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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.11.12]

L'OPERA NATIONAL DE PARIS パリ・オペラ座公演 PRELJOCAJ/McGREGOR::LE SONGE DE MEDEE/GENUS

プレルジョカージュ『メデアの夢』とマッグレガー『ジェニュス』


オペラ座ストで公演日程の番狂わせ

 10月26日から11月10日まで、ガルニエ宮で上演される予定だったアンジュラン・プレルジョカージュによる2004年のオペラ座で世界初演された作品と、ウェイン・マッグレガーの新作が、オペラ座組合のストの影響で公演キャンセルが続いている。
 公演予定日の10月29日、夕暮れどきにガルニエに行くと、ストを知らずに着飾ってきた観客もいた。公演中止を知らせる看板で状況を知った客の中には日 本人と見受けられる観光客も少なくない。仕方がないとばかりに、入場口に張られたロープの前で、ガルニエの大階段をバックに記念撮影に勤しむカップルの姿 もあった。今日現在(10月31日)、まだスト解決のニュースは出ていない。公演日は残りわずか。上演が再開されても、すでに満席状態だ。オペラ座広報に よれば「ボックスオフィスも基本的には、払い戻しにしか応じていない」という。

 ストの気配がまだなかった10月中旬、フランスのラジオ局France Musiqueにプレルジョカージュがゲストとして生出演した。『メデアの夢』の公演に先立ち、こんなコメントをしたのが印象的だった。

「最近はビデオカメラで振付過程を撮影し、ダンサーたちには映像から振りを再現してもらう振付家が増えていますが、私はそうした方法は採用していません。 モーツアルトの時代に演奏された彼の作品と、二世紀半を経た現在の演奏では、全く別のものになっているはずです。なぜなら、モーツアルトが書き残した楽譜 をもとに、現代の演奏家たちが解釈をするからです。それでも、楽譜に忠実に演奏することで、楽聖の精神にはかなっています。
 音符により示されているのは音楽の目指す方向であり、その実現は演奏家に任せられています。振付も同じで、書かれた記録をダンサーに提示し、あとはダン サーの個性に任せる、という方法こそダンサーの個性を活かし、ダンサーに表現者としての可能性を残す手法だと信じています」

 常に斬新なエスプリで賛否両論を巻き起こしてきた振付家の意欲作品『メデアの夢』というから、オペラ座ダンサーにとってもストの決着が待ち望まれるに違 いない。ちなみに、同作品への出演が予定されているのはエミリー・コゼット、ヤン・ブリダール、デルフィーヌ・ムッサン、ウィルフリード・ロモリ、ステ ファン・ブイヨンなど。
 マッグレガーの新作への配役には、アニエス・ルテステュ、マチュー・ガニオ、マリ=アニエス・ジロ、バンジャマン・ペッシュ、エミリー・コゼット、ステファン・ファヴォラン、ステファニー・ロンベルグ、クリストフ・デュケーンといった名前が挙がっている。

  もっとも、パリ国立オペラのストは孤立した現象ではない。パリ交通営団のストでパリ市内が大渋滞に見舞われたのに続いて、エールフランスもストライキに 突入している。これは、この春当選したサルコジ大統領が、今まで独自の社会保障政策をすべての国民に対して実施してきたフランスの伝統的な社会政策を 180度転換し、アメリカ方式を取り入れようとしていることへの反発がある。
 今回のストについても、背景にあるのは、フランスの手厚い文化保護政策だ。「文化最貧国日本」からは想像できない国の補助が、華麗なパリ国立オペラ座の オペラとバレエの舞台をも支えているのである。1680人を抱えるオペラ座職員の年金に、国家が拠出しているのは毎年1億ユーロに上る特別補助金で、元は といえば太陽王ルイ14世時代に創設されたフランスで最も古い特別恩給の制度だ。
 中でも最も大きな恩恵をこうむっているのは、オペラ座に在籍するダンサー154人だろう。平均10年の勤務だけで生涯、年金が保障されているからだ。オ ペラ座では、男性でも引退年齢は42歳。さらに長寿の女性の場合は、引退から平均40年間にわたって年金が支払われる計算になる。これは、合唱団員が50 歳にならなければ年金支給対象とならないのと好対照をなしており、フランスにおけるバレエダンサーが昔から手にしていた特権がいかに大きいかを物語ってあ まりある。

  今回のストはいつものことながら技術者によるもので、ダンサーや合唱団員、オーケストラのメンバーは全く参加していない。10月31日までスト予告の出ている5日間のストライキによる損失だけでも220万ユーロ(約3億6300万円)に上るという。
 実は、10月28日(日曜日)のマチネ公演は、組合側がスト予告をあらかじめ提出していなかったため公演があった。残念ながら、今後の見通しについて、 「11月1日、3日、4日の公演は組合のスト予告が提出されていないため、今のところ予定通り公演される見込みです。しかし、その後の展開は一切予想でき ません」(オペラ座バレエ部門広報)というから、この日にチケットを買っていた人は本当に強運としか言いようがない。
 バスティーユの楽屋口には、オペラ座のジェラール・モルチエ総裁が組合員に宛てたこんな手紙が張り出されてあった。
「ストライキには観客の大半が反対しているだけでなく、上演のための努力を長い間続けてきた芸術家たちにとっても大きな打撃です。一刻も早いストライキの解除を願っています」