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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.10.10]

OPERA NATIONAL DE PARIS オペラ座のシーズン開幕公演から

KADAR BELARBI :WUTHERING カデール・ベラルビ振付『嵐が丘』の再演

  パリ・オペラ座バレエのシーズンは9月21日~10月6日、ガルニエ宮で上演されるカデール・ベラルビ振付『嵐が丘』で開幕した。原作エミリー・ブロンテ の愛憎劇の主人公ヒースクリフにはエトワールになりたてのジェレミー・ベランガール、ヒースクリフと夫エドガーとの間で葛藤するキャサリンにルテシア・プ ジョルという配役で、9月25日の公演を観た。

 プロローグ。物語の全容を見通しているという役回りの下僕ジョゼフが、舞台左手の一段高いところに座って、小石を落としていく。ゴトン、ゴトン、ゴト ン・・・。その昔、芝居小屋で上演開始を告げるために杖で3度、床が打ち鳴らされたことを連想させると共に、静まり返った劇場にずしりと響く暗い音が、こ れから始まろうとする悲劇を暗示する。
 幕が上がると、嵐がぴゅーぴゅーと吹き荒れる様が、照明と写実的な音楽で描かれ、舞台の左奥には上部が大きく傾いた大木がブルーの照明の中にうっすらと 浮かび上がる。周囲に配置された登場人物には生気が感じられず、床に置かれた5つの灯火をジョゼフが自分の前掛けで一つずつ消してゆく様は、人間の感情の もつれあいの結末の残酷さを象徴しているかのようだ。

 振付けたベラルビは、1933年版の小説『嵐が丘』の挿絵に使われた画家バルチェスが墨で書いた14枚のデッサンにインスピレーションを受けて創作したという。このバレエ作品も、ひとつ一つの場面を「絵画」と名づけ、ベラルビの心象風景が写し出されてゆく。
最初の絵画は、「子供のころの恋人たち」。突然、大きな音を立てて天井から色とりどりの花が降り、一面の花園が忽然とあらわれ、小鳥のさえずりが聞こえ る。その花園の中で転げまわるヒースクリフとキャサリンは、幼いころの幸せな日々を嬉々として描く。先シーズンのシンデレラではあまり印象深くなかったベ ランガールだが、体重を落としたのか、身体がしまって動きが軽やかだ。しかし、一方で、以前のような力強さが見られず、頑強なヒースクリフのイメージから は線が細すぎる。
その点、今回の舞台で目を引いたのはキャサリンの夫となるエドガー役のカール・パケットだった。キャサリンが純白の白い衣装、ヒースクリフが不吉の影を常 に感じさせる黒い衣装なのに対し、濃い緑色のビロードのスーツが長身によく合う。上流階級という役柄にもふさわしいスマートな身のこなし、美しいプレース メント、手先足先に神経が行き届いた丁寧な動きが、パケットの魅力を余すことなく伝えていた。
と ころが、そのエドガーと妹のイザベルの館にやってくるキャサリンの動きは、あまりにも幼稚だ。プジョルは、子供っぽさを演じようとしたのか、幼馴染のヒー スクリフと別れて気が変になった様を演じようとしたのかわからない。エドガーは、心身ともに憔悴しているキャサリンを同情心で迎えたのか、と思わせるほど だ。本来ならヒースクリフもエドガーをも夢中にさせたはずのキャサリンという一人の女性の魅力が伝わってこないために、三者関係のむずかしさを表現した場 面のインパクトに欠けていたと言わざるを得なかった。

 しかし、第1幕の見どころは、ヒースクリフが復讐のために結婚したエドガーの妹イザベルとのパ・ド・ドゥ。小説ではヒースクリフがイザベルをそそのかし たという筋書きだが、ベラルビの解釈では両者の関係が逆転している。エドガーとキャサリンの仲に嫉妬したイザベルがヒースクリフに迫った、とも読み取れ る。続く二人の結婚生活の悲劇は、コンテンポラリー・バレエならではの暴力的な身体表現によって残酷に描かれる。両足を紐でつながれたイザベルを、なぶる かのようなヒースクリフの乱暴な立ち居振る舞い。それを描写する音楽と絡み合って戦慄を覚えるような心理的な恐怖感が鮮明に描かれ、客席は静まり返った。

 作品は2幕構成。第1幕は、キャサリンが愛するヒースクリフの腕の中で果てる現実の世界。第2幕は、超現実的な世界で、第1幕に登場する人物を対比させ ることで物語を再検証するつくりになっている。そのため第2幕では、生い立ちや階級差にスポットライトがあたり、人間の魂や情念、動物的な本能が浮かび上 がってくる。ベラルビは、その超現実的な側面に迫るために、あえてロマンチック・バレエの手法を用いたという。第1幕では使わなかったポワントやピルエッ トなどの技術を盛り込む。
2000年に初演されてから今回が2度目の再演となるが、ベラルビは登場人物の人間関係を凝縮してみせることに重点を置いて、手を入れたという。次回は、 マリ=アニエス・ジロとニコラ・ル・リッシュによる上演から、さらにベラルビが解釈した『嵐が丘』の人間模様を考察してみたい。
作品のために音楽を書き下ろした作曲家のフィリップ・エルサンは、フランスの中堅。オペラや室内楽、交響曲と幅広く活躍しているが、この新作ではリズミカ ルなテンポを駆使することで場面の雰囲気を写実的に表現する。場面によっては、ダンサーの技に観客が集中できるように、という配慮からか音楽を完全に中断 させる手法も取り入れていた。クラリネットの高音を不吉な場面の前兆として使うなど、付随音楽としての効果を重視した作曲だった。演奏は、パリ国立オペラ 管弦楽団。コーエン・ケッセルズ指揮。