Wang とThomas Michux)によって踊られるデュエット作品だ。先の作品『受胎告知』では二人の女性デュエットによる官能的な表現について言及したが、ここでは二人の 男性が組んずほぐれつの身体表現を繰り広げる。すなわち、獣である下半身は逞しくむつみあい、人間である上半身は情念を介して互いに寄り添う姿が描かれる のだ。ただ、先の『受胎告知』に比べると、捻りに欠け、ホモセクシャルさだけがインパクトを残したきらいがある。

『エルドラド』
 ドイツを代表する現代作曲家カールハインツ・シュトックハウゼンとのコラボレーションは、『ヘリコプター』(2001年)以来だ。シンセサイザーを使っ て作曲された「日曜日の別れ」を聴いたとき、プレルジョカージュは「星から降ってきた歌声によって広がる宇宙的音楽に身体が貫かれたようだった。それが私 を振付に向かわせた」と話す。
 エルドラドとは、スペイン人たちが西方や南アフリカにあると空想していた黄金郷、さらには夢の国、理想郷を指す言葉だ。その神秘的な世界を描くかのよう に、真っ暗な舞台の左右と奥の3辺に、各4体ずつ人を模った線が照明によって浮かび上がる。その人を型どった枠にはまったダンサーたち(男女6人ずつ、計 12人)の中から、二人ずつ中央に出てデュエットを踊っては人型に戻り、また他の二人が中央に出て・・・というフォーメーションが永遠に続く。
 どのダンサーも、テクニックの正確さは目を見張るほど。さらに、シュトックハウゼンの難解なリズムの拍子を的確に捉え、のびのびと踊る余裕もある。プレ ルジョカージュの振付は、ここにきて新作で、再びクラシック・バレエの原点に立ち戻っていたところも興味深かった。ただ、エルドラドというタイトルをつけ る意味があったのだろうか? 舞台装置や照明、コスチュームはコンセプトによく合っていたが、優れた個性派ダンサーたち12人を舞台中央に集めておいて、 手を替え品を替えといわんばかりの動きのヴァリエーションを見せるだけで終わってしまったのは残念だった。

『エルドラド』